スレンダー角っ娘はデカ尻ドスケベ雌山羊~クーデレ敬語ヒロインとイチャイチャする~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
「……過激すぎる」
苦悩の籠もった一言である。
ハジメは溜息をついた。
苦労してそうな少年であった。
一見して十代半ば、身長は一七〇センチあるかどうか。
まだまだ伸びる余地はあるものの、根本的な遺伝子設計の段階で、一八〇センチオーバーの長身になるような因子は避けられていると見るべきか。
いかにも気の優しそうな顔つきで、少したれ目気味の目元は彼の人柄を表すようだった。
あどけない幼少期の名残を残しながらも、青年期へと移行しつつある顔立ち──人種のつかめない風貌は、人種混交と遺伝子改造が珍しくない宇宙文明ではよくあることだ。
その肉体はかっちりと筋肉質で、相当に鍛えられている。
彼が意識してハードなトレーニングを行ったことは、この四年間、一度もないというのに。
筋組織維持と耐放射線処置、ある程度の加齢で老化が停止する不老化処置に環境適応処置、そして神経組織への超光速通信デバイスの融合。
これは軍事目的での人体改造を受けた船員に見られる特徴で、難破船から救助されたという経歴から見ても、ハジメが何らかの軍事活動に従事していたのは明白だった。
まったく我ながら、どうかしてるぐらい厄ネタの匂いがする。
これで記憶喪失なものだから、自分自身の過去についてはお手上げだった。
もちろん少年の悩みの種は、こんなわかりきった自己言及ではない。
若く美しい恋人のことである。
「なるほど、それで今回はどんな痴話喧嘩なのでしょうか、ハジメ様」
エルギダ──エキゾチックな褐色肌の美女──は開口一番、いい笑顔で問うてきた。
ここにいない主への忠誠心とか礼節とかなさそうな声音と口調である。
この女、これでも人に仕える身分である。
従者である。
たぶん侍女ないし家令の類である。
現当主の恋人であり、客人──
むしろ遊ばれていると最近の彼は気づきつつあった。
エルギダもまた、角人の例にもれず大変な美女である。
一七〇センチ台後半の長身に、すらりと長い手足。分厚い衣服に包まれてなお、その筋肉質な肢体を想像できる直立不動の姿勢──姿勢制御ソフトウェアの優秀さを存分に発揮できる生体部品の塊だ──である。
焼き菓子を思わせる褐色の肌はなめらかで、ボブカットでそろえられた黄金の頭髪によく映えた。
その側頭部からは、ルビーのように赤い牛の角が生えている。
冷ややかさすら感じさせる微笑みをたたえた表情──しかしその印象に反して、実はたれ目気味。
何より目を引くのは、メイド服のエプロンの上からでもわかるほどの胸の膨らみだ。
それは丸く、大きく、ずっしりと重たげな乳房であった。
少なくとも精神的には思春期のハジメにとっては一大事である。
「いえ、まあ……ヤシェロの膣と子宮がエロい感じに自己改造中なのはエルギダさんも知ってますよね、たぶん」
「朝食の時間に聞きたくない類の単語ですね、ハジメ様。よくお考えになっての発言でしょうか」
恋人、ヤシェロの肉体に生じる淫猥な変化により、少年の常識や良識はマイルドに狂ってきていた。
端的に言って感覚が麻痺している。
自分の
「えっと、今の失言は内緒に──」
「ご安心を、盗聴でおひいさまの異変は存じています」
「どの口で俺に常識を説いたんですか!?」
エルギダは笑顔を崩さない。
「無論、一〇〇〇年間、おひいさまの一族にお仕えしている口で」
「……エルギダさん、何歳なんですか?」
「さて、わたくしめの電脳には記憶がございません」
微笑みながら
なるほど、これが年の功か。
「少なくとも一〇〇〇歳以上ですよね」
「ハジメ様、女性に対してしつこく年齢を尋ねるのはマナー違反とお教えしたはずです」
女性ときたか。
こういってはなんだが、ハジメはエルギダのことを異性として認識したことはあまりない。
いや、豊満な胸部のことは意識しているし、今も油断すると視線誘導させられそうになっているけど。
「…………なるほど」
間が空いたのをどう解釈したのか、エルギダは悲しげに眉をひそめた。
「ハジメ様はわたくしめの体が目当てだったのですね──」
「人聞き悪いな!?」
「
