「へえ、曙もいるんだね。」
「今は出払っていますが、元気にしていますよ。」
「霞のその指輪、司令官から貰ったの?加賀さんもつけてるけど。」
「そう。でも、加賀のは曙から。」
廊下を歩きながら、他愛もない会話を続ける。最上は曙のことをよく知っているらしく、懐かしそうにうんうんと頷いている。朝雲姉さんは最上と同じ艦隊に所属していたからか、結構距離が近い。
「…ね、もしかして加賀さんと曙って…」
「そう、夫婦みたいな関係ね。」
「夫婦…良い響きですが、字面がおかしいです。夫はいませんから。」
「哀愁漂う言葉だね!」
じゃあどう呼ぶべきだろう。カップルという安っぽい言葉は似合わない。なんだか難しい問題だから、ここでどうこう話しても結論は出せなさそう。
「じゃ、霞と司令官はしっかり夫婦ってことね。」
「そう…だけど…」
「もー、照れちゃって。」
無造作に頭を撫でられて、一瞬混乱する。だって、突然姉からそんなこと言われたらむず痒い。顔も熱いし、手汗も滲んでいるのがわかる。
「妖精さんが言うには、金剛の部屋にあなたたちの探している方が居るそうです。…霞も行ってみては。」
「加賀は?」
「もうしばらくすれば、曙も帰ってくると思いますから。出迎えをしに行きます。」
そう言って、正面玄関の方に歩いて行った。心なしか足取りは軽く見えた。
「加賀さんかっこいいなあ。僕もあんなふうにクールに決めたいよね。」
「最上には難しいんじゃない?」
「む、何さ。きっと僕だってなれるよ!」
「はい、そこまで。早く金剛の部屋に行くわよ。」
「「はーい。」」
まったく…素直なのかそうでないのかわからない。それに、道中聞いた限りでは他にも西村艦隊の人もがいるらしい。もしかしたら…
「満潮はとってもキュートネー。」
「…お世辞言っても何もしないわよ。」
「そう言うつもりじゃないと思うわよ?」
「あらあら。」
満潮は、伊勢や金剛に人気だった。山雲は静かに笑いながら、荒潮の隣に座っている。眼福というやつだ。駆逐艦の笑顔は、やはり素晴らしい。
「長門もそう思うヨネー?」
「む、ああ。そうだな。」
「…なんなのよ。意味わかんない。」
金剛はやけに満潮に構おうとする。髪型のことで親近感でも湧いたのだろうか。いじけている姿が可愛らしいから問題はない。
「長門さんは〜、荒潮姉と〜、仲良しさんですか〜?」
「もちろん。」
「そうね〜。今日も一緒にみんなを迎えに行ったものね〜。」
紅茶と茶菓子の香りの中で、何にせよ全員が笑い合える空間となっているのは、大変喜ばしい。似たような景色が、恐らくはあの街でも見ることができると思うと、胸が躍る。
『金剛、入るわよ。』
突然扉がノックされ、向こうから霞の声が聞こえた。声色は落ち着きがあるが、しかしどこか弾むような軽やかさを感じた。
「ドウゾ。鍵は空いていマスヨ。」
キ…と僅かにドアの軋む音を抜けて霞と最上、そして朝雲が入室した。
「山ちゃん!」
「朝ちゃんも来たのね〜。」
「もー。みんなはぐれちゃったから心配したよ。」
西村艦隊の面々は、やはり繋がりが他より強く思える。邂逅した際には、全員が嬉しそうに抱き合っていたのは、そういうことだったらしい。そして、霞は満潮の方をじっと見つめて、満潮はそんな霞を不思議そうに見ている。
「満潮ちゃん、霞ちゃんがお話ししたいみたいよ〜。」
「えっ…あ、そうじゃない…けど…その、私行くところがあるから…」
そのまま駆け足気味で逃げるように行ってしまった。霞は人見知りが激しい。例え姉でも、緊張すると途端にダメになる。しかし、そんなところも可愛らしい。
「…なんなのよあの子。」
「きっと恥ずかしがってるのよ〜。」
「サア満潮!Let's goデース!」
「え!?はぁ!?」
「バイバイネー。」
と、荒潮と金剛に背を押され、なし崩し的に部屋を追い出された。まあ、霞はまだそれほど遠くに行ってないだろう。案外、ドアのすぐ横でうずくまっていたりするかもしれない。
「…行くところって、まさかこのドアのすぐ横?」
「えっと…その…」
私の目に映る小さくかがみ込んでいる霞は、私の知っているあの子とは全然違う。もっとガツガツ踏み込んでくるような、自分にも周りにも厳しい子だった。…左手薬指を見る限り、外的要因でその考え方が改まったと考えるのが一番早そう。
「大丈夫。別に怒ってないから。ゆっくり話しなさい。」
「…ありがとう。」
ああもう。世話の焼ける子。でも、悪い気はしない。
「…会いたかった。」
「私も。会いたくないなんて、あるわけないじゃない。」
「でも…会ってみたら何を言えばいいかわかんなくて…」
「だからって逃げることないでしょうに。しっかり目を見て話してくれれば、私だって邪険にはしないわ。」
「うん…」
くすんくすんと静かに泣く妹は、末っ子らしい幼さがある。背中を摩ってあげると、少し落ち着いたのか肩の震えは小さくなる。
「どう?話す気になった?」
小さく頷いて、ちょっとだけ顔を上げる。私の顔をじっくり確認して、きゅっと抱きしめられた。
「ちょ…」
「大好き。」
「ん…もう。何言ってんのよ。」
私の肩に頭を擦り付けながら言われると、なんとなくやりづらい。それに、後ろの方から不穏な視線が…
「霞…?」
声的に、司令官だと思う。多分…というか、十中八九霞に指輪を渡した張本人。妙なタイミングで出会した。