※この作品はR-18です。

追憶。青にかさねて   作:kurotob

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第七話 微睡。今を捉えて

準備をするために戻ってきたシャーレオフィスは、昼間だというのにどこか薄暗くてひどく閑かだと感じた。自分の椅子に座ると机の一番下の引き出しを開ける。一番深くて大きいそれは使用頻度の低いもので満たされていて、その奥にあった目的のものを手に取るとポケットの奥に押し込んだ。

 そんな時ふと、そんな引き出しの中の小箱に目が止まる。無意識のうちに手を伸ばそうとして、そんな自分に気が付くとため息をついた。意味が無いことだと分かっていても、そうする以外に割り切る術を知らなくて箱を手に取る。

 蓋を開けると安物の写真立てが入っていて、薄いガラスの奥にはボロボロで煤けた『大人のカード』が見える。いつの間にか手の中にあって、結局手離すことも使うこともできないでいる唯一の『遺品』。私はそれを机の上に立てて置いた。

 膝に手をついて立ち上がるとコーヒーメーカーの方へと向かう。両手にコーヒーカップを持って戻ると、一つを机の上に置いた。立ち上る湯気はまっすぐ天井へと向かっていて、まるで線香の煙のようだ。

 抱く感情があるとすれば、『合わせる顔がない』だろうか。いくら事情があろうと、生徒に手を出すのには違いないわけで、その相手がプラナなのだからなおさらそう思う。それでもこうして向き合うのは、心のどこかで許されたい、あるいは咎められたいと願っているからなのかもしれない。

 

「貴方は私の選択を正しいと思う?……なんて、応えてくれるわけないのにね」

 

 そう苦笑したところで返ってくるのは変わりない静けさだけで、秒針と換気扇の音がやけに大きく聞こえる。カップに口をつけると毎日のように飲んでいるはずのコーヒーだというのに少し苦いと感じた。

 

「今日まで何も見つからなかったんだ。貴方がプラナに『何か』を残している可能性は、限りなく低いものだと思ってるよ。それこそ、『奇跡』って呼ばれるぐらいには」

 

 それは、何かを賭けるにはあまりにも不確定で、あまりにも分が悪い。そのために過ちを犯そうというのだから、きっとこれほど愚かなこともないだろう。

 

「それでも、仮に間違いだったとしても、私はこの道を選ぶよ。流されたわけでも絆されたわけでもない、確固たる私の意志だ。」

 

 だから、私のことを許さないでいいよ。そう呟いてカップを置いた。

 それから、さっきのプラナの話を思い返す。プレナパテスの、『先生』としての最期。そして───

 

「……聞いたよ。最期まで貴方はプラナに何も言わなかったんだって」

 

 シロコを守り抜いて倒れた先生は、その後何も語らなかったと、プラナは言っていた。

 

「むしろ、シロコにだけでも意志を持って伝えられたこと自体が奇跡のようなもので、それ以上を願ってはいけない。それにプラナの傍には私がいるから、安心したんじゃないかって」

 

 そんなプラナの予想は正しいのかもしれない。

 だけど、誰よりも近くでプラナを見てきた貴方なら、そう語った女の子がどんな表情をしていたのかぐらい想像できるはずだ。

それで本望だったって? 最期は報われたって?

 

「そんなわけ、ないだろ」

 

 私が彼だったなら。

 そんな風に感情をかさねた末に零れた声は思ったよりも大きいもので、冷静さを失われていくのが自分でも分かった。だけど、そんなことなど気にかけないままに続ける。

 

「私だったら、とても死にきれない。託すのがもう一人の自分だとしても、プラナ一人を遺していくんだ。話したいことも、聞きたいことも、伝えたいことだってあるのに。記憶だって奪われたままなんて。そんな結末、認められない。そうじゃないの?」

 

 呼びかけたところで黒いカードは何も答えない。

 舞台を去った誰かが再び声を紡ぐことはありえない。

 過去は決して、変えることはできない。

 それなのに、今更こんなことを叫んだって子供じみたわがままにしか見えないだろう。

 死者が蘇ることも、失われたものがそのまま元に戻ることも、決して起こり得ない。まして死者が語り掛けてきて救われるだなんて幻想もいいところだろう。

 奇跡は人のてのひらの上にないから奇跡と呼ばれるのだ。

 

 だけど───それが何だというのか。

 滅んだ世界から二人を託したのだって、色彩の脅威に立ち向かって乗り越えたことだって、針に糸を通すような奇跡をいくつも重ねた末につかみ取ったものだ。そこに一つ奇跡を増やすぐらい、大した問題じゃない。

 

「だからっ……それでも私は、『私(あなた)』を信じるよ」

 

 胸に手を当て、まっすぐに写真立てを見つめてからそう宣言した。

 いつだっただろうか。『私』はこの世界の私なら未来を変えられると信じて世界を渡ったのではないかと、そんな話をプラナから聞いたことがある。なら、今度は私が『私』を信じる番だ。

 自分のカップをもう一度とって飲み干すと、席を立つ。

 

「じゃあ、『先生』。また後で」

 

 そう一礼して私はシッテムの箱の電源を着けなおした。

 

 

 

 

 いつもの教室の少し先にある保健室は、例にもれず少し荒れたように机とイスとベッドが散乱していました。一つだけ無事だったベッドに腰かけて先生を待っていると、引き戸が音を立てたので、先生が戻ってきたのだと分かります。音のした方を向くとカーテンの隙間に先生の姿を見つけました。

 

「おかえりなさい、先生」

「うん。ただいま、プラナ」

 

 声をかけると、先生はそう答えてまっすぐにこちらへと向かってきます。そのまま私の目の前に立った先生は私の両手首を握るとベッドの縁に右膝を置きました。

 それから先生はそのまま私を押し倒します。どこか強引な仕草で、両手を掴むごつごつとした大人の手は、どう抵抗しても振り払えそうにないぐらい強く握られていました。それに表情も私が知らないもので、少し怖いものだと感じられました。

 

「一応言わせてもらうけど、やめるなら今だよ。次はもう止まれないかもしれない。だから、プラナが少しでも嫌だと思ったのなら、今言って欲しい」

 

 先生は強い口調でそう言います。ですが私は───少しだけ安心したのです。

 見たことのない表情だから怖い顔だと思いましたが、そうではなく、先生の男の人としての表情だったのかもしれません。いつもより少し強い口調なのはまだ少し迷いがあるから、あるいは私に選択を誤ってほしくないからなのでしょうか。