「そんなに……?」
ひょっとして自分でも気づかないうちに、エルギダの爆乳を見ていたというのか。
少年の青く猛るような獣欲は際限がない。
胸部が慎ましくとも、とびっきりお尻が魅力的で手足の長い恋人がいても、豊かな乳房をみてしまうかもしれない。
けれどハジメは、自分がそこまで自制心のない人間だと思いたくなかった。
「──ハジメ様、話題がずれています。何のお話だったでしょうか」
「人で遊ばないでください」
めちゃくちゃからかわれていた。
ハジメは抗議の意思を込めてジト目でエルギダを睨んだが、千年以上のときを生きる褐色肌の従者は涼しい顔をしていた。
役者が上である。
人生経験四年足らずの彼では太刀打ちできなかった。
諦めて話題を戻すことにした。
「こう、最近のヤシェロとのえっちが過激というか、いささか変態的というか……いえ、俺が責任取るって言ったせいなのはわかってるんですが、やっぱり、俺としてはもっとデートしたりして気持ちを確かめ合ってからやるべきことかなって思うんですよ。そりゃヤシェロと性的なことするのは楽しいですけど」
「惚気ですか」
一刀両断された。
いや、実際問題、これはただの惚気である。
心なしかエルギダが嫌そうな顔をしているのも気のせいではあるまい。
「……惚気てますけど、俺の悩みは真剣です」
「開き直られましたね。流石ですハジメ様、立派に成長されています」
「馬鹿にしてますよね、今の」
ハジメはこの屋敷の使用人に現在進行形で舐められていた。実質的にハジメとヤシェロの教育係であり、家事ロボットを統括して身の回りの世話もしてくれているのがエルギダなので、頭が上がるはずもない。
「ともあれ、ハジメ様はこうおっしゃりたいのですね。おひいさまと気持ちを確かめあって、肉欲の猛りに身を任せた退廃的な日々を省みたい、と」
エルギダは目を閉じて、感慨深そうに頷いた。
黄金の髪が、さらりと揺れる。
「大変、童貞らしい発想で素晴らしいかと。なんと青臭い」
「もう童貞卒業しましたよ!?」
「精神が肉体に追いついていないのでしょう……悲劇ですね」
悲痛な表情で目を伏せるエルギダだが、この女の表情筋を信じてはいけない。
常時、感情表現ソフトウェアの支援を受けて作為的に表情を作っているからだ。
ハジメがそろそろ俺怒ってもいいよな、と思い始めたころ、従者の女はにんまりと笑って情報端末を差し出した。
どこから出てきたのかさっぱりわからない。
「海、というものをハジメ様はご存じでしょうか。この〈天啓号〉においては人工海洋を備え、水産物の育生を行っている区画です。他管区の市民用に観光地も兼ねていますから、リゾート地としても親しまれています」
そしてこれがホテルの予約日と居住区用の通貨です、と情報端末を渡すエルギダ。
艦内ネットに接続してホテルの予約を取ってきたらしい。
ハジメも遅れて電脳を用いて予約されたホテルについて調べた──観光地としての側面から整備された施設らしく、歴史あるホテルだった。
部屋の種類はスイートルーム。
高そうだった。
「わたくしめはお留守番させていただきます。どうかお二人でじっくりとお過ごしください」
「……いいんですか?」
「そういう時間も必要かと」
それに、おひいさまの身の安全は保証されていますから、とエルギダ。
たしかにこの船の中で、全システムを統括するヤシェロは神にも等しい存在だ。
従者にして護衛であるエルギダの存在は、本来、必要ないものではある。
彼女の気遣いに感謝して、礼を言おうとした瞬間──
「こちらの小瓶は摂取したタンパク質から大量の精液の製造を可能とする高効率精液変換材です。密閉ボトルに入っているのは高タンパク液ですので、開封後は三〇分以内に飲み干してください」
何本かの小瓶と、少なめに見積もっても一リットルぐらいありそうなボトルを数本渡されていた。
先ほどの会話からどうして、リットル単位の精液を吐き出すための薬剤を渡されるのだろう。
いや、これは自分の聞き間違いかもしれない。
「あの、これはどういう」
「リットル単位の連続射精が可能になる薬剤ですが?」
「何故!?」
エルギダは出来の悪い教え子を指すように、淡々と語り始めた。
