スレンダー角っ娘はデカ尻ドスケベ雌山羊~クーデレ敬語ヒロインとイチャイチャする~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
──〈航海者〉とは神に等しい知性体の総称であった。
人類の宇宙進出と銀河系への播種という大偉業の果てに誕生した銀河統一政体は、人類史上、類を見ない超巨大経済圏を作り上げた。
銀河文明とも呼ばれるそれの恩恵をもっとも受けたのは、科学技術の進歩であった。
超光速航法とテラフォーミング技術の確立以降、停滞していた技術水準は爆発的な前進の時代を迎え──人類という種を新たな次元へと導いた。
時空連続体の秘密を解き明かし、時空間そのものを演算処理装置とする神の御業。
それを人の能力拡張に応用した存在を〈航海者〉という。
超光速通信で用いられていた光よりも速い波動体──つまるところ既知宇宙の物理法則外の事象──を利用することで、銀河全域を監視下に置く超越知性体。
彼らは銀河を統べる人類帝国の支配者であり、文字通りの不老不死の貴族たちであった。
なにせ核融合プラズマの超高熱、超新星爆発のガンマ線の嵐、ブラックホールの事象の地平面すら生き延びるであろう存在だ。
〈航海者〉があまりにも一強でありすぎたがゆえに、その誕生から二万年以上、対抗技術すら芽生えず安定した秩序が築かれたのは言うまでもない。
そしてその統治には寿命が訪れた。
あらゆる知性体は絶えず停滞と陳腐化という堕落に引きずり込まれ続ける。
百年足らずの寿命しか持たない地球時代の権力者たちに比べればずいぶんと長持ちしたが、それでも〈航海者〉は人間でありすぎた。
腐敗し堕落する知性でありすぎたのだ。
彼らは人間の輝かしさと愚かさを両輪とする人間賛歌の語り手であり体現者であり──とどのつまり悪魔の猿の末裔だった。
そして彼らの圧政に滅ぼされた民の末裔、
汎人類再生同盟の科学技術は、〈航海者〉の圧政を逃れてついにそれと同等の知性体を生み出す水準に達していた。
だが、単純に〈航海者〉と同じものを作ったのでは性能負けするのは明白。
二万五〇〇〇年の間、演算領域を拡大させ上位宇宙へとその思考主体を移行した超越種たちは、その数において〈クルクス〉を圧倒できる。
なぶり殺しに合うのがオチだ。
そこで汎人類再生同盟の科学者が導入したのが、とある科学理論だった。
要求される計算資源さえ用意できれば、無数の小宇宙をその終焉まで運営できるとするその理論は、時空連続体を演算回路に用いる究極の演算装置にうってつけだった。
そう、機械知性ならば如何なる苦行にも耐えられるのだから。
時間と空間を操作できる領域に達した科学を用いて、仮想空間において時間加速を行い、宇宙の終焉までの億単位の年月を使えばいいのだ。
報復兵器の完成の目処が立ったころには、物資の備蓄も尽きようとしていた。
最後まで彼の誕生に関わっていた科学者たちと人工知能群は、機密保持のために自害していった。
まず最初に人間の科学者たちが毒をあおって眠るように死んだ。皆、穏やかで満ち足りた顔をしていた。自分たちの絶望が必ずや報われると信じていたのだ。
彼らの死骸を元素転換炉に放り込み、生体部品の足しにしたのは人工知能たちだった。帝国による残党狩りと情報汚染を生き延びた汎人類再生同盟側の人工知能──〈クルクス〉から見れば驚くほど簡素な構造の機械知性たちは、その動力を落とす寸前、彼にこう言った。
──あなたの旅路の終わりに幸あらんことを。
長く存在し続ける孤独を知らぬ〈クルクス〉は、その言葉の意味がわからなかった。
最後まで汎人類再生同盟という組織に尽くしていた人工知能たちが、如何なる論理に基づいてそのメッセージを放ったのか。
その物理筐体も電子的複製も残さず破壊した彼には、何もわからない。
人間を拡張した存在として誕生した〈航海者〉は、その能力を未知の解明と真理の探究に費やした賢人たちだった。極めて楽観的で理性的な人間の理想像として生まれた彼らは、破壊的で破滅的な用途にその技術を費やさなかった。