 そんな想像が正しかったのかはわかりませんが、私は一つの確信とともに口を開きます。

 

「……先生。手が、震えていますよ」

「……えっ、」

 

 そう伝えると先生は虚を突かれたように固まりました。それからばつが悪そうな顔をして目をそらし、次第に耳が赤く染まっていきます。そんな姿が可笑しくて、これから先私が知らない先生の知らない姿を見たとしてもきっと先生は先生なのだと、その印象や向ける気持ちが変わることはないのだろうと、そう確信します。

 

「ですから……おそろいですね」

 

 先生の方をまっすぐに見つめて、いつか言われたような言葉を返してみます。先生は目を見開いて、それから指摘通りであることに気が付くと深くため息をつきました。

 

「あはは……プラナには結局情けないところを見せてばっかりだね。なんというか……格好つかないな」

「私は先生が思うよりも先生のことを知っているのですから、今更取り繕う必要はありません。それに、きっと……」

 

 あの人も……そう言いかけて、やっぱりやめました。先生としっかり向き合うと決めたのですから贈るべき言葉があるとすれば、それはきっと先生だけのものであるべきだと、そう思ったのです。

 

「いいえ。とても、あなたらしいと思います」

 

 そう告げて笑いかけると先生はそっか、と言って表情を緩ませました。私の両手を押さえる手もそれにつられてか拘束がほころんで、その感触と先生の心が伝わってくるようです。

 

「それはそれで、複雑なんだけどな…………コホンっ」

 

 先生は気を取り直すように咳ばらいをするとまっすぐに私の方を見ました。

 

「改めて聞くけど……プラナは本当にいいの? 今からすることでプラナを怖がらせたり、傷つけてしまうかもしれないし、今までと同じように振舞えなくなるかもしれない。それでも大丈夫?」

「はい。怖くないと言えば嘘になりますが……それでも先生は先生です。何があっても、これから何をしたとしても、それは変わりません。ですから、大丈夫です」

 

 そう答えた声は震えていたかもしれません。これからそういうことをするのだと思うと緊張と怖さで手が震えて、後ろめたさに胸を掴まれているかのようです。

 ですが、少しぐらいは先生も同じことを思っているような気がして、少しだけ安心することができました。それに、好きな相手が私のためにここまでしてくれることが、嬉しくて、こそばゆくて、胸を温かくなっていきます。

 

「わかった。それじゃあまずは……ハグをしよっか」

 

 先生はそう言って頷くと両手を離しました。それから再び私の方へ顔を寄せて、そのままいつかと同じように背中に手を回して抱き合います。

 先生が覆いかぶさるような形になり、少し体重がかかることで息苦しさを覚えますが、その代わりに前よりもずっと近くに先生の体温と鼓動、それから匂いがあります。

 前にハグをした時とそう変わりはないはずなのに、衣服を隔てたままだというのにあの時よりもずっと多くのことが脳裏を巡っていきます。先生の心拍がいつもより少し早くて体温が高い気がすること、耳元に聞こえる息遣いのこと。

 

「えっと、重かったり苦しかったりはしない?」

「はい。問題ありません」

 

 冷静さを装ってそう返しましたが、自分の中にあるものも前とは違っているようでした。前よりも身体が熱くて心臓が早鐘を打っています。そうなってしまうのは自分の中の好意を認めたからでしょうか、それとも『その先』を意識してしまっているからなのでしょうか。あるいは、それが今触れ合っている先生に伝わることが、恥ずかしいと思っているからなのかもしれません。

 ぐるぐると巡る思考回路の中でも、確かな温もりとはっきりと『生きている』音が感じられて、私は先生だけが映る視界を静かに閉じました。音と温度と匂いだけになった二人だけの世界は、その距離も境界も曖昧で、二人だけが一つだけになったような気がしました。

 どれほどそうしていたのか分からなくなった頃合いで、先生の背中を押さえていた手が背中の傾斜に沿って滑り落ちて、距離が開いた二人の境界に体温よりも冷たい空気が流れ込みます。少し間を置いて名残惜しさとともに再び瞼を開くと、先生の顔が私の顔に影を落としていました。

 

「……長かったですね」

「プラナが離れたくなさそうだったからね。でも、そろそろ次にいこっか」

 

 見通すようなことを言う先生の言葉がなんとなく気恥ずかしくて目を逸らします。そのまま頷こうとすると、少し武骨な人差し指と親指が私の顎を持ち上げました。

 

「次はキスかな……してもいい?」

 

 その問いに応じようとしましたが、顎を持ち上げられていて頷くことも声も出すのも難しいことに気が付きました。ちらりと視線を向けると、私の様子を少しほほえましそうに見つめる先生の視線が交わって、頬が熱くなるのを感じながら答えの代わりに再び目を閉じました。

 前とは違って今度は先生の方から、唇を重ねます。あの時は感じる余裕もなかったキスの感触がそこにはありました。私はきっとこれから先、キスと聞けば今のことを思い出すのだろうと、そんなことを思いながらちょっと不自由な呼吸と柔らかくて乾燥した唇を感じます。

 時間にすると数秒ほどで先生は一度唇を離しました。それに気が付いて、目を開けると先生は微笑んで、そのまま再び口づけをします。今度は目を開けたまま、先生の顔がありえないほど近くに現れます。

 気まずさに目をそらすと、まつ毛が意外と長いことや、眉に整えたような青い部分があること、前髪で隠れたおでこに知らない傷跡があること。ずっとそばにいたはずなのに知らなかったところが見えてきます。

 知ったつもりでいた先生の知らなかった部分に自分の無知さを示されたような、あるいは自分だけの秘密を知ったような複雑な感覚を抱きます。そうして彷徨った視線の終着点はいつも生徒たちを優しそうに見守っている瞳でした。今、そこには私だけが映っていて、微かに朱の差した頬と少し細くなった桜色の瞳が、確かに捉えられていました。

 それからもまた唇を離しては、二度、三度と重ねます。そうして触れ合うたびにふわりとした安心感が身体を包んで、やがて離れることが切なくて胸を切なく疼いて……だからなのでしょうか。気が付けば私は先生の首の後ろに両手を回して、先生の下唇をくわえていました。

 先生はそんな私に少し驚いたような顔をして、やがて眼を閉じると離れかけていた唇が再び合わせられます。しかし想像に反して、先生はそれからほんの数秒で拘束が緩んだ私の手を抜けて私から離れていきました。

