シャーレオフィスのガラス張りの壁と天井が雨に打たれて波模様を作りながら流れていく。外の代り映えしない景色も相まって、いつから仕事と向き合っているのか自分でも分からなくなってきた頃合いで、机の端に置かれたシッテムの箱からアラームが鳴り響いた。そういえば、プラナに会いに行く約束をしてアラームを設定していたことを思い出す。
あれからも何度か記憶を取り戻すために会いに行っていたが、ここ数日は忙しくてそれもできていなかった。ちょうど作業も行き詰っていたし、約束を破るわけにもいかない。シッテムの箱を手に取ってアラームを止めるとそのままスリープを解除した。
「お疲れさまです、先生。時間通りですが……お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「うん、息抜きは大事だしね。仕事は……多分帰った後の私がどうにかするよ。でもあんまり長い時間はここにいられないかも」
そうですかと答えるプラナは少し残念そうな表情を浮かべていて、申し訳なさを感じる。だけど、それも束の間、すぐに何かを思いついたようにプラナの眉がわずかに上がった。
「把握。ではお時間もあまりないようですし、先生もお疲れのようですから……」
現状を考慮したうえでできることとなると何があるだろう。いくつかの可能性が脳裏を流れていく。時間が掛からず負担が少ないこととなればハイタッチとか、手をつなぐとか、あるいは何かの問いかけとかだろうか。プラナの薄い唇は再び言葉を紡ぐ。
「……そうですね。では、膝枕をしましょう」
想定外の答えに固まってしまった私は、結局促されるままに膝枕をされてしまった。頭のすぐ上にはプラナの胴体があって、その先には破れた天井とそこから覗く少し明るい空が見える。
「どうですか、先生。居心地は悪くありませんか?」
「うん、そこは問題ないんだけど……」
そう答えるとプラナの細くて柔らかな指が頬を撫でた。視界にずい、と私の顔を覗き込んで逆さまになったプラナの顔が入ってくる。何かを言おうとしたが、肩から落ちた髪が顔のすぐそばにあって、その甘い香りにかき消されてしまう。私はただ頭の後ろにある二つの華奢で柔らかい感触もアロナに見られたら終わってしまいそうな今の状況も意識にしないようにしようとした。
「疑問。こうして過剰に仕事を抱えた時、先生は私に泣きついたりはしませんよね?」
「えっ……な、何の話?」
「私がいないときはそんな感じだとアロナ先輩が言っていました」
「………」
何を教えているんだ、と隣の教室で健やかに寝ているであろう少女に怨念を送る。その間も私をじっと見ているプラナは平然とした風だったが一瞬その奥に寂しさの色が見えた気がして、そんな恨み節も羞恥心もすぐさま吹き飛ばされた。
「それにアロナ先輩が言わなかったとしても、私も先生のことをよく知っているのですから。先生が私の前で少し気を張っていることぐらいは理解できます」
「……ごめん」
気が付けば私は謝っていた。意識しないようにしてはいたが託された生徒だから、幸せにしなくてはならないからと気負い過ぎていたのかもしれない。それがプラナにとっては一線を引かれたように見えることぐらい分かっていたのに。
強い後悔とともにプラナの方を窺う。プラナは諭すような柔らかさで語り掛ける。
「先生が謝ることではありません。きっとあの人も同じ立場なら同じように振舞うと思います。ですから、これはただのわがままです。……どうか、お気になさらないでください」
「───気にするよ。私が、そうしたいから」
そう答えてプラナの目をまっすぐに見つめる。それが、少しでもプラナのためになるなら、何もためらいなんてない。むしろリベンジの機会が得られるなんて、願ってもないことだ。
「……と言ったはいいけど、具体的に何をすればいいかよくわかんないね」
「把握。それなら、練習として私に『お願い』をしてみませんか? 先生の『お願い』でしたら何でも従いましょう」
「なるほどね」
今の状況はだいぶプラナに寄りかかっていると思うのだが、この状況でさらに頼むことなどあるだろうか。どうにか思考を巡らせようとするが、あまりうまく頭が働かない。
「……ちなみに、プラナに笑顔になってほしいとかじゃ駄目?」
「駄目です。」
普通に断られてしまった。
まあ予想はしていたので気を取り直して真面目に考えてみようとするが、なかなか難しい気がする。
「一応聞いておきたいんだけど、こういう時の私はプラナにどんなことをしてたの?」
「そうですね……先生はよく、私のお腹に頭をぐりぐりと押し付けたり、両手で頬を触ったり、うなじのあたりに顔をうずめて深呼吸をしたりしていました」
───何をやっているんだ、もう一人の私っ!?
