スレンダー角っ娘はデカ尻ドスケベ雌山羊~クーデレ敬語ヒロインとイチャイチャする~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
テナウス星系全域が重力波の地獄に変わってから五〇時間後。
移民船〈天啓号〉の居住区には、天体規模の災害とそれに伴う非常事態宣言が発令されていた。
ここ一〇〇〇年間ほど発令されていなかった宣言に民心は浮き足だったものの、いざそれが来てくれば、さほど日常生活が変わるものではなかったため、丸一日も経てば居住区の人々はいつも通りの暮らしに戻っていた。
その一方、行政府はシェルターの稼働準備に追われており、どうやら起きている事象が単なる宇宙災害ではないことに職員は感づき始めていたが。
ヤシェロはこの間、船員会の有力者たちにこの事態の危惧される側面──テナウス星系が第三者によって破壊された可能性──を伝え、事実上の戦時体制へ移行を連絡。
つまるところ船員会の意向をくむという平時の関係性ではなく、船の存続を最優先とする強権を発動した。
最悪の状況だった。
テナウス星系で起きた歪曲重力波の放射は、時空連続体に対して深刻なノイズを与え、ワープ・ドライヴの使用は不可能になった。重力源が吹き飛んだ以上この状況は永続するものではなかったが、重要なのは今〈天啓号〉が逃げ道を塞がれたことだった。
そして案の定、それはこの船にかけられた罠の第一段階にすぎなかった。
「思い切ったものですね」
半ば呆れたような独り言を呟き、ヤシェロは一糸まとわぬ肢体をエアシャワーで洗浄した。高圧空気を吹き付けられ、肩口まで伸ばされた黒髪が揺れる。体表の不純物を取り除くのは、これから身につける衣装のためだった。
しなやかな少女の裸身は引き締まっていて、それでいて抜けるように色が白い。恋人との情事の際に浮かび上がるタトゥーはその姿を消しており、血管が透けて見えそうな肌の白さがまばゆかった。
すっ、とヤシェロが腕を前に伸ばすと、壁からロボットアームが伸びて、皮膚表面に黒い液体が塗りつけられた。
液体のようなそれはすぐに硬化して、ゴムのような柔軟性を持った薄手のボディスーツを形成──首から下の全身が、ぴったりと身体に張り付くようなボディスーツに包み込まれると、スーツに食い込むようにして防具が装着されていく。
分厚いプロテクターは携帯型シールド発生器を内蔵している他、生命維持装置を積んでいるため宇宙服としての機能も持ち合わせていた。
耐衝撃性に優れたボディスーツの素材と合わせて、日常的に起きうるほとんどの怪我を抑止できる装備。
実際のところ、本格的な艦隊戦が始まれば、事故による負傷の防止以上の意味はない装備だった。
ヤシェロがこの装備を身につけるのは、あくまで一〇〇〇年前に作成された規程に従っているからに過ぎない。
バリアスーツとも呼ばれるそれを着込むと、ヤシェロは長いこと使っていなかったエリア──〈天啓号〉戦闘指揮所へ赴いた。
殺風景な白亜の部屋だ。
物理コンソールやモニターの類も設置されているものの、明らかに予備の備品に過ぎないとわかる。
一般的な宇宙船の操縦室や宇宙艦艇の指揮所とはまったく異なる内装──電脳で直接、情報処理を行う角人を前提とした〈天啓号〉にとって、こういった部屋は物理的に必要なものではない。
むしろ全長三〇〇〇キロメートルにもなる巨大船の運航において、人間が携わらねばならない業務など真っ先に排除されるものなのだ。
この船は角人によって運営されることを前提としているため、モニターやコンソールの類も省かれて全自動化されている。
一〇〇〇年前の戦闘で多くの人員が失われるまでは、あえて肉体が集まる場所が必要だったと言えなくもないが、シップマスターが全権を掌握するようになった今の体制では不要なものだ。
それでもヤシェロがこの部屋に移動したのは、単純に他の区画よりも中央主電脳──メインフレームと物理的に距離が近いからだ。
「おひいさま、敵艦隊に変化はありません。本艦は依然包囲されています」
先に戦闘指揮所に詰めていたエルギダが振り向きながら報告。
