※この作品はR-18です。

スレンダー角っ娘はデカ尻ドスケベ雌山羊~クーデレ敬語ヒロインとイチャイチャする~   作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中

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22話「旅の終わり」

 

 

 

 ──〈クルクス〉は当面この船を襲うことはない。

 

 

 

 だが銀河各地には未だに生き残っている文明の灯があり、ここで〈クルクス〉とその軍勢を放置すれば、取り返しがつかないことになるだろう。

 元素転換炉と微小機械の自動工業プラントによって指数関数的に増殖する端末兵器群は、わずかな時間で億単位の艦隊へ膨れ上がり、虐殺を再開するはずだ。

 

 そして今の銀河系に、かつて彼らと矛を交えて地獄の消耗戦を行った帝国宇宙軍は存在していない。

 今度こそ人類は滅びるだろう。

 

 それだけは避けねばならない──ヤシェロはそう言った。

 ゆえに今ここで〈クルクス〉主電脳への奇襲を行うのだ、とも。

 その真意をわかっているエルギダとしては、建前を取り繕うのが上手くなった主の成長が微笑ましくあった。

 

 どのみちここで逃げたところで、ヤシェロの父母がしかけた安全装置──〈クルクス〉主電脳に対する欺瞞情報の刷り込み──が解除されれば、その時点でこの船は終わるのだ。

 〈天啓号〉シップマスターとしての判断としても順当なものだったし、船のメインフレームは独立した状態で残してあるから、作戦が失敗した時点でワープ・ドライヴを起動させる手はずになっている。

 

 しかしそれにしても無謀な作戦だ。

 〈クルクス〉主電脳に対してヤシェロその人を送り届けるため、エルギダと随伴する自律型無人艦隊が突撃するなど。

 彼我の戦力差を思えば自殺行為でしかない。

 

 それでもエルギダがその作戦を提案したのは、安全装置によって〈クルクス〉の防空網をある程度は誤魔化せること、彼女の切り札であれば強行突破も一度だけなら可能だったからだ。

 ヤシェロが自らあの報復兵器の元へ赴く理由がなんであれ、銀河文明を滅ぼした滅びの竜をどうにかできる勝算はあの少女しかいないのである。

 その勝機の理由が冗談のようなロマンチズムだから笑えない。

 

 身長一八〇センチ超の長身をダークグレーの軍用装甲服に包み、エルギダはおのれの分身を見上げた。

 知的生命体としてのエルギダは元々、戦闘知性体として機動兵器を統括する形態が先にあり、この角人の姿形は後付けのものだ。

 

 〈天啓号〉の防衛システムの管理を担っているエルギダは、元々、この船とは独立した艦隊の司令であった。

 帝国の粛清執行官であった彼女──性別と言えるものは拝領した肉体が女性の臓器と造形を持っていたからに過ぎない──は独立した主電脳を持っており、自身の艦隊を喪失してからはその所在を〈天啓号〉に移していた。

 

 そういう経緯もあり、エルギダは船内に自身が管理する領域を持っている。

 造船施設などの復旧は叶わなかったものの、彼女が所有する機動兵器のうち、稼働可能であったもののいくつかは持ち込まれ、独自に改修を受けながら動態保存されていた。

 

 本格的な工廠のそれと比べればはるかに小規模ながら、エルギダが持ち込んだ兵器開発・研究用人工知能が生きていたのも幸いした。

 一〇〇〇年ぶりに見上げるそれは、正しく戦うため建造された巨神であった。

 

 巨神駆体(メック)は航続距離と戦闘可能時間を犠牲に、打撃力と機動力を極限まで高めた人型戦闘艦である。

 銀河文明最盛期の技術水準では、もはや兵器の形状による戦術的優位──防御にせよステルスにせよ──はなきに等しかったため、機体形状にはイデオロギーが反映されていた。

 

 まだ人類帝国という勢力に新規の兵器開発をするだけの余裕があった時代の産物だ。

 〈クルクス〉が救世主の十字架を象(かたど)った竜という異形であるように、帝国はこれを討つ騎士を模して対抗するための兵器を生み出した。

 その最終発展系こそ、エルギダが所有する巨神駆体である。

 