 

「………」

「ふふ、そんな顔しなくても大丈夫だよ。……プラナがそうしたいなら、次は少し長くしてみよっか」

 

 先生にしては少し意地悪な言動に戸惑いながらもこくりと頷きます。すると先生は、私の頭の後ろに再び手のひらを当てて、体を寄せます。そして、少し首を傾けると私の唇の端と先生の唇の先が重なり合うようにキスをしました。

 

「!……んぅっ……」

 

 呼吸を共有するような形で唇を合わせていると、不意に口内に先生の太くて分厚い舌が入り込んできます。それは一つの生き物のように私の舌と絡み合ったり、歯列をなぞったりして、その度にぴちゃぴちゃといやらしい水音が頭蓋の内側にこだまします。

 そんな息苦しさと勝手の分からない快楽からのけぞるように身をよじりますが、先生の手が後頭部を支えているせいで、先生から逃れることはできません。その代わりに肋骨が先生の胸板に擦れて、先生の首へと回された手はシャツを握りしめます。

 入り込んでくる先生の息が次第に熱を帯びたものに変わっていくのを感じながら、私も先生の口へと舌を伸ばします。先生の口内は少し広くて、生えている歯もいくらか私のものより大きいような気がしました。探るように先生の口の中に触れていると再び先生の舌が私を絡め取っていきます。跳ねそうになる身体を押さえつつ目を開くとさっきよりも少し紅潮した先生の顔がありました。目は少しとろんとしていて、私が舌を動かすと少し肩が動くことに気が付きます。そんな姿が少し可笑しくて、互いの唾液を混ぜ合いながら『大人のキス』を味わいます。

 やがて、息が限界を迎えたので先生の背中をポンポンと二度叩くとすんなり開放してくれました。分かたれた二つの口は、今も粘ついた銀の糸で繋がっていました。

 

「……っんはっ……先生……これで……合って、ましたか?」

「うん。……とても上手だったよ」

 

 息を整えないままにそう言うと先生は優しく微笑んで私の頭を胸に抱くと、そのまま頭を撫でました。私は酸素が足りなくてぼうっとした感覚のまま、呼吸を整えつつされるがままに先生のてのひらに身を委ねます。

 すぐ傍にある心臓の音はさっきのハグの時よりも高まっていて、ちゃんと段階を進んでいくような達成感と、その先にある行為への緊張が、確かな実体をもってそこにあるようだと感じました。

 しばらくして私を開放した先生は少しためらうように指を動かしてから、私の肩を掴んでベッドから少し浮いていた私の体をぺたりとベッドへ寝かせます。それが意味するところは私にも理解できました。

 

「それじゃあ、そろそろ身体に触ったりするけど大丈夫?もし止めてほしくなったら……右手を上げたりする?」

「把握。……歯医者さんみたいな感じですね」

「そう言われるとなんか違うような気もするけど……じゃあ脱がせていくね」

 

 思ったままのことを言うと先生は少し困ったように笑って、私のコートに手をかけました。それからは、思いの外スムーズに服がはぎとられていき、気が付けばタイツとインナーだけになっていました。少なくともこの端末に来てからは誰にも見せたことのない姿を見せたからか、あるいは別の何かが胸の中をざわつかせます。

 

「意外と慣れているのですね」

「たまたまだよ」

「………」

 

 なんとなく先生の顔を見ることができなくて、ふいと目を逸らしました。やはり先生はこれまでも色々な経験をしていて……少なくともアロナ先輩とはそういうことをしたはずなのです。それが嫌だとまでは言いませんが、なんとなくもやもやします。

 ですが、これは先生にとっての私もそうではないのでしょうか。ふと胸によぎった不安は自分ではどうにもならないような気がしたので、そのまま言葉にします。

 

「疑問。私はこれが『初めて』かどうかわかりません。……先生はそういうことは気にされないのですか?」

「気にしないよ。だって、それは今のプラナであるためにきっと必要なことだったはずだから。これが初めてでも、そうじゃなくても。それを含めたプラナの全部が好きなんだよ」

 

 先生は平然とそんなことを言い放ちます。でもそのまっすぐな言葉に嘘の入り込む余地はなくて、返す言葉を失ってしまいます。

 

「それじゃあ、タイツの方も脱がせていくね」

 

 その隙に先生はお腹のあたりにあるタイツの口の部分を掴むとそのまままっすぐに下へと引っ張っていきます。その過程で、脇腹や太腿、ふくらはぎへとなぞるように先生の指が当たって、くすぐったさとそれだけでは表せない感覚に身をよじってしまいます。やがて脱がせ終えた先生はタイツを隅に置いてそのまま寝そべった私の横に腰かけました。

 

「よく考えたらこうしてプラナのタイツの下を見るのって初めてかも。やっぱり白くて綺麗だね」

「……ありがとうございます」

 

 あまり身に覚えのない褒められ方に気恥ずかしいような困るような気持ちで頷くと、先生はどこか満足げに微笑み返しました。

 

「うん。じゃあちょっと触るね」

 

 そう言って先生は私の内腿に手を這わせます。それから、脇腹やお腹、そしてインナーの下に潜り込んでみぞおちのあたりへと指でなぞるように触れていきます。普段触れたところで何とも思わないような部分だというのに、予想できない動きだからかあるいは相手が先生だからなのか、皮膚が粟立つような感覚とともに跳ねそうになる身体を必死に押さえつけます。

 それから先生はキャミソールの裾を次第に持ち上げていきます。胴体の中央線に沿って指が滑る感覚と同時に布が皺を作って持ち上がって、黒い無地の下着とわずかなふくらみがあるだけの胸が先生の前に露出しました。それから先生は下着越しに胸を手に収めます。

 

「……んっ……」

 

 ついに漏れた声にも構わず先生はむにむにと軽く揉んでみます。その手のすぐ奥には心臓があるからかハグの時よりずっと近くに先生を感じて、頬を熱くする羞恥心の向こうに確かな安心感と胸を締め付けるような切なさが生じます。

 

「理解。先生はおっぱいが大好きなのでしたね」

「……そうだね。まあ、男ってそんなものだから……」

 

 あっさりと認めた先生は一度手のひらを離すと下着を上へと上げて、それから乳首の付近を人差し指でくるくると撫でまわします。背筋を駆ける刺激に肩が跳ねそうになりますが、もう片方の手で押さえつけられていて逃れることができません。それでも吐息を漏らさないように半開きにになった口に、再び先生の唇が重ねられます。