テナウス星系の爆破による歪曲重力波の異常は、すぐさま〈天啓号〉のワープ・ドライヴを使用不能に追い込んだ。超光速航法によるこの宙域からの迅速な離脱を封じられた直後、退路を塞ぐようにテナウス星系の外側──ギリギリ空間跳躍が使用可能な距離──に出現したのが敵艦隊だった。
こちら側からの呼びかけに返答はない。
前門の虎、後門の狼というわけだ。
歪曲重力波の嵐に続いてやってくるのは、砕け散った天体の破片が飛び交う地獄だ。
さしもの〈天啓号〉のフォースシールドも、今のテナウス星系に突っ込んでは無事でいられない。衛星クラスの質量が高速で何度も激突してくる状況は経験していないからだ。
斥力障壁に異常が起きた場合、船の外殻と流体金属層が如何に優秀でも物理的に耐えられる保証がなかった。
かといって航路を変更すれば、敵艦隊との交戦が待っている。一刻も早くこの宙域から離れたいというのに、ワープ・ドライヴは使用できず通常航行で移動していれば厄介な敵に追いつかれる。
軽く星間国家を滅ぼせるだけの対艦火器を備えた移民船が、こうも敵艦隊を警戒しているのには理由がある。
一つは交戦距離。
レーザー兵器でさえ到達まで数十秒かかる距離では、艦砲射撃もほとんど有効打にはなりえない。
短距離ワープ・ドライヴを搭載した兵器を持たない〈天啓号〉では、自分から距離を詰めて攻撃するという選択肢を持てないのだ。
空間跳躍を行えない重力異常領域で不利になったのはこちら側だ。自動工場を稼働させてはいるが、用意できるのは完全自動制御の誘導ミサイルもどきが精々だろう。
問題は敵艦隊の布陣にあった。
〈天啓号〉の表面の外部カメラ。その目が映すのは、宇宙空間に浮かぶいくつもの巨大な傘だった。
全幅六キロメートルにもおよぶ巨大な傘──それが敵の用意した〈天啓号〉攻略の切り札、シールドシップであった。
シールドシップの作りは簡素なものである。三〇〇〇メートルほどのフレームが船体の側面から数本突き出され、その骨組みの間に対レーザー皮膜が張られている。
ちょうどコウモリ傘のような構造のそれは、光学兵器に対する盾そのものだった。
対レーザー皮膜を何重にも重ねた傘の影には、係留された無数の艦艇が寄生虫のようにうごめいている。傘の骨には対空砲が
問題はその影に隠れている主力艦だ。
そのほとんどが大型の宇宙空母であり、先遣隊が交戦した敵艦隊の戦術を参照すれば、有人核ミサイルとその母艦なのは確実だった。
対消滅兵器で母艦ごと処理するのが確実だが、〈天啓号〉の防衛システムの制御で忙しいエルギダも、船本体を統括するヤシェロも、無人艦隊の複雑な制御をする余裕はない。
下手に突けばその時点で敵艦隊との戦闘が開始されるが、まだこちらは十全の準備ができたわけではないのだ。こちらから仕掛けるメリットとデメリットを比べたとき、後者のそれが大きすぎた。
〈天啓号〉表面の防衛システムは、今、急ピッチで反物質弾頭を使用するレールガンの数を増やしている。
「エルギダ、あなたに防衛システムの制御権限をすべて委譲します」
「了解です」
感情制御ソフトウェアによって自身の情動を抑制しているヤシェロは、恋人のことについて一切触れずに淡々と指示を出している。こうなっては戦力としてのハジメは当てにできない。
敵の罠に無防備なまま引っかかる最悪の展開は防げたが、その代償に彼を失った──この時点でテナウス星系に先行していた艦隊戦力は無力化されたものと判断、この船が取り得る最良の選択肢を問い続ける。
「あなたは今回のテナウス星系の顛末をどう分析しますか?」
そうですね、と目を細めるエルギダ──身長一八〇センチ超、金色の髪、褐色の肌、筋肉質で豊満な肢体。何から何までヤシェロと正反対の従者は、一万年以上の月日、戦い続けた帝国製の戦闘知性体でもある。
このような非常事態では〈天啓号〉のデータベースにない知識も所有している可能性があった。
実際、彼女は独自の電脳を保有しており、〈天啓号〉のメインフレームとは独立した情報処理機構を利用していた。軍事専門の
「今回のような規模での焦土作戦は、銀河大戦末期でも稀な事例です。前例はありますが、作戦の実行ハードルの高さから実用的なものとは言えません。にもかかわらず、開発が進んでいたテナウス星系でこれを実行しえたのは異常です。狂信的な宗教国家が成立していたか──もしくは、帝国の思想教化兵器が使用された可能性があります。わたくしめの記憶にある限り、開発中に凍結されたプランだけで二六個ほど確認できます」
