「あんたらの提督も、随分臆病だねぇ。」
川内が、軽口を叩くような気の抜けた声で、かつ大声で全員に聞こえるように言う。もちろんそんなことを言われた霞は、穏やかではないだろう。
「ちょっと姉さん…」
「だって事実じゃん?わざわざ安全な場所に移してもらったくせして、でもこうやって他に応援を呼ぶくらいなんだから。」
神通が優しく宥めようとしたのにそれを無視して尚言葉を続ける。川内にはこう…空気を読むことが下手という印象が出来上がってしまう。
「やっぱり…」
「それ以上何かいったら沈めるわよ。」
「霞!」
やっぱり霞は怒り、本気で沈めるという宣言にも似た威圧を送っている。確かに心穏やかではいられないだろうけど、敵がいるかもしれない海の上で、こんなことで争う時間はない。
「川内ちゃん流石に言い過ぎじゃ…」
「言い過ぎ?そうかな?少なくとも私は、そうは思わない。事実を言ってるだけ。夜戦があるからって言われて来たけど、拍子抜けだよ。あ、もしかして霞が相手してくれるの?私、負けないよ?」
「姉さ…」
「11時の方向、敵の反応よ〜。」
荒潮が一人、電探から受けた信号を全員に気の抜けた声で伝える。しかし、それによって全員が一瞬にして沈黙し、言われた方向を凝視する。どこにいるかはわかったが、肝心の、どのような編成なのかはまだわからない。近づくことはおそらく難しい。
「…私は迂回するのが良いと思うわねぇ。見たところ、反応はそれなりに少ないし。」
「私も荒潮に賛成です。無用な戦闘はやはり、避けた方が良いかと。」
「那珂ちゃんさんせーい。」
「あたしも。」
「…いえ。限界まで近づいて、様子を見るわ。」
「私、霞に賛成だよ。臆病臆病ってあの人に言ったけど、ここは見に回るのが一番良い。安全をとりすぎて逃げて、敵の編成すらも知らないまま帰るより、多少無理しても何がいるかくらいは把握したい。」
いきなり二人の意見が他四人と割れる。ほとんどの場合は旗艦を務める霞の意見を優先的に選ぶけれど、今回はそう簡単にはいかない。
「待って。あいつは今回の哨戒、戦闘を避けるようにって言ったの。近づいて行ったら戦闘はほとんど免れない。ここは引く方が良いわよ。」
「…そういう問題じゃないの。ここは、あなたも知ってる通り、『今のこの国の中で一番安全な海』なの。それなのに、深海棲艦の反応があるっていうのはまずいわ。一度全てが消えた後にもう一度現れたこの海の敵勢力の情報が足りなさすぎるから。」
「…姉さんは、できるだけ電探から目を離さないで。那珂さんは姉さんを守って、曙と神通さんが二人一組。私と川内さんは別れて、各個撃破。」
まあ、別に構わない。駆逐や軽巡の真価は夜戦で輝く。誰かが中破したらその時点で全力で撤退することだけは決めた。荒潮中心に半円を描き、ゆっくりとその方向へ進む。
「そろそろ近づくのも限界かしらね〜。」
「行くよ霞。」
「言われなくても。」
そう短く言葉を交わした後に、船速を上げ、まず二人が突撃しに行った。夜戦の経験は軽巡三人はともかく、あたしたちにはない。それに、深海棲艦との戦闘経験もあまりないし、前回と違って敵の大雑把な情報すらない。
「那珂ちゃんは待機かぁ。」
「曙さん。よろしくお願いしますね。」
「よろしく。あんたらは慣れてると思うから、指示をちょうだい。動きは合わせるから。」
ひゅっと風が吹き、冷たい空気が頬を撫でた。そして、本能ともいうべきか、足元に何かが迫って来たのがわかった。咄嗟に飛び退き、その場を離れる。神通も同じようにあたしと反対方向に避けた。
「那珂と荒潮はここを離れて!何か来る!」
「あなたも気づきましたか…」
神通が、主砲と魚雷をいつでも放てるように構える。直後、水を掻き分けて真っ黒の鉄の身体に怪しく光る目を持った深海棲艦が現れた。出たのは駆逐を中心に、おそらく旗艦は軽巡の小規模な艦隊。ただ不思議と、恐怖感もなければ殺気も感じられなかった。
「一体何者…」
「アー、アー。イッタン、オチツケ。」
「しゃべっ…」
「止まってください!これ以上近づくというのなら、あなた方を撃ちます!」
神通の切り裂くような叫びが、場を凍らせた。先ほどまで膝を丸めて休憩していた那珂はそれを聞いて荒潮の前に立ち、探照灯を向けている。やっと姿がはっきり見えた。
「…リョウカイシタ。ワレワレハ、タタカウツモリハナイ。」
「タダソチラニケイコクヲシニキタノダ。」
軽巡が、ゆっくりとそう伝える。その声は決して騙そうとするような悪意を持っているとは感じられず、終始柔和な態度だった。
「警告って、何かしらぁ。」
「ココニ、ワレワレイガイノドウホウガセマッテイル。」
「ワレワレハ、キホンテキニスミカヲハナレルコトハナイ。」
「ソレユエニ、コノカイイキにセメイルドウホウハイナカッタ。」
「じゃあなんでここに来るのよ。」
「ワカラナイ。ワレワレハドウホウデアッテナカマデハナイ。」
「ムレドウシでキョウリョクシ、テキヲコウゲキスルコトハシナイ。」
「イワバ、ワレワレモソチラモ、オナジテキカラノキョウイヲウケテイルトイウコトダ。」
俄には信じ難い。深海棲艦からの言葉は、聞き入れることは難しい。ただ、奴らの言葉は妙に説得力がある。
「なら何?協力しろって言いたいわけ?」
「ソウデハナイ。」
「イマココデ、ワレワレヲシズメテモカマワナイ。」
「シカシ、シズメタバアイ、コノカイイキのナワバリヲシュチョウスルモノハコノウミカラキエサル。」
「ソウナルト、コマルノハソチラノホウダ。」
「ホンノスコシデモセットクノキカイガエラレルトイウコトヲリカイシテモライタイ。」
「ドウスル?ソチラノテイトクト、ハナシヲツケルコトハカノウカ?」
「…待ってなさい。」