無論、万が一に備えて様々な自衛手段の開発を行ってはいたが──それでもなお、足りなかったのである。
報復兵器〈クルクス〉という存在の途方もない純粋な悪意は、宇宙そのものを如何なる手段を用いても破壊することを指向していた。
時空間そのものを演算素子とする〈クルクス〉の頭脳は、その思考を加速し続け、無限無数のシミュレーションを走らせては試作・検討・修正を繰り返し続けた。
より多くを殺すために、より確かに殺すために。
その加速世界で生まれた異形の技術群──実時間において百年足らずの間にもたらされた進歩は、すなわち〈航海者〉を殺すための破壊の術だった。
科学とは懐疑と検証によって確実性を導き出す文明の知恵である。
科学的手法で導き出された宇宙の破壊方法とは、基底現実と寸分違わぬ、仮想世界に築かれた無数の小宇宙を滅ぼし続け、検証された手段である。
おそらく〈航海者〉も同様の実験を行ったことはあるだろう。
だが、宇宙を破壊するという行為を、天文学的主観時間をかけて繰り返し続け、探求するほどの狂気を持ってはいなかった。
それはこの宇宙の如何なる生命体も体験したことのない、極限の悪意を意味していた。
基底現実での物理的身体を構築した彼は、最低限の護衛艦隊を建造した時点で奇襲を仕掛けた。
〈航海者〉が生き残っていれば、〈クルクス〉と同様の手法で技術解析される恐れがあった。
ゆえに〈クルクス〉が取り得る戦略は一つだけだった。
人類が到達した叡智を成り立たせる
二万五〇〇〇年の間、存続している盤石の帝国を一撃で討ち滅ぼす──言うは易く行うは難い、そんな夢物語のような作戦だ。
そしてすべてが滅んだ。
いいや、彼が滅ぼした。
報復兵器〈クルクス〉がもたらした虐殺の嵐、銀河系の生命の九割を死滅させた戦争とすら呼べぬ三千世界の滅尽。
これを大崩壊と呼ぶ。
◆
結論から言おう。
〈収穫者〉と〈クルクス〉の武力衝突はすぐに勝敗がついた。
戦争と呼べるほどのものすら起きなかった。
──お前たちは時間を無駄にした。
汎銀河統一言語であらゆる通信手段に乗って発された、その言葉の通りだった。
一万五〇〇〇年前、大崩壊を引き起こした終末神話の軍勢を相手取るには、複数の星間文明を支配している程度の軍事力では歯が立たなかった。
大幅な文明レベルの後退と生産力の低下が引き起こされたことで、銀河文明と呼べるものはほぼ死に絶えている。
全盛期の帝国を滅亡に追いやった超兵器と渡り合える艦隊など、この世のどこにもない。
今そこにあるものを奪うばかりで、文明を育てることをしてこなかった〈収穫者〉には、最初から勝ち目がなかった。
〈天啓号〉外殻を破壊し報復兵器が出現してから二三〇秒後、交戦開始。
一〇〇〇隻を超える大規模な艦隊を率いていた〈収穫者〉の支配下にある艦隊は、現在の銀河系においては有数の武力を持っていた。彼らが保有する最大の戦艦でも六三〇〇メートル──大口径レールガンを筆頭に、強力な火砲を多数備えた超大型戦艦だ。
〈天啓号〉攻略のため用意された宇宙母艦とその艦載機も含めれば万単位の物量もある。
だが、それだけだ。
全長八〇〇〇メートルを超えるメルカバー級一〇〇〇隻と、一〇万機近い数の宇宙戦闘機の群れを相手取るには質も量も足りなさすぎた。
根本的に正面戦闘での勝利など発生し得ない、絶望的な戦力差がある。
一見してわかる戦力差だったが、彼らは最後の一兵まで死力を尽くして戦った。脳を汚染された人間たちには士気の崩壊は起きず、隊列が乱れることもない。
〈収穫者〉が超長距離空間跳躍を実行し、撤退するまでの時間稼ぎとして使い潰されたのだ。
すべて無駄なあがきだった。
レーザー砲も粒子ビームもレールガンも──その出力の大小にかかわらず、何一つとしてメルカバー級万能戦艦の防御を貫くことができない。
