※この作品はR-18です。

追憶。青にかさねて   作:kurotob

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第四話  落丁。折り目を数えて

「あっ、お疲れさまです先生!今日はどんなご用ですか?」

「こんにちは、アロナ。ちょっと休憩しようと思ってね」

 

 アロナ先輩は先生が来たことに気が付くとすぐに駆け寄っていきました。その足取りは、傍から見てもうれしそうで、そのまま先生と話すと周りに花が咲いたように華やかなものを感じます。そんな時、ふと先生の右手に厚い本と見慣れない箱があることに気が付きました。

 

「お疲れさまです、先生。……それで、先生が手に持っているのは何でしょうか?」

「こんにちは、プラナ。これは書類を整理してたら出てきてね。気に入りそうだと思って持ってきたんだ」

 

 机に置いた本には『おりがみ』と書かれていて、箱の中にはカラフルで大量の折り紙が入っていました。一人で納得していると隣で目をきらきらさせているアロナ先輩が目に入ります。

 

「疑問。アロナ先輩は折り紙をしたことはありますか?」

「えっ!?……当然じゃないですか~私はプラナちゃんの先輩なのですからそれぐらいはやったことがありますよ」

「ではどんなものが折れるのでしょう?」

「ふっふっふ……聞いて驚かないでくださいよ。なんと、折り鶴が折れます!」

 

 確かに折り鶴はまあまあ難しい方だと思いますが、その様子だと他には何も知らなそうでした。逆に折り鶴しか知らなかったとしたら、それは逆にすごいことのような気もしますが……自信満々に胸を張るアロナ先輩をよそに、私は先生が持ってきた本を開いてぱらぱらとページをめくってみます。古い本に見えましたが、中身は全部カラーになっていて結構な種類の折り方が紹介されています。

 

「……プラナは『こうばこ』が気になるの?」

 

 気になったページで止まっていると、先生が覗き込んできました。ページには四方に角のようなものが伸びた箱の写真が載っています。

 

「はい。なんだか可愛らしかったので。見た感じだと意外と難しくはなさそうですね」

「それ、かわいいですね。一緒に作ってみましょう、プラナちゃん!」

「そうですね。では、その次はアロナ先輩が気に入ったものを折ることにしましょう」

 

 その後も、本をめくって気になったものをいくつか折りました。私たちが分からない部分があるとすぐに先生が手助けしてくれたので、私もアロナ先輩も順調にいろいろな折り紙を完成させていきました。

 

 

 

 それからしばらくして、それぞれで好きなものを折っていると頬をつままれるような感触がしました。横を見ると水色のパクパクを指にはめて頬をつまむアロナ先輩の姿がありました。黄色く染まったヘイローが楽しげに揺れています。

 

「……痛いです。アロナ先輩」

「えへへ、このままプラナちゃんを食べちゃいます」

「理解。……では必殺。手裏剣起爆札」

「ぐわーっ!やられた~~」

 

 止めてくれそうな気配がなかったので机の上にあったカラフルな折り紙の手裏剣を持ったままアロナ先輩のおでこにぶつけると、大袈裟にのけぞって机の上に倒れます。こうして悪は滅びました。

 

「……ところで先生は何を作っているのですか?」

 

 倒れたアロナ先輩にパクパクで追撃しながら問いかけます。先生の机の上には用途がよく分からない三つのパーツが並んでいて、少し凝ったものを作っているように見えました。

 

「これはね、コマだよ。」

「コマ?ですか?」

 

 先生は私の方を見てうなずくとパーツを組み合わせて一つにまとめました。パーツごとに色が違って見た目がきれいです。先生が回してみると意外にもよく回って、隣で起き上がったアロナ先輩は口を半開きにしてそれを見ていました。

 

「わぁ……私も回してみていいですか?」

「いいよ。順番にね」

 

 はーいと答えたアロナ先輩は嬉しそうにコマを受け取りました。そんなほほえましい光景を見ていると、ふと先生の視線が私に向いていることに気がつきます。

 

「……それで、プラナが折ってるのは折り鶴?」

「はい。私も昔折ったことがあるので」

 

 私の手元には蕾のような形の折り紙がありました。そこからひとつ、ふたつと折っていくごとに完成品へと形が近づいていきます。嘴を折って、羽を広げ、ようやく一羽の折り鶴が完成しました。

 

