ほっぽを湯船から上げると、ぶすっと不満げな顔をされた。
「モットハイルノ…!」
「ダメよ。クソ提督と霞も入るんだから。」
「エー…」
「ほっぽ。我儘はダメですよ。」
「あんたが言うな。」
さて、翌日のことである。息を切らして軍曹殿がやってきた。
「なんですかいきなり。連絡の一本くらい寄越してくれないと。」
「君が突然北方棲姫を迎え入れたなんて報告を聞けば誰でもこうなると思うがね…。ふう…少し疲れたな…。」
「司令官さん。少し落ち着くのです。」
「まあゆっくりしてください。」
「あー…北方棲姫を連れてきてもらっていいかな?」
「構いませんよ。きっと曙と加賀もついてくると思いますが。」
「霞以外に建造したのか…?」
「曙、ほっぽ、お客さんですよ。」
「だってさほっぽ。」
「ワカッタ…」
「しっかしお客って誰よ。」
「まあまあ。ついてからのお楽しみです。」
「ところで加賀は行かないの?」
加賀が布団からゆっくりと身体を持ち上げ、こちらを見た。
「私もいきます…。少し待ってください…。」
「構いませんよ。私は先に向かっているので。」
「待って。どこに行けばいい?」
「食堂です。」
「了解。」
「リョーカイ!」
「ま、少しだけ待ってくださいね。」
「こんな時間に来たのは悪かったかな…?」
「あんまり気にしないでいいですよ。うちの加賀がちょっと変わってるだけなので。」
「今なら聞けるかな。どうして霞以外の艦娘が所属しているんだ?」
「あなたが送ってきた荷物の中に開発資材が入っていて、それを霞が使用して曙が建造されました。加賀は曙が倉庫を漁って出てきた開発資材を使って建造されました。」
「君は建造していないと…ならいいか。」
「第一あなたが送ってきたのが悪いんですよ。」
「司令官さんの悪口はそこまでなのです。」
それまで大人しく座っていた電がゆっくりと殺意を向けてきた。
「落ち着いてくださいよ。」
「電。落ち着きなさい。して、霞はどこに?」
「霞は…今は腰を痛めてます。」
「腰…ふむ。君もやるようだな。」
「軍曹殿には負けますよ。」
「クソ提督。ほっぽ連れてきたわよ。」
「ああ、待ってましたよ。ほら、座ってください。」
「あら、あなたがお客さん?よろしく。」
「オハヨウゴザイマス…」
「…どうも…。」
「…どこかで見たことがある気がするなぁ。電もそう思わないか?」
「確かに…懐かしいような気がするのです。」
「…軍曹殿。つかぬことをお聞きしますが、ここで沈んだ艦娘は居ますか?」
「ああ。一人だけな。」
「その話、詳しく聞かせてもらってもいいでしょうか。」
「…ああ。構わんよ。あれは忘れもしない8月24日。むせかえるほどの暑さだった。」
私が提督として着任してからそれほど時間も経っていない頃だった。いつものように建造をしていた。新しい風をと思って足りない資材を少し多めに投入したんだ。そしたら、元気のいい軽空母が生まれた。あの子は底なしに明るく、そして強かった。ひよっこの私たちを支え続け、正規空母にすら負けないほどの情熱を持っていた。いつものように、私や電にくっついてきて、楽しそうに話をした。ただ、その時間も長くは続かなかった。一時的に深海棲艦側の動きが強まった。そんな中で、轟沈者を一人も出すことなく運営できていたのは奇跡だった。
「司令官さん!入渠ドックがいっぱいなのです!」
「司令官!補給物資が足りないよ!」
「提督さん!」「提督!」「司令官!」
流石の私も焦った。初めてのことだったからな。それに、資源も設備も今ほど充実していなかった。そんな状況でも、彼女は凛として、それでいて活気づけようと動いた。
「はいはい。みんな落ち着きやー。提督さんもお疲れやで!お話ならうちが聞いたるから。ほら、キミもたまには休まんとな。」
