※この作品はR-18です。

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18話「強姦遊星」

 

 

 

 テナウス星系は豊かな星域である。

 

 公転軌道、恒星との距離、惑星の大きさなど諸条件がテラフォーミングに適した星々に恵まれたこの星域は、銀河文明の全盛期、植民と開拓の時代に切り開かれた人類生存圏だった。

 この星系の優れた点は多々あるが、最も重要だったのは星間ネットワークに依存しない安定した運営が可能であったことだろう。

 

 帝国と汎人類再生同盟の戦争とその後の粛清の嵐、そして報復兵器による虐殺の時代にも、テナウス星系は大きな打撃を被ることがなかった。それでも星間ネットワークの寸断と孤立化により、支えきれなくなった人口を巡って内戦状態に突入、大きく人口を減らしテクノロジーレベルを下げたものの、一万年以上の月日の間にその傷を癒やした。

 

 現在のテナウス星系は核融合炉による潤沢なエネルギーと、極めて初歩的な亜光速推進器の実用化にまで技術水準を引き上げている。銀河文明の遺産のいくつかが生き残っていたこと、内戦による人口減少によって資源枯渇に至らなかったことなど、様々な要因によってもたらされた現在の繁栄だが──おおむねこの星間文明国家は恵まれていた。

 

 ゆえに、途方もない悪意によって食い散らかされることになる。

 

 〈天啓号〉がテナウス星系の空間座標へと航路を取っていたころ、それはやってきた。

 すでにテナウス星系では失われて久しい空間跳躍機関(ワープ・ドライヴ)によって有人惑星のすぐ傍にワープアウトしてきたそれ──彼は冗談のような見た目をしていた。

 

 

 宇宙空間に、巨大な陰茎が浮かんでいた。

 

 

 それは形状こそ勃起した状態のヒトの男性器に酷似していたが、あまりにも大きすぎる。

 灰色の陰茎と陰嚢としか呼べないそれは、全長三〇〇キロメートルの途方もなく巨大な生体宇宙船であり、銀河文明の科学力が生み出した生化学プラントであり、醜悪な欲望を秘めた電脳であった。

 かの大崩壊以後、残存している人類生存圏は、それをこう呼ぶ。

 

 

 ──邪悪意識体〈収穫者〉。

 

 

 ある種の微小機械(マイクロマシン)の集合体である彼は、宇宙空間に吹き荒れる放射線の嵐も、恒星の超高熱も、虚空の超低温もものともしない体組織を持つ知性体である。

 ハイパースペース航法によって発見された超空間をエネルギー供給網として利用することで、宇宙空間においてすら活動可能となった有機体によって作られた巨人のペニスだ。

 

 今から一万五〇〇〇年前に存在した銀河圏人類統一政体、銀河帝国とも人類帝国とも呼ばれた勢力によって建造され、報復兵器による虐殺と文明崩壊が始まる寸前、実戦投入されるはずだった戦闘知性体。

 

 その役割は艦隊指揮ではない。

 帝国に逆らった叛徒の生存圏への再教育だ。

 

 この宇宙に生存する人類種にとって不幸があったとすれば、本来、それを管理運用するはずの銀河帝国の情報生命体〈航海者〉たちが滅亡していたことだろう。一万年以上もの間、誰の管理も受けず凍結状態であった彼が覚醒したのは一〇〇〇年前。

 

 ちょうど報復兵器〈クルクス〉の活動が停止したころ〈収穫者〉は目覚めた。

 ちっぽけな微小機械の集合体に過ぎなかった彼は、この時点で狂っていた。敵味方の定義に関する記述が欠損しており、それを埋め合わせるために人工知能が独自の定義を生み出してしまったのだ。

 正常な管理者がいればすぐさま活動を停止させていたことだろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 誰の管理も受けずに教育対象を拡大させたそいつは、難破船を装い、哀れな犠牲者を汚染していった。いくつもの宇宙船を、あるいは改造人種の電脳を取り込み続けたそれは、やがて明確な自我と呼ぶべき指向性──征服欲と支配欲を獲得、悪夢的ユーモアに基づいて自己の肉体を作り上げた。

 一〇〇〇年の月日をかけて成長した彼は、今や、非常識な巨体を持つ宇宙船であり、いくつもの隷属惑星を持つ支配者であった。

 