 直立二足歩行する肉食恐竜といった風情の異形だ──辛うじて人型と呼べる二本の腕と二本の脚を備えてはいるが、ほとんど怪獣と言って差し支えない機体。

 全高六四メートルの機械仕掛けの騎士は、かつて十字架の竜を討ち取った竜殺しの手足であった。

 その名は──

 

 

 

 ──〈多くに引き裂くもの(バフダーラ)〉。

 

 

 

 数ある駆体の中でも大型機である〈バフダーラ〉は、単純な火力では戦艦に匹敵し、短距離連続ワープ機能を備えたモンスターマシンだ。

 エクスシア級編隊を突破してのメルカバー級万能戦艦の撃沈を目的にコストを度外視して設計・開発された、人類帝国末期の兵器開発能力の結晶。

 

 しかしながらその、醜悪とすら言える肥大化した異形は、帝国の凋落そのものである。

 かつて竜殺しの伝説になぞらえ騎士を象(かたど)っていた人型兵器は、なりふり構わない末期戦の様相を呈した帝国宇宙軍の長い長い戦争の中で、優美な騎士の姿形を保つ余裕さえ失っていった。

 〈バフダーラ〉の異形はそんな事実の証明だ。

 

 この駆体を動かすとき、エルギダの肉体は仮死状態同然の休眠モードで保存される。

 本来であれば肉体を搭載する必要などないのだが、陸戦隊が存在しない以上、いざとなればエルギダ自身がヤシェロの下へはせ参じなければならないためだった。

 

 慣性制御モジュールを効かせた後付けのコクピットブロックには、死体同然のエルギダと彼女の主人ヤシェロが乗り込む。

 機体の最終調整と点検を終えてコクピットに向かうと、すでにヤシェロが先に乗り込んでいた。

 

 騎士を思わせる白い装甲服はかつて支配階級としてこの船に君臨していた角人用の特注品で、あらゆる物理保護機構が搭載された代物だ。

 ちょっとした戦車並みの頑強さと機動性を両立した優れものだった。もっとも本来、こんな装備を使う羽目になる時点で追い詰められている証で、使わないに越したことはないのだが、こうなっては仕方あるまい。

 

 非密閉型のスーツなので頭部を覆うヘルメットなどはない。

 銀河文明の気密維持フィールドと物理保護障壁の信頼性は、質量のあるヘルメットよりよっぽど高いのである。

 

「エルギダ、よろしくお願いします」

 

 どこか緊張した表情のヤシェロは、相変わらずエルギダが愛する生真面目で不器用な少女だった。

 

「おひいさまのご意志を叶えて差し上げるのが、わたくしめの望みでございます」

 

 主従共に、互いの間にあるわだかまり──隠し事の中身が大事過ぎてお互いに落としどころが見つかっていない──を棚上げして、目の前の戦いに集中しようとしていた。

 コクピットブロックは装甲の奥深くに埋め込まれる形で格納されるため、ハッチが閉まると同時に外側で装甲がスライドしていくのがわかった。

 

 エルギダはヤシェロの後ろに回ると、コクピットシートというより寝台のような台座に身を横たえ、装甲服ごと自身の体を固定。

 そのまま肉体の最低限の生命維持活動を残して、電脳を巨神駆体〈バフダーラ〉の制御中枢へ移行させた。

 

 

 

 ──戦闘システム起動、火器管制装置正常。

 

 

 ──メインジェネレータ三基、サブジェネレータ四基それぞれの稼働を確認。

 

 

 ──重力波推進機構に異常なし。

 

 

 ──各種ワープ・ドライヴすべて正常稼働。

 

 

 

 竜殺しの駆体〈バフダーラ〉が目覚める。

 折りたたまれていた四肢がなめらかに伸ばされ、人体のバランスから逸脱した怪獣的巨体がしなやかに立ち上がって。

 短距離用ワープ・ドライヴを起動、座標は〈クルクス〉直近。

 

 本来であれば空間跳躍そのものを逆探知され妨害されるだろう。しかし今の〈クルクス〉は安全装置が垂れ流す欺瞞情報によって目も耳も潰されている。

 そこにエルギダの──〈バフダーラ〉の勝機があった。

 