 そして今度は瞬く間に先生の舌が口内を蹂躙していきした。私の舌を絡め取る太い舌も、さっきより少し粘り気を増した透明な味の唾液も、それが擦れ合って生まれる水音もする一方で、乳首に触れたりつまんだりするような感触も同時に私を攻め立てていて、一度に増した快楽の情報量に、呼吸すらままならなくなります。そんな時、先生の爪がピンと弾くと、脳裏に電流が流れてお腹の奥が熱く疼きました。

 

「んっ……ふっ……ふ……んぅっ!?」

 

 そんないくつもの感覚が合わさって処理しきれないほどの快楽に連動して吐き出される熱を持って震える呼吸が、二つの唇の端から空気となって漏れ出ます。それは時折鼻を通って裏返り、艶めかしいものになっていくことが自分でも分かりました。

 それから少しして先生から解放されると浅い呼吸で胸を上下させながら、先生の方を見上げます。先生は確かに顔を赤くして、優しさとも違う意味を持った瞳がそこにはありました。でもその表情は私と違ってどこか余裕があるような気もして、それが少しばかり不服です。

 

「……先生の方も脱がせた方がいいですか?」

「そうだね。お願いできる?」

「わかりました」

 

 ようやく得た反撃の機会にあまり力の入らない手で先生のシャツを掴むとそれを手掛かりに身体を起こしました。首に引っかかったままになっていた下着とインナーを脱いで隅に置くと、ぷつり、ぷつりと先生のシャツのボタンをはずしていきます。それはきっとくすぐったさを伴うはずなのにあくまで私を見つめる瞳は優しさに染まっているのにじれったさと羞恥心を感じながら慣れない手つきでボタンを外し終えると生地を両手で引っ張って一気に脱がせます。私のそれよりも少しばかり血色がよく見える肌は意外にも筋肉質で、私とは違う理由で胸には確かなふくらみがあります。それから──手を伸ばそうとした脇腹に丸い傷跡があることに気が付きます。

 瞬間、胸の奥を知っている痛みが駆け抜けました。それは先生を守り切れなかったという罪悪感で、かつて同じことをしたという過去の残滓でした。痛みを堪えるように胸を片手で押さえて、それからもう片方の指先でその傷跡に触れました。

 

「……もしかして、アロナ先輩としたときはこの傷ができてすぐのことでしたか?」

「よくわかったね。……多分プラナが予想している通りだと思うよ」

「把握。……やはり私はアロナ先輩ともお揃いなのですね」

 

 少しうれしいような、悲しいような、申し訳ないような気持ちが胸の中を満たしていきます。その気持ちに身を任せて、何も纏わない上半身を先生にもたれさせると、直接肌と肌が触れ合って、熱いほどの体温と止まることなく鳴り続ける鼓動を確かに私に伝えてくれます。そこにあるのは気恥ずかしさでもいやらしさでもなく、いつか感じていた確かな安心と誓いで、それらを思い返しながら先生に身を預けました。目を閉じると先生の大きい手が髪を滑り落ちる感覚がします。

 

 ここにあるのは確かな喪失の跡で、あの人がどうしても替えのきかない大切な人であったという証明でした。ですが、強い後悔が胸を焼くことも、絶望に視界が閉ざされることもなく、ただほろ苦い味と胸を締め付ける切なさだけがあって、きっと幸福だったはずの空白を胸の中にしまいこみました。そして、てのひらで先生の胸をなぞるとゆっくりと目を開きます。するとそこには少し心配そうに私を覗き込む先生の顔がありました。

 

「えっと……大丈夫?」

「記憶。はい、しっかり心に刻みました。もう忘れたりしません。……ですので、もう大丈夫です」

「そっか。それならよかった」

 

 先生はそう言って微笑むともう一度私の長い髪を梳きました。

 

「じゃあ、このあとはどうする?」

 

 確かに、過去の私と『先生』の関係性を確かめるという目的は果たせました。ですが、お腹の奥にある熱が、先生のそばで高鳴っている胸が、赤いままの二人の頬が、このままでは終わりたくないことを何よりも如実に語っています。

 

「……言わないと分かりませんか?」

「ふふ……いいや、ちゃんとわかっているよ」

 

 それから先生は私の手を取ると指を絡め取るように両の手のひらを合わせます。

 

「それじゃあ、続きをしようか」

「……はい。」

 

 頷くと思い出したかのように再び唇を合わせます。少しばかり勝手がわかった大人のキスは先生の舌の裏や下の歯の歯茎をなぞると少し反応が返ってきて、少しだけ胸がすく思いがしました。

 

「っ……なんか、一気に成長してない!?」

「……肯定。きっと先生の教え方が上手いからですね」

「それはまあ……先生冥利に尽きるね」

 

 そんな冗談に少し笑うと先生は私の手を腰のあたりに寄せました。それから手のひらが離れると少しの切なさを感じますが、先生の意図はなんとなく読み取れました。

 

「なるほど……そういえば脱がすのも途中でしたね」

「うん。お願いしてもいいかな」

 

 深く頷くと先生のベルトを手にかけます。少し苦戦してからベルトを外すことに成功すると、その後はすんなりジッパーもホックも外れてそのまま下に降ろしていきます。現れたふくらはぎも太腿も私のそれよりずっと太く固そうで……それからその上にある下着へと視線が吸い寄せられます。

 

 そこには生地を下から持ち上げる性器のシルエットが浮かんでいて、そう遠くない未来にこれが私の中に入ると思うと恐怖なのか緊張なのか……あるいは期待なのか。また鼓動が早くなって、つばを飲み込みます。そっと下着の上からそれに触れると微かに先生の身体が震えるのを感じました。

 

「っ……えっと、プラナは触ってみたい?」

「肯定。私だけ気持ちよくされるのは不公平です。ですから、先生のことも気持ちよくさせてもらえますか?」

「……わかった。じゃあとりあえずパンツだけ脱いでもいい?」

 

 私が返事をして手を伸ばすよりも早く先生の下着が下ろされて、少し糸を引いた先生の性器が目の前に現れます。それは触れるまでもなく結構な大きさになっていて、多少グロテスクな見た目だというのに不思議と目を離すことができませんでした。

 

「良かったです。私に興奮できないという訳ではなさそうですね」

「……そりゃ、好きな相手に気持ちよくしてもらえるなんて言われたらね……えっと、触り方とかはわかる?」

 

 さっきとは一転、どこか気恥ずかしそうな問いかけに首を横に振ります。すると先生は親指と人差し指でオッケーのようなハンドサインを作ると、小指の方を下に向けて上下に動かしました。……真似をすればいいということなのでしょうか?