凄まじい数の熱線や砲弾が〈神の戦車〉の名を冠する巨大戦艦に襲いかかるが、着弾地点の装甲が発光するだけで何ら有効打になっていないのだ。
外部から加えられた熱エネルギーや運動エネルギーを光子へ変換し放出、絶対的物理防御を行う相転移装甲の働きである。
これは従来の艦隊戦での定石がほとんど無効化されるということであり、有効打となりうるのは
併用されている障壁の出力そのものも桁違いに強く、その防御を突破できる火力が存在しない有様だった。
相転移装甲は基礎理論こそ銀河文明全盛期には発見されていたが、その実用化のハードルとして燃費の問題が立ち塞がっていた。装甲そのものが莫大な電力を消費するために、戦艦用反応炉の出力をもってしてもまかないきれないエネルギーが必要になる。
如何に素晴らしい装甲であろうと、実用段階とは到底言えない代物なのだ。
それゆえに帝国宇宙軍の艦艇ではほとんど採用されていない。
高度に洗練された無人兵器である〈クルクス〉の軍勢は、非常にシンプルな艦種で構成されている。
すなわち旗艦であり司令塔である本体、艦隊戦力の中核を為すメルカバー級万能戦艦、これを母艦とする艦載機たるエクスシア級攻撃端末である。
メルカバー級とエクスシア級はそのすべてが相転移装甲を持ち、単独で超長距離空間跳躍を行えるが自前の動力炉を搭載してはいない。
天文学的数量のエネルギーを生み続ける永久機関──ジェネシス・エンジンを搭載した〈クルクス〉から、超空間経路を通してエネルギーを供給されている。
彼らは文字通り〈クルクス〉という最終兵器を構成する端末だった。
報復兵器群と〈収穫者〉配下、双方の
メルカバー級万能戦艦の撃沈数は皆無であり、艦載機であるエクスシア級一つを落とすために無数の駆逐艦と艦載機が犠牲になっている。
まともな戦闘が成り立つわけがなかった。
難攻不落の機動要塞と言っていいメルカバー級に比べ、エクスシア級は特筆すべき性能を持ってはいない。
使用されている相転移装甲の強度も、メルカバー級の理不尽なそれに比べれば微々たるものだ──戦闘機でありながら、シールドを突破した対空砲火に晒されようと、持ちこたえられる程度に頑強なだけなのだから。
大型艦のワープ・ドライブでなければ不可能な長距離空間跳躍を単独で実行可能であり、ワープ回数にも制限がなく、全長二五メートルの機体サイズに不釣り合いな機動力と火力を備えた戦闘機。
エクスシア級はミサイル駆逐艦に匹敵する打撃力を備えた対艦攻撃機であり、レーザーキャノンとレールガンで敵機を撃ち落とす制宙戦闘機でもあった。
メルカバー級の備えた無数のビーム砲群──その一つ一つが八〇〇メートル級戦艦の主砲に匹敵──が掃射されるたびに、シールドを重ねて防御陣形を取っていた巡洋艦が溶けるように消えていく。
通常の艦隊戦ならインターバルを挟んで発射される主砲クラスの高出力ビームが、嵐のように絶え間なく襲ってくるのだ。
耐えられるわけがない。
対レーザー用防御皮膜の傘に隠れていた艦隊は、横合いから襲いかかってきたエクスシアの大軍に蹂躙された。
元々、〈天啓号〉を襲うためだけに編成された偏った艦隊だったことが災いし、大した抵抗もできなかった。対レーザー防御皮膜の張っていない部分を高出力レーザーで焼き切られ、牽引していた宇宙母艦を巻き込んでシールドシップは轟沈。
エクスシア級は六枚の翼を持ったクリオネのような形をした宇宙戦闘機だ。本体である〈クルクス〉がそうであるように黄金の機体色をした端末兵器群は、母艦であるメルカバー級万能戦艦から無尽蔵に供給される御使いだった。
二五メートルの機体サイズから考えられない堅牢さと優れた性能のワープ・ドライヴによって距離を詰め、艦隊戦を敵味方入り乱れた乱戦へ持ち込み、四方八方から船体を切り刻む。
エクスシア級の群れに数百メートルの戦闘艦が襲われる様は、まるで死体に集る鴉のようだった。