 直径三〇〇〇キロメートルの巨大移民船〈天啓号〉の奥深くから、一瞬で船外へと空間跳躍──同時に生産が間に合った自律型無人艦艇を出撃させる。

 囮だがどれだけ保ってくれるか。

 

 即座に重力波推進器を最大出力で稼働させる。

 加速──たった数秒で亜光速に達しようという狂気の沙汰。

 生身の人間など一秒と保たず潰れた肉塊になるであろう破滅的G。

 だが機体全体を保護するために使用される慣性制御ユニットが、そのGをそよ風のような柔らかなものに変えてくれる。

 

 光学センサに映る黄金の十字架──報復兵器の本体〈クルクス〉が確認できた。

 亜光速で突貫すれば、光学センサで捉えられる距離などあっという間だ。

 このまま何の迎撃もなければ、と条件がつくが。

 

 

 ──案の定ですね。

 

 

 〈バフダーラ〉の索敵システムが捉えた敵の兆候は大きく分けて二種類。

 おおよそ三〇〇〇機以上の敵機のワープアウト反応──迎撃にやってきたエクスシア級。

 そして〈バフダーラ〉を静観していたメルカバー級からの弾幕──ビーム砲の嵐だ。

 

 〈天啓号〉を保護するための安全装置の有効圏の外に出た、ということなのだろう。これまで〈天啓号〉の一部として攻撃対象の外だったのが、〈クルクス〉に接近したことで察知されてしまったのだ。

 ここまでは予定通りだ。

 

 八〇〇〇メートル級の巨大戦艦の群れが放つ対空砲火は凄まじい密度の弾幕だった。

 しかしながらメルカバー級はその巨体ゆえ、防御陣形を組むのに向いているとは言いがたい。艦隊戦では理不尽な強さを誇る万能戦艦は、わずか六四メートルの亜光速で飛翔する物体を捉えるためにできてはいないのだ。

 続いてワープアウトしてきたエクスシア級戦闘端末からの追撃──二五メートルの戦闘機が雲霞のごとく群がってくるのは壮観だった。

 

 だが、遅い。

 巡洋艦用の反応炉と超高効率の推進器を搭載した〈バフダーラ〉の加速力と最大推力は、エクスシア級のそれを凌駕する。

 追いすがる数千体のエクスシア級からのビーム砲の雨──ランダム回避運動と斥力障壁の出力に任せてことごとく無力化。

 

 当然だ。

 巨神駆体はメルカバー級とエクスシア級の防御陣形を突破するための兵器なのだから。

 一〇〇〇年前、エルギダと〈クルクス〉が相打ちとなったのはたしかな戦術と対抗しうる兵器の存在あればこそだ。

 

 短距離用ワープドライヴを連続稼働させ、機体の帯びた運動量をそのままに半径一〇〇〇キロメートル圏内の空間座標にランダムワープし、慣性制御ユニットで推進方向を軌道修正しながら最短距離を進み続ける。

 

 〈バフダーラ〉の行っている戦闘機動は、教科書に乗りそうな宇宙戦闘機や駆逐艦の戦術の定石を、常識外の速度で行い続ける狂気。

 如何に巨神駆体が並外れたスペックの決戦兵器とはいえ、メルカバー級のビーム砲が直撃すればその瞬間に終わるのだ。

 

 かつてエルギダの率いていた巨神駆体による切り込み部隊の常套手段、帝国最精鋭部隊の栄光そのままの戦闘機動──それに対する対空砲火は熾烈を極めた。

 〈バフダーラ〉周辺の宙域はほとんど地獄のような有様だった。ビーム砲やレーザー砲がそこら中を埋め尽くし、砕かれた天体の残骸に着弾してはプラズマの光を放っている。

 

 エルギダの駆る〈バフダーラ〉は、一〇〇〇年前の最後の戦いの直前でようやく完成した機体だ。

 設計そのものは数千年前に終わっていたが、建造できるだけの資材と設備が確保できなくなっていたせいだ。

 

 実戦投入されたのは報復兵器を仕留めたあの一戦のみ。

 巨神駆体に対する〈クルクス〉側の対抗戦術はできあがっている──〈バフダーラ〉以外の駆体であれば撃墜されているだろう──が、〈バフダーラ〉のデータは向こうも把握しきれていない。