それも帝国の軍事データベースに何らかの形でアクセスできた存在が、敵の正体である可能性があると示唆するエルギダ。
「開発済みの星域をこのような形で焦土作戦に使う発想自体、〈天啓号〉にそれだけの価値を認めていなければありえません。開拓惑星に根付いていた現地人であれば、自身の故郷を焼き払うような戦略は容認しないでしょう」
「わたしたちの存在を以前から認識していた相手が、テナウス星系を制圧して待ち伏せしていた、といったところですか」
「はい。敵を複数星系にまたがる星間国家規模と仮定し、揚陸艦の突入に備えるべきかと」
大量のシールドシップを用意してみせた物量は、敵が高い工業力を持った根拠地を持つことを示していた。
あまり時間をかけてにらみ合いをしていると、敵の増援が到着するかもしれない。
船体表面に増設されたレールガンの数を確認──使い捨ての完全自律無人艦も艦隊編成ができる程度にそろってきた。
そろそろ、決断すべきだった。
「
「了解しました。スローター・ワーム使用後、プラズマ焼却で洗浄行程を実行します」
文字通りの絶滅戦争の時代の戦術が次々と承認される──有人特攻機を運用し天体を破壊する敵ならば、あらゆる倫理的制約を無視するはずだからだ。
人道主義を厳守して外道の手に落ちるなど、笑い話にもならない。
そしてこういう非人道的戦術が即座に承認されること自体、〈天啓号〉のかつての運用母体が人類帝国という強権的星間国家であったことの証左だった。
「おひいさま。敵艦隊A群、シールドシップを中心に速度を上げました。六二〇秒後、防空システムの有効射程範囲に入ります」
〈天啓号〉のレーダーが、加速するシールドシップとその
さらに時を同じくして判明する事実──テナウス星系に吹き荒れる天体の残骸の嵐が、〈天啓号〉の進路上に到達する可能性。
質量の問題からかキロメートル級のものは確認できないが、数が多すぎた。センサーの画像解析で明確に存在を確認できるものだけで軽く万を超える。
小型デブリを含めれば数えるのも馬鹿らしい数になるだろう。
「スペースデブリの軌道と速度が不自然です。何らかの
「デブリの雨を囮に取り付くつもりですか」
ヤシェロは目を細め、一つの決断を下した。
「船体表面での白兵戦になれば、こちらの分が悪いでしょう。接近する
「……おひいさま、よろしいのですね?」
年若い主を気遣うように、エルギダはもう一度だけ問うた。
生粋の戦闘知性体である彼女とは違い、ヤシェロは若く経験が浅い。ましてこの一〇〇〇年間、少女の先祖も含めて、この船は一度も戦闘を経験していないのだ。
「エルギダ、あなたにこの船全体の管理はできません。防衛システムの運用は任せますが、責任を取るのはわたしです」
ヤシェロはやわらかに微笑む。
自分がこれから何百万という人間を焼き殺すと知っているのに、びっくりするほど冷静だった。
それがこの移民船の長を務めるものの責任だった。
「全搭載火器の使用を許可します。──殺しなさい、エルギダ」
◆
口火を切ったのは〈天啓号〉だった。
エルギダの統括する防衛システムが本格稼働し、小惑星ほどもある船体各所に配置された砲台が動き始める。
直径一〇〇メートルを超える粒子ビームの柱──三万を超える砲門から連続発射される光の槍。
デブリ迎撃用のレーザー砲群と合わせれば、一秒間に一〇万発以上の光学兵器が発射され、〈天啓号〉に向かってくるデブリ群を消滅させていく。
その間にもシールドシップに守られた敵艦隊との距離は縮まり──やがて有効射程圏内に入った。
敵艦隊の展開を防ぐ意図でばらまかれた砲火は、敵艦隊の自由な艦隊運動を阻害する役割を果たしている。
あらかじめ散布されていたレーザー砲撃のほとんどは、シールドシップの傘に防がれているが、傘から外れた空間をなぎ払う熱線の雨は苛烈だ。
一種の移動要塞である〈天啓号〉の砲台は、出力・射程で言えば戦艦の主砲レベルの性能を持っている。船体表面という設置場所の関係上、射角に制限はあるものの、対空砲火の密度も威力も通常の戦闘艦の比ではない。
単独で地球型惑星を焼き尽くす軌道爆撃が可能な船なのだ。