 見よう見まねで先生の性器へと触れると、熱を持ったそれが手の中でびくりと震えるのを感じました。それから手を上下に動かすと、そんな震えや脈動が大きくなるような感触とともに、角度が大きくなって先生の息が荒くなっていきます。

 

「……待って……もし、公平を期すならっ……プラナの方も脱がすべきなんじゃ……?」

「先生はさっき私を散々弄んだのですから、今度は先生の番です」

 

 そう言って少し手を動かすのを早くしてみると、先生の身体がビクンと跳ねて両手でシーツを握りしめました。顔を赤くして何かを堪えるような先生の姿に少しですが、胸がきゅんと収縮したような気がして、手に少し力が入ります。息を荒げて目をとろんとさせた先生の先生らしからぬ姿はどこか新鮮で、なんとなくもう少し見ていたい気がしました。恐る恐る胸の方にも手を伸ばしながら手を動かし続けると、時間とともに時折声を漏らしながら段々前かがみになっていって──ひときわ大きく身体が震えたとき、不意に強い力で腕を掴まれました。

 

「ごめん!……そろそろ、限界だから。もう、大丈夫……」

「疑問。限界を迎えると何か支障があるのですか?」

「……具体的にはっ、残弾が減る、かな」

「理解。ではここでやめておきましょう」

 

 私がぱっと手を離すと、先生は鋭く息を吸って、それから少しほっとしたように息を吐きました。

 

「先生。……その、腕が痛いです」

「あっ……ごめんっ!」

 

 先生は勢いよく私の腕から手を離しました。それから申し訳なさそうに目を伏せます。

 

「気に病む必要はありません。加減が分からなかった私のせいですから」

「いやいや、そんなことはないよ。……まあでも、すぐ限界になっちゃうぐらいプラナは上手だったってことじゃないかな」

 

 そうなのでしょうか。そんなことを思っていると、先生は再びまっすぐに私を見つめます。それから肩に手を置くと再びゆっくりとベッドへと押し倒しました。限界が近いと言っていたのですから、きっとこのまま最後までいくのでしょう。私へと伸ばされた手は一瞬迷うように固まって、それから意を決したように下着へと手をかけます。

 

「じゃあ、このまま最後までするけどいいかな?」

 

 最後の確認はもはや聞くまでもないことぐらい先生にもわかっているはずです。それでも、それが先生なりの誠実さなのだとすればそれに応えたいと思いました。

 

「はい。どうか……最後までよろしくお願いします」

 

 先生はその言葉に頷くと先生はそのまま下着を下ろして、少し湿った感触とともに離れた布地には銀の糸が伸びていました。それがなんだか気恥ずかしいような、先生への『好き』が思う通りのものでうれしいような、そんな感想を抱いてしまいます。それから先生はジンジンと熱を持った私の秘部に触れました。

 

「~~~~~~っ!」

 

 それと同時にびりびりと全身を震わせるような感覚が走り抜けて、声にならない声を上げてしまいます。誰かに見せることも触れることもなく、存在すら忘れたつもりでいた私の女性としての部分は、今や私をそのための生き物にするみたいにその輪郭を、快楽を主張し続けます。それから先生の人差し指は私の内側へと入り込もうと蠢き、その一挙手一投足が電流のような刺激に置換されるようでした。そんな指はついに快感を主張する『中心』を捉えてもはや抑えが効かない身体はびくんと跳ねて、荒い呼吸の中に嬌声のようなものが混じってしまいます。

 

「……せんっ…せい、……いまのは……?」

「たぶんクリトリスじゃないかな?ほら、ここ」

「……ひっ─────くゅ!?」

 

 トントン、と二回。人差し指の先で軽く触れたそこは紛れもなくさっきから身を震わせる刺激の源泉で、ほとんど反射的に身をよじり脚が閉じてしまいそうになりますが先生の手によってそれも阻まれてしまいます。

 

「ほら、触ってる途中に動いたら危ないよ。じゃあ、そろそろ中の方も触っていくね」

 

 先生は少し楽しげに笑うと私の内部へと侵攻を始めます。体内に別の何か入っていく異質な感覚は、これから先生の性器で埋められるこの穴の表面をなぞって内側から押し広げようとしていて、それが水音にとしても感じられます。そんなびりびりして、思考を侵食していくような刺激の中に確かに自分の中にある先生の少し武骨な指があって、その感触をもう少し味わっていたいような気持ちになります。

 

「……もしかして今、私の指を締めようとした?」

「……っわかりま、せん。それがっ…んぁっ……どうか、しましたか?」

「いや、たぶんプラナはセックスがすごく上手なんだろうね」

 

 今していることが先生の言う行為に該当するかは微妙なところだと思いますが、でも先生がそう言うのならきっとそうなのでしょう。あるいは──折り鶴の時みたいに私が思い出せないだけで私に残されたものなのかもしません。そう思うと少し切なくて、悲しくて、でもそれが先生のために使えるのならちょっとだけうれしい気がしました。

 いつしか先生は中指まで中に入れていたようで、さっきよりも内側から押し広げられるような感覚が強くなります。それから少しして、大方私の内部をほぐし終えたのかゆっくりと指を引き抜きました。最後の刺激に悶える私と一瞬目を合わせると、私から身を引きました。

 

「これなら大丈夫かな。じゃあ、ちょっとゴムを着けるね」

「……疑問。私はあくまで、シッテムの箱のOSですからっ……生殖能力がありませんし感染症のリスクも、ありません。それなのに……避妊具をつけるのですか?」

「これはまあ……私の意地みたいなものだから、プラナは気にしなくても大丈夫だよ」

 

 そう笑いかけた先生は私が脱がせたズボンのポケットから少しよれた小箱を取り出します。それから手際よくゴムを取り出して装着すると先生の性器が桃色のゴムで覆われていきます。

 それから先生は再び私の方を見下ろすと私の足の間に足を置いて、私の顔の横に両手をついて、私に覆い被さるように体を倒しました。お腹の上には未だに怒張して熱を持った男性器が乗っていて、今からこれから身体のここまで入るという予約をしているみたいです。

 

「先生。」

 