 あのときはまだ他に艦隊戦力がいたため、〈バフダーラ〉で単騎駆けするような無茶をする必要もなかった。

 

 

 ──安全圏内で十分に加速できたのが幸いしましたね。

 

 

 遠方でまたたく白い光が見えた。

 出撃させていた無人艦が轟沈したのだろう。

 囮を兼ねてたっぷりと反物質を積んでいた無人艦は、対消滅の光と熱をたっぷりまき散らし、戦闘端末どものセンサーをわずかな間だけバカにしてくれる。

 

 距離にして一〇万キロ、〈クルクス〉は目と鼻の先だった。

 追加でワープアウトしてくる一万機を超えるエクスシア級──だが、こちらの進路上に跳躍してくる機は見当たらない。

 

 理由は簡単だ。

 報復兵器〈クルクス〉本体が搭載している大量破壊兵器の行使に巻き込まれないためだ。

 〈クルクス〉はメルカバー級とは比べものにならない怪物だ。

 

 警戒すべき兵装は停滞領域(ステイシス・フィールド)だ。

 時空間を凍てつかせるあの領域に捕捉されれば、〈バフダーラ〉はなすすべもなく撃墜されるだろう。

 

 だが時空間への干渉は事前探知がしやすい──だから使用される兵装も察しがついた。

 電磁遮蔽フィールドの展開を感知。

 高熱源体の射出を確認。

 瞬間、〈バフダーラ〉の周囲すべてが白熱する光で包まれた。

 

 熱核プラズマ防御帯〈炎の剣〉──最大で半径五〇〇万キロメートル圏内を焼き尽くすプラズマ焼却機構。太陽内部に匹敵する一〇〇〇万度の熱を孕む領域内では、戦闘艦はおろか地球型惑星すら溶解させられる。

 斥力障壁(フォースシールド)を突破して急上昇する機体表面温度をを認識しながら、エルギダ=〈バフダーラ〉は空間跳躍を実行。

 

 

 ──プリセット済み三番の空間座標への跳躍。

 

 

 敵の斥力障壁による跳躍妨害を出力で押し切る──六四メートルの駆体をねじ込めるだけの穴をこじ開け、〈クルクス〉のバリアの内側へと入り込む。

 稼働時間と航続距離を犠牲にして狂気じみた高出力を実現した巨神駆体は、シールドを突破するための兵器だ。

 

 眼前にあるのは黄金に輝く竜、銀河文明を終わらせた滅びの翼──汎人類再生同盟・報復兵器〈クルクス〉。

 

 相転移装甲と流体金属を組み合わせた外装は、外部から加えられるあらゆる攻撃を光へと変換し、微小機械で構築された流体金属層がそれをエネルギーとして機体に取り込んでいく。

 十字架のような形状の重力制御機関が連なった機体は、宗教的意匠を持ちながら、どこか朽ち果てた種族の骨格標本のような薄ら寒さを持っていた。

 亜光速に達した速度を慣性制御と推進器を使って調整、低速巡航する〈クルクス〉と相対速度を合わせ──

 

 

 

 ──目標は〈クルクス〉中枢付近外装。

 

 

 

 〈バフダーラ〉の全身に内蔵された兵装が展開される。

 外付けの火器であれば、先ほど〈炎の剣〉に捉えられた一瞬で溶け落ちていたことだろう。

 恐竜じみた駆体の両腕──胴体に対して長大すぎる前腕部の装甲が分割され、結晶体のような時空干渉機構が露出。

 

 

 

 ──時空連続体への干渉を開始。

 

 

 

 重力子を介して空間そのものが書き換えられた刹那。

 宇宙の暗黒よりなお暗い黒が、時空間を引き裂いて。

 〈クルクス〉の船体──竜の首を断ち切るように展開されたそれが、黄金色の外殻を切り裂いていた。

 

 

 停滞領域(ステイシス・フィールド)を応用した絶対物理断裂兵装──多くに引き裂くもの(バフダーラ)の名に相応しい、あらゆる物質を破壊・切断する兵器。

 

 