必死の対空砲火や艦載砲の直撃を浴びて爆散する機影もあったが、一機のエクスシアを撃墜する間に、三機のエクスシアが押し寄せてくるのだ。
〈天啓号〉の防空網に致命的一撃を加えた六三〇〇メートル級大戦艦もまた、例外ではなかった。
通常の戦艦が八〇〇メートルから一五〇〇メートルほどの大きさであることを考えれば、破格の巨大艦──帝国宇宙軍が健在だったときには艦隊旗艦としてそう珍しくなかった──だが、それを日常的に仮想敵としていた〈クルクス〉の軍勢を相手取るには数が足りなさすぎる。
少しずつ船体機能を奪い取られ、機能不全に陥った大戦艦にメルカバー級の艦砲射撃が直撃。
〈収穫者〉の艦隊戦力の中核はあっさりと轟沈した。
この宙域には一〇〇〇隻のメルカバー級がワープアウトしていたが、〈収穫者〉艦隊の相手をしているのはわずか一二隻。
彼我の戦力差はこれでもなお絶望的であり、もはや、組織的抵抗すら不可能になっている。
約半数の五〇〇隻程度のメルカバー級は〈クルクス〉の周囲を囲むように陣取り、テナウス星系の天体の成れの果て──〈天啓号〉を襲う質量体の嵐を迎撃していた。
メルカバー級は独楽のような独特の形状の船体と、そこから突き出した四つの翼──エクスシア級数万機を生産・格納する微小機械工場を備えた巨大戦艦である。
超空間経路による遠隔無線給電の恩恵──出力上の制限を持たないメルカバー級は、大質量のスペースデブリを打ち砕けるだけの兵器を搭載していた。
かつて銀河系において星々を砕いて回った重力兵器が次々と射出され、着弾点を中心に半径一万キロ圏内のすべてを粉砕。
無慈悲な殲滅戦を展開し、天災に等しいスペースデブリの嵐をこともなげに迎撃して見せる一方で、〈クルクス〉は驚くほど〈天啓号〉に対して無関心だった。
その存在を認識していながら、無害な小惑星だから放っておこう、とでも言うように。
この奇妙な無視が〈収穫者〉のもくろみを狂わせたと言っていい。
彼は状況を把握し切れていなかった──目標の移民船にはるか太古の最終兵器が潜んでいたなど予想できるわけもない──ものの、それが〈天啓号〉の制御下にないことはわかった。
だからこそ手勢を囮にして使い潰せば、逃げ切れる目はあると踏んだのである。
報復兵器〈クルクス〉と〈天啓号〉、そして〈収穫者〉の艦隊が三つ巴になれば混乱が生まれるはずだ、と。
現実には〈天啓号〉はまったく手出しされず、彼の艦隊だけが一方的になぶり殺しにあっている。
〈収穫者〉は自身の選択が間違っていたことを思い知らされていたが、それでもなお、自身の生存を諦めていなかった。
元々〈天啓号〉の予想進路に先回りしていたこの宇宙的男根崇拝者は、主戦場となっているテナウス星系外縁部から遠い位置にいる。
幸いにも未だに〈クルクス〉の端末兵器群は差し向けられていない。
この隙に〈収穫者〉は長距離空間跳躍の準備を進めていた。
生半可な距離の空間跳躍では、すぐに追撃されてしまうからだ。如何に〈クルクス〉の軍勢が長距離空間跳躍に長けていようと、三〇〇キロメートル級の宇宙船の出力で行うワープを追跡するのは困難のはずだった。
微小機械で奴隷化した人間たちを飼っている策源地──小規模だがいくつもの星間国家を掌中に収めているのだ──は、超空間系を通じた感覚共有により、安全地帯だと確認できている。
何度かの長距離空間跳躍を行い、距離を引き離しながら追跡を振り切り、その間に報復兵器を討ち取れるだけの準備を行わねばならない。
虚空に浮かぶ巨大な男根は、自身の十分の一の大きさの外敵──十字架の形をした竜──に対して恐怖を抱いていたが、然るべき準備さえすれば勝てる敵だと信じていた。
その理由は単純である。
彼は大崩壊を経験しておらず、〈クルクス〉の性能を予測値でしか知らなかったのだ。
ワープ・ドライヴに目標座標を入力しようとしたそのとき、〈収穫者〉は声を聞いた。
彼とその奴隷を繋ぐ超空間経路の通信網から、まったくの第三者の言葉。
──どこへ逃げる?