そう呼んでその顔に手を伸ばします。それから少しの間見つめ合うと、目を閉じました。すると先生の気配がだんだん近くなって柔らかい感触が唇に触れます。二人の距離が縮まったことで先生の陰部がお腹に擦れて甘い快感を生じさせます。目を開くと柔らかい表情を浮かべた先生と目が合って、今度は舌を入れることなく一度唇を離しました。

 

「じゃあ、挿れていくね」

 

 そう呟くと先生は私の股の間に性器を構えると、その先端を入り口に優しく押し当てます。ゴム越しのはずなのに焼き印を押されたかのような熱を感じますが、先生が入念にほぐしてくれたおかげなのか、ずぷりと脳を揺らすような衝撃とともに亀頭が体内に入ってきて、それからは確かな刺激を伴いながらもゆっくりと内側へ進んでいきます。 

 それは圧迫されるような息苦しさと鈍い痛みがあって呼吸も次第に荒くなっていきますが、声が漏れてしまうほどの快楽と今先生と繋がれているという幸福感がじんわりと胸の奥に広がっていきます。

 

「……確認。……これで、全部……んっ……入ったのですか?」

「えっと……あと半分ぐらい、かな。……痛くはない?」

「はい。問題、ありま───ぅあっ……!」

 

 答えを言い切る前にまた先生が動き始めて、少し大きな声となって零れます。全身を貫く電流も、呼吸の仕方も分からなくなるような圧迫感にも慣れることはできなさそうです。ですが先生のことを離したくないという想いが脳裏をよぎるたび先生の身体も震えて、想いが伝わったような、先生に何かを与えられているような気がしました。

 

「これで……全部入ったかな。……苦しくはない?」

 

 先生の言葉通り下腹部には先生の鼠径部が触れていて、その通りであることが分かります。お腹の中は先生の男性器で無理やり押し広げられていて多少無理のある形になっていることが自分でも分かります。それでも、胸を切り裂くような切なさと次第に終わりへと近づいている寂しさを全部埋めてほしいと願ってしまいます。

 

「肯……定。きっとこれがっ……先生と交わるという、ことなのですね。……ですから、もうっ……んぅっ……動いても、大丈夫です」

 

 先生はそんな言葉に頷くとようやく中に収まった男根を一度引いて、それから私の奥へと届くように腰を突き出します。そんな刺激は脳を焼くように、意識を吹き飛ばしてしまいそうな快楽の嵐となって私を呑み込んでいきます。お腹の奥が突かれているからか、もはや私の意志とは関係なく息が漏れて、絶えず喘ぎ声のような声がのどを通り過ぎていきます。 

 そんな中でも先生から漏れる息も、そう大きくはないはずの水音すらも確かに感じることができて、先生の少しいつもと違う表情も私に滴り落ちる汗もすべてが愛おしく感じました。そんな先生の顔にシーツを握りしめているのと反対の手を伸ばします。

 

「把握。……んぁっ……先生は、そんな顔もっ……されるのですね。余裕が……んくっ……無さそうで……少し、かわいいです」

「余裕がないのはっ、お互い、様でしょ。……それに、プラナの方がずっと、可愛いよ」

 

 先生はそれからもう一度私に口づけをします。もはやまともに抵抗する余裕もない私の口内は動きの精細さを欠いた先生の舌にもあっさりとその領地を引き渡して、なされるがままに舌を絡め取られてしまいます。上からも下からもいやらしい音が響いて、すでにままならなくなっていた呼吸はあっという間に意識をぼんやりとしたどこかへと運びました。

 それでも確かにある先生の口内の感触と、私の奥で暴れ狂う獣が解像度の低くなった視界でも先生を感じさせてくれます。痺れて焼き切れた思考回路の中はもう先生だけしか残っていなくて、唇が離れたときには互いの限界が近いことは分かりきっていました。

 

「先っ……生。何かが来るような……ぅぐっ……気がします」

「そっか。私もっ……そろそろ限界、かも……」

 

 先生も少し辛そうに口元を歪ませました。きっとこの時間はあと数分と持たないようなそんな気がしました。

 私はシーツを離せなくなっていた左手を無理やり引きはがすと両手を先生へと伸ばします。

 

「先生……手を、握ってくれますか?」

「……わかった」

 

 それだけ答えた先生は指を私の指の間に通して、決して離れないようにぎゅっと両手を握ってくれます。

 

「告白。私は、先生がっ……好きです。」

「私も大好きだよ、プラナ」

「私はっ……もう、二度と。先生から手を……んっ……離したりしません。先生も、離さないと、誓ってっ……くれますか?」

「……うん。誓うよ。……私はっ……もう、プラナの傍を、離れたりなんてしない」

 

 クライマックスを彩るようにタン、タン、と鳴る音が少しずつ早くなっていきます。それでも、もう少しだけ先生の言葉を聞いていたくて、もう少しだけ快楽に抗おうとします。

 

「私を……置いていかないと、約束してっ……くれますか?」

「ああ。……でも、一緒に死ぬつもりはない。一緒に、生きていこう」

 

 問いかけを肯定するようで私の望みを否定する答えは、あまりにもきれいごとじみていて少し可笑しく感じました。

 

「……ずるいです。……私を連れて行ってはっ……くれないのですね」

「当たり前だ。子供が大人より早く死ぬなんて、そんなの認められない」

 

 ここにきて強く私の願いを拒否するところがどうしようもなく悲しくて、切なくて、でも私が好きになった先生らしくて、私を想う気持ちが本物だと分かって、手をもっと強く握ってしまいます。

 

「ふふっ……断られたのに、ちょっとだけ……嬉しいです」

「そっか。……でも、次そんなことをっ……言ったら、お説教だからね」

 

 そう言って苦笑した先生の手がひときわ大きく震えました。それは私の内側もそうで、同時に快楽の頂に立てるようなそんな気がしました。そしてすぐさま訪れる全身を激しく震わせるような、暴力的なまでの刺激が脳天を貫きます。勝手に痙攣する瞼が何度も瞬きをしてちかちかと蛍光灯の明かりを脳裏に閃かせました。身体の中にある男性器も激しく脈動したかと思うと、それからすぐに私の手を握る手の力が抜けました。それから先生はゆっくりと私から男根を引き抜くと私の隣にどさりと倒れました。

 体を襲う虚脱感に今にも意識を手離してしまいそうで、そんな中で隣に聞こえるまだ荒い呼吸音と、まだ繋いだままの手のひらの感触を呆然と感じながら、私はゆっくりと瞼を閉じたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 気が付けば私はどこまでも続く砂浜に居ました。