「ハジメ様、想像力を働かせるときです──おひいさまとハジメ様がホテルで夜景を楽しみながら愛情を確かめあったとして、そのまま何もなく身を寄せあって就寝するなどありえるのでしょうか。いいえ、おひいさまは燃え上がる恋情を肉欲と結びつけ、激しく交わることを要求されるでしょう。しかしハジメ様もご存じの通り、今のおひいさまは生殖器を自己改造されている最中。本番をしたいのにできないもどかしさ……そうなればおひいさまは一度や二度のオーラルセックスでは満たされず、さぞ
急に早口になるエルギダは、ちょっとむっつりスケベなのかもしれない。
想像力を羽ばたかせすぎじゃないこの人、と思う一方、如何にもありそうな展開だったので何も言えなかった。
二人ともシップマスター・ヤシェロにめちゃくちゃ失礼だった。
◆
「ええと、デート、ですか?」
恋人からの急な申し出に、ヤシェロは目を丸くした。
凜々しい、男装の少女だった。
側頭部から伸びたエメラルドグリーンの突起、鉱物状の山羊角は、角人と呼ばれる改造人種の証。
エルギダの褐色肌とは対照的に、抜けるように白い肌を持った少女だった。
その肢体は全体的に細身で、すらりと伸びた長い手足をタイトな男物のスーツで包んでいる。
乳房の膨らみこそ小さいものの、くびれた腰から豊かな巨尻にかけての曲線はなまめかしく、彼女が紛れもなく成熟した雌であることを証明していた。
切れ長の目は長いまつげに彩られ、黄金の瞳が美しい。
「予定、大丈夫?」
「はい、わたしもここ数日はさほど忙しくありませんし、ちょっとお休みは大歓迎です。その、あなたから誘ってくれたのも嬉しいです」
そう言って、はにかむように微笑むヤシェロはマグカップを傾け、そっと唇を濡らした。
机仕事の合間に飲む、器の中身はお茶ではなく
熱したミルクだ。
ヤシェロは熱い飲み物がさほど得意ではない。
これは生来、敏感な舌──最近は改変体の影響でなおさらだ──が熱さに慣れないからで、いわゆる猫舌というやつだった。
しかしながら少女の日課は、毎朝、ホットミルクを飲むことである。夜、寝付けないときなども、ホットミルクをよく飲んでいる。
唇についたミルクを、ちろりと舐め取る。はしたないが、美味しかった。
「海ですか。ハジメ、まだ見たことなかったですよね。たぶん、楽しいですよ」
人工海洋の運行スケジュールの関係上、まだ水泳ができる時期ではないが、海辺を散策するだけでも楽しめるはずだ。
〈天啓号〉の居住区は地球時代の文化再現を目的としているから、こういう無駄にリソースを回している。
つい最近まで船体の機能復旧が万全ではなかった移民船だが、こと居住区の平穏を守るという点では、ここ一〇〇〇年あまりの間も抜かりない。
むしろそこだけは守り通したと言える。
ヤシェロはそんな自分の船のありようを愛しているし、そういう暮らしを守ってきた先祖を誇りに思っていた。
「ヤシェロは海に行ったことあるんだ?」
「ええ、幼いときに」
ふと目を細める。
そのときはまだハジメはいなくて、父と母が生きていた。
人格のバックアップデータすら残さず、システムの全権限を一人娘に託して事故で死んでしまった二人。
どうしてそんなことをしたのか、どんなにログを洗ってもわからなかったけれど──記憶の中の二人は優しくて、愛おしいものだった。
「……そっか」
ハジメは察しのいい少年だから、すぐにヤシェロの胸中に気づいたようだった。
何も言わず、手を重ねてくれる。
椅子の上から少年を見上げる。
優しい顔だ。
「でもハジメから誘うのって珍しいですよね──エルギダの差し金ですか」
「あー、うん。全部お見通しか」
「長い付き合いですから」
まあ嬉しいものは嬉しいので構わない。
重ねられた少年の手を、そっと両手で包み込み、にんまりと笑う。
「ちゃんとエスコートしてくださいね?」
◆
初夏の陽気だった。
さんさんと照りつける太陽は、居住区の天井──人工重力が天地を決めている──に据え付けられた光線照射装置による人工的な光源だ。
投影された青空は、肉眼ではテラフォーミングされた惑星地表の空と見分けがつかない。
何よりも特筆すべきは、嗅覚を刺激する磯の香りと、絶え間なく続く波音。
視線を遠くに移せば、そこにあるのは青い海原だ。
幾重にも積層された外殻の内側、長さ一〇〇キロメートルにも及ぶ居住区の大半を占めるのは、大量の水を満たして作られた海だ。