侵入されている。
そう認識した瞬間、安全地帯だったはずの後方──〈収穫者〉の植民地の映像が混線した。
彼が奴隷化した人間たちの視界ではない。衛星軌道上から地表を焼き払う、巨大な宇宙船の視点だ。
それが一〇〇隻を超えるメルカバー級のものだと気づいたとき〈収穫者〉は真実を知った。
欺瞞情報。
自身の目も耳も鼻もとうの昔に掌握されていた。
この戦場には一〇〇〇隻あった艦隊のうち、半数しか残っていない。
残り半分の数百隻の艦隊は、〈収穫者〉が策源地として支配下に置いたいくつかの恒星系に出現し、軌道爆撃で星々を焼き払っていた。
メルカバー級から吐き出されるエクスシア級の群れが、人間を一人一人、レーザー砲で焼き払って虐殺しているのがわかった。
どうして座標がバレたのか。
決まっている。
〈収穫者〉自身のデータベースをハッキングして、情報を盗んだのだ。
この時点で〈収穫者〉は空間跳躍による逃亡を断念し、ワープ・ドライヴに注ぐはずだったエネルギーを兵装に供給。
馬鹿でかい男根というふざけた見た目に反して、〈収穫者〉の身体であるこの生体宇宙船は多機能だった。
洗脳用微小機械を吐き出す砲身が電磁フィールドで
星すら滅ぼす出力の陽電子砲が発射された。
射線上の星間物質を対消滅で消滅させ、おびただしい量の放射線をまき散らしながら、陽電子砲は〈クルクス〉めがけて直進して。
──時間を無駄にしたな、帝国の末裔。
起死回生の一撃だったはずの陽電子砲はあっさりと防がれた。
射線上にあった時空間が静止状態──あらゆるエネルギーの変動が消失した虚無へ置換されているなどと、〈収穫者〉に理解できたかどうかもわからない。
時空を凍てつかせる
何が起きたというのか。
〈収穫者〉の思考に広がるのはこの一〇〇〇年間、彼が知らずに過ごしてきた感情であり、その存在が最後に感じることになる知覚だ。
すなわち、困惑と恐怖──その本能にも似た衝動から、彼はとにかく空間跳躍で逃げおおせようとした。
〈クルクス〉と地獄の消耗戦を繰り広げた帝国宇宙軍であれば、決してすることのない過ちだった。
何故ならば──それに存在を認識された時点で、逃亡など不可能なのだから。
銀河文明全盛期のテクノロジーをさらに推し進め、戦闘に特化した形で洗練した〈クルクス〉は、この宇宙において最強最悪の大量破壊兵器を生み出した。
──見るがいい。
──知るがいい。
貫けぬはずの鎧を撃ち抜き、滅びぬはずの肉身を砕く術があることを。
かつて二万五〇〇〇年におよんだ神に等しい知性体による統治は、その絶対性の剥奪によって無惨に打ち砕かれた。
小型化と高出力化を進めた重力制御機関を連動させ、精密制御することで可能となった重力波の破壊的兵器転用──それがもたらす破壊は、
無数の小宇宙を殺し続ける中で〈クルクス〉が発見した、人類史の終点に相応しい最終兵器である。
全長二七キロメートルの長大な砲身にして反応炉──重力制御ユニット群の骨格が固定され、十字架型の船の先端、竜頭に見立てられた艦首が
下顎にあたる部位が二つに割れて、上顎と合わせて三つのパーツに分割されると、顎の奥の射出口が露出した。
照準完了。
着弾点の時空間座標の変動制御を開始。
放たれた波動を光学センサーで捉えたとき、それは黒い波のように見えたはずだ。
何もない時空の裂け目など、この宇宙で生きる知性体には理解できないのだから。
到底、回避や防御の概念が通じるような攻撃手段ではなかった。
ゆえに。
全長三〇〇キロメートルの男根崇拝主義者の悪夢は、宇宙の暗黒よりなお暗い黒い光に飲み込まれ──それきり〈収穫者〉は何の反応も思考もできず消え失せた。
