後日。再び大本営へ向かっている。今度はそれほど緊張もせず、むしろ少し軽やかな気持ちだ。だんだんと大本営に近づいていき、潮風の香りが少し弱くなり、代わりに都市部特有の臭いが周りに漂う。
「さあ着きましたね。ほら、降りてください。」
「はいはい。わかったわよ。」
送迎車から降りて、あの時と変わらない大本営を見上げる。しかし、あの時と違う点がある。それは、司令官が髪を纏め、義手を着けていること。私たちと似た格好の人間が多く居るのに、なんだか疎外感を感じる。居心地が悪い。
「ほら、いきましょう。」
「ええ。」
大本営は広いはずだし、鎮守府も多くはないはず…なのだが、それでも密集している提督達によってかなり狭苦しい。
「ん?ああ!君か!」
「む?」
声のする方に首だけを向ける。背が高く細目の別の提督が司令官に声をかけた。
「うーん?誰です?」
「覚えていないか…。君と同じクラスにいただろう?」
「失礼ですが私は学生時代の思い出は全て忘れてしまったので。」
「ははは。変わらないな。そうだと思っていたさ。それに、あの話も聞いているからね。」
何やら彼のことを知っていそうな話し方で、少し嫌な雰囲気を纏う男だ。隣には見せつけるように大和が立っていて、彼の本質を表しているようでいけすかない。
「しかし意外だな。君が駆逐艦を連れてくるなんて。しかも霞を。」
彼の眉がぴくりと小さく動いた。
「…何か文句でも?」
「いや別に。ただ…ね?」
「それに腕と一緒に所属も飛んだらしいじゃないか。それはなんなんだい?」
「うちの妖精さんは優秀でね。ぴったりのサイズで合わせてくれたんですよ。」
その腕をまじまじと男が見つめている。
「まあ、いいさ。どこの鎮守府かは知らないが、君の程度も知れたってものだ。行くぞ大和。」
背を向けた男に悟られないようにペコリと深いお辞儀をした大和が居た堪れなくて、可哀想だった。
「あんなやつ覚えている方がすごいですよ。もう学校も昔の話ですから、覚えていなくて当然です。」
小声でボソリと文句を垂れる彼もまた、随分と苦労したのだろう。
「お?久しぶりだな。」
「ん?ああ。小鳥遊提督。」
今度は知っているようで、楽しそうに話をしている。私は先ほどからずっと彼の背中に隠れているだけだ。小鳥遊という男は護衛艦に時雨を連れている。
「…時雨。」
「ん?誰かな?初めまして!」
彼はキュッと悲しそうな顔を見せて、それを誤魔化すようにとびきりの笑顔を向けた。
「ええ。初めまして。」
「僕の提督さんとは知り合いなのかな?」
「はい。仲良くさせてもらっています。」
「君もよろしく!」
「ええ。よろしく。」
「じゃあ、またな…。」
「あ!ちょっと!まってよー!」
小鳥遊提督もまた寂しそうな背中を私たちに見せて去っていった。
「ねえ…。あの時雨、何かあったの?」
「彼が、もともと私が勤めていた鎮守府の引き継ぎをしてくれたんです。まあそこで、霞にも話しましたが、腕がもげた事件が起きました。すぐに異動になったので私は知りませんでしたが、そこではいろいろあったらしく…。あんな感じで、私のことがトラウマになったばかりに記憶に蓋をしてしまったみたいです。」
遠くを見る目でそんなことを話す。彼が何をしたのだろう。こんなにも不幸が降りかかるなどあり得ない。
「そろそろ始まりそうですよ。」
彼が腕時計を見て、この話題から逃げるように私に言う。その行動が哀れに思えて、自分の不甲斐なさを感じる。
それから、見知った顔の軍曹が長ったらしく開会式を開いた。そのあとはずっと上層部の人間に媚を売る時間だった。この会場にいるほとんどの人間が手を擦り合わせ、必死に気に入られようとしている。かく言う私たちは会場の端でひっそりと立ち尽くしている。そのうち小鳥遊提督と、後輩司令官が来た。
「探したぞ。やっぱりこういうところは苦手だな。」
「先輩来てたんですね。見当たらなかったのでてっきり休んだのかと。」
「流石に来ないとまずいですからね。まああそこで媚を売るような真似はしたくありません。」
「またあったね霞。」
「そうね。」
「お久しぶりです。」
「赤城。ねえ、うちに加賀が来たんだけど空母特有の悩みとかってあるの?」
「特有の悩みですか?うーん。」
腕を組んで頭を捻っている。
「やあやあ。見知った顔が揃っているな。」
「おや、軍曹殿。本日はお日柄もよく…」
「ああ。そう言うのはいいよ。肩の力は抜いた方がいい。」
「そうですか。」
「お久しぶりです軍曹殿。」
「柳田くんじゃないか。この前はすまなかったね。」
「いえいえ。私がもっと早く動けていればもう少し良くなっていたはずなので…」
「一体なんの話ですか?」
「いや、気にしなくていい。」
「そうですよ。」
「除け者ですか…流石に傷つきますね。」
視界の隅で肩を振るわせる小鳥遊提督が写った。
「別に緊張しなくていいですよ。軍曹殿はお優しい方ですから。」
「そ、そうおっしゃられましても…」
「そうだよ。君も少し落ち着きなさい。どうだね?彼の鎮守府だったあそこは。よくなっているかい?」
「ええ。ええ。それはもう日々邁進しております!」
「うむ。ならよろしい。ではね。」
そのままツカツカと高い靴を鳴らしながら人混みの中へ消えた。
「二人はよく平然としていられるな…。」
「「何事も慣れですよ。」」
世間話もそこそこに、それぞれ帰路へ着き始める。会場はまだザワザワと喧騒を響かせているので、バレてしまうことはないだろうと言うことらしい。
「おや、もう帰るのかい?もう少しゆっくりしていきなよ。」
例の男の声が聞こえた。
「またあなたですか。そろそろ面倒ですよ。」
「そう言わなくてもいいじゃないか。どうだい?少し話でも。」
そう言ってこの男はずっとくだらない話を連ねていく。くどくどと自分の輝かしい功績を並べ上げるも、司令官は全てを左から右に聞き流している。
「それに比べて君のところの霞は〜」
そう言葉がつながった瞬間に、あの男の身体が宙を舞った。流石に我慢の限界だったようだが、その解放されるきっかけが自分のことであると言う事実を嬉しく思う。
「さっさと帰りましょうか。霞。」
「ええ。」
視線が集中する前にさっさと退散するが吉だ。あの男のそばに立っていた大和は必死に介抱しているが、こちらに向けて負の感情を送ることはなかった。