 通常の時間と空間から切り離され、凍結された領域内の物質は通常空間と完全に断絶し、あらゆる干渉を受け付けない。

 究極の防御手段であるそれは見方を変えれば、あらゆる物質を切断できる刃になり得る。

 時空連続体の秘密を解き明かした〈航海者〉のテクノロジーを兵器転用したエルギダの切り札である。

 

 一〇〇〇年前の戦いでは実戦投入できなかったからこそ、〈クルクス〉にとっても初見であり、対抗策が用意されてないはずの武装。

 あるいはヤシェロを突入させるまでもなく、主電脳を破壊できたかもしれなかったが──

 

 

 

 ──やはり防がれますか。

 

 

 

 〈クルクス〉も同種の装備を持っている以上、干渉される可能性はあったが──こうも見事に薄皮一枚で防がれるとは。

 相転移装甲の外殻を引き裂くことはできたが、その下の流体金属層も主電脳を収めている中枢にも届かなかった。

 もう二度目は通用しないだろう。

 

 〈クルクス〉装甲表面に抽象化した目の発光パターンが浮かぶ。

 次なる攻撃が来る前に、引き裂いた装甲の隙間──数百メートルに渡って切り開かれた空洞へ飛び込んで。

 全身の内蔵火器を開封した。

 

 

 ──陽電子砲、発射。

 

 

 全部で三〇門近い陽電子ビームが、傷口を塞ぐべくあふれ出していた流体金属層に直撃。

 対消滅の光、そこかしこで爆ぜるガンマ線と中性子と熱線──宇宙時代の防護技術がなければ、それだけで有機生命体にとって致命傷となりえる死の嵐。

 

 それを斥力障壁と相転移装甲──巨神駆体にもバイタルエリアを中心に搭載されたそれ──で無力化。

 質量を丸ごと熱と光に還元され消し飛んだ流体金属層の隙間に〈バフダーラ〉を突っ込ませ、巨人の指でボロボロの内装を引き剥がす。

 

 〈天啓号〉に寄生されていたとき、ヤシェロの父母が調査していたおかげで〈クルクス〉の主電脳の位置はわかっている。

 建造時のメンテナンス用であろう、人間一人が通れるぐらいの通路の位置も然り。

 

 

「──行きます」

 

 

 〈バフダーラ〉の装甲がスライド、コクピットハッチが開くと同時にヤシェロはコクピットシートを蹴って外に飛び出した。外は対消滅のエネルギーをもろに浴びて溶け崩れた〈クルクス〉の船体が、灼熱地獄を作り出している。

 

 外からの熱エネルギーを光に変換して排熱している〈バフダーラ〉の装甲表面は無事だが、戦闘経験がない少女を一人で行かせていい状況ではなかった。

 だが、ヤシェロは何も恐れていない。

 

 携帯用推進器を危うげなく動作させ、〈バフダーラ〉が探り当てたメンテナンス用通路に着地。そのまま振り返ることなく通路の奥へと消えていった。

 それを見届けると同時に、〈バフダーラ〉はコクピットハッチを閉じて重力波推進器を全力稼働──急加速して〈クルクス〉内部から離脱。

 

 その直後、微小機械で構築された流体金属が、陽電子砲に消し飛ばされた空白を埋めて、金属の触手となって押し寄せてきた。

 自動攻撃機構スローター・ワーム。

 〈天啓号〉にも実装されている侵入者に対する備えだ。

 

 船外に離脱した〈バフダーラ〉を待っていたのは、エクスシア級の編隊で埋め尽くされた宇宙だった。

 斥力障壁の内側に入り込んだ〈バフダーラ〉を追って、黄金色に輝くクリオネのような戦闘端末が包囲網を敷いている──刹那、レーザー砲が雨のように降り注いだ。

 短距離ワープで十字架の竜の反対側に跳んだ。

 だが、そこにもエクスシア級が待ち受けている。

 

 桁外れの出力の相転移装甲を持つ〈クルクス〉は、エクスシア級のレーザー程度ではびくともしない装甲強度を持つ。

 羽虫が皮膚に止まったほどの痛痒も感じないだろう。

 射線上に〈クルクス〉があることを承知でエクスシア級が放つレーザー砲の雨は、避けきれるものではなかった。

 