声にならない叫びは、鈍色の空へと消えていった。正直知りたくなかった彼の所業に呆れそうになりつつも、自分がすることとしては妙な現実味があって顔を両手で覆う。プラナは普通のことだというように続ける。
「ですから、先生が遠慮する必要はありません。私は既に先生の弱いところも恥ずかしいところもだいたい知っているのですから」
意味深に聞こえる言葉はなぜか妙な説得力があった。ただ、いくらプラナが私のことを知っていたとしてもいきなりそういうことをするのは抵抗があるし、多分そんなことを言っているプラナもそこまでは求めていないような気がした。
「じゃあ……その、私の頭を撫でてもらえないかな?……できればでいいんだけど」
照れくささから顔が熱くなるのを感じながら提案してみるとプラナは少し驚いたように固まった。そして少し間を置いてから、髪に細い指が触れる。
その手つきは妙に優しくて、温かく感じた。しばらくそうしていると体を強張らせていた羞恥心も照れくささも薄れてただ安心感と眠気にすべてをゆだねてしまいそうになる。でも、それぐらいの距離感でちょうどよかったのかもしれない。
「……プラナ。私はね、たまにちゃんとみんなの助けになれているか不安になる時があるんだ」
「先生でも、ですか?」
「うん、先生として目の前にある事態はどうにかできたとしても、根本的な問題は解決できるわけじゃない。私にできるのはせいぜい姑息療法ぐらいのものだからね。」
そんな独白にプラナは一瞬手を止めたが、また動き始める。私は瞼が重くなっていくのを感じつつも続ける。
「だからこそ私は、生徒たちに頼ってもらえるとすごく嬉しいし、できる限り手助けしてあげたいって思うんだ。……なんというか、言葉にしてみるとなんだか歪な感じだよね」
「否定。……どんな形であれ、先生はちゃんと生徒たちの役に立てていると思います。ですから、もっと自信を持つべきです」
そう言い切るプラナの頬に手を伸ばすと少し驚いたように瞼が動いた。手の中には柔らかくてなめらかなほっぺの感触がある。すぐに手を離れて行ってしまいそうな意識を離さないようにしながらプラナに語り掛ける。
「ありがとう。プラナにそう言ってもらえて嬉しいよ。───だから私はね、プラナに同じことを伝えたいって……思ったんだ」
もっと頼りにして欲しいという想いには、当然もう一人の私と同じような距離感で接して欲しいという意味もあることだろう。でもそれ以上に、『役に立てているかわからない』という不安からくるものなんじゃないだろうか。過去を取り戻すたびに『ご褒美』をくれるのだってもしかしたらそれが根底にあるのかもしれない。
こんなのは、もしかしたら杞憂なのかもしれない。そうだったならそれでいい。そういうのを抜きにしても、プラナに伝えたい言葉には違いないのだから。
「私も、いつもプラナのおかげで……助かってるよ。命だって何度も助けてもらったし、調べものとか……指揮の……こととか。アラームをかけてくれるの……だって」
頬に伸ばした手に、温かい指先が重なる。瞼が下りて霞んだ視界の先でプラナと目が合ったような気がした。
「だから、心配しなくても……いつか返せるのか不安なぐらいに……私はプラナからいろんなものをもらって、いるから。だから……いつもありがとね、プラ、ナ……」
言い終わると同時に糸が切れたように力が抜けて、伸ばした手はプラナの指から零れ落ちた。もう目を開いていられなくて、視界が暗闇に染まる。
そんな中でも髪を梳くプラナの指の感触だけが最後まで残っていた。当分意識が戻らないような肉体の限界を感じながらも、あらゆる抵抗をやめて私は意識を手離す。
「……やはり先生は同じことをおっしゃるのですね」
深い眠りへと落ちていく感覚の中に、どこか切なげな呟きが聞こえたような気がした。
***
教室の外は夜空が広がっていて、藍色の空には点々と星が散らばっていました。私は先生に膝枕をしていて、だけどその表情はどこか悲痛なものに見えました。私たちの間には重苦しい空気が漂っていて、居心地が悪さからか何か言おうとした先生を遮るように私は一つの問いを投げかけました。
