姉さんの言い分では、11時の方向に敵艦がいたらしいが、今の私の視界には、少なくともそれらしきものは見えない。波を駆ける音と、向かい風を受けるだけ。
「なんにもいないじゃん。」
「どういうことなのよ…。」
次第に腹が立って来て、胸から下げている探照灯の灯りを強くして、前方を強く照らす。敵に見つかる可能性もあるが、さっさと見つけてしまいたいからやむを得ない。
「…一旦戻る?」
「私はまだ探すわ。あなたは戻って。」
「りょーかい。死なないでね。」
川内と別れてから二、三分は直進しているはずだけど、未だに発見できない。まさか、姉さんの電探が誤作動を起こしたとでもいうのだろうか。そろそろ戻ろう。そう思った瞬間に、水面から勢いよく何かが飛び出した。
「ヲ…」
「っ!」
探照灯によってはっきり見えるソレは、嫌に白い肌と頭に大きな帽子のようなものを被り、杖を持った敵。空母ヲ級。随伴艦はおらず、艦載機も発艦しない。そもそも夜中にただの空母がなぜ…?
「スコシ…マッテ…」
「生憎だけど、そんな余裕ないわ。沈みなさい!」
「ヲ!?」
あんな奴らの言葉なんて聞き入れる必要はない。沈めて、残党の対策を打たなければ。そのためにも正規空母が来てくれたのは助かった。大まかな戦力も多少測れるし、脅威の排除も楽になる。
「霞!待って!」
「曙?どういうことよ。」
「そいつらの話、聞いた方がいいかもしれないのよ!」
「そんなわけ…」
「現に今も、あいつはあんたに敵対してないでしょ?」
そりゃあ、空母が夜戦で戦おうとすることは違和感があるけれど、だとしてもそれは難しい。
「いいから、早く来て!クソ提督を説得して、対話の機会を作ってほしいの!」
「ちょっと!わけがわからないわよ!」
「いいから!あんたも来て!」
「ハ、ハイ!」
「オオ、ブジデヨカッタ。」
「ヲー…」
「ほら、あいつら敵対をしてないの。そんで、誰かと逸れたなんて言ってたから、霞とぶつかってんじゃないかって思ったの。」
「…なんでもいいけど、私にこの状況をどう説明しろっていうわけ?」
「いいから!早くして!」
「わかったわよ…」
司令官と通信を繋げている間、私と曙以外の四人の方を見たら、深海棲艦と楽しそうに会話していた。脳が理解を拒むような映像に少し眩暈がした。
『こちら鎮守府。何かありましたか?』
「何かも何も、ありすぎよ。深海側なんだけど、確かにいたわ。」
『やはり…それで、何がいたのですか?』
「敵対していない深海棲艦。」
『…敵対していない、とは?』
「文字通り。殺気もないし、攻撃する意思もない。向こうの意見は、あなたとの対話を求めてる。」
『ますます意味がわかりませんが…しかし、構いません。罠であろうとなかろうと、向こうの内情を少しでも理解できるに越したことはありません。』
「本気なの?」
『ええ。そちらがどのような奇襲を仕掛けても、こちらには大和や武蔵が待機しています。最悪の事態にも対応できるようにはしているつもりですよ。』
「…わかったわ。連れて行くから、少し待ってて。」
ガ、と音の後に通話が切れた。
「あんたら、とりあえずついて来なさい。」
「リョウカイシタ。」
「くれぐれも、頭のおかしいことなんてしないでよ。」
「モチロンダトモ。」
「ヲ!」
ヲ級に合わせて出せる限界の速度で帰る。この深海棲艦たちは、どこかが違う。誰かを傷つけようなどという思考は存在していない。ただあるのは、少々の恐れと純粋な心。それがかえって不気味に思える。