「むむ、プラナちゃんの折り鶴はすごくきれいですね……というか、この模様ってどうやって入れたんですか?」

 

 アロナ先輩の指摘通り、私の折り鶴は互い違いに羽の半分が白くなっています。そういえばこの本にこの折り方は載っていなかったような気がします。

 

「推測。おそらく折り方の手順が違うのだと思われます」

「なるほど、折り鶴も奥が深いんですね……ちなみに、プラナちゃんはどうやってその折り方を知ったんですか?」

「それは……多分『先生』に───」

 

 私はいつこの折り方を知ったのでしょうか。アロナ先輩の言葉につられてそれを思い出そうとするといくつかの記憶が脳裏によみがえります。

 先生が受け取って、最期まで大切にしていた青い折り鶴のこと、先生の病室に痛々しいほどに並んでいた千羽鶴のこと。

そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

検索条件に一致する項目はありません。条件を変更してお試しください。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ぇ」

 

 突如現れた真っ白で冷たい答えに目を見開きます。全く想定しなかった事態に困惑しつつ再度試行しますが、結果は変わりませんでした。ですがこうして折り方を知っている以上、そのきっかけが存在していたはずで……焦燥とは裏腹に、エラーを吐くシステム音と無慈悲なメッセージが脳内にこだまします。

 きっとそこにはあったはずなのです。私が先生から折り鶴を教わった記憶が。仮に、データに不備があったとしても本来なら解消できているはずで、それでも思い出せない理由があるのだとすればそれは───出しかけた答えをこれ以上考えないようにしながら何度も検索を試みます。

 こうして焦っていることが、居ても立っても居られない気持ちが、激しく軋む心臓が、それが私にとって大切な記憶であったことを裏付けているようでした。現状を理解するたびに手の甲にあった温度が離れていくような感覚を覚えます。それだけは手離したくないと無意識のうちに手を伸ばして……。

 

「検索失敗。再度……」

「───プラナちゃんっ!」

 

 叫ぶようなアロナ先輩の声ではっと我に帰ります。そこには心配そうに私を見つめる先生とアロナ先輩の姿がありました。この様子だと私が記憶を取り戻そうとしてからしばらく時間が経ってしまったのかもしれません。

 

「プラナ。えっと……大丈夫?」

「はい。問題、ありません。ですから……っ」

 

 そこまで言いかけて、自分の声が震えていることに気が付きました。少なくとも私の知る限りでは経験のない事象に、続くはずだった言葉は消えてしまいました。

 それでも二人を心配させたくなくて何かを伝えようとしますが、息が苦しくてうまく言葉を発することができません。声が裏返ってしまいそうで、頬が熱くて、視界がぼやけて、胸が空っぽになったように軋んで、体が言うことを聞きません。

そこまでの状況を把握して初めて、私は泣いているのだと。そう理解できました。

 おぼろげな視界に空のような青色が飛び込んできます。アロナ先輩は両手を背中に回して私を抱きしめました。

 

「プラナちゃんは、大丈夫じゃありません。問題大ありです!」

 

 その声は耳元で話すには少し大きくて、ですが私を心配する気持ちが手に取るように伝わってきます。

 

「……だから無理をして笑ったり、大丈夫なふりをしたりしちゃダメなんです!それにっ……ここには私も、せんせいもいるんですから、」

「アロナ、先輩……」

 

 アロナ先輩はそう言いながら背中を優しくなでました。その手が上下するたび堪えようとしたものが溢れて肩を濡らしていきます。

 私の涙が自分のことのように悲しくて、少しでも助けになりたいという痛いぐらいの優しさが。温かくて、縋りついてしまいたいと思ってしまいそうになる温度が。ぽかりと口を開けて胸を軋ませる心の穴を埋めてくれるような、そんな気がしました。

 

 

 だけど私は、それが酷く恐ろしかったのです。

 

 

「───ごめんなさい、アロナ先輩。少しだけ、一人にさせてもらえませんか」

「え……?」

 

 私は驚いたような声を出すアロナ先輩と先生を置いて教室から消え、鈴のような音とともに別の教室へ移動しました。壊れた壁からはどこまでも青く澄んだ空が見えます。

 そんな景色が今の私には眩しくて、耐えらずに机に顔を伏せました。目に当たった袖が少し濡れて目の周りがまた熱くなります。

 

「先生……」

 

 零れた呟きがどちらを指しているものなのか、私にはもうわかりませんでした。

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