景色になんとなく見覚えがあるのはきっと、教室の外に広がる砂浜と同一のものだからで、時間も分からない地平線は誰そ彼刻の色に染まっていました。ですが、ここに来るまでの前後の記憶がありません。普段なら絶対にありえない事態に、これが夢であるとそう理解しました。

 そんな時、不意に気配がして背後を振り返ると、そこには先生がいました。私の知る優しくて、どこまでも生徒想いな、先生。ですがその姿になんとなく違和感を覚えます。

 

「先……生?」

「うん。───久しぶりだね、アロナ」

 

 その言葉に違和感が氷解します。私をその名で呼ぶ人間はもういません。……いるはずがないのです。

 こんな奇跡は期待するべきじゃなくて、きっと私の妄想が生み出した都合のいい夢なのだろうと、そう納得することで自分を守ろうとします。ですが、目の前の先生は見れば見るほど私の知る『先生』に違いなくて、胸がひび割れていきます。

 息の仕方も忘れて、浮かされたような頼りない足取りでその目の前まで進みました。

 

「本当に……『先生』なのですか?」

「そうだね。……アロナが前を向けるまで、ずっと待って───」

 

 そんな優しい笑みに、あと数歩のところまで来ていた距離を一気に詰めて彼に抱きつきました。すると意外とがっしりした胴体が受け止めてくれますが、でもそこにあるはずの体温も鼓動も感じなくて、彼が死んだという事実を嫌と言うほど突き付けてきます。それでも腕の中にある感触も、話し方も、儚い笑顔も、紛れもなく『先生』のもので、もうとっくに壊れていた心の堰が崩れ落ちていきました。

 

「ぅああああああああああああああああっ、……ぁあああああああああっ……」

 

 もはや私にはどうすることもできない感情の濁流が先生の胸で溢れ出します。まるで赤子のように声を上げて、先生の胸に縋りつきながらもう涸れたと思っていた涙を流します。先生はそんな私を優しく抱きしめてゆっくりと背中を撫でて、まるで子供をあやすように「大丈夫だよ」と耳元で呟きます。

 

「ずっと頑張っていたんだよね。ごめんね、アロナ」

「……うぐっ………うぅ……うあああああああああああああっ……」

 

 故障してしまったかのように声を止めることも、溢れ続ける涙を止めることもできないままに先生のシャツを握りしめます。それから先生は私の声が止まるまで、ただ傍に居てくれたのでした。

 

 

 

「えっと……大丈夫そう?」

「肯定。……問題……ひぐっ……ありません」

 

 まだうまく呼吸できませんでしたが、それでも彼とちゃんと向き合いたくて無理やり落ち着かせます。なんとなくいつまでもこうしていられるわけじゃないような予感がして、一刻も早く聞くべきことと伝えるべきことへと思考を切り替えます。

 

「疑問。……どうして、『先生』がここにいるのですか?」

「そうだね。……アロナはもう気付いたと思うけど、今の私は、あくまで人格のコピーで本人ってわけじゃないんだ」

 

 それは、なんとなくそんな気がしていました。現実的に『先生』が私の前に現れる方法など、きっとそれぐらいしかないことでしょう。

 

「『箱舟』が自爆した時、壊れかけとはいえ私の手には『箱舟の演算装置』と、『シッテムの箱』と、『色彩』の力。それから『大人のカード』があった。その全てを使って、今の先生の『シッテムの箱』に私の人格データを埋め込んだんだよ」

 

 思い返してみれば『箱舟』が自爆した時、アロナ先輩は脱出シーケンスの補助に先生の生命の維持、それから私の受け入れと多くの処理を行っていました。そのどこかのタイミングならシッテムの箱に一瞬だけセキュリティに隙ができていてもおかしくありません。

 

「では、『先生』は私と先生が性行為に及んだから出てきたのですね?」

「いや、違っ───誤解だよ!?」

 

 『先生』は途端に目を見開いてわたわたと両手を動かしながら私の言葉を否定します。そんな風に慌てる姿は先生らしくて、だけどもうずっと見てなかったような気がして、胸の奥が締め付けられました。

 

「ほ、ほら、ついさっき今の先生とこうやって手を握ったでしょ? きっかけ自体はそれだよ。アロナはなんとなく、そういうのを大事にするところがあったから」

 

 思えば、ついさっきまで今の先生と指を絡ませるような形で手をつないだことはなかったかもしれません。避けていたつもりはありませんでしたが、無意識の行動を見透かされていたみたいでなんとなくきまりが悪い気がします。

 

「それに私はこんな状態だから、そう長くここにはいられないんだ。だから、今の先生と先輩のいるあの場所が、アロナにとってちゃんと帰る場所になってから会おうって決めてたんだよ」

「そういうことだったのですね」

 

 告げられる理由はどこまでも彼らしいものでした。どこまでも優しくて生徒想いな彼らしい最期の置き土産。その全てに思いを馳せながら少しの間目を閉じて、少ししてから開きました。

 

「理解。私が思い出した記憶は───『私の』記憶ではなかったのですね」

「……うん。やっぱりアロナは分かっちゃうよね」

 

 そう頷いた『先生』はぽつりぽつりと話を続けます。

 

「アロナの言う通り、あの記憶は私の記憶を編集してプラナの視点に置き換えたものなんだ。……ディープフェイクって言ったらイメージしやすいかな。アロナをだますような形になって申し訳ないけど、いつかアロナの助けになったらと思ったんだ」

 

 そう言い終わると先生はまっすぐに私の方を見ます。そこには少し寂しそうで、申し訳なさそうな笑みが浮かんでいました。

 

「ううん、これは私のエゴだね。結局私は、アロナに自分のことを忘れないでほしかったんだ。……過去を知ることは、失った人への想いを思い出すのはつらくて苦しかったよね。前へ進もうとするプラナの足を引っ張ってしまったよね。だから……ごめん」

 

 そんな言葉を聞いて思い出したことたちが蘇ってきます。『先生』とハグをしたときのこと、バレンタインデーにチョコレートを贈ったときのこと、膝枕をしたときのこと、それから…………思い返すと、なんとなく『先生』が大切にしていそうな内容だと思いました。

そしてその想いは、私も同じです。

 

「否定。先生が残したものがなければ私はきっと目を背け続けたのだと思います。仮にそこに望む真実があったとしても、それを知るのは怖いことですから」

 