龍驤は出撃も執務も全てをこなしてくれた。そんな彼女に私達は頼り切っていたのだ。だからこそだろうか。深海棲艦の動きも落ち着きを取り戻し、同時に資源や設備もある程度は充実してから、大体4年が経った頃だ。最高練度の艦娘がたくさんいた。無論龍驤もそのうちの一人だ。慢心していたのだろう。龍驤を旗艦とした艦隊が北方海域で痛手を負ってしまった。すぐに帰還するよう指示を出した。ただ、その判断が遅すぎた。艦隊の半数が大破。龍驤も中破してしまった。だからこそ、帰りは私も慎重な指示を出した。だが、執念深い深海棲艦がいた。そいつが、龍驤に一撃打ち込んだ。相当無理していたんだろう。当時でも、龍驤は執務やら平時の問題ごとやらを引き受けていた。そんな状況を知っていたのに、出撃させた。練度の高い彼女でも、さすがに限界が来たようで、そこで龍驤の通信が途絶えた。帰ってきた艦娘は皆口々に言った。
『龍驤さんが助けてくれた。』『龍驤さんを助けに行かなきゃ。』
心が痛かった。沈んでしまった艦娘はどう足掻こうが帰ってはこれない。彼女たちの温かい心が私にプレッシャーを与えた。彼女たちは悪くなかった。無論、龍驤も悪くない。私の艦隊指揮が未熟だったあまりに起こってしまった。これは、事故なんかではない。私の未熟さ故に起こったのだ。彼女は、私が沈ませたのだ。彼女への懺悔をする時間もないほどに忙しかった。何しろ、あのタイミングで深海棲艦の群れと対峙したのだから。
軍曹殿の方からは様々な思いが込められた言葉が出てきた。いつも飄々として、つかみどころのない人だと思っていた。だが、この人にもこんなにも弱いところがあるのだと少し衝撃だった。
「失礼しました。」
「いや。私が悪かったんだ。それを、君が話を聞いただけで謝るなどちゃんちゃらおかしい。」
「…」
「ハチガツ…ニジュウヨンニチ…カンタイ…」
「すう…」
曙は黙って、ほっぽはぼそぼそと単語を繰り返した。加賀はぐっすり眠っている。
「ほら、つまらない話だったろう。北方棲姫に会えたから、今日はもう帰るとするよ。おいで。電。」
「はいなのです…。」
「チョット…マッテヤ…!」
「!?」
突然ほっぽの口調が変わり、大きな声を出した。
「キミ…!テイトクサンヤロ…!」
「そんなばかな…君は…龍驤…なのか…?」
「ウチ…イマ…オモイダシタ…」
「ズット…アイタかったんや…」
「あやまりたくて…でも…迎えにきてくれるのを待ってて…でも待ちきれんくて…。」
「海から上がってきて…それで…」
「おかえり。龍驤。」
涙を流しながら話すほっぽ…龍驤にそっと優しい抱擁を軍曹殿がした。
「う…ウチ…帰ってきてよかったんかなぁ…。」
「ダメなわけがないだろう。ずっと会いたかったんだ。謝りたかったんだ。よかった…。」
暫くは龍驤の泣き声が響いた。その間も軍曹殿は抱擁をし、電は後ろで肩を揺らしていた。
「うん…もう大丈夫や…。ごめんな。」
龍驤の目がチラリと見えた。その目は、北方棲姫の名残か少し赤みがかった色だ。
「ところで…一つ気になるのですが、なぜ扉の前でうずくまっていたんですか?」
「それなー。ウチにもわからんのよ。いつの間にかそこにおってなあ。」
本人にもわからないなら誰にもわからない。
「そうでしたか。」
「すまないな。見苦しいところを見せた。」
「いえ。構いません。龍驤さんにまた会えて、よかったですね。お二人とも。」
「ああ。ありがとう。君たちが平和主義であったおかげで、また出会うことができたよ。」
「ありがとうなのです。」
「じゃあ、今度こそ帰るよ。さあ、龍驤もおいで。」
「うん!」
「…ん…あれ?ほっぽは…」
寝起きの加賀がキョロキョロと周りを見回した。
「いたた…まだ痛むわね…ん?」
司令官のラジオから、雑音と共にニュースの声が聞こえる。
『北海道から旅行にきていた女の子寄波美優ちゃんの両親が捜索願いを警察に届けてから〜…日たちました。警察は捜査を進めていますが、詳細なことはまだわかっていません。特徴は、髪を二つに纏め、赤色のランドセルを…ー:〜。』
「みゆ…って…もしかして…」
嫌な予感がザワザワと心を這い回る。
「しかし、どうして記憶がなかったんだ?」
「それな〜。ウチが陸に上がろうとした時に女の子が沈んできたんや。ウチだけ上がるんはなんか後味悪いやん?やから一緒に上がろう思って近づいてったんや。そしたら突然ピカッて光ってなぁ。ほんと、不思議やったわ。なんたってランドセルしょった子やったからな。なんか関係あるんかもしれん。」
「見間違えたとかじゃないのですか?」
「いんや。ありゃ間違いなく背負っとった。まあ、曖昧な記憶やけど。」