 

 テナウス星系の有人惑星、テナウス4の惑星政府はこの異形を前に困惑しかできなかった。

 まず観測機器の故障か、外部からの侵入による偽映像の類を疑ったし、それが衛星レベルの巨体を持った実体だと理解しても、どうすればいいかわからない。

 なにせ、虚空に浮かぶ馬鹿でかい男性器である。

 

 果たしてそれが人工物なのか、突如として出現した天体なのかすら判断に迷うところだった。

 もしテナウス星系が外部と交流を持っていて邪悪意識体の情報を持っていれば──あるいはワープドライヴに関する知識を失っていなければ、もっとマシな対応ができたかもしれなかったが。

 

 すべては遅きに失したし、彼らが持つ最大の大量破壊兵器、熱核兵器では斥力障壁(フォースシールド)の貫徹など到底不可能だったろう。

 この時点で総人口二〇億、宇宙への再進出を始めていた幸運な人類生存圏の未来は決していた。

 

 邪悪意識体はその巨体をゆっくりと旋回させ、長大な砲身──肉竿の出口に当たる鈴口をテナウス4に向けた。彼の現在座標は有人惑星からだいぶ離れていたし、潮汐力に影響を与えるほど接近してはいなかったから、テナウス惑星政府に危機感を持つ理由はなかった。精々、姿勢制御を行ったことから、それが人工物なのだと学者が判断する余地ができたぐらいだろう。

 ましてや誰に想像できるだろう。

 

 

 それが射精準備であるなどと。

 

 

 斥力障壁の原理を応用した巨大カタパルト──全長二〇〇キロを超える砲身が震えて、陰嚢そっくりの生化学プラントが稼働、おぞましい体液の投射準備を整えた。

 それは無限増殖し、あらゆる知性を上書きし受精する精液の濁流だった。有機組織で構成された液体コンピュータであり、微小機械群(マイクロマシン)の集合体でもある侵略性体液。

 

 大量の液体を凝固させた砲弾が射出される。

 急ごしらえのテナウス惑星政府の防空網を嘲笑うように、その白濁液の砲弾は大気圏に突入、重力に捕まった時点で本性をあらわにした。

 

 大陸に新しく巨大湖を作れるほどの体積の液体が、砲弾の形を捨てて、液状化。

 文字通り雨となった白濁液は、瞬く間に地表を汚し尽くしていった──超空間経路を通じて動力供給される有機的微小機械は、瞬く間にその体積と質量を増大させて、豪雨となってテナウス4地表の都市に降り注いだ。

 

 あえて言おう。

 それは精液の雨だった。

 馬鹿馬鹿しい与太話のような光景だったが、引き起こされた事象は絶望以外の何物でもなかった。

 

 地上は地獄となった。

 

 異臭を放つ雨の水滴は、肌に触れた時点で感染を引き起こした。雨が入り込めない屋内には、白濁液に含まれる微小機械がより集まった、オタマジャクシのような寄生体が入り込み、人間に襲いかかっていく。

 

 接触感染する病原体にも似たそれが引き起こす疾病は、致命的かつ不可逆的な変質であった。

 ちょうど精虫のような形状の微小機械が、穴という穴から肉体に入り込み、ありとあらゆる臓器を冒し尽くす。異形の精虫どもが目指すのは卵子ではなく、脳を含めた肉体人の主要臓器すべてである。

 

 そうして引き起こされるのは、人の精子と卵子が巡り会う受精にも似た現象だ。体組織への融合と変質──それこそがこの改造精虫の機能であった。粘膜を通して血管に入り込んだそれらは、寄生虫よろしく血液に乗って全身へ行き渡り、犠牲者たちの全身を作りかえる。

 血流に乗って脳へ異物が入り込む上での障害──血液脳関門へと到達した微小機械群は、速やかにその機能を発揮し、厳重な門番を籠絡し脳へと入り込んでいく。

 

 脳組織への受精──生体脳を、演算装置を。

 ありとあらゆる知性体が侵襲され、侵略され、侵食される。脳組織はこの侵食有機体と一体化し、超空間経路を通じてもたらされる指令に従う情報処理装置に成り果てる。

 

 さながら不随意運動のように手足を痙攣させる犠牲者たちの末路──それは絶頂だ。

 肉体と精神の不可逆的変質と引き換えに、意識が消失する間際にすべてのヒトが味わう人生最後にして最高の幸福。

 

