断章 もう一人のあなたへ
波打ち際に一人残された私は誰そ彼刻の色をした地平線を見つめる。ようやくすべてが片付いたという安心感と寂しさのようなものから一つ息を吐いた。最後にまた無茶な約束をしてしまったが、今度こそ叶えられないだろう。ここにいるとそんな確信がだんだん深くなっていく。
そんな時、背後でしゃらん、と鈴のような音が鳴った。振り返るとそこには水色の、アロナとよく似た少女がいた。
「はじめまして、『先生』。私はシッテムの箱OSのアロナです。あなたがプラナちゃんの先生ですか?」
空色の少女は初めから決まったセリフであるかのようにそう問いかけた。そしてその答えもまた、初めから私の中にあった。
「そうだよ。でも、どっちも先生だと呼ぶとき困るし私のことは……『プレナパテス』って呼んでくれるといいかな」
「わかりました、プレナパテス先生……それだと、なんだかちょっと長くて呼びづらいですね……じゃあ、プレ先生で!」
突然、想定外のことを言われて目を見開き少女の方を見る。笑いかける少女は私の知るアロナよりだいぶフレンドリーなのかもしれない。それにその名前も……
「ふふっ」
「?……どうかしましたか?もしかして嫌だったりは……」
「いいや、言い得て妙だなと思って」
少女から受け取れる印象からしてそこに大した意図はなくて、単純に短くしただけなのかもしれない。だけど、その結果として命名された『プレ(前の)先生』という名は不思議と今の自分を言い表していて、少し可笑しかった。
改めて空色の少女の方を見つめる。不思議そうに私を見つめる少女の背中で重ねられた手には、傘のような形の銃が握られていた。
「よかった。ちゃんと『それ』を持ってきてくれたんだね」
「………」
少女は申し訳なさそうに目を伏せる。きっと私は自分のわがままのせいでこの子に残酷な選択をさせることになることだろう。
愚かな道を選んだ自覚はある。必要なことだったのかもしれないが、それでも誰かに罪悪感を抱かせるような形になるのは望むところではない。だからせめて、背負うものが少なくなるように、私にできることを考えねばならない。
「ごめんね。これも全部私が、」
「……プレ先生。少し、歩きませんか?」
言葉を遮って、少女は突然そんな提案をした。意図は全く分からなかったが、断る理由も見つからなかったので頷いてから、その一歩後ろを進む。どこまで続くか分からない砂浜には二人の影だけが伸びていて、波は時折二人の間まで届いて、足跡は消えていく。
「私は知ってますよ。プラナちゃんと先生が……その、えっちなことをしたからプレ先生が出てきたんですよね?」
「待って!それは誤解だから!」
そういえばさっきもそんなやり取りをした気がするが、やはり同じシッテムの箱にいる彼女にもなんとなく何が起こったかは伝わっているのだろうか。慌てて釈明しようとするが、その前に少女が遮るように声を紡いだ。
「ふふ、冗談です。ですから、言いたいことはそれではなくて……」
そう言って一歩先を進む少女はくるりと振り返る。明るく見える表情は少し寂しげで、切なそうなものにも見えた。
「私たち、フラれちゃいましたね」
瞬時に理解する。この子もまた、もう一人の私のことが好きだったこと。それから、私がこの少女にこんな顔をさせてしまった原因であること。そうだったとして、私にはその埋め合わせる手段がないことを。
「……ごめん。私のせいだよね」
「……?……あっ!私と先生のことだと思ってませんか?それなら大丈夫です!先生はプラナちゃんのことが好きになっても、私のことも好きなままでいてくれるはずなので。」
「それは……ずいぶんな女たらしなんだね」
誤解を訂正するように空色の少女は笑みを見せる。私のアロナから今の先生のことはそれとなく聞いていたがそこまで誇張じゃなかった事実に呆れそうになりながら、続く言葉に耳を傾ける。
「ですからフラれたのは先生のことではなく……プラナちゃんのことです」
少し寂しそうに空色の少女は地平の先を見つめる。その視線はまるでその先にかつて何かがあったかのようだった。
「私は先輩として、プラナちゃんに、にっこり笑顔になってほしいんです!だから、私もいろいろやってみたのですが、なかなかうまくいかなくて……避けられてしまって。今にして思えば余計なおせっかいだったのかもしれません」
言葉が途切れたところで、ひときわ大きな波が二人の足にぶつかる。再び視線を向けると、空色の少女は笑っていた。それは儚くて、切なくて、無理をして笑っているときの笑顔だった。
「でも、プラナちゃんのそばに先生がいれば、プラナちゃんはきっと大丈夫です。それなら私が何かしなくてもそんな笑顔を見られるような気がして……だから、これでいいんです。私はほら、甘いものが食べれて、先生のそばにいられるなら、それで幸せですから」
そう言い終えても、少女は困り眉の笑みを浮かべていた。
『一緒にいると笑顔になってしまうような先輩なんです』
私のアロナの言葉を思い出す。きっとあの子はこの少女にずっと笑っていて欲しくて、自分を見る目を変えてほしくなくて、それですれ違ってしまったのだろう。なら私にできることはこの少女の背中を押すことだけだ。
これが私の、最後の仕事なのだと。そう確信しながら、空色の瞳を見つめた。
「それは違うよ。『アロナ』」
そう告げると、空色の瞳が再び私を捉える。
「その後輩は、そんな顔で笑う先輩の前でにっこり笑顔になってくれると思う?少なくとも私の知るプラナはそうじゃなかったよ」
「!……それは……」
少女は反論してくるとは思ってなかったのか、言葉を詰まらせて頭の上にもノイズの走ったヘイローが揺れる。
