私たちの鎮守府についてからも、霞はすんすんと鼻を啜っていた。目元は真っ赤に腫れ上がり、大粒の涙をポロポロ溢している。
「そろそろ落ち着いてください。私は大丈夫ですから。」
そっと抱きしめ、慰める。喉を窄めて声を殺している。それでも抑えられない肩の震えを私はどうにも止められなかった。玄関の方から、曙と加賀が歩いてくるのが見える。
「お帰り。案外早かったじゃない。」
「お疲れ様でした。」
霞は一瞥もせず、或いは気づいていないのか、私から離れようとしない。
「霞になんかした?」
「いいえ。少しやらかしただけです。」
本日二度目のため息を吐かれる。
「ばっかじゃないの?軍の本営で面倒ごと起こすなんて。まああんたが悪いわけじゃないとは思うけど。」
加賀はじっと黙って私をみている。
「ま、二人でゆっくりしなさい。疲れてるでしょ。」
「ありがとうございます。」
霞を抱え上げ、ゆっくりと自室へ向かう。私の首に手を回し、か細い声で囁かれた。
「どこにも行かないで…」
と。
ずっと彼の前で泣き続けている。今は、抱きしめられながら司令室の椅子の上にいる。けれど、気分は落ち着かず、それどころかもっと苦しくなってくる。彼の身体の大きさに包まれながら、彼の危うさに心が揺れる。今日のように突発的に行動することは彼にはそうそうない。けれど、絶対ではない。そう言えば、彼は気になったことはなんでも試してみたくなる男だった。そんなことをしていれば、いつか私の知り得ないところで、いつの間にか死んでしまうなんてことがあるかもしれない。嫌な想像ばかりが膨らんで、自分を御することができない。彼は私の背中を規則的にポンポンと優しく叩く。その振動が送られるたびに、安心感と、今日の連れていかれる彼の姿が浮かんで、どうすればいいかわからなくなる。そんなことを知る由もない彼は静かな優しい鼻歌を口ずさんでいる。いつかこんなふうに優しく包容されることもなくなってしまうのかと思うと、いてもたってもいられない。でも、そんなもしもを考えたって自分が不安になるだけだ。
「ねえ…。司令官。」
「なんですか?」
「私って…他の私に比べて…変なの?」
彼はなにも言わず、背中を叩く手を止めた。
「今日ね…他の提督から言われたの。『変な霞だ』って。『何かされてるんじゃないか』って。私は…おかしいの…?」
自分の中にあった不安の要因を彼にぶつける。彼なら、なぜ私が変と言われたのかわかるはず。それで、私のことを肯定してくれる。そう思った。
「おかしなことを言われてますね。あなたは変なんかじゃありませんよ。艦娘だって人間のように三者三様十人十色。結局他人がなんと言おうが、あなたがどう思おうが、私にとってのあなたはかけがえのない存在です。同じ艦娘だからって、みんながみんな同じようなことをするわけではありません。」
「ほんと…?」
「ええ。しかし、最初は少し面食らいましたよ。初期艦が霞だとわかった時、やって行けるかわからなかったので。」
「…。」
「しかし、すぐにわかったんですよ。あなたは他の『霞』とは違います。そりゃあ、本質は変わりませんよ?しかし、私に対する行動や言動が、全くもって異なるんです。私を思いやって行動に移し、私以外にも真摯な対応をする。そういうところが、違うんです。他の奴らは、あなたみたいな霞を知りませんから。そして、そういった場合には、ほとんどの人間は違和感により疑います。なにをしたのか、されたのか。実際のところは何にも起きていません。つまるところただの嫉妬ですよ。ですから、安心してください。あなたはあなたのままでいてください。」
彼の言葉は本心からだ。別にやましいことがあるから隠そうだとか、私を傷つけないための優しい嘘だとか、そんなものではない。そう思うと、もっと涙が流れてくる。この涙は、安心感からくる涙で、苦しいわけでも、悲しいわけでもない。ただ純粋に嬉しい。さらに彼の腕の力が強くなった。彼の胸の中は暖かく、それでいて優しい。私もそれに応えられるように彼の背に手を回す。
「今日は、さっとお風呂に入って、それからゆっくり寝ましょう。」
「うん。そうする。」