 前腕部の重力制御ユニットを展開、歪曲重力場の盾を形成──十字砲火されるレーザー砲をねじ曲げ、もう片方の腕で機体の推進方向の前方に重力場を出力。

 〈バフダーラ〉は文字通り弾丸となってエクスシア級の群れに突っ込んだ。

 

 機体前方の半径三〇〇キロメートル圏内を潮汐力でバラバラに打ち砕く重力兵器だ。その影響圏内に巻き込まれた戦闘端末は、ひとたまりもなく粉砕された。

 一度に数百体のエクスシア級を破壊した〈バフダーラ〉だが、二秒後には倒した数の倍の増援がやってきている。

 

 直後、〈クルクス〉表面から射出された飛翔体を感知──追尾装置つきの質量体、おそらくは反物質弾頭。

 重力場の盾の間に隙間を作り、陽電子砲でこれを迎撃。

 

 

 ──限界稼働時間まで残り二九八七秒。

 

 

 ワープアウトしてきたエクスシア級を重力場でねじ切り、〈バフダーラ〉は全身の陽電子砲の雨を撃ち続ける。

 文字通り一騎当千の修羅となった〈バフダーラ〉=エルギダは、自身の生を自嘲する。

 

 今となっては帝国に仕えていた知性体はどれほど残っているのだろう。

 かつて粛清執行官として多くの叛徒を焼き殺してきたエルギダは、間違いなく、あの大崩壊の引き金を引いた当事者の一人だった。

 そこに責任を感じてはいない。

 

 彼女は帝国に作られた戦闘知性体であり、道具存在として与えられた命令に従う存在だったのだから。

 責任の所在は明確に〈航海者〉たちにあり、またそれゆえに自身の意思の介在の余地などなかった。

 

 にもかかわらず、少年が本性をあらわにして、どこかほっとしている自分がいるのをエルギダは自覚していた。

 弟子のような、教え子のような、弟のような存在でありながら、長年戦い続けた宿敵の化身──形容しがたい関係だったと思う。

 愚かしいことだ。

 

 この肉体を拝領したことで、彼女は人間のようになってしまった。

 人間のような振る舞いを司るアルゴリズムと、それを支える疑似神経回路が生み出した精神の模造品。

 

 人間が魂と呼ぶものなどこの世のどこにもないのに、人間を再現したアルゴリズムはいつだって身勝手に、雑多なプログラムの寄せ集めに感情とやらを見出す。

 エルギダが自身に実装したそれも例外ではなく、彼女に押しつけがましい人間らしさを強いてくる。

 

 なんと醜悪な生だろうか。

 あの娘が幸福になればいいと願いながら、どうしようもない生け贄への道を用意している。

 エルギダは戦闘知性体でしかなく、それ以外にヤシェロの生存可能性を用意できなかった。

 

 ヤシェロがしくじれば、この宇宙から人類種は死に絶えるだろう。

 地球発祥の生命の歴史が絶ち切られる確率は高い。

 だが、エルギダは思うのだ。一人の少女の恋のため滅びるならば、死に損ねた種族の終焉としては上等だろう、と。

 

 

 

 ──赦しは請わない。

 

 

 

 この世のすべてを生け贄にしてもいい。

 ヤシェロが幸福になって欲しいと願ってしまった。それは悠久の時を負け戦に捧げた女が、始めて抱いた独善だった。

 エルギダの戦いは身勝手だ。祖国のためでもなく、同胞のためでもなく、人類のためでもなく──あの日向でまどろむような三人の日々を願ったのだから。

 

 

 

 

 ──さあ、何度でも殺してさしあげましょう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 〈クルクス〉の内部は驚くほど静かだった。

 メンテナンス用通路とされるそれは、白くのっぺりとしていて、時折、見かける収納式コンソール以外は凹凸もなかった。

 

 病院のような清潔さすら感じる上、照明までついている。非常時の点検用にしては居心地よすぎたし、予想されていたような侵入者迎撃用のトラップも確認できなかった。

 いや、そもそも──建造時には汎人類再生同盟の科学者や技術者が関わっていたにせよ、この一万五〇〇〇年間、報復兵器は完全な自律型無人兵器として運用されていたのである。