「疑問。先生は、後悔をしたことはありますか?」
「………あるよ。むしろ、いつも後悔してるぐらいだ」
先生は少しの間を置いて短くそう返しました。なんとなく踏み込んでいいものか迷っていると彼は続く言葉を紡ぎます。その瞳は私の向こうの誰かを見ているような気がしました。
「完璧な人間なんていない。だとすればきっと、後悔がない人間もいない。……私が一番後悔しているのはそれに気づけなかったことなのかもしれないね」
そう呟いて苦笑する先生にズキリと胸が軋みました。初めて聞いた言葉、初めて見る表情。そして、初めて見る『先生』以外の姿であるような気がしました。
「……では先生はその後悔にどう向き合ったのですか?」
「私もまだ、消化できたとは言えないんだけどね。でも、いくら悔やんだとしても過去は変わらない。後悔というのはいつか同じ状況になったときにもっと良い選択をするためのものなんだ」
「だからもし消えない後悔を背負ってしまったら、そのときは過去じゃなくて『今』と向き合うんだよ。今の自分と周りにいてくれる人に何ができるのか、どうすれば同じような思いをしないで済むのか、どうすれば同じ後悔をさせずに済むのかを。そうすれば後悔が消えることはなくても、未来の自分を助けてくれるはずだから」
優しく語り掛けるその声色は、まるで自分に言い聞かせているかのようでした。苦しげな先生の顔を見つめると、不意にパチリと目が合いました。すると先生はハッとしたように目を見開いて、それから力なく微笑みました。
「……ごめんね、アロナ。こんなことを言っても心配させるだけだったよね」
「問題ありません。……それに、私にできることはこれぐらいしかありませんから」
「そんなことはないよ」
優しくそう返した先生は薄く目を閉じました。そして再び目を開くと、その表情はいつもの先生のものに戻っていて、それがかえって私の胸を締め付けました。先生は優しく私の頬へと手を伸ばします。
「私はいつもアロナに助けられてばっかりだよ。今の状況だってそうだし、命を助けてもらったのだって数回どころじゃない。それに……話を聞いてくれたおかげだいぶ気が楽になった」
頬に触れる手を包み込みます。ごつごつとした手の甲は少しひんやりとしていました。何も言えないでいる私に先生はくしゃりと笑いかけました。
「だから、ありがとね。アロナ」
「私は……先生のOSとして当然のことをしただけですので……」
なんとなく私は先生から目をそらしました。どう受け止めていいか分からないでいた感謝の言葉に少しだけ胸が温かくなったような、痛くなったような、そんな気がしました。
その後、いくつか言葉を交わすうちに先生は私の膝の上で瞼を閉じました。その顔には濃い隈が浮かんでいて、寝顔も呼吸もどこか安らかではないように見えます。
先生はできる限りのことをしてくれているようですが、すべてのものを拾い上げることができる訳ではありません。それに、先生もこのままでは持たないことは火を見るより明らかでした。……ですが、そうだったとして今の私は先生に何ができるというのでしょうか。きっと私では先生を止めることも、手伝うことも、背負ったものを一緒に背負うこともできないのでしょう。
いつか先生が私にしてくれたように先生の頭を撫でてみます。すると無防備な寝顔が少しだけ動いて、呼吸が緩やかになります。そうしていると先生が一人のか弱い人間であることが感じられて、愚かにも私はそれを■■■■と、■■■■と、そう思ってしまいました。それが叶わないだなんて、つゆも思わないままに。
『お前はこの選択を……未来永劫後悔するだろう───!!』
───いつか聞いたような不快な声が脳裏に響きます。その光景はさっきの追憶からずっと先の未来のものでした。
ざあざあと鳴る雨の音が煩くて、途切れたはずの意識が戻ったことに気が付きます。破壊されたはずの『シッテムの箱』が起動している事実、泣き叫ぶ砂狼シロコの姿、そして色彩に飲まれ巨大な鎧をまとったような姿となった先生。すべての事態を飲み込めたわけではありませんでしたが、それが意味するものは概ね理解することができました。
