スレンダー角っ娘はデカ尻ドスケベ雌山羊~クーデレ敬語ヒロインとイチャイチャする~ 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
──いにしえの民の語るところによれば。
──星巡る方舟の神話がある。
かつてこの世には、あまたの星々を満たす命があったが、それは厄災によって失われた。すなわち古き時代の終わり、大崩壊である。
大いなる神の御使いたる竜が吐息を吹きかければ、退廃に満ちた都市はたちまちのうちに崩れ去り、星の海を渡る万の軍船が砕け散った。
竜の怒りは留まることを知らず、その滅びの吐息はあらゆる星々を焼き尽くした。
数えきれぬ春と冬が巡る間も、竜は人を、星を滅ぼし続けた。
だがあるとき、この恐るべき竜に父と母を殺された娘が立ち上がり、亡国の騎士にこう願い出た。
──わたしをあの竜の元へと連れて行ってください。
敵討ちなど叶わぬぞ、と騎士は言った。
騎士の住まう国は竜に焼かれ、王も民も何もかも失っていた。
せめて一矢報いようと立ち上がった兵たちは残らず返り討ちに遭い、生き残ったのは彼一人だった。
その手に握った剣と鎧、愛馬以外に何も持たぬ騎士の手を取り、娘は言った。
──いいえ、わたしは裁きに行くのではありません。竜を
強い意思でそう断言をした娘を見て、絶望に暮れていた騎士は心動かされ、その願いを聞き届けた。
光の速さで星の海を駆け抜ける馬に乗せられ、娘は竜のねぐらへとたどり着いた。
御使いたる竜は黄金の身体を持ち、悲嘆の涙に濡れた瞳で娘と騎士を見下ろし問うた。
──何用か、人の子よ。
──私はお前たちの堕落を嘆き、正しく罰した。
──私に仇討ちを求めるならばそれは誤りである。
竜は下界のありようを嘆いていた。
人が人を虐げる国、人が人を蔑む国、人が人を殺める国。
いずれもがありふれたものであり、そんな星々などこの世にあってはならないと。
娘は竜の怒り、人の世への失望を聞き終えると、前に進み出てこう言った。
──竜よ、あなたの怒りは人を知らないからです。
──人の世に悪は尽きることなくとも、それ以上のよろこびを生み出してもいるのですから。
──その怒りを鎮めてくださるのなら、わたしはあなたの妻となるでしょう。
娘の言葉を聞いて、竜は面白いと思った。
つまらぬ小娘の戯れ言だが、愚かでちっぽけな人間に興味を持ったのだ。
──ならばお前に呪いをかけよう。お前は定命を生きること叶わぬ。
──万の冬を越すそのときまで、お前は私の妻として生きるのだ。
娘は竜にかしずき、それをよしとした。
娘が生きている間、星々を焼くことはやめるよう約束させて。
騎士にそのことを民に伝えるよう頼むと、娘は竜の花嫁となった。
十の冬を共に越すとき、竜は娘の肩の小ささに気づいた。
百の冬を共に越すとき、竜は娘の強さに驚いた。
千の冬を共に越すとき、竜は娘に恋をしていた。
万の冬を共に越すとき、竜は娘を愛していた。
おのれのかけた呪いが解けて、妻となった娘の命が尽きるそのとき。
竜は嘆き悲しんだ。
その姿を見て、娘は竜をこう諭した。
──あなたが今まで滅ぼした星々の一つ一つに、わたしと同じ命があったのです。
──わたしの死を嘆くのであれば、わたしの最後の願いを聞いてください。
──あなたが滅ぼした星の数だけ方舟を作ってください。遠い闇の彼方まで航海できる大きな船を。
──故郷を失ったすべての人に、方舟を与えて船出するよう伝えるのです。
竜がうなずくと、娘は息を引き取り、その骸は瞬く間に塵となって消え失せた。
娘の遺言で作られた方舟は、そうして銀河のあらゆる星々に届けられ、やがて大きな船団を組んで新たな国となった。
──神話は語る。
──竜は今でも銀河の彼方をさすらい、娘の願いを叶えるため方舟を作り続けているのだ、と。
◆
「──ってわけで娘が命がけで竜を改心させたって話さ。人身御供って感じだな」
代々、自らの移民船に語り継がれる神話を語り終えた男は、一息ついて客人を見た。
ずいぶんと遠くからやってきたという客人は、見た目こそ若そうだが旅慣れている様子で立ち振る舞いには落ち着きがあった。