それは人類の文明がたどり着いた神殺しの刃、無限に積層された次元の壁すら撃ち貫く時空連続体破壊兵装。
文明のたどり着く極点、万象を虚無へと還元する唯一無二の光である。
──収束重力波射出機構〈竜の吐息〉。
それはかつて、はるか遠い高次元からゲームに興じる〈航海者〉を死滅させた一撃。
世界とは事象という駒を無数に乗せた遊戯盤のようなものだ。この遊戯盤を時空連続体と呼ぶ。どれほど巨大な破壊をもたらそうと、通常、壊れるのは遊戯盤の上の駒だけだ。
遊戯盤の上の駒がどうなろうと、ゲームに興じるプレイヤーたちは傷つかない。
起きている事象の次元が異なるとはそういうものだ。
〈クルクス〉が使用した収束重力波射出機構は、この大前提を覆す代物だった。
正しくそれは、神を
その反作用は目を覆うばかりに凄惨であった。
時間と空間の連なりが解け、次元にうがたれた孔が狂った物理法則を吐き出しながら全事象を発狂させ──宇宙が悲鳴をあげた。
〈竜の吐息〉の着弾点を中心に、因果律そのものが狂っていた。
過去に〈収穫者〉が宇宙のあちこちに用意していたバックアップユニットすら、因果律の発狂に巻き込まれ、
この未曾有の大災害──収束重力波射出機構〈竜の吐息〉は、五八万七九八四体のバックアップユニットを七つの星系と恒星を破砕しながら消滅させた。
〈収穫者〉はその残滓すら残されず、時空連続体から完全消滅した。
◆
絶対的な恐怖だけがあった。
それは角人の電脳に植え付けられた本能、人格データよりも優先順位が上の生命維持システムに刻み込まれた最大の脅威。
報復兵器〈クルクス〉とその主砲・収束重力波射出機構〈竜の吐息〉──時空連続体そのものを破砕する兵装がもたらした破壊は、その余波だけでヤシェロを凍り付かせるものだった。
〈天啓号〉に備え付けられたあらゆるセンサー群が、平常時ではありえない異常値を吐き出している。
「銀河各地で恒星の崩壊によるものと思われる重力波を検知──
かつて銀河系全域を滅ぼした機動兵器──全盛期に比べれば大きく数を減らしたとはいえ、現状の保有戦力からすれば絶望的な物量には違いない──の群れを見ながら、ヤシェロは混乱する思考を落ち着かせた。
明らかに何かを知っている従者への問いかけよりも、まず優先すべきは船の安全だ。
「エルギダ、現時点の〈天啓号〉にあれから逃げ切る手段はありますか」
「おひいさま、ご安心を。現時点で〈クルクス〉は我々の脅威となりえません。先代の旦那様と奥様が身を挺して刻んだ安全装置があります。むしろここでの離脱は後々の選択肢を潰すことになるかと」
その言葉に、脳内に渦巻いていた疑問の山が一本の線で繋がるのがわかった。
「わたしとハジメが惹かれ合うようにお膳立てした理由は、そういうことですか」
「無論、最初からすべてを──というには、わたくしめの不手際が多うございました。それに、おひいさまとハジメ様の縁結びは目的ではなく副産物でございます」
エルギダはそう言うと、ヤシェロの方に歩み寄った。
「こうして話す時間はあるのですね」
「今しばらくは。あれの主電脳が安全装置を無効化するまで、と条件付きで」
何から話すべきか迷っているような素振りのエルギダは、らしくもなく躊躇しているようだった。
ならば、とヤシェロは自ら問いかける。
致命的な真実を。
「──エルギダ。わたしの父と母を殺めたのは、あの報復兵器〈クルクス〉なのですね?」
「はい、おひいさま」
「何があったのか、すべて教えなさい。これはシップマスターとしての命令です」
観念したように目を閉じた後、エルギダは静かに昔話を始めた。
「始まりは一〇〇〇年前、この〈天啓号〉があの報復兵器と遭遇したときのことでございます。当時、わたくしめは帝国宇宙軍の残党を率いて、この船の護衛艦隊の司令官を務めておりました」