きっと先生は目の前で泣き崩れる少女を、助けるべき生徒を救う選択をしたのでしょう。その結果、愛していた生徒たちを自らの手にかけるとしても、自らが守ってきた世界を終わりへ導くとしても。今できる限りの手段で、大人としての責任を果たすために。
『分かりました。仰せの通りに』
『たとえ、世界の終焉を招くとしても』
無感情に、機械的に吐き出した言葉は強い雨音でかき消えてしまいます。私が破壊されたことで先生が死んでしまった事実、彼が色彩の嚮導者となったこと、目の前にあるすべての状況を目にしてなお、不気味なほどに心は静けさを保っていました。ただ、少女の慟哭が聞こえるたびに胸の奥が冷たくなっていくような感覚がして、だけど何もできずに無理やり雨の音に意識を向けようとしたのでした。
その後のことはよく覚えています。先生は最終的に、あの捻じれて歪んだ先の終着点から私と砂狼シロコを連れて世界を渡って今の先生へ託すことができたのですから、それは奇跡と言っていいことでしょう。
彼が最期までその役目を全うできたというのなら、そこに後悔はあっても本望ではあったはずで、これ以上の結末なんて望むべきではないのです。……なのに、それでも、と思ってしまうのは、私がこの時向き合えなかった感情に未だに決着をつけられなくて、後悔しているからなのでしょうか。
聞こえていた身を切り裂かれたような悲鳴は、次第にすすり泣くような声へと変わり、雨の音だけが変わらずに鳴り続けています。物言わなくなった彼は手を伸ばすこともなく、ただ少女の傍に立ち続けていたのでした。
───その時です。気が付けば目の前に巨大な『黒』がありました。距離感の測れないそれは次第に大きさを増して、私を呑み込みます。何かが自分の中に入り込んでくるような感覚、それから何かを奪おうとするような……。
……嫌です。だって、それは、私と先生の───
***
「───っ!?」
私が目を開けると先生はまだ膝の上で眠っているようでした。すう、すうと寝息を立て、その穏やかな姿はまるでこの大人が子供に戻ってしまったみたいで……乱れた呼吸を整えられないままに私は先生に両手を伸ばして、心が求めるままに、存在を確かめるようにその頬をぺたぺたと触りました。先生の顔は少しざらざらとしていて、ほのかな温かさが指に伝わってきます。
「……先生。」
呟くと先生が反応するようにわずかに頬を動かしました。こうしていると胸を満たしていた漠然とした不安と恐怖がわずかに解きほぐされていくような感覚と同時に、決意のような使命感のようなものがだんだん大きくなっていきます。きっとそれは追憶の中で先生に抱いた感情で、復元できずに空白になっていたものの正体なのでしょう。
「私は、あなたが愛おしくて……守りたいのだと、そう思っていたのですね」
自分の心を答え合わせするように、誰にも届かない声でそうつぶやきました。
すると胸に硝子の破片が嵌まったようにぎしりと軋んで、きっと前の私もそう思ったのだろうと確信します。呼吸はまだ荒いままで、心の疼きを塞ぐように「先生」と何度も呼び掛けてしまいます。
少し暗くなった藍色の空には一人ぼっちの明星が静かにその存在を主張していて、時間が過ぎるにつれて人知れず仲間を増やしていくのでした。
「……せい……んせ、い……せんせい。」
呼ばれたような気がして瞼を開くとぼんやりとした白いシルエットが浮かんで、時間が経つごとに段々と明瞭な像を結んでいく。そういえば私はプラナに膝枕をされて、それから───そう思い出したところで、思ったよりも暗くなっている空に気がつく。次第に血の気が引いてくのを感じながら、がばっと一気に体を起こした。
「プラナっ、今何時!?」
「現在の時刻は19時57分15秒です。先生は実に3時間6分もの間、眠っていました」
「あぁ……そっか」
少し休むぐらいのつもりが、結構な時間が経ってしまったようで頭を抱える。ただ、もう過ぎてしまったことである以上はどうしようもない。次第に諦めが脳内を占めていく中でプラナが心配そうにこちらを見ていることに気が付く。
「何度か声はかけたのですが、起こせなくて申し訳ありません」
「いや、プラナは悪くないよ。……まあ、仕事の方は多分どうにかなると思うし気にしないで」
