「なあ武蔵。今日は何かあるか?」
「ふむ…。どこかの鎮守府から客が来るらしいぞ。」
「ほう…そんな予定あったか?」
「いや。ついさっき来た。差出人は…霞?」
「一体なんでまた…」
「さあな。私にはわからん。」
「ここ…かしら。」
電車に揺られてようやくたどり着いた呉鎮守府は立派で、外装に目立った傷や汚れもなく綺麗だった。うちにはいない守衛さんが門の前に仁王立ちしている。
「おや、艦娘のお客さんか。話は聞いているが…ここに電報を送ったのは君かね?」
「ええ。」
「なら、このネームタグを吊り下げてもらう。大丈夫だよ。変なものではない。あくまで『客人』という扱いになるだけだ。問題行動があれば直ちに取り押さえる旨は留意しておいてくれると嬉しい。」
「ありがとう。」
案外あっさり門が開き、鎮守府へ続く石畳の地面を歩く。広い中庭にはちらほらと非番らしき駆逐艦たちが楽しそうに談笑したり、軽巡洋艦がベンチに座って談笑している。よっぽど平和なのかもしれない。
「あなたが電報を送ってきた霞だな?」
目の前に褐色肌で白髪のメガネをかけた大きな艦娘が立っていた。
「ええ。突然だったけれど、大丈夫だったかしら?」
「うむ。今日は久しぶりに出撃もないからな。我らが提督は執務室にいる。着いてきてくれ。」
身を翻した彼女の後ろを着いていき、清潔に保たれている鎮守府の中をするする進んでいく。たまにすれ違う艦娘からはギョッとした目で見られる。きっとここにも『私』がいるのだろう。
「ほら。ここだ。くれぐれも粗相のないようにな。」
「ありがとう。わかってるわよ。」
「提督。客人だ。」
重厚感のある扉をコンコンと乾いた音を鳴らして開ける。
「武蔵…返事があるまでは開けていけないと何度も言ってるだろう。」
「すまないな。」
顔を背けてよく見えなかったが、武蔵という艦娘の耳が少しだけ赤くなった。
「まあ、いらっしゃい。歓迎するよ。きっと彼のところの霞だろう?自由に見ていってくれ。彼に言われてきたのか?」
「いえ?あの人のいた鎮守府がどんなものなのか気になったから…。あと、時雨の様子を見にね。」
「そうか…。自由なんだな。そっちは。」
その一言がなんだか悲しい嘆きのように聞こえた。そうだ。私たちは軍属なんだから、本来ならばもっと緊張感を持って過ごす必要があるのだ。あまりにも平和すぎて忘れていた。
「自由にしていいなら私は好きに見て回るけど…いいかしら?」
「ああ。問題ない。」
「ありがとう。突然来たのに悪いわね。」
執務室を後にしてぶらついてみる。
「提督。なんなんだあの霞は。うちにいるのとは随分雰囲気が違うぞ?」
「…色々あるんだろう。」
適当に歩くと言っても、この鎮守府の内部の地図なんて知らないので、そこらを放浪するしかない。大きく『弓道場』と掲げられた引き戸をそっと開ける。そこでは空母たちが皆集中して弓を弾いたり、飛行甲板の手入れをしていた。暫く魅入っていると、そのうちの一人がこちらに気づいたようで、手を振られた。
「あの…お邪魔してもいいかしら。」
カラカラと扉の動く音と一緒に弓道場に入る。
「いらっしゃい霞ちゃん。珍しいわね。ここに来るなんて。」
「あ…私は…」
「ちょっと待ってください。」
加賀が怖い顔でこちらに向かってくる。
「あなた…ここに所属する霞ではないわね?一体どこの…指輪?」
まじまじと見つめられる。その眼圧により顔を逸らしてしまう。
「ダメよ加賀さんそんなことしちゃ。」
赤城が諌め、私に優しく微笑んだ。
「あなたも弓を弾いてみる?」
「え?」
「赤城さん?」
予想外の質問である。私は駆逐艦であるため艦載機は飛ばせない。そもそも私に合うサイズの弓なんてないだろう。
「いや…私は遠慮しておくわ。」
「そうなの。少し残念ね。」
その瞬間に加賀の目線がより一層厳しいものになった。相当警戒されている。