 

 わざわざ中枢へと陸戦隊が侵入できるような通路を残しておく理由がない。

 その不自然さに、一つの推測をしながらヤシェロは無重力空間を推進装置で駆け抜ける。

 

 父母が残した通路のマッピングは正確だった。

 特に道に迷うようなこともなく、ヤシェロは〈クルクス〉中枢にたどり着いていた。

 

 主電脳が設置されているコントロールルームの手前は、分厚い防護隔壁と斥力障壁によってさえぎられている。

 本来であれば、道中にはプラズマ焼却機構やスローター・ワームによる歓迎があったはずだ。

 だからヤシェロには確信があった。

 

 すぅっと深呼吸。

 ヤシェロは今、ぴったりと肌に張り付くような生命維持装置つきインナースーツの上から、シールドユニットのような防護機構を組み込んだ装甲服を着込んでいる。

 かなりタイトなスーツのため線の細さや手足の長さが出ており、要所要所に取り付けられたプロテクターと相まって、どこか少女騎士のような雰囲気すらあった。

 

 

「〈天啓号〉シップマスター、ヤシェロです。ここを通しなさい」

 

 

 呼びかけと同時に障壁が解除され、まるで彼女を招き入れるように隔壁が開かれていく。

 やはりそうか、と少女はうなずく。

 

 

「──わたしを待っていてくれたんですね」

 

 

 それは聖堂だった。

 荘厳な宗教的建築様式を思わせる内装──微小機械によって構築された有機的な船体構造と裏腹に、主電脳を収めたコントロールルームは静かに祈り捧げる場所のようだった。

 

 〈クルクス〉主電脳は、見上げるような大きさの球体で、半ば壁に埋め込まれるような形で設置されていた。

 おそらくコントロールルームから見えているのは主電脳のほんの一部なのだろう。

 人工重力が発生していることに気づき、こつん、と床に足をつける。

 

 

「話をしましょう、あなたがあなたでいられるうちに」

 

 

 神と言葉交わすため歩む宗教者のような気分──自身の予想が正しければ、これから何をされるのかも察しはついていた。

 一歩、二歩、三歩。

 歩いて、歩いて。

 

 

「ぐっ……ぐえあっ!」

 

 

 ちょうど主電脳を見上げられる位置に来たあたりで、脇腹と両足に灼熱──それが激痛なのだと気づいて、うめき声をもらす。

 床から生えてきた金属の触手、自動攻撃機構(スローター・ワーム)に刺し貫かれたのだ。

 

 通常の人間であればもろに内臓を串刺しにする位置だったが、幸か不幸か、改変体によって臓器の再配置と最適化が行われているヤシェロの腹はそうではなかった。

 子宮や卵巣の傍をずるずると這いずり回り、皮膚の下で肉を穿っていく触手──肉体を分子レベルで切り刻まれるか、電脳だけは生かされて〈天啓号〉への侵入経路として使われるか。

 ここまでは予想通りだ。

 

 

「ふふっ……顔は傷つけないでいてくれるんですね……っう……意外と優しいんですね……くぅうううっ」

 

 

 ヤシェロの言葉は、半ば強がりであり半ば本音だった。

 激痛が快感だった。

 身体改変構造体の作用で作りかえられた肉体が、生命の危機に対してすらその効能を発揮している。

 ヤシェロは自身の肉体を細胞レベルで捕食される恐怖と苦痛を味わいながら、それを愛撫のように感じていた。

 

 ここまで来ると笑うしかない。

 どこまで自分の身体は都合のいい性玩具として構築されているのだろう。

 自己嫌悪で死にたくなったが、その嫌悪感すでさらに気持ちよくなっているのも否めなかった。

 

 臓器を避けて体内を這いずり回る触手──普通の肉体人であればとうの昔にショック死しているだろう。

 だがヤシェロは最高レベルの科学技術で人体改造を施された角人であり、この程度では死ぬことなどできない。

 激痛と快感と異物感が混ざり合った強烈な死の予感に脳を焼かれながら、ヤシェロはそれでも穏やかに微笑んだ。

 

 

「わたしが、怖いですか」

 

 