無理に笑ってみせたがプラナは申し訳なさそうに俯いてしまった。こうなったからにはプラナに責任を感じさせないためにもどうにかするしかなさそうだ。しっかり休めたおかげか少し体が軽くなったのを確認すると、それじゃあまた来るよと告げてプラナに背を向ける。
「先生。その…………先生は消えない後悔を背負ってしまったことはありますか?」
プラナに呼ばれて反射的に振り返った。思わぬ問いかけに戸惑いを隠せないが、対するプラナも自分の発言に驚いているように見えた。
「消えない後悔か……普通の後悔なら、現在進行形でしているところなんだけどね」
場を和ませるように後頭部に手を当ててそう言ってみたが、あんまり効果はなかったらしく、プラナはどこか申し訳なさそうに俯いた。首を横に振って気を取り直すと、質問について思考を巡らせる。
なんとなく、この問いはプラナにとって重要なもののような気がして、慎重に内容を組み立てるとしゃがんでプラナと目線を合わせた。
「うーん、もしそうなったら……私はできるだけ考えないようにするかな」
私の答えが想定外のものだったのかプラナは少し目を見開く。かつてもう一人の私にも同じ問いをしたのかもしれないが、反応を見るにその時は違う答えだったのだろうか。そんなことを考えながら言葉を続ける。
「もしも消えないぐらい強い後悔をしたなら仮に忘れてしまったとしても、次に同じようなことがあった時は今度こそもっとうまくやれるよ。そうやって勝手に自分の一部みたいになっていくものだから、きっと大丈夫」
「だからそのときは、もう一度自分を信じてあげて。必要以上に自分を責めたり、もしものことを考えたって過去を変えることはできない。それぐらいならいっそ、考えないようにするのも一つの手だと思うんだ。今すぐ向き合う必要があることでもないしね」
一通り話し終えるとプラナは少し納得したような、だけどどこか不可解そうな雰囲気でうなずくと、少し身じろぎをして座りなおした。
「……把握。先生の考えが知れて良かったです」
「まあ、そんな簡単に割り切れるものでもないから役に立つかはわからないけどね。あとは、誰かに頼って言うのも手かな。結局はそういうのが一番早いと思うし」
「わかりました。では、そのときは先生やアロナ先輩に相談してみようと思います」
プラナはそう答えてこくりと頷いた。これでよかったのかはわからないが、伝えられることは伝えられたと思う。一つ息を吐いて、プラナに笑いかける。再び目を合うと何かをためらうように視線をそらされた。少し落ち着かない様子で体が揺れて、それから意を決したようにプラナは私の方を見る。
「その、先生。話は変わりますが………実はお手洗いに行きたくて……ですが足がしびれて動けないのです。手を、貸していただけませんか?」
さっきの話の後というのもあって、何か重要な相談があるのかと身構えていた私は咄嗟に答えることができなかった。だが冷静に考えてみれば私が起きなかったせいで三時間も膝枕をし続けていたわけで、なら、そうなるのも当然の結果で……落ち着かない様子や、垣間見えたためらいが線として繋がり、戸惑いが罪悪感へと変換されていく。
「本っ当にごめんっ!……えっと、立てる?」
勢いよく謝罪して、手を差し出すとプラナは足の間に挟んでいた手を伸ばして裾をつまんだ。ただ、それだと少し心許ないので手首を掴みなおす。それから、掛け声とともに引っ張って立ち上がらせると、ふらつく足取りを横で支えながらとりあえず教室の外へと向かった。
「ちなみにだけど、どれぐらい持ちそう……?」
「推測。限界まであと数分ほどだと思われます」
「けっこうギリギリだよねそれ!?」
一層強くなった罪悪感と焦燥感を抱きながら、無理をし過ぎない程度に大慌てでトイレへと向かう。道中、何度か『エラー』と呟く声が聞こえてそのたびに肝を冷やしたが、どうにか事なきを得ることができた。
その後私はプラナに平謝りすると、これからはちゃんと無理をし過ぎないことを誓った。それが現実的かはともかく後悔は繰り返してはならないと、そう深く心に刻みつつ私は現実へと戻ったのだった。