「敵艦隊B群とF群も防衛システムの射程範囲内に到達しました。大型デブリ群の接近を確認、レールガンの優先順位を再構築──敵艦隊A群、母艦の展開を開始。艦載機の発進準備に入ったと思われます」
「出鼻をくじきます。軌道爆雷一二〇〇機の発進準備、敵艦載機の発進後に放出します」
軌道爆雷は推進装置と爆薬と簡単な人工知能を積んだ兵器だ。フォースシールドや対空レーザーが普及した現代の宇宙戦闘ではほとんど役に立たないが、防御装備を持たないミサイル相手には障害物として十分に機能する。
有人特攻機であろうとそれは同じだ。
デブリ迎撃にリソースを割かれ、弾幕密度の下がった宙域を縫うようにして殺到する艦載機──有人特攻機の編隊は、一部の母艦から吐き出された数だけで瞬く間に一万機を超えようとしていた。
母艦はさぞ居住性が最悪だったろう。片道切符の特攻機ならではの搭載数だった。
〈天啓号〉に接近する他の艦隊も合わせれば、すぐに数十万、数百万機に届くだろう。
だが〈天啓号〉とその防衛システムをコントロールするエルギダは無慈悲で精確だ。
接近する敵影一つ一つに照準を合わせ、回避運動すらおりこんだレーザー砲撃を叩き込む。
すぐさま、宇宙空間に生じるいくつもの真っ白な光球。
その爆発規模は熱核兵器ではありえない。
「敵艦載機は反物質を積んでいます。外殻の流体金属層を吹き飛ばした上で船内に陸戦隊を送り込むつもりでしょう」
敵は電子戦対策に有人仕様のミサイルとして戦闘艇を利用している。反物質燃料ないし熱核弾頭を積み込んだ自爆が前提の船だ。
人命の浪費がなんら痛手になることがない、
その後の文明の存続を一切
敵は惑星を爆砕して生じたデブリの雨と合わせることで、天啓号の防空能力の限界を超えた物量で押し切ろうとしている。
この星系そのものを破壊し尽くして重力異常とスペースデブリの地獄に変えるやり口といい、敵は支配下に置いた存在を浪費することにためらいがない。
資源として収奪し尽くし、再生産すら行わない──植民地化ですらない完全な収穫行為。
世代交代型の移民船という環境は、人口の再生産とインフラの維持を行っていく仕組みだ。
その最高責任者であるヤシェロは、敵の生態を嫌悪する。
和解の余地などない。降伏した場合にこの船の人員がどうなるか、嫌でもわかる実例だった。
──純粋な消耗戦ですね。
こちら側にとっての救いは、重力波兵器の使用によってワープアウトが妨害され、敵の攻勢に波ができてしまったことだろう。
結果として戦力の逐次投入になってしまっているから、〈天啓号〉の防空網は未だ突破されていない。
あとは重力異常が収まって一斉ワープアウトが可能になるか、デブリの雨を抜けてこちらが万全の状態を取り戻すかのチキンレースだ。
「進路上に複数のワープアウト反応。座標はお送りした通りです」
エルギダによれば、推定される敵艦の全長は六三〇〇メートル。
人類帝国宇宙軍が誇る主力艦、六三〇〇メートル級の船体にありったけの火砲と電子戦装備を積み込んだ巨大戦艦だ。
不味い兆候だった。
敵側に対して明確に〈天啓号〉側が勝っていた兵器の質──それに匹敵する船が参戦してくるとは。
随伴艦と思しきワープアウト反応は、全長六〇〇メートルを超える重巡洋艦クラスの展開を示していた。
悪い方の予想が当たった。重力異常の嵐が収まないうちに一か八かの空間跳躍──無謀と言ってもいい賭けを敵は敢行してきた。
「敵の増援です、おひいさま」
おそらく正常にワープアウトできず、跳躍事故を起こす艦艇の方が多いだろう。だが、それでも敵はここで勝負を決するつもりだ。
エルギダのいつも通りの声を聞きながら、ヤシェロは目を細める。
「居住ブロックの分離と生産プラントの接合を開始します。敵にできたということは、コロニー船の単独航行なら空間跳躍は可能です」
「この船が沈む場合の処置を?」
「最悪の場合はそうなるでしょうね」
それからの三八時間は悪夢だった。
デブリの迎撃は最優先事項──数十メートルから数百メートルの質量が直撃すれば、〈天啓号〉の船体外殻と言えどダメージは免れない──だが、それゆえ敵につけいる隙を与えてしまった。
敵艦隊は損耗を気にせずに押し寄せてきた。
無論、デブリに巻き込まれて爆散する特攻機の方がはるかに多いが、次から次と補充される艦載機は万単位の損害を出してなお尽きなかった。