しかも変わり者のようで、外部からの来訪者にガイドとしてつけられた男──銀河船団の領土である移民船には、旅人に船団の歴史を伝える役割のものがいる──に、この船に伝わる最も古い神話を聞きたがった。
若い時分にはこの手の物語にかじりつき、時には他の船団に赴いてまで神話を集めた好事家である男にとってはこの上ない客である。
いつの間にか砕けた口調になるぐらいに熱が入ってしまったのは否めない。
とはいえそれは、今に続く銀河船団──栄光ある人類の文明の起源を語る物語にしては、少々、寂しすぎる結末だった。
「俺が知ってる話とは結構違うかもしれないですね。そっちでは竜から永遠の命もらって娘が方舟を作ったって話でした」
客人の問いに対して、語り部は苦笑しる。
「そりゃあそうだろう。どんな神話にも源流と
「銀河船団の起源を説明する話にしちゃ、ずいぶんと古めかしい気が。星々を滅ぼす竜の話なのに、地面の上の国の話ばっかりだ」
「この船だっても元をたどれば何世代も交配と自己複製を繰り返したどこかの恒星間移民船だろ? 今となっちゃあ惑星なんて地面にへばりついて生きたがるやつは懐古主義の変わりもんだけどよ、この神話が作られたころは惑星地表が正しい人間の住む国だったんだ」
だから一々、おとぎ話みたいな雰囲気にしてるんだろうよ、と語り部の男。
「へえ……それじゃあ、この竜が罪滅ぼしする以外のパターンはないんですか?」
客人こと年若い青年──少年のあどけなさを残しているが大人の入り口に入ったぐらいの年頃だろう──がそう尋ねると、男は身振り手振りで否定した。
「多いパターンはこの娘ってやつが巫女さんになって竜のお告げで方舟作る話で、もう一つは竜を大人しくさせた成果で女王になって船団を作ったって話だな」
「死んだり巫女になったり女王になったり忙しいヒロインだ……」
「そりゃまあ、竜退治の功績で権威づけする神話だからな。地球時代のアーカイヴでもよくあるぜ、この手の箔付けの神話。今の船団文明も最初はこういう神話で、未開惑星で中世まで社会を後退させてた連中に言うこと聞かせてたんだろうさ」
ちらりとかたわらに立つ人影を見やる青年を見て、語り部も潮時かと察する。
先ほどから無言でうつむいている女性──年齢は青年と同じぐらいと思しき大人びた美少女──は客人の連れだった。
肩より少し下ぐらいの長さの黒髪とエメラルドグリーンの山羊角、切れ長の目が印象的な娘だ。このあたりの船団では珍しい有角人種だから、彼らが遠くからやってきたというのは嘘ではないらしい。
男連中がマニアックな話題で盛り上がっても、その連れが置いてきぼりなんてのはよくある話だ。
その辺の気遣いができるだけ、この青年は人間ができていた。
「そういえば未だに、うちみたいな船団国家を構成する播種船のオリジナルになった方舟は見つかってないらしいな。案外、そいつを竜に見立てたのが神話の始まりなんじゃないか? 気が遠くなるような昔話だからな」
「なるほど……面白いお話、ありがとうございました。故郷にいい土産話ができましたよ」
ああ、いいってことよ、と語り部の男は言って。
どうしても気になったので尋ねてみた。
「ところでそっちのお嬢さんは?」
「ああ、俺の──」
青年はにこやかに笑って、自身の左手の薬指にはまった指輪を見せた──神話の竜と同じ、黄金色の微小機械でできた結婚指輪を。
「──妻です」
思ったより進んだ関係だったので、語り部の男はびっくりした。
◆
神話ならざる歴史家に語らせれば、第二紀銀河文明と呼ばれる時代──それは天の川銀河を襲った大災厄によって最初の銀河文明が潰えた後、生き残った人類と人工知能が中心になって作りあげた文明の名である。
人々は星渡る船を作りそこを自身の生きる世界として、いくつもの播種船と護衛艦隊が集った船団国家を形成していた。
高度な科学文明が作り上げた人工天体の建造技術は、地球型惑星のテラフォーミングよりもはるかに安定した営為を人々にもたらしている。
別銀河への開拓と入植も進んでおり、人口規模・文明レベル・活動領域──すべてにおいて、かつての銀河文明全盛期に匹敵するとすら言われる繁栄の時代である。
