外はすっかり暗くなってしまったけれど、新たに来た子も早めに馴染んでくれたから助かった。今日増えた艦娘は十人程度。以前は巡洋艦が少なかったため、今回で川内に那珂に妙高等々が着任してくれた。更に衣笠も着任したおかげで青葉の機嫌も幾らか回復してくれたので助かった。
「今日はお疲れさまでした。」
「そんなことないわ。あなたもお疲れさま。」
ベッドの上で、久々に彼の膝の上で休む。口では疲れたことを否定するし、話したい事もたくさん。それでも普段ののんびりした生活が祟ったのか、目が少し重い。
「新しく来た子…みんないい子よ。巡洋艦も多かったし、駆逐艦も。戦艦はいなかったけど、軽空母で瑞鳳って人が来たわ。」
頭を撫でながら、彼がうんうんと反応してくれるのがうれしい。密着が増え、少し肌寒くなってきたからか、それとも夜で冷えているからか、どちらにせよ幸せ。
「ところで、この部屋少し広くなった?」
「ええ。広くなりましたし、小さいですがお風呂もつきましたよ。これから忙しくなりますし、ありがたい改装です。」
本当にいつの間に。妖精さんの力とは、末恐ろしい。外観で見ても殆ど作り替えたような外装となっていて、人間の常識に合わせることはできないということが、はっきりわかる。
「ねえ。」
「なんでしょう。」
「例のお風呂ってまだ使ってないわよね?」
「そうですよ。」
「そのお風呂、使ってみない?」
「…いえ。今日はおとなしく寝ましょう。明日も早いですし、疲労もありますから。」
そう、やんわりと断られた。流石に無理にでも押し倒すのは申し訳ないし、明日に響くのは他の子や艦隊指揮にも関わる。彼の言う通り、今日はゆっくり眠ろう。
「据え膳食わぬはなんとやらですが、申し訳ありません。」
「別にいいわ。明日でも、明後日でも、もっと先でも待ってるから。」
「ますます申し訳ないです…。」
別に、二人で眠れるんだから、これ以上なんて望まなくてもいい。彼のそばにいられるだけ幸せなんだから。最後に彼の頬にキスをして、頭まで布団をかぶる。彼が、少し布団をめくって私の額に感触を返し、撫でてくれた。暖かくて柔らかい大きな手で撫でられて、スッと眠りについた。
目を開けた先、見覚えのある背中が見えた。紫の服に身を包み、栗色の長い髪を靡かせた力強い背を見せる彼女は、少しこちらを見た後、逃げるように、或いは導くように私から離れた。
「待って!待ってったら!」
どれだけ必死に叫んで引き留めようとしても、どんどん離れる背を止めることはできない。
ザァザァと波打つ大きな水は、私を責め立てるような勢いで、ただそれは私にも、他の艦に対しても平等な力だった。「やあやあ、」と白い髪を纏めた快活な少女が私に言った。
「そんなに海の向こうを見るなんて、そんなに戦いたいかい?」
「別に、そんなことないわ。でも少し、ね。」
フウンとツマラなさそうに頭の後ろに手を組む。そちらから聞いたじゃないか、と言いたくなったけれどグッとこらえて、身を翻す。
「なあ、きよしーのこと、起こしてきておくれよ。」
「あなたが行けばいいじゃない。」
「いやいや、あたいよりもあんたが言った方が寝起きがいいんだよ。」
どっちだって変わらないだろう。私でも、彼女でも、まったくの別人でも。仕方がないのであの子を起こしに行く。海に背を向け、日焼けして白い壁がくすんでしまった建物へ向かう。じゃあなーと呑気にいう彼女にヒラヒラ手を振り、顔は向けない。
「ほら、早く起きなさい。朝ごはん食べ損ねちゃうわよ。今日は大事な作戦があるんだから。」
「んー…あと五分。」
「だめ。ほら。」
無理矢理布団から引きずり出し、まだ寝間着のままの子を着替えさせる。目を虚ろのままに手だけ動かすので、ピシッとおでこをはたく。その勢いを過剰ともとれるほどに後ろに倒れ、再び布団に身を投げ出す。けれどこの子の顔は満足そうに緩み、エヘヘと口から漏らした。
「いつもありがと!」
「まったく…いい加減自分で起きれるようになりなさいな。」
「えー…明日も起こしてよ〜。」
「だ、め!」
もうすぐで出撃する。眼鏡をかけた、黒い髪を伸ばし、際どいプリーツスカートを履いた軽巡と、栗色の髪にしなやかな体を備えた荒々しい重巡に囲まれている。二人とも私を見て、首をかしげた。まるで本当にできるのかとでも言いたげで、少しだけ頭にくる。まあ、それも仕方ない。駆逐艦が臨時だったとしても旗艦を務めることはあまりない。けれど見くびられるのは癪だし、甘い仕事をする気はない。
「ガンガン行くわよ!ついてらっしゃい!」
「ん、まあ期待してないわけじゃないけどよろしくね。私たちの旗艦サマ?」
「そんな言い方…ええと、よろしくお願いしますね。」
戦術的勝利を得た私たちはみんな、微妙な面持ちで帰路に就いた。いつも明るく元気だったあの子はもういない。誰も私を責めないのが苦しかった。それどころか、私はみんなに励まされた。気を使われた。それがかえってよりみじめに思える。重苦しい雰囲気を壊したのは、彼女だった。私より前に出て、大きく手を伸ばしてムリに明るく笑った。
「そんな顔してたら、あの子に怒られちゃうわ。前を見て。ね、忘れろなんて、言わない。だから、この勝った事実を持って、無事に帰りましょう。」
嫌に晴れた空の下で、ボヤけて見えない彼女の顔に僅かな光が見えた。明日に残された約束は、果たすことなく海の底へ消える。