『そちらからの電報が近頃滞っている。君は知っていると思うがこのようなことが起こればこちらに呼び出されるというのは承知であろう。迎えを寄越している。秘書艦と共に来なさい。それと、司令室の引き出しにある手帳を持ってくること。』
「あなた、電報を疎かにするなんてどういうことよ!」
「いやね、私にも言い分というやつがあるんです。だって、毎度毎度報告が『近海の警備、巡回、異常なし』としか送ることがないんですよ?そりゃ電報も忘れます。」
「言い訳しない!ほら、もう向かってるらしいからさっさと準備しちゃいなさいな!」
霞に促されるままに準備を進めると、迎えらしき車が鎮守府の前に停車する。
「霞、行きましょうか。」
乗り込んだ瞬間に発車し、景色は後ろに吸い込まれていく。散歩で通った猫の道は一瞬で過ぎ、霞に目をやると俯いて表情が見れない。
大本営へ着くのに2、3時間程度かかるものの流石の快適さもあり苦ではない。大本営に近づくにつれ景色の移動も緩やかになる。
「さあ霞。つきましたよ。」
あまりの大きさに声がでない霞を引き摺り出し、大本営の中へと歩みを進める。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
受付の方に連れられ大本営の中へと向かう。やはり腕のせいか奇異の目で見られている気がして落ち着かない。
「こちらです。くれぐれも失礼のないよう。」
「了解です。」
大きな扉を開くと、そこには深い皺の刻まれている、しかし威厳のある老人が鎮座していた。
「お待たせしました。」
「いやそうでもない。そう畏まらなくてもいいよ。ほら、そこのお嬢さんも。」
いつも思う。掴みどころのない老人。飄々としているようで常に何かを考え続けている。かと思えば理不尽を振り翳し少々周りを振り回す。海軍の言うなれば一番偉い人。
「軍曹殿。私と貴方では対等になりえません。そのような軽率な発言は控えた方がよろしいかと。」
「君はいつもそうだな。わたしは部下との壁はあまり作りたくない。上に立つものとしてこの考えは大切だと思っているが?」
「失礼しました。軽率な発言をお許しください。」
一連の流れを私の影に隠れて見ることしかできない霞はふるふると震え、目に涙を浮かべている。かわいい。
「さて、君の配属された鎮守府はどうかな?」
「ええ。とても良いところです。私には勿体無いくらいです。しかし、深海棲艦が完全に駆逐された海域とは珍しいですね。」
「そうだろう。何せ、それを実現したのは他でもないわたしなのだから。」
「そりゃあそうでしょう。あの鎮守府は私が一度も聞いたことがなく、それでいて異常な程安定した海、鎮守府は内側の汚れがよく目立ち、数十年は人の手が入っていないと見受けられます。そして、あの手記を知っている方はこの海軍にはあの鎮守府を管理した人間しか知りえないものでしょう。となれば、年齢的にも、階級的にも、軍曹殿、貴方しかいないわけです。」
「はっはっは。まるで探偵のような推理だな。まあ、間違ってはいない。その手記は私のあの頃の全てが詰まっているのだ。置いていってしまったのに気づいた頃はもうここに配属されていたし、あけれる時間などなかった。そんな矢先、ちょうど君に白羽の矢が立った。」
「腕のことですか。」
「その通り。基本的には腕のない軍人は即刻首を切られるものだ。しかし君はなかなか武功もあげていたし実力が伴っていた。なら、私の代わりにそこへ行き、手帳も持ってきてもらおうとなったわけだ。」
「私としてはありがたい限りです。足切りされるものだとばかりに思っていたので。」
「しかし、手帳を持ってきただけで帰るのは私としては正直嫌なんですよ。というわけで、軍曹殿がその鎮守府を指揮していた頃のお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ構わない。むしろ、語らせてもらえるのかと内心はしゃいでいるよ。」
霞は尚も背中に隠れている。自分はもうなれたが、軍曹の放つプレッシャーというやつを感じ取っているのだろう。
「さて、長くなるがいいかな?」
「喜んで。」