 仮に作り物であったとしても、自分のものじゃなくても、そこにあった過去は真実には違いなくて、ですから『先生』はきっと最善の選択をしてくれたのだと思います。

 だから、伝えるべき答えは『先生』にとって、最高の未来であることを示すものでありたいと、そう思いました。

 

「先生。……私、好きな人ができたんです」

 

 それに『先生』は少し驚いたように眉を動かして、それから優しい表情になって頷きました。

 

「一人は太陽のように明るい先輩で、手を引いて私をここに連れて来てくれました。帰りたいと思える居場所をくれました。いつも楽しそうに笑っていて、私と違って表情豊かで、いつも私を引っ張ってくれて……私のせいで前より寝坊助になっても、心配をかけないように振る舞うんです。そんな風に痛いぐらいに優しくて、一緒にいると笑顔になってしまうような人なんです」

「よかった。とってもいい先輩なんだね」

 

 先生は自分のことのように嬉しそうに頬をほころばせてそう言いました。私は一度息を吸って続けます。

 

「そして、もう一人は───今の、先生です。『先生』とよく似ていて、どこまでも生徒想いで危なっかしくて、簡単に命を投げ出すとこまでそっくりです。でも、なんだか女たらしで、ちょっと情けなくて、それから……ちょっとわがままなんです。ですから、私が傍に居てあげたいと思えるような、そんな人です」

「それは……困った先生だね」

「はい。ですが、もう一人のあなたですから。きっと大丈夫です」

 

 どこか複雑そうな顔をしていた先生は、私の答えに「そっか」と言って笑いました。それから寂しそうに私の頬に手を伸ばしました。大きな手に温度はなくて、感触も少し違うような気がしましたが、紛れもなく彼の手でした。

 

「私はちゃんと立ち直れたのかも、前を向けているのかもわかりません。それでも、二人となら一緒に進んでいきたいと思えるんです。明日が楽しみだと、言えるんです。……今になってようやく自分の中のそんな気持ちと向き合うができました。それもきっと『先生』がくれたもののおかげなのだと思います」

「違うよ。……それはアロナがいい後輩でいい生徒だったからで、アロナ自身が掴んだものだ。だから、アロナがお礼を言う必要も後ろめたく思う必要もないんだよ。私はアロナが幸せならそれだけで十分だから」

 

 先生はそう言って、頬に当てた手を引こうとしました。きっともうお別れが迫っているのでしょう。でも、その手の上から私の手で包んでもう少しここに押しとどめます。

 最後にもう一つだけ。どうしても伝えたいことがあるのです。

 

「先生。私は、『先生』のことが大好きです。それは今までも、これからも。他の誰かを好きになったとしても変わりません。あなただけの、気持ちです」

「アロナ……それは……」

 

 窘めようとする言葉が聞こえましたが関係ありません。私はきっとこの言葉を伝えるために、『先生』に会いたいと願っていたのですから。そして、それから続く言葉は叶うとも思えない、子どものわがままです。

 

「ですから、もう一度。私に会いに来てくれますか?どんなことがあっても私を見守っていてくれますか?」

『先生』は少しためらうように息をのむと、言葉に困ったように、だけど少しうれしそうな苦笑いを浮かべました。

「わがままが上手になったね。……誰に教えてもらったの?」

「二人からです」

「あはは……上手なわけだ」

 

 それから彼は、少し屈んで私と目を合わせます。

 

「わかった。今度こそ叶えられるか分からないし、約束もできない。だけど、もう少しだけ足掻いてみるよ。それでいい?」

「はい。十分です。」

「……それから、私もアロナのことが大好きだよ。だから、もう会うことができなくても私はずっとアロナの傍で見守っているよ。だから、お別れはきっと今だけだ」

 

 その言葉を聞くと、私は『先生』の手を離しました。それから数歩後ろに戻って、寂しくて締め付けられる胸を右手で押さえます。

 

「そうですね。……ありがとうございました。それから───」

 

 泣かないように手に力を込めて、できる限りの笑顔を作って、その姿を焼き付けるように。

 

 

「いってきます、先生」

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けるとそこはベッドの上で、微かな息遣いに右を向くと心配そうに私を見つめる先生の姿がありました。まだ右手は繋がれたままで、さっきまでの行為が本当であったことの証明みたいでした。

 

「……何か思い出せた?」

 

 そう問いかけて先生は空いたほうの手で私の目許をなぞりました。そこは確かに湿った感触があって、そのせいで先生に心配をかけたのだと理解します。

 

「はい。『先生』に会いました」

「……そっか。私には何か言ってた?」

「『困った先生だね』だそうです」

「じゃあ今度会ったら、『似た者同士でしょ』って言っといて」

「把握。ではその時は伝えておきます」

 

 あの人は次を約束はしてくれませんでしたが、私だけでなく先生もそれを信じてくれているみたいな言葉に少しうれしくなります。

『先生』への後悔も、未練も、苦しかった記憶も。これから先どれだけ救われたとしてもきっと消えることはなくて、ずっと背負っていくものなのでしょう。それでも一つ何かが終わったような、そんな感慨が違和感となって胸に生じます。

 それはまるで学年を終えるときのような微かな寂しさのようでした。

 

「理解。私の『青春の物語』はようやく終わることができたのですね」

「……そうかもしれないね」

 

 先生はそう返して優しく笑いかけると頭を撫でます。その笑みはまるで、この感情を肯定したうえで背中を押してくれるような、そんな表情に見えました。

 

「じゃあ、プラナ。次はどんな物語にしようか?」

 

 続いた言葉は思ってもみないもので、でもどこまでも先生らしいものでした。

次の物語を願えるのなら、そこにある願いはきっとわがままどころじゃない。それこそ、とんでもない自分勝手です。ですが、目の前の大人にならそれを打ち明けることに何の迷いもありませんでした。

 

「提案。私は───」

 

 薄暗いベッドの中で、生まれたままの姿の男女が一組。未来のことを話します。

 それはあまりに都合のいいおとぎ話で、苦しい現実を思うと絵空事でしかない、そんな物語です。それでも、三人で歩く未来ならそんな幸せな結末を迎えられそうな、そんな青春の物語をいつまでも続けていけるような気がしました。

 宵闇に染まった星空が少し明るさを取り戻すまで。私たちは時折真剣に考えたり、笑い合ったりするような、そんなお話を続けたのでした。

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