「ほら、ハジメ! 海ですよ!」
はしゃぐように、ヤシェロは声を上げた。
ホテルに荷物を置いて早々、付近の散策に繰り出したのだ。
ヤシェロの抜けるように白い肌には、少々、きつすぎるように思われる陽光だった──対放射線処理が施された体細胞が、人工的な紫外線ぐらいで痛むわけもないが。
改造人種の中でも、角人の身体的特徴は限りなくファッションに近いものだ。
紫外線への耐性などの皮膚の強さは、色白だろうと色黒だろうと生来備わっている。
その気になれば日焼けすることもできるが、それは新陳代謝の制御ソフトウェアを介した「模様替え」の一環であり、春物の服をしまって夏物に替えるぐらいの行為だった。
「うん」
少年は目を見開いて、言葉少なに周囲の景色を見回していた。
すべてが初めてであり、新鮮な体験なのだろう。
肉体人の五感という生化学的なセンサー群は、こういった複雑な──不純物たっぷりの自然環境に近い──刺激を敏感に感じ取るよう作られている。
神経組織の改造を含めて、全身を最高峰の科学技術で
──可愛い。
そんな彼の様子を、ヤシェロはひどく愛おしく思う。
ここのところ、新造した宇宙戦闘艦の試運転にかかりっきりだったから、こういう場所での散策はハジメの気分転換になるはずだった。
「ヤシェロ、ここ、すごく──面白いね。無駄だらけで、その無駄が面白い」
「当然でしょう? わたしたちの先祖はそういう無駄を愛して、この〈天啓号〉を建造したのですから」
効率的な宇宙生活を求めるなら、肉体人はその存在そのものが不合理だ。
意識のデータ化とそれらの意識が棲まう仮想世界データサーバーの技術が確立された時点で、人類という種が肉体を維持するメリットは消失している。
だからヤシェロたち角人も含めて、すべての肉体人は大いなる感傷の申し子だった。
数万年も前の地球時代の文化を再現する営為も、壮大な無駄と感傷の産物なのである。
「うん。頭ではわかってたつもりだけど、俺、今までこういうの見たことなかったからさ。すごいな、これ」
何度も頷いているハジメは本当にらしくなく興奮していた。
どちらかと言えば落ち着いた気性の少年の、こういう姿は珍しい。
「よかった」
そう言って頷くヤシェロだったが、密かに不満もある。
二人で並んで歩くたび、ひらりと揺れる白い裾──膝丈のワンピースは純白で、初夏に合わせたノースリーブだった。
つい先日、屋敷の中で口淫したときと同じ衣装である。
いや、あのときのことを思い出すのはやめよう、とヤシェロは思う。
ちょっと盛り上がってしまって、少し、過激なことをしてしまったがアレは事故のようなものだ。
単純に、このワンピースはヤシェロのお気に入りで、実際、色白の少女によく映える可愛らしいものだった。
海辺でのデート、しかも二人きりでホテルに泊まるとなれば、多少、着飾りたくもなるだろう。
──それに、ハジメだって気に入ってくれてますし。
つまりそういうことだった。
そのとき今気づいたとばかりに、ハジメが言った。
「ヤシェロ、やっぱりそのワンピース可愛いね。似合ってるし、なんていうか……おとぎ話の妖精みたいだ」
「は、恥ずかしいこと言わないでください! ……あ、ありがとう、ござい、ます」
少女の
──うれしい。
桃色の唇が、少しにやけているのはご愛敬。
うつむいて視線を足下に落とす──ヤシェロが履いているのは、厚底のサンダルだった。ワンピースに合わせた淡い色のサンダル──いつもは革靴やブーツを履き物に使っているから、足指が外気に露出しているのが新鮮だった。
清掃活動の自動化と艦内生態系の管理システムによって、居住区内の環境は限りなく清潔だ。
こうして無防備に脚をさらしていても、特に危険はなかった。
──こういうとき船の管理とか衛生環境について考えちゃうのって、わたしの悪癖ですよね。
ほとんど職業病だった。
シップマスターとしての権限を父母から引き継いだのは、まだヤシェロの年齢が一桁だったときで、少女は人生の大半を船主として過ごしている。
そのせいか、こうして好きな男の子とデートをしているときすら、実務的なことに結びつけてしまう。
我ながら難儀な性格だった。
──やはり、あのことも話すべきでしょうか。