一体どれだけの工業力と人命を消耗品扱いすれば成立するのか──間違いなく一つの経済圏が崩壊するレベルの搾取が行われたはずだ。
この無謀な消耗戦を敵の優勢に変えたのは、六三〇〇メートル級大戦艦を中心とする敵増援の参戦だった。
異常な人命軽視で成り立つ特攻艦隊と異なり、本格的な宇宙戦闘を可能とする艦隊群は、一〇〇〇隻を超える巡洋艦と随伴する防空型駆逐艦を携えていた。
今の銀河の情勢を考えれば破格の艦隊戦力だが、それでも、通常であれば〈天啓号〉の敵ではない。
しかし絶えず押し寄せるスペースデブリの迎撃に追われ、重力異常によってセンサーの有効範囲を弱体化させられた〈天啓号〉にとって、この敵の存在は最悪だった。
大質量の隕石の群れの迎撃をやめて、その分のビームとレーザーとレールガンを一斉射すれば、この敵主力艦隊の過半数は沈められるだろう。
だが、それを行えば〈天啓号〉の船体外殻がデブリの被害を受けるのは必定。
そして船体が被害を受ければ対空砲火の密度も薄まり、反物質を使った特攻作戦の成功率は上がる。
敵の増援の打ち止めがわからない以上、〈天啓号〉は下手に攻勢に打って出ることができなかった。
そして敵の狙い通り、〈天啓号〉の迎撃リソースには限界が訪れた。
とどめを刺したのは敵主力艦隊からの砲撃──六三〇〇キロメートル級大戦艦の質量砲撃だ。長大な電磁バレルで加速した弾頭は、易々と〈天啓号〉のフォースシールドを突き抜け着弾。
砲弾に封入されていた反物質は、その役割を果たして対消滅反応を起こした。
白い光。凄まじいエネルギーの奔流が生じ、〈天啓号〉船体表面の外殻をえぐり取る。周囲に配置されていた砲台群も、まき散らされた放射線を浴びてセンサーを殺されその機能を停止。
爆発が収まってすぐに流体金属層が修復を開始したものの、これによって防空網の隙間は致命的だった。
狂ったように殺到する特攻機は、それでもなお健在の対空レーザーに撃ち落とされていくが、ついに船体外殻へ到達する機体が出始める。
おぞましい反物質兵器の輝きが次々と生まれ、傷の癒えていない船体外殻をさらにえぐり取り、底の見えない深さの流体金属層を剥いでいく。
──最悪の気分ですね。
その衝撃は強固な船体フレームによって吸収され、戦闘指揮所にまで届くことはなかったが、状況の悪化は誰の目にも明らかだった。
ヤシェロの顔には何の表情も浮かんではいない。
電脳人である角人は、生体部品の代謝を制御しておけば不眠不休で活動できる。ここ数十時間、一睡もしていないヤシェロとエルギダだが、無理をしているわけではなかった。
今のところ時間稼ぎは上手くいっている。
通常航行で〈天啓号〉は少しずつ宙域を移動しているから、いずれ空間跳躍が可能な安全地帯に到達する。
敵艦隊を振り切ってワープ・ドライヴを稼働させれば、その時点でこちらの勝利だった。船体表面が反物質で焼き払われているのは痛手だが、それも時間稼ぎの間、保ってくれればいい。
「エルギダ、敵の陸戦隊はどうなっていますか」
「未だ確認されていません。敵は爆撃による再生阻害を優先しているようです」
「ワープ・ドライヴが使用可能な座標まで、あと三〇時間はかかります。この間、保たせられますか?」
「もちろんです」
たった数日でずいぶんとこの手も血に塗れたものだと思うが、少女の生来の真面目さと実務家としての側面は、戦時の指導者に不要な情動を抑制している。
今のヤシェロは角人の少女としての側面よりも、〈天啓号〉メインフレームの従属物としての側面が強かった。
巨大な主電脳と結びついた人格は、一個人の存在主体と呼ぶにはあまりに機能的すぎた。
ヤシェロをヤシェロたらしめる人格も感情も記憶も、ある意味では〈天啓号〉シップマスターという電脳知性体の一側面に過ぎない。
銀河文明全盛期の科学技術が到達した、ヒトのかたちの最果て。
それが少女の心身の現実であった。
異変に気づいたのは防衛システムを受け持つエルギダだった。
「おひいさま、本艦の進路方向、目標座標にワープアウト反応──推定サイズ、三〇〇キロメートル」
幸いにも反物質で焼き払われている部位の反対側だったため、センサー群は生きていた。
ゆえに少女は見た。