「その結果、この船は半壊し、護衛艦隊は壊滅し、角人たちの多くが逃げ去っていった……交戦したのが〈クルクス〉だと公の記録に記さなかったのは何故ですか?」
「……恐ろしかったからですよ、おひいさま。わたくしめを含めて、大崩壊を生き延びた戦闘知性体や〈航海者〉の末裔は、あの最終兵器……〈竜の吐息〉のもたらす理不尽を知っています。愚かしいことに、迷信じみた恐怖を理由にして、我々は真実を秘匿しました」
宇宙の理が発狂し、物理法則が乱れ、因果律をひっくりかえして死が連鎖する。ほとんど呪いのような時空連続体破壊兵装を前にして、神ならざる知性体は合理主義をかなぐり捨てた。
物理的な肉体を持った角人へと〈航海者〉たちが回帰したのも、つまるところ恐怖からだ。
上位宇宙へと昇った神の身体を持つ限り、〈クルクス〉はそれを超空間経路──
しかも対抗できる兵器を作ろうとした〈航海者〉から、狙い撃ちにされて消滅していったのだ。
その結果が角人だった。
戦意を喪失し、退廃的な快楽に身を委ね、肉体人へと身を
あまりに浅ましく愚かな選択を、ヤシェロたちの先祖はしたのである。
「艦隊戦力の壊滅と引き換えに、わたくしめは〈クルクス〉の撃破に成功いたしました。今にして思えば、あのとき我々は幸運だったのです。一万年以上にわたって戦い続け、〈クルクス〉も大きく疲弊していたのです……帝国の残党は、テナウス星系の破壊が可愛らしく思えるような焦土作戦を何度も実行に移し、〈クルクス〉の戦力に間引きを加え続けたのですから。それから、わたくしめは初代シップマスターから
「ですが、〈クルクス〉の完全破壊に至ってはいなかった。機能不全に陥った〈天啓号〉は、その麻痺した半身に寄生され、知らぬ間にアレを復活させてしまった──そうですね?」
「はい。報復兵器がこの船に寄生していたことに気づいた時点で、我々にあれと交戦して再び撃破する戦力は残されていませんでした。自衛能力を失った〈天啓号〉は、今回のような事態を恐れて、長らく深宇宙の無人宙域を逃げ回っていたほどです……〈クルクス〉の所在が判明したのが、先代……旦那様と奥様の代でした。お二人は武力による報復兵器の排除を諦め、あれが休眠中にその研究を始めました」
「だからお父様とお母様は、自身のバックアップデータを残さなかったのですね。如何なる形でも、メインフレームに〈クルクス〉から干渉されるのを避けるために」
ヤシェロは拳を握りしめ、声を震わせていた。
少女が覚えている父母は賢くて優しくて、いつも穏やかに微笑んでいた。
彼らがどれほど巨大な絶望を背負っていたのか、ヤシェロは今まで知りもしなかったのだ。
「〈クルクス〉の副電脳の分離を命じられたのは旦那様でした。帝国による民族浄化で絶滅に追いやられた彼らは、自らの最後の系譜である〈クルクス〉に、その思想上の理想形を託していたのです──絶滅戦争を司る主電脳とは異なる理念を司る副電脳、完全な人であれと願われたものを」
「
「はい。旦那様と奥様は、副電脳を通じて〈クルクス〉主電脳に干渉し、安全装置を追加することを計画されていました。すべての生命体を呪うような怪物の殺意の対象外としてこの船を認識させる──よしんば報復兵器が目覚めたとしても、この船だけは助かる道を残すために」
「……わたしのため、なのですね」
エルギダは何も言わなかった。
近い将来の確実な破滅を避けるために、ヤシェロの父母は綱渡りの博打をしていたのだ。
そして賭に勝ったが命を落とした。
「……分離作業中に事故が起きました。休眠状態の〈クルクス〉の防衛システムが起動し、お二人は亡くなられました」