「なあ、アンタはどこの鎮守府から来たんや?」
…見たところ軽空母だろうか?ツインテールでサンバイザーのようなものをつけてペラペラな滑走路を持っている。
「えっと…あなたたちの前の司令官のところから…」
そう言った瞬間にみんな目を丸くした。
「あの人がケッコンを?」
「え?ええ。」
「あなたと?」
「そうだけど…」
一体何が起きているのかわからない。きっと彼女たちにしかわからないことでもあるんだろう。この発言は軽率だったかもしれない。
「あの…えっと…?」
「あの人は…今元気かしら?」
長い黒髪を揺らし、サラシを巻いている背の高い軽空母が聞いてきた。
「ええ。」
「なら…よかった…。」
その場に腰を下ろしてふうと息を吐いた。
「まさか霞とケッコンするなんてねぇ。ちょっと意外だったよ。」
黄色い道着を着て鉢巻を巻く空母が笑って言った。
「まあまあみんな落ち着いて。ほら、お茶飲みますか?」
青い髪を一本に纏めた包容力の塊のような軽空母が私を促した。
「いただくわ。」
とぽぽと熱いお茶が湯気を立てて注がれる。
「ひとつ…聞いてもいいかしら。」
「ん?なんですか?」
「司令官はここではどんな風だったの?」
「どんな風…ですか…。」
「やけに丁寧で…でも腰が低いってわけじゃないというか…でもケッコンカッコカリは絶対しようとしなかったよね〜。」
たしか…瑞鶴と言ったか。緑の道着に身を包み、サイドテールでまとめた元気の良さそうな艦娘。
「それは…私たちが言ったことですから。」
「どういうこと?」
「私たちとケッコンカッコカリをするのは少し難しそうな顔を見せていたの。だから、彼の気持ちが決まるまでは艦隊の指揮に集中してほしいって言ったんです。そしたら…決まる前に移動になってしまって…。」
白い髪を長くたらし、瑞鶴に雰囲気の似ている艦娘が悲しそうな顔で言った。
「でも、あなたを見ていると、幸せそうに見えるので…きっとあの人も幸せなんでしょうね。」
他人からそう言われるとなんだか恥ずかしくなってくる。
「じゃあ、私からも聞きたいんだけど、あの人って今どうしてるの?提督は続けてると思うんだけど…。」
「えっと…どうっていうのは…?」
「もう。鈍いなあ。どこまで進んだのって!」
「こら瑞鶴。不用意にそんなこと聞いてはダメよ。」
「でもでも!加賀さんだって気になるでしょ?」
気づけばみんなが私の周りを囲んでいた。
「それって…夜のこと…?」
そう確認した瞬間にみんなが一斉にこちらに身体を伸ばした。期待に満ちた眼差しが私の口から情報を引き出す。
「えっと…その…たくさん…。」
顔が熱くなって…すぐにこの場から逃げ出したい。空母の面々はというと、驚くもの、興味津々にさらに身を乗り出すもの、恥ずかしそうに頬に手を当てるもの。反応は様々だった。
「なかなかやるわね…あの無欲そうな人からそんなに求められるなんて。」
「欲求だらけな気がするけど…」
「な、なあ!提督さんのことどんくらい好きなん!?」
ツインテールの軽空母が楽しそうに聞いてくる。
「もし死ぬのなら…私と一緒に死んでほしい。」
「やけに重いなキミ!?そうじゃなくて、もっと純粋な気持ちはどうなんや?」
「ええと…」
「お前たち。何してるんだ?」
扉の方を見ると、小鳥遊提督が立っていた。不思議そうな顔でこちらを見ている。彼は今の空間を抜け出す助け舟である。
「霞から色々お話を聞いていただけですよ。」
「ほどほどにしておけよ?そろそろ赤城の腹がなる時間だからな。」
「な!なんて事言うんですか提督!」
顔を真っ赤にして腕をブンブンとふる赤城のお腹がちょうどきゅるきゅると鳴った。
「おおー。さすがやなキミ。」
「ほら。飯の時間なんだ。それに、そろそろ霞を解放してやれ。大切なお客さんだぞ。」