少し取り乱したものの、仲直り?も済ませたので、またふらふらと歩き出す。ここは本当に色々な艦娘がいる。穏やかそうな雰囲気を出す艦娘から殺気だった艦娘や、手を繋いでいたり、果ては抱きついたりする艦娘もいた。うちの鎮守府は数が少ないからわからなかったけれど、実際はこんな感じに楽しげな雰囲気が漂っているものなのかもしれない。
「あ!霞!」
時雨が前方から嬉しそうな笑顔を向けて迫ってくる。
「時雨〜!待つっぽい〜!」
その時雨を追う金髪でリボンを巻いた艦娘もこちらに向かってくる。
「久しぶりだね!」
「そうかしら?」
「時雨、何言ってるっぽい?霞とは毎日会ってるっぽい!」
「あ、夕立。この子は別の鎮守府の霞だよ!」
「まさかわかるなんて思わなかったわ。満潮って子はわかんなかったわよ?」
「へぇ。姉妹艦でもわからないのに気づいた僕はすごいってことだね!」
「むぅ〜。時雨ばっかり楽しそうに話すのずるいっぽい!」
夕立という艦娘がブンブンと腕を振って抗議している。
「ごめんごめん。楽しくなっちゃって。」
「ところで…霞はどこの鎮守府から来たっぽい?」
少し面倒な質問だった。時雨がいなければここに勤めていた元司令官の艦娘だと言えた。ショックのあまりに記憶を閉ざしたなんてにわかには信じ難いが、こんな些細なことで記憶が戻って拗れてしまっても帰って面倒なことになる。
「まあまあ。いいじゃないか。僕は霞のことを知ってるんだからさ。」
幸か不幸か時雨がこの話題を止めてくれた。
「ん〜、でも気になるっぽい!」
「あとで教えるから…ね?」
小声でそっと耳打ちする。
「え?なんで?」
「…時雨がいるからよ。」
その言葉の後に夕立の顔がキュッと悲しいほどに歪んだ。ある程度察したのか、それ以降は特に踏み込んだことは聞かれなかった。
「さて、どうする?ここの案内でもしようか?」
「そうね…お願いしようかしら。」
「…夕立は提督さんのところに遊びに行くっぽい!」
無理矢理笑顔を作り、時雨の前から離れていった。
「なんでかなぁ。僕がお客さんを案内する時はこんな風に二人きりになるんだよ。まったく不思議だなぁ。」
おそらくその理由は時雨は最後まで知ることはないだろう。事情を知る艦娘は皆時雨を見守るため動くのだろう。もっとも、時雨以外にも同じような症状を持った艦娘も多くいるはずである。そんな中でも確かに艦隊の指揮を行っている小鳥遊提督はすごいのかもしれない。
「今日は僕は非番だからね。どこでも連れていってあげるよ!」
頼もしくも小さい背中が私を誘導する。無垢な笑顔が心に刺さる。楽しそうにこの施設のことを説明する彼女が痛々しく思えて仕方がない。
「聞いてる?霞?」
「ああ、ごめん。なんだったかしら?」
「もう。やっぱり聞いてないんじゃないか。ほら、ここが僕らの部屋だよ。」
そこは広く、畳とちゃぶ台に座布団が何枚か敷かれている少し質素な部屋だった。私のいる鎮守府の部屋よりも格段に生活しやすそうだ。きっとここの方がずっと新しいからだろう。
「はい、お茶。熱いよ。」
「ありがとね。」
「いいんだよ、これくらい。」
ほかほかと湯気が上り、濁った緑茶が茶柱を立てている。
「あ、運がいいね霞。きっといいことがあるはずだよ!」
「うん…そうかもね。」
私は、運がいいらしい。演習ではあまり被弾しないし、よく急所に当てることができる。日常生活でも、今の茶柱のように偶然の産物にも恵まれる。何より、彼に出会えたから。けれど、彼にあったということは、ここに所属する艦娘たちに少なからずトラウマを与えてしまった結果でもある。まあ、気にしてなさそうな子はたくさんいた。現に満潮やここにいる私はあまり引き立ってもいなければ、話題に出して取り乱すことはなかった。夕立は、司令官がいなくなったことよりも時雨たちのほうに気を取られている風で、司令官に対しての思い入れというか、思い出やらは、軽薄であまり覚えていないんじゃないかとも思う。空母に至っては、彼の心配よりも私たちの色恋沙汰を聞いていた人の方が多かった。
「ふう…落ち着くね。」
ぽつぽつと滴り落ちる雨の音に耳を澄ませながらちゃぶ台に身体を預けている時雨は癖毛のおかげで犬のように見える。なんだかそう思うと可愛らしくて、つい頭に手が伸びた。
「ん?どうしたの?頭になんかついてた?」
「違うわよ。ただ、こうしたくなったの。」
「変なの。」
口ではそう言っても、今の時雨の顔は口角が上がって、目元が垂れ、うっとりとした顔で私の手を受け入れている。こちらとしてもその幸せそうな笑顔を見ると安心できる。
「…なんだか眠いな。」
「ちょっと、案内してくれるって言ったじゃないのよ。どうするの?」
「ああ…他の子に…まかせ…て…。すぅ…」
口からそれだけを捻り出して瞼を閉じた。
お茶のなくなって容器の熱を全て冷ましてしまってからその部屋を後にする。
「時雨は…どうなったっぽい?」
「今はちゃぶ台に頭を埋めてるわよ。大丈夫。」
「ありがとうっぽい。それと…帰れるなら今すぐにでも帰って欲しいっぽい。」
「…それは困るわ。私だって長い距離を来たんだもの。」
「…なら、せめて時雨の前に顔を出すとかは控えてよ?」
先ほどまでぽいぽい言っていた艦娘とは思えぬほどの覇気をびりびりと肌で感じる。
「わかってる。」
「それと…提督さんにごめんなさいって言って欲しいっぽい。」
私はその言葉を無言で了承した。雲は薄く、風の流れも早い。きっとこの雨は通り雨だろう。