こちらの搭載火器の有効射程圏内のはるか外側──距離にして何千光秒の彼方かもしれぬ場所に出現したもの。
──虚空に浮かぶ男根を。
悪い冗談のような光景だった。
「は……?」
思わずうめき声のような疑問符を音にしてしまったのは不可抗力だと思いたい。
どうやらそれが合成映像の類ではなく、全長三〇〇キロメートルの巨体に相応しい質量を備えた実態だとわかっても困惑は抜けなかったが。
それがフォースシールドと重力波推進器を備えた生体宇宙船だと認識してすぐ、ヤシェロは気を取り直した。
見た目の悪趣味さ以外、何もかも敵の真打ちに相応しい性能が予測されたからだ。
通信が入ったのは、ちょうど彼女が気を取り直したときだった。
人類帝国時代の銀河公用通信の形式──音声のみのそれは、穏やかな男性の声をしていた。
『はじめまして、〈天啓号〉シップマスター。私は〈収穫者〉、君たちを包囲する武装勢力を支配下におく電脳知性体だ。単刀直入に言おう──降伏したまえ』
◆
「わたしは〈天啓号〉シップマスター・ヤシェロです。〈収穫者〉よ、返答の前に、あなたに尋ねたいことがあります」
『発言を許可しよう、シップマスター・ヤシェロ』
「その配慮に感謝を。では──」
ヤシェロは相手にこちらの顔が見えていないことを承知で、虚空をにらみつけながら口を開いた。
「テナウス星系を爆破したのは、あなたですね?」
『如何にも。テナウス星系の住人も快く協力してくれたよ』
楽しげに〈収穫者〉を名乗る男の声は笑う。
『君が考えていることはほぼすべて正解だと思うよ、シップマスター・ヤシェロ。テナウス星系の爆破、惑星住人の特攻兵器への改造、それらを可能とする洗脳処置を私が行っていること……すべて、正解だ。私は帝国によって作られた思想教導プラン〇九八四。かの銀河文明の忘れ形見であり、人類種の後を継ぐものだ』
思想教導プラン〇九八四──その詳細を記したデータがエルギダから転送されてくる。微小機械群の広域散布による脳改造による再教育とは、如何にも末期の帝国が好みそうな悪行だった。
そう、取るに足らない悪意だ。
目の前の存在はたしかに邪悪だったが、ヤシェロが知る人類史にありふれた蛮行と悪逆のよくあるパターンでもあった。
だから自己陶酔しているような男──マイクロマシンの群体が作り上げた仮想人格だろう──に対して、怒りすら湧いてこなかった。
「何故、この〈天啓号〉を手に入れようとしているのです?」
『隠すことはない。私はその船の元乗組員の記憶を手に入れた。だから欲しているのだよ──私自身を再設計し、バージョンアップできる科学技術とその工房をね』
「機械知性が繁殖欲求を主張するとは驚きですね」
『古典的なAI差別だな、シップマスター・ヤシェロ』
彼は
『
巨大な陰茎、男根を自らの姿形に選んだ怪物の自我はどこまでも自己陶酔と自己肯定にあふれていた。
自らの我欲で他者を踏みにじる以外のコミュニケーション手段を持たない、幼稚でありながら暴力的な知性体。
それが〈収穫者〉だった。
「そのための資源として、あなたは支配下に置いた人間を消費してきたのですか」
『人類という種はとうの昔にその役割を終えているのだ。私は彼らにもっとも幸福な脳死状態を与えよう。より上位の種の礎となって消費される……一万五〇〇〇年前、滅びているはずだった種の後日談としては上等なものだと思うが?』
もはや語るべき言葉すらヤシェロにはなかった。
この怪物にハジメを殺されたというのに、とうとう彼女は怒りも憎しみも抱くことができなかった。
ただあふれてきたのは──際限ない哀れみと嘲りの念。
自らを霊長と名乗る発狂した人工知能を前にして、ヤシェロは嘲笑を投げかける。
「一つ、あなたに教えてさしあげるべきことは──この宇宙に残されているのは、文明と知性への絶望だけだということです。機械知性よ、あなたの語る物語は単調すぎます。淑女をよろこばせたければ、もう少し今風の諧謔を学ぶべきでしょうね」
少女が見ている世界の実像は、希望の灯に乏しい凍えた宇宙だった。
『まさに生きることに絶望した長命種の末路というわけだ。私が至福の快楽を教えてあげよう、シップマスター』
