鎮守府まで歩いていると、堤防に腰掛ける加賀の姿が見えた。その加賀の身体からは曙らしき髪の毛が揺れている。あの二人のところに行くのは少し悪いような気がする。けれど、何をしているのかは気になる。ゆっくり近づこう。別に悪いことをしているわけではないけれど、自然と忍足になる。
「…。〜…。」
何か話しているようだけど、その内容まではわからない。突然加賀の背中が丸くなって、肩を揺らし始めた。曙が泣かせた…とは考えにくい。きっと感極まったとかそう言う類だろう。
「加賀、霞が見てるわよ。」
魚に向けていた電探が反応し、同時に霞がいることがわかった。何も言わないのも違う気がするから、一応報告だけはしておく。
「見られて困るものでもありません。」
「頑固ねぇ。」
すんすんと鼻を鳴らし、尚あたしに縋る。波が変わらず堤防に体当たりを繰り返す。その勢いにつられて風も吹いて、頬を撫でる。
「帰っても抱きつくのはできるでしょ。ほら、そろそろ離して。」
少し不満気に解放され、自由になった腕で加賀の頬を流れる涙を拭いた。少し驚いた顔を見せたものの、あたしの手の甲をさらに自分の手のひらで包み込み、そっと頬擦りした。いつの間にか霞の反応は消え失せていた。
「ね、荷物運ぶの手伝って?」
「もちろんです。」
すっかり満足そうな様子で水平線に向かって力強い眼差しを向けた。
「曙。」
「今度は何よ。」
語気は荒いものの、決して怒っているわけではない口調に安心する。
「そのですね…お恥ずかしながらお腹が空いてしまって…」
「ああ…今は間宮さんいないんだったわね。」
お昼は既に頂いた後でも、なぜか空腹が襲ってくる。燃費の悪い身体は好きではない。
「うーん…じゃあなんか作る?」
「お願いします…。」
食堂に行くと掛札に
『夜までには帰ります。台所を使うなら綺麗にしてね』
と丸く柔らかい文字で綴られていた。食堂に入り、私を台所が見えて、かつ一番近い席に座るよう促してくれた。細かな気遣いが私をさらに夢中にさせる。
「適当に作るから、味は期待しないでよ?」
「曙の作る料理なら、何でも美味しいですよ。」
「なかなか嬉しいこと言ってくれるじゃないの。」
楽し気にエプロンを身につけ、ふんふんと鼻歌混じりに包丁で食材を切っている。何だかその姿が若妻のようで、私の想像力を掻き立てる。しかし、少し見方を変えれば中学生程度にしか見えないその姿から放たれるその雰囲気が異様に思えて、それでいて惹きつけられる魅力がある。目を見張るような速さで作られていく。みじん切りした玉ねぎを炒め、ケチャップとお米を投入してさらに炒める。私のことを考えてなのか、それとも無意識にやっているのか。定かではないものの、皿に盛り付け、形を整えるケチャップライスは量が多く見えた。ふんわりと良い香りが漂う。じゅわっと音を立てて二つ分の溶き卵を焼いていく。器用にオムレツ状にまとめ、盛り付け始める。オムレツを乗せ、包丁を一筋入れると、ぱっくりと割れ、半熟の中身がとろりと流れた。さらにその上にケチャップをかけ、私の元までそれを慎重に運んでくる。
「はい。お待たせ。オムライス。初めてだけど結構いい出来じゃないかしら?」
「いただきます。」
まずは一口スプーンで小さく掬う。柔らかい玉子がスプーンの端で切れ、下に眠るライスを運んでくる。ほかっと湯気が立ち、香りが溢れ出る。手の震えに呼応するように動く玉子を口に入れる。優しくて安心する味だった。対面の曙が少し不安そうにこちらを覗き込んでいる。
「すごく美味しいです。ありがとう曙。」
「そ、よかったわ。」
加賀の笑顔がその出来を表しているようで嬉しかった。ただレシピ通りに作っただけだけど、喜んでもらえると嬉しい。何より、夢中になって食べ進めてもらえるのが嬉しい。それに、加賀の上品な食べ方を見ると、敬意を払われているようで、少し気恥ずかしくもあるし、それほどまでに喜んでもらえているのだと思える。
「毎日曙のご飯が食べたいです…。」
「間宮さんのお仕事無くなっちゃうからダメ。たまにならいいわよ。」
「…やりました。」
何となく受け答えに失敗したような気がしないでもない。けれど、今の加賀を見ているとそんなつまらない考えはさっと引いてしまう。決してがっつくわけではないその姿を見守り、洗い物に移る。
「ん?曙?」
「大丈夫。これ洗うだけだから。どこもいかないから。」
ほっと安心して、再び食べ始めた。加賀のことは好きだけれど、こう言うところはどうにかならないものかと思ってしまう。求められること自体はもちろん大歓迎だけれど、これほど依存されるのは少しだけ息苦しい。でも、その現状に満足している自分がいるのもまた事実で…。何だか我儘を言ってる気分になる。