「あら?お姉様。霞は…?」
「あの子はもう戻りました。ほら、tea timeデス!」
「ええ?でも指輪の件は…」
「もう終わりました!」
金剛と別れた。この鎮守府は問題を抱えた艦娘が多い。金剛ですらあんなに憔悴してしまうのだ。やっぱり彼は相当優秀かつ艦娘との関係を大事にしていたのだろう。軽い気持ちでここに来たが、来ない方がよかったかもしれない。
「あら〜?霞じゃないの〜。なんでここに〜?」
足元を見ながら歩いていた私に向けて茶髪のロングで紫の服を着たおそらく重巡の艦娘が話しかけてきた。
「って、あなた、ここの霞じゃないのねぇ。どこから来たのかしら〜?」
よくみるとほんのりと頬が赤く染まっているし、足元はおぼつかない。そういう艦娘なのだろうか。
「そうだけど…あなたは誰?」
「あら、知らないの?私は足柄よ。」
「足柄…。やっぱり私は知らないわ。」
「それは…少し寂しいわねぇ。」
昔の大戦中に関係でもあるのだろうか。私はそれの記憶をあまり持っていないからわからない。
「ま、知らないならいいわぁ。ちょっと来てよ。」
「なんでよ。」
「いいからいいから。」
「わ、ちょっと?」
ふんわりと酒の匂いがする。
「あんた酒飲んでんの!?」
「うふふ。大丈夫よぉ。ほらほらこっちこっち〜。」
連れ込まれた部屋は誰もおらず、蛍光灯による灯りと酒瓶が床に散乱していた。
「あんた少しは掃除しなさいな。」
「いいからいいから。ほらほら座って。一緒に飲みましょ?」
すでにトクトクと音を鳴らして酒が注がれている。
「まあいいけど…程々にしときなさいよ?」
「わかってるわよぉ。」
そう言って足柄は瓶のままグビグビと飲んだ。
「ええ…」
「はー!美味しいわぁ。」
「ところで…あなたのその左手の指輪。誰からもらったの?」
一瞬で空気がひりつき、野生の獣のような瞳孔が私を一点に見つめた。
「司令官から以外ないで…」
「その司令官は誰かって言ってんの。」
これはなかなか面倒だ。頭が切れる酒飲みには何を言ってもどうしようもないだろう。
「あんたらの元司令官からよ。なんか悪い?」
「…そ。」
つまらなさそうにぐいと酒を煽り、ついに酒瓶の中身が空っぽになった。
「何も言わないの?」
「言わないも何も…あの人はもう別の鎮守府の人になったのよ?それを外野がぐちぐち言うなんてお門違いってやつよ。」
そう言う足柄の肩は小刻みに揺れていた。
「…それ嘘ついてるでしょ。」
「えぇ?なに言ってんのよ。あってまだちょっとしか経ってないあなたにわかるの?」
「わかるわよ。肩が揺れて、さっきより声が震えてる。司令官のこと好きだったんでしょ。」
「…」
黙ってしまった。私も差し出された酒を飲み干し、机に置いた。
「喋らないんなら、私もう行くわ。」
「ちょっと…待って…。」
この時の私は忘れていた。足柄は酒を飲んでいて、かつ酔っている。そうなった人間は非常に面倒くさくなると。
「そうよ!好きだったわよ!我が世の春が来たと思ってたわよ!」
「!?」
怒りに身を任せてとにかく捲し立てられた。
「でも!よりによって私が編成された艦隊であんな事故するなんて!思わないじゃないの!」
「足柄…」
「でも!あの人は!私たちに何にも言わないでどっかに行って!あまつさえケッコンしてるなんて!どうしていいかわかんないじゃないの!」
衝動に任せてとにかくぶちまけられた。はあはあと息を切らし、もう一度酒を飲んだ。
「でもね…。それはいいの。」
「え?」
「一番許せないのは私たちの霞とケッコンしたことよ。」
「は?なに?私たちって?」
「あったりまえよ!私たちの旗艦としてあんなに頑張ってた霞をよ?許せないわよそんなの〜!」
また知らないことを大声で言われた。情緒が安定しなさすぎる。
「私どうすればいいのよぉ。新しく入った人は優しいけれど距離を置いてるしぃ…なんなら武蔵といい感じだしぃ…。」
「別にいいんじゃないの?」
「よかないわよぉ。はぁ…どうしようかしらねぇ。」
「あ、落ち着いた?」
「ええ。スッキリしたわ。」
「ならよかった。じゃあ私もう帰るわね。」
「私もついていっていいかしら?」
「ダメ。」
「むぅ…ま、いいわよ。だいぶ前にあの人とも会えたしねぇ。それにしても、なんで女装なんてしてたのかしら?すっごい似合ってて若干自信無くしかけたわ。」
「あんた…気づいてたの…。」
「あなたも一枚噛んでたのねぇ。」
「…内緒よ?」
「知ってるわよ。じゃ、気をつけて帰んなさい。」
「ん。ありがと。あんたも掃除、ちゃんとしなさいよ。」
「はいはい。また会いましょうね。」
「じゃあ私帰るわね。」
「ああ。ここはどうだった?最後に感想の一つでも聞かせてもらいたい。」
「…そうね。」
色々な艦娘がいた。しかし、その誰もが何かを抱えていた。正確には空母以外か。ここにいる霞や満潮からはなんとなくひりついた雰囲気が感じられた。時雨は言わずもがな、夕立は天真爛漫そうで、その実苦労していることが見てわかる。金剛は司令官に対する想いと姉妹たちへの想いに板挟みになっていたようだ。きっと今も彼女らの面倒を長女として見守っているのだろう。足柄は…まあなんとかなるでしょ。
「なかなか賑やかだけれど…やっぱり色々あるわよね。司令官がそんなにここに影響を与えてたなんてね。」
「やっぱりそう思うか。その点は苦労しているんだよ。まあ、俺に任された仕事だからな。頼もしい戦艦もいるし、まあのんびりやるさ。」
そう言って武蔵に爽やかな笑顔を向けた。
「…ふん。よくわかってるじゃないか。」
「ん、じゃあ、本当に帰るわね。」
「ああ。気をつけろよ。世の中物騒だからな。」
「忠告ありがと。武蔵は頑張んなさいよ。」
「わかっているさ。」
「なんのことだ?」
門前の守衛さんにネームタグを返し、ほんのりと湿気を帯びた道を進む。雨は止んだものの、まだ雲は空に鎮座し、太陽を隠している。行きの道をそのまま戻り、駅へ向かう。濡れたアスファルトの上を一台の車が通り、同時に私に司令官のことを思い出させた。彼は今何をしているんだろうか。