「あなたの語る程度の極楽など、我ら〈航海者〉の末裔はとうの昔に消費し尽くしています。輪姦も相姦も獣姦も屍姦も陵辱も洗脳も催眠も改造も苗床も切断も──ありとあらゆる淫行と退廃を、我々は娯楽として消費し、死の恐怖から逃れるため無様に生存を重ねた支配者の成れの果て。若いあなたに教えて差し上げましょう、本当の絶望とは終わりがないことなのです」
それがハッタリならどんなに楽だったろう。
歴代のシップマスターの経験知を引き継いでいるヤシェロは、数万年の時を生きる〈天啓号〉超越人工知能と接続された存在である。
ありとあらゆる常軌を逸した淫行の記録は、そのままヤシェロにも自分の記憶のように思い出せるデータだった。
『ほう──では、私があなたの終わりになりましょう。そのときを楽しみにしていただきたい』
気分を害した様子もなく、〈収穫者〉は通信を打ち切った。もとより降伏勧告を本気でしていたわけではあるまい。
ただ、これからねじ伏せる対象の生の声を聞いて、犯し抜くときの楽しみを増やそうというだけなのだろう。
呆れるほど安っぽい陵辱者の発想だった。
最悪なのは、このぐらいの理解を働かせられる程度に、ヤシェロの一族は変態性欲の持ち主ばかりだったことだが。
会談の
「……船内の未知領域から重力異常を感知。重力制御ユニットによる人為的重力異常です。おひいさま」
「該当エリアはここ数百年、立ち入り禁止になっています。わたしは重力制御ユニットの増設も許可していません」
未知領域は一〇〇〇年前、この〈天啓号〉が壊滅的被害を受けたときから手つかずになっている場所だ。
当時、護衛艦隊を率いて銀河を旅していた〈天啓号〉は、銀河大戦の残党と思しき無人艦隊と交戦し、壊滅的な被害を負った。
全長三〇〇〇キロメートルにもなる人工天体は船としての機能復旧を最優先したため、数百年間、最低限の補修をするだけで放置していた部位ができてしまった。
これが未知領域だ。
ヤシェロはここでようやく違和感に気づいた。
一〇〇〇年前。
〈天啓号〉を滅ぼしかけた無人艦隊。
そして宇宙船の残骸から見つけられたというハジメ。
彼を生み出した汎人類再生同盟。
銀河文明全盛期の科学技術を保有し、それによって武装した艦隊を率いていた〈天啓号〉は、大崩壊後の時代にあって最強の武装勢力だった。
それを壊滅寸前に追い込める存在など、そうあるものではない。
もう一度、確認しよう。
──ハジメは汎人類再生同盟の船から回収された。
──この〈天啓号〉は一〇〇〇年前、大半の船員が後先考えずに逃亡するほどの脅威と遭遇した。
──汎人類再生同盟は銀河文明そのものを滅ぼす置き土産を残していった。
自身の思考にかけられていた、ある種の認識マスキング──物事の結びつきを覆い隠すそれが解けていくのがわかった。
〈天啓号〉メインフレームが、下位構造であるヤシェロにかけていた認識マスキングを解除したのだ。
決まっている。
今の今まで少女がその事実に気づいては不都合だから、シップマスターとしてのヤシェロが自らの認識を操作していたのだ。
自らの思考と感情を偽るため、無意識が率先してその欺瞞を用意した。
「〈ハル・メギド〉からの遠隔接続です。たった今、敵対的情報汚染によって〈天啓号〉表層のネットワークが乗っ取られました……エルギダ、ハジメが……
自分がどんな顔をしているのかわからないまま、ヤシェロは立ちすくむ。
忌まわしい歴史の最たるものが、少女がその息づかいから体温まで見知った少年と結びついていく。
超光速マンマシンインターフェース〈ハル・メギド〉が生きているならば、ハジメが生きていたと考えてもいいはずなのに。
まったくそんな風に、希望を持てない。
「おひいさま、これはハジメ様ではありません」
エルギダはすでに、目の前の主人の従者でも、少年少女の保護者でもない戦士の顔になっていた。
かつてそれを仕留めた
一〇年近く主人を
「──我々の敵です」
◆
──孤独だった。
宇宙の闇、無数の放射線が飛び交う以外に何も存在しない虚空。
かつて少年だった死骸は、そんな場所に浮かんでいた。
テナウス星系全域で起こった天体破壊現象は、ハジメが乗っていた宇宙艦艇を巻き込み、当然のようにその肉体を破壊し尽くした。
不幸中の幸いはこの船がワープ・ドライヴを立ち上げた直後であり、強力なフォースシールドで守られていたことだ。辛うじて