「覚えています。九年も前のことなのに……エルギダ、あなたはずっと知っていたんですね。お父様とお母様がどうして亡くなったのかも、誰がわたしからそれを奪ったのかも……!」
ヤシェロはずっと聞きたかったことを、態度を取り繕うことすらせずにぶちまけた。
ふつふつと湧き上がってきた激情が、怒りなのか憎しみなのか悲しみなのかすらわからないまま、少女は声を荒げる。
「父と母がいなくなったのが九年前、ハジメがやってきたのが四年前……この間、あなたは何をしていたのです? あなたはどうして──」
ヤシェロよりも頭一つ分は背が大きい従者は、顔色一つ変えず、主の吐き出すどうしようもない感情を受け止めて。
端的に彼女の本当の気持ちを当ててみせた。
「ハジメ様が父母の仇だと知っていたら、恋をすることなどなかったと──おひいさまはそうおっしゃるのですね」
図星だった。
こんな思考をする自分が許せなかった。
こんな思いをする恋を仕組んだ相手が眼前にいるのが信じられなかった。
「だからわたしの記憶と認識に制約をかけたのでしょう?」
「いいえ。おひいさまが御自身にかけた認識操作に関して、わたくしめは何一つ関与してはいません」
そういうことか、と歯がみする。
シップマスターであるヤシェロは〈天啓号〉と繋がれた存在であり、二つで一つの知性体である。
だが、少女の人格を宿している電脳は移民船全体を統括するメインフレームに対して対等の関係にはない。
機械知性体としてのヤシェロ自身が、年相応の少女としてのヤシェロの自我をある程度、操作するのは造作もないことだった。
たとえば船の存亡に関わる事象なら、自身の尊厳の一つ二つは安売りするだろう。
「〈クルクス〉とハジメ様は元は同じ存在ですが、まったく別の存在として成立した存在です。そうなるようにわたくしめが調整し、旦那様たちの再教育プログラムを実行に移したのですから」
「……あなたの企みごとの是非はおいておきます。ですが、お父様たちが計画の半ばで事故死したのであれば、〈クルクス〉に刻まれた安全装置は完全なものではない。そうですね?」
「はい、おひいさま」
感情的な問題はさておき、ヤシェロにもエルギダが画策していた企みごとが見えてきた。
「不完全な安全装置を頼りにするのではなく、切り離した副電脳……〈クルクス〉の分身であるハジメを通して、この〈天啓号〉を敵ではないと認識させようとした。エルギダ、あなたは回りくどすぎます」
「ハジメ様の件はわたくしめにとっても事故でございました。あわよくば、今回の遠征でおひいさまの騎士としての自己定義を確立していただき、誰にとっても損のない未来をと思っておりました」
いけしゃあしゃあと言ってのけるエルギダは間違いなく悪人だった。
にもかかわらず憎しみや嫌悪を抱けないのは、単純に知らされた情報がどれも衝撃的で、ヤシェロにその余裕がないからだ。
「〈クルクス〉は今まで夢を見ていたのでございます。おひいさまと恋をして交わるハジメ様という夢を。その肉体を打ち砕かれ、主電脳の使命に従って覚醒したのだとしても──アレはハジメ様という夢を覚えています」
「エルギダ、それは」
報復兵器〈クルクス〉。
銀河文明を滅ぼし、数十兆の命を虐殺し、宇宙の理すら破壊する十字架の竜。
ヤシェロにとっては父母の敵であるもの。
「──おひいさまが復讐を望まれるのでしたら、わたくしめはそれを叶えましょう。ですが、そうではない望みも叶えてさしあげられます」
どこまでいっても従者エルギダは悪魔のように振る舞う。
彼女自身がどういう思いを抱き、何を願っていたとしても、それを口にすることはない。
それがエルギダなりのヤシェロへの忠誠心であった。
「わたしは──」
──少女は選んだ。