そうして実務的な思考は一周回って、ハジメとの関係を続ける上で不可避の部分へ至る。
ヤシェロは機嫌良さそうに微笑んだまま、何でもないかのようにその話題に触れた。
「ハジメは、自分の過去が知りたいですか?」
「んー……気にならないと言えば、嘘になる、かな」
歯切れの悪い言葉から、彼の心情が察せられた。
自分の失われた過去は知りたいが、それはたぶん、不可逆的にヤシェロやエルギダとの関わり方を変えるものだ。
かつて世界を滅ぼした絶滅戦争を主導した二陣営の片割れ、電子戦デバイス〈ハル・メギド〉を埋め込まれた改造人種など、過去を探ってもろくなものではない、と。
「〈天啓号〉内部の未知領域に、探査装置を走らせています」
彼の横顔から目をそらして、景色を眺めながら歩く。
家族連れと思しき三人が、道ばたの商店で買ったアイスクリームを美味しそうに食べている。
「未知領域?」
「一〇〇〇年前、この船は大規模な戦闘で破損し、前後の記録も大半が失われました。その後、敵味方の残骸を収容した区画は、整理されないまま放置されてきたのです」
〈天啓号〉は小惑星並みの巨体を誇る船であり、恒星間移民船としての運用に差し障りないの機能や区画は、修復が後回しにされてきた経緯がある。
本来、船体の運用に携わるはずの角人たちが逃げ出して、残ったのはヤシェロの一族だけだったから、手が回らなかったのである。
未知領域はそうしてできあがった、ジャンクの墓場だ。
「エルギダはわたしの父母の遺言に従い、あなたを連れてきました。この船の中で、わたしに接続されている艦内管理システムが見落とす場所があるとすれば、未知領域だけです──そこに、あなたのルーツがあるはずです」
「……そこに、俺を乗せていた船の残骸もある?」
「おそらくは」
そして世界というものを形作るのは、一知性体が認識しうる情報の量と、その関連付けによって生じる意味の総体だ。
生身の脳と感覚器が受け取る世界の像と、電脳と宇宙戦艦のセンサー群が構築する世界の像は別物だ。
隣人と同じ場所に立っていても、同じ景色を見ているとは限らないように。
感覚器に入力された刺激と、それを処理した結果生じる世界。
ハジメという個人の抜け落ちた記憶は、そうして本来の肉体──感覚器や記憶装置と切り離された結果、記憶喪失として処理されたものなのだろう。
「あなたに施されている肉体改造は、明らかに高度な宇宙戦闘を前提としたものです。たぶんハジメには、わたしにとっての〈天啓号〉と同じ、接続すべき電脳と船体があるんです」
果たして、彼の本当の体が見つかることが、本当に望ましいことなのか。
わからないまま、それでもヤシェロは彼の過去を知りたいと願う。
取り戻せるのなら、きちんとハジメに本当の自分を帰してあげたかった。
ぴたり、とハジメの足が止まる。
彼の顔を見た。空の彼方を──船体外殻を突き抜けたはるか先、暗黒の虚空へ向けられたむまなざし。
「……ヤシェロ。もしかしたら、そうやって過去を取り戻した俺は、すごく悪いやつかもしれない。それでも、探すのかい?」
伝える想いは、たった一つ。
「それがどんなに恐ろしくて、悲しくて、救われない物語だとしても──きっと、生きていれば答えは見つかります。どんな
言葉選びが下手くそなのは、率直に言ってヤシェロの不器用さだった。
ヤシェロは生来、どうにも思っていることを親しい人間に隠すのが下手だ。
つまるところヤシェロ自身、ハジメの過去があまりよろしくないものであることは覚悟しているのだ。
「なんだか、ヤシェロらしくない楽観主義かも」
「茶化さないでください、もう……これでも励ましてるんですから」
「その割りにひどいこと言ってない? 恐ろしくて悲しくて救われないって……かなり見つけたくないやつだよ」
「わたし、嘘はつかないことにしていますから」
なんだそれ、と呆れたように笑うハジメの顔には、不安の色はなかった。
「いいよ。ヤシェロが満足するまで、じっくり探してくれて。俺は昔の俺のことを知らないけど、君のことを信じてる」
あ、また恥ずかしいこと言われてる。
白い頬を火照らせながら、ヤシェロは目を細めて微笑んだ。
「知ってますか、ハジメ。わたしの目に映るあなたは、宇宙一かっこいい男の子なんですよ?」
お返しだった。