語り部の男に見送られ、所有する宇宙船に乗り込んだ後。
自身の首元につけた黄金十字のチョーカーを弄りながら、少女はうつむいていた顔を上げた。
これまで黙っていたのは二人の話がつまらなかったからでも、興味がなかったからでもない。
むしろ逆で、あまりに聞き覚えのある話過ぎて、恥ずかしさで顔を上げられなかったのだ。
色白の美少女が頬を染めて目を伏せている、と書くといかにも魅力的だった。
実際問題、伴侶である青年はぐっときた。
「……自分が流した物語を第三者から聞かされるのが、こんなに恥ずかしいとは思っていませんでした……」
「竜の巫女で女王様とは驚いたね。うん、君には似合うけど」
「うぅ……そうやってからかうのやめてください」
思い返せば、あの神話を作った当時の少女は恐ろしく悲観的だった。
神話において竜に与えられた恋と愛は最大の罰であり、別離によって永遠の呪いとなるべく与えられた物語だ。
少なくともあの神話を作り上げて流布したときの少女は、かたわらの伴侶との恋がそういう結末に終わり、その愛は呪いに成り果てるだろうと予期していた。
そのはずだったのだ。
「いやー、そこはまあね? エルギダが聞いたら絶対笑うよ、アレ。あの人、君のことは今でも可愛がってるけど容赦ないし」
「……お嫁さんにそういうこと言うのよくないと思います」
「うん……『わたしは雌畜花嫁の変態マゾなので浮気でも不倫でも気持ちよくなれます♥♥♥ お嫁さんの前でたくさん最低なことしてください♥♥♥』ってすごい台詞言ってたの君なんだけど……うん、あの当時の俺はすげえがんばった。心が折れててもおかしくなかった」
遠い目をし始める青年を見て、少女はひどく慌てた。誇張なしの事実だと無意味に容量の大きな記憶装置が教えてくれた。
「そ、そのころの話はやめませんか!?」
道徳的にも倫理的にも最悪の言動が繰り返された在りし日の少女は、絶対に他人に聞かせられない台詞を言っていたし、人間として終わっている行為の数々を恋人──今の夫に強要していた過去がある。
この事実だけは封をしていきたいし、万が一、この情報を掴んで脅迫するものがいたなら、この宇宙から抹殺する必要が生じるだろう。
特に当時を知らない世代には死んでも教えるわけにはいかなかった。
一線を退いて隠居したような身の上であっても、知られたくないことはある。
「よし、やめた。やめたから機嫌を直してください、愛しの我が君」
「そういうキザったらしいのもやめてくーだーさーいー! どこでそういうの覚えてくるんですか!」
ぽかぽかと妻に肩を叩かれつつ、青年はにやけ面が止まらない。
仕方あるまい、嫁が可愛いから。
それに感慨深くもあった。
「ン」
「あっ……」
『故郷』に向けて空間跳躍を開始した宇宙船──それは黄金の竜と同じ素材でできていた──の中で、彼はそっと妻の身体を抱きしめる。
あのころと何も変わらない、黒いスーツ姿の少女。その姿形で変わっているのは、少し大人びた顔立ちと首のチョーカー、そして左手の指輪だった。
驚いたように目を見開いた少女も、山羊角に『承諾』の発光パターンを浮かべて、伴侶の身体を抱きしめ返す。
まるで付き合いたての恋人同士みたいに、無言で互いの体温と息づかいを感じて。
「俺はあの約束を果たせたかな」
「……それ、言わないとダメですか?」
はにかむように笑う少女は、そっと彼の唇をキスでふさいだ。情欲の絡まない、ただ愛情を伝えるためだけの初心な乙女のような接吻。
角ある娘は唇を夫から離すと切れ長の目を細めて、その奥の黄金の瞳を涙でうるませた。
それにつられるように青年も微笑んで、語るべき言葉を探す。
──二人は幸福だった。
──相思相愛であり続けた。
多くは語るまい。
遠い未来のいつか、ヒトの歴史の彼方にて──約束は果たされたのだから。
「──大好きです、ハジメ」
「──愛してる、ヤシェロ」
-了-
これにて完結です。
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