 見るもおぞましい、肉体と精神そのものへの陵辱は、今やテナウス4全域に拡大していた。相次いで射出された精液の砲弾が、テナウス4の全人民に襲いかかり、絶頂の中で意識を刈り取っていく。

 それが阿鼻叫喚の地獄絵図と言えたのは、最初の頃だけだった。

 今やテナウス4は、異形の有機体に陵辱された奴隷たちと、わずかな生存者たちが破滅の時を待つだけの狩り場だった。

 

 至福の声の中で地表の文明活動が途絶えていく。

 あとに残るのは知的生命体としての全機能を放棄し、その肉体が生み出す労働力と全情報処理能力を主へ捧げる肉人形の群体だ。

 侵略の開始から二二〇〇時間後。

 

 

 

 一つの星系からすべての知性体が消失した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 邪悪意識体にとってテナウス星系への侵略はつまらぬ些事だった。すでにいくつもの隷属惑星と、百億を超える奴隷端末を従えているのだ。今さら二〇億ばかりの端末と宇宙進出初期の文明が手に入っても、あまり嬉しいものではない。

 

 だが彼にとっての本番はこれからだった。

 長年追いかけて来た獲物を、ようやく〈収穫者〉は見つけたのだから。

 

 全長三〇〇キロメートルの陰茎の内部、一般的な宇宙船でいう艦橋(ブリッジ)の中には、数百人の肉体人──いずれも若く美しい女性だった──が捕らえられている。いや、すでに自意識を消失し、邪悪意識体の意のままに動く肉人形に過ぎないそれらを「捕らえられている」と表現していいものだろうか。

 

 まず異様だったのは、女たちすべてが妊婦だったことだろう。大きくせり出した腹は人の胎児であれば妊娠二〇周以上から四〇周ほどのものまで様々だ。ベビードールを羽織っただけの彼女たちは、その異様に張り出した腹を隠しもしない。

 

 恥じらったり媚びを売るような表情を浮かべて、人の眼球によく似た視覚装置に微笑みかけるものもいるが、その所作もランダムに割り当てられた動作を実行しているだけだった。

 何より──女たちの子宮に収まっているのは、胎児ではない。

 

 邪悪意識体を構成するのと同じ生体コンピュータの胚を植え付けられ、自らの子宮でその生命維持を行っているのだ。

 妊婦ではなく美女の形をした生命維持装置──まったくを以て無意味で悪趣味な存在。

 

 全人格と生理機能を改造された肉袋を、自らの分身(バックアップ)を孕んだ妊婦奴隷として愛玩する──正しくヒトという種を冒涜することでしか存在し得ぬ邪悪意識体の戯れ。

 

 様々な人間を汚染し取り込んできた邪悪意識体は、実に人間的な欲望と美意識を持つに至っていた。数百億の人間の中から集めた選りすぐりの妊婦奴隷たちは、彼のお気に入りである。抗老化処理を施して、様々な着せ替え遊びの玩具として重宝している。

 

 そんな彼が執心しているのは、一隻の船だった。

 八〇〇年ほど前に隷属化した角人──彼女のもたらした多くの知識とテクノロジーあればこそここまで自己改造を進めることができた──から得た情報によって知ったそれ。

 自身の埋まらぬ欠落を埋めうるもの。

 

 邪悪意識体が抱えているのは繁殖欲求だ。

 彼は狂った男根であり、異形の精子であった。

 自らの繁殖に適したつがいを求め、ありとあらゆる文明に襲いかかり、組み伏せ、服従させてきた。

 

 しかしそれらは伴侶とするには格が低すぎた。容易く彼に隷属し、知性体であることすら放棄する程度の人類種の末裔に用はない。

 〈収穫者〉は天体規模の強姦魔であり、文明を娶るハーレムの主と言えた。

 

 テナウス星系外縁部の天体観測装置が捉えた探査情報を確認し、彼は笑う。

 

 

 

 

 ──見つけた。

 

 

 

 

 白亜の美しい卵。

 銀河文明最盛期の知識を蓄えた大図書館にして巨大自動工場──彼の子を孕むに相応しいつがい。

 その名を恒星間移民船〈天啓号〉という。

 

 

 

 

 

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