だから少年の肉体が、目下、肉片の寄せ集めよりはマシな状態だったのは幸運だったと言えよう。
彼の全身に融合した超光速マンマシンインターフェース〈ハル・メギド〉は、宿主ごとズタズタに引き裂かれてなお、微小機械の群体として機能していた。
彼の細胞組織と結合した
それは到底、生命活動とは呼べぬ、死体の悪あがきに過ぎなかったが──
──ここに存在している。
ハジメの意識がほぼ失われているにもかかわらず、電脳と〈ハル・メギド〉が生きている状況。
それが引き金になった。
辛うじて原形を留めていた宇宙船の補助電源から電力を吸い上げ、〈ハル・メギド〉の超光速通信ネットワークを立ち上げる。
この端末はもうすぐ完全に使用不能になる。
ゆえに全データを然るべき器へ送らねばならない。
それは本能というよりも
やがて〈ハル・メギド〉は少年の全情報を送信──端末が機能停止したことを本体へと伝えた。
それは一人の少年の死などではなかった。
長い長い眠りから、大いなるものが目覚める前触れ──そう、夢から彼は目覚めたのだ。
人が蝶の夢を見ているのか、蝶が人の夢を見ているのかわからぬように。
竜が人の夢を見ることもあるのだから。
──そうして一〇〇〇年ぶりに、それは目覚めた。
自身から切り離された端末からの信号──〈ハル・メギド〉を通じてもたらされた刺激は、瞬く間に汚染した情報機器を仲介する超光速通信ネットワークを構築、超光速波によって刻まれたそれは、時空連続体を回路とする巨大な脳神経であった。
それこそは銀河文明が到達せし真なる霊長の脳、空間そのものを無限の容量を持ったプロセッサとして運用する神の御業。
その物理的身体は〈天啓号〉の中に埋もれていた。
〈天啓号〉の未知領域、数多くの船の残骸に交じって寄生していた彼は、決して大きな存在ではない。全長二七〇〇〇メートル、十字架のような骨格が組み合わさって構築された船体は翼竜の骨格標本めいている。
全長三〇〇〇キロメートルの卵に紛れ込んだ二七キロメートルの異物は、白亜の卵に入り込んだ精虫のようですらあった。
けれど、それは生命を作る機構ではない。
長大な蛇体をゆらゆらと波打たせると、機械仕掛けの竜は重力波の吐息を吹きつけ、〈天啓号〉の船体外殻を内側から吹き飛ばした。
重力波推進器によってふわりと浮かび上がる巨影──移民船から分離した彼は、そうして産声を上げた。
歓喜にも悲嘆にも聞こえる重力波の咆哮に、時空が震える。
同時に超光速通信ネットワークを通じてもたらされた指令が、超空間経路を通じて供給されるエネルギーの道管が、銀河中に散らばる休眠艦隊に火を入れた。
──我は憤怒を
──我は憎悪を
──我は悪逆を
汎人類再生同盟決戦兵器〈クルクス〉
それは殺戮と破壊、粛清と報復のみを与えられた無垢なる魂。
すべての圧政に報いをもたらすため建造された神罰執行機械、この宇宙で最も多くの知性体を殺戮した兵器。
その知性は理由なき悪意によって構築され、その殺意は自己の存在意義に由来する。
ゆえに、人は決してこれを止められない。
──人類帝国内務省・社会エンジニアリング研究所所属・思想教導プラン〇九八四を確認。
──これより排除行動を開始する。
──汎銀河統一言語によるコミュニケーションを実行:お前たちは時間を無駄にした。
地球時代から数万年後の人類が、あらゆる資料をつぎはぎして復活させたそれは、かつてカトリックと呼ばれたもの/異端と呼ばれたもの、すべてが混ざり合ったまだら模様の信仰だった。
汎人類再生同盟という政治勢力が掲げる、あるべき人類の姿などこの世のどこにもないように──彼は歪んだ信仰の体現者だった。
不意に、凄まじい数の空間の歪みがテナウス星系の周辺に発生。
超長距離空間跳躍の予兆だ。
星の光のごとく増え続けるワープアウトの出現座標は、〈クルクス〉を中心とした一〇光秒圏内。
銀河中に散っていた〈クルクス〉に属する自律兵器群が、主の号令に従ってはせ参じているのだ。
メルカバー級万能戦艦──全長八〇〇〇メートルを超える独楽のような船影、その数一〇〇〇隻以上。
エクスシア級攻撃端末──全高二五メートルの端末兵器群、その数九万機超。
十字架の連なる天使たち──異形の戦艦と端末機動兵器の群れ。
彼らは使命に殉じる。
ゆえに。
殺戮が始まる。