 わかっていた。

 今ここにあるのは報復兵器〈クルクス〉であると同時に、彼女が愛した少年の人格を写し取った存在だ。

 エルギダは両者の関係を「人になった夢を見る竜」にたとえたが、現実はもっとシンプルだった。

 

 この宇宙からすべての命を消そうとする戦争機械と、たった四年の人生を通して優しい少年になった彼。

 二つの顔を持つ古代神のように、その存在は二つの特性に分かたれた。

 

 報復兵器としての側面で対応されれば、あの無慈悲な殲滅が待っている。

 外でエルギダがそこそこ善戦できているのは、両者の中間の対応が取られていて、〈クルクス〉が全力で撃墜しようとしていないからだろう。

 それでもなおエルギダと巨神駆体でなければすぐ撃墜されるであろう、攻撃の密度だが。

 

 目論んでいたのは条件付けなのだ、とエルギダは言った。

 卵からかえったひな鳥が、最初に目にした存在を親だと思い込むように。

 副電脳の少年を通して〈クルクス〉に、後付けの行動原理を植え付け、戦闘知性体としての特性を変質させる。

 

 自身も後天的な肉体とアルゴリズムによって変質したエルギダだからこそ思いついた策であり、少年少女が過ごした四年間は、たしかに効果があったのだ。

 おそらくヤシェロだけが、報復兵器〈クルクス〉からあの少年の側面を引き出せる。

 

 自身の身体を切り刻む触手すら、ヤシェロは愛おしかった。〈クルクス〉の行動原理であれば、すぐに彼女の肉体機能を破壊して電脳だけを抽出すればいい。

 それをしない時点で、この殺傷行為が意味するものは明白だ。

 怯える子供のようなむき身の魂が、そこにいるとわかっていた。

 

 

「もういいじゃないですか。あなたを作り出した人々も、それを殺した帝国も、何もかも滅んで……これ以上、誰を殺すんですか?」

 

 

 引き裂かれた血管のすぐ傍でうごめく触手を感覚しながら、ヤシェロは悲しげに微笑む。

 

 

「……わたしは〈航海者〉の末裔、あなたが憎悪し滅ぼした情報生命体の成れの果てです。それでも、あなたに傍にいて欲しい」

 

 

 滅びを司る竜の脳髄を、愛おしむように見上げて。

 言葉が、彼に届いていると信じた。

 

 

「だって、わたしたちは一人きりが寂しかったもの同士じゃないですか。この恋が、まがい物でもいいんです。どんなに信じられなくても、許せなくても、まぼろしみたいでも……いつか、そうじゃなくなる日が来るって思えるから」

 

 

 それは真っ直ぐで、企みごとの一つもない夢のような日々の追憶。

 愚かな少女の救いようがない告白だった。

 

 

「あなたが銀河文明を滅ぼした戦争機械で、わたしの両親を殺めた仇だとしても──わたしは、あなたがいいんです。憎くても、悲しくても、あなたを選びます」

 

 

 悲しみも、憎しみも、苦しみも何もかも捨てられはしない。

 簡単に乗り越えられるような愛情ではなかった。その執着がヤシェロの根っこにあるものだから、なおさらだった。

 内側から切り刻まれた肉体が悲鳴をあげ、自身の生命兆候(バイタルサイン)の値が低下していくのがわかった──それでもなお、少女が本当に伝えたいのはたった一つの言葉だけ。

 

 

 

「ねえ、ハジメ──」

 

 

 

 今この瞬間だけは船の長としての責任も、人類文明の存続もどうでもよかった。

 ひどく愚かしく罪深い恋の結末がどんな形でもよかった。

 ヤシェロは、それだけを伝えにここに来たのだから。

 

 

 

 

 

「──あなたが、大好きです」

 

 

 

 

 

 まどろむように目を閉じる少女を見下ろしながら、〈クルクス〉は──ハジメは思い出した。

 ずっと昔、彼が願った旅の終わりを。

 一万五〇〇〇年間の虐殺の旅路の中、銀河の狭間の超空洞(ヴォイド)で抱いた祈り。

 その思考の意味もわからぬまま、かつて戦船はこいねがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうか、この孤独に終わりを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願いは叶っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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