「きっと君はいい先輩なんだね。本当は私がプラナと会えるのはもう少し先になると思ってたんだけど、きっと君が傍に居たからプラナはまた前を向いて、それから過去と向き合おうと思えたんだと思う。だから、ありがとう。プラナのことを大切に想ってくれて」
そう言って私が頭を下げて再び顔を上げたときにあった少女の顔は、照れているのか頬をほのかに赤くして、でも困ったように目を伏せた。
そんな姿を見つめながらに言葉を続ける。
「でもね、先輩と後輩なんて、割としょっちゅうぶつかるものだよ。こき使ってくるとか、言うことを聞かないとか、そんなくだらないことでね。でも、そんな中で互いのことを理解しながらだんだん一つになっていくものなんだ。先生と生徒だってそう」
「誰かのためを想って行動するのは立派でとても素敵なことだけど、もう少しぐらいわがままになってもいいんだよ。想いを伝えるのは怖いことかもしれないし、ぶつかることはつらいことかもしれない。けれど、その先でしか得られないものだって、きっとあるはずだから」
スカートを掴んでいる手に手のひらを重ねると空色の少女はもう一度私の方を見た。押すべき背中はもう手の届くところにあって、一抹の寂しさを抱きながらも優しく押すことを選ぶ。
「だから伝えてごらん。きっと君の後輩も、先生もそれを待っているはずだよ」
少女の手から手を離すと努めて笑顔を作ってみせる。大人として最後に伝える言葉は不思議と『いつもの言葉』だった。
「それに、私が唆したんだ。ちゃんと『私』が責任を取るからね。だからきっと大丈夫」
少女は少し驚いたように目を見開くとわずかに口角を上げた。
「……先生はやっぱり同じことをおっしゃるのですね。……分かりました!まだちょっぴり怖いですが、プラナちゃんと先生にこの気持ちを伝えてみようと思います」
それから、少女はくるりと一回転して私に笑いかける。それは青空のように晴れやかで、この少女らしい笑みなのだろうと思った。
「じゃあ、そろそろお別れしないといけないね」
もう少し歩いてから、そう切り出す。いつまでもこのままでい続けることができないことは誰よりも私が理解していた。死者がいつまでもこの世にしがみついていてはいけないし、それはきっと誰のためにもならないことだろう。
空色の少女が握る銃を見つめる。名前の分からないその銃はシッテムの箱の内部データを消去する機能が具現化したものらしく、私も何度かアロナに秘蔵データを消去されたことがあった。
「だから、その銃で私を撃ってくれないかな。確実かつ完全に削除するためにも、自分で自分を消去するわけにはいかないんだ」
「なるほど……話は大体わかりました。ですが───ぜったいに、や!です。お断りさせていただきます」
少女はものすごく子供っぽい言い方で拒否した。でもなんとなく、そんなところが私のアロナを救いになってくれていたような、そんな気がする。そんな内心とは裏腹に、私は空色の少女に反論を始める。
「……いや、私を放置するわけにもいかないでしょ?色彩の影響を受けてるし、コンピューターである以上、シッテムの箱も内部からの攻撃には……」
「それを言い出したらプラナちゃんだって一緒じゃないですか!第一、今日会ったばかりとは言え、私に先生を撃たせるつもりだったんですか?」
それを言われると正直弱い。黙り込んでいると少女は、私の手にてのひらを重ねた。
「それにプレ先生も、本当にこれが最後でいいと思っていないのでしょう?……少なくとも私にはどうしてもそう見えません」
その言葉に私のアロナのことが思い浮かぶ。
本当はもっと話したいことがあった。これから幸せになっていくのならその先まで見守りたいと思っていた。約束をしてしまった以上は、叶えたいと思ってしまった。諦めて考えないようにしていた想いが、言うべき言葉を喉の奥へと押し戻していく。
「その言い方はずるいよ。……でも、そうだね。君の言う通りだ」
そして何より、少女のまるで自分のことのように悲しんでいるように見える瞳に、私はあっさり白旗を上げてしまったのだ。
「申し訳ありませんが、今の私の力ではプレ先生が一緒にいると様々な無理が生じてしまうと思います。……ですが、データとして残すこと自体は可能です。」
「そっか。まあ、残るだけでもありがたいよ。……ごめんね。もうあんなことは言わないから」
無言でこくりと頷いた少女は申し訳なさそうに目を伏せた。だから、その空色の頭に手を伸ばして、優しく撫でる。こんなことをしても償いにすらならないとはわかっているが、それでも少しだけ触れていたいと思ってしまった。
少ししてから少女は砂浜の先を指さした。意図が分からず指の先から再び少女の顔へと視線を戻す。
「プラナちゃんは初めて会った時、この砂浜の先へ行こうとしてました。……私にはこの先に何があるのかはわかりませんが、きっと何か意味があったはずです。」
「じゃあ私はそこに向かえばいいんだね」
「はい。……私がもう少し眠くなるのを我慢すれば、またいつかプラナちゃんと会えるかもしれませんし、いつかもっといい方法を見つければ……」
「ありがとう。何から何まで、ごめんね」
「ふふっ。いえ、先生を助けるシッテムの箱のメインOSとして、当然のことをしたまでです。ですから───また会いましょう。プレ先生!」
空色の少女はそう言ってにこりと笑った。お別れにしては湿っぽくはなくて少しばかり心が軽くなる。
「うん、またね。『アロナ』」
そう笑いかけて手を振ると少女も手を振り返してくれた。それからしばらくの間手を振り続けてくれていたような気がしたが、しばらく歩き続けているとそれも分からなくなった。
「さようなら、■■■」
誰もいなくなった空間に向けられた呟きはさざ波となって海へ消える。もう会うことはないと思っていたし、合わせる顔もなかった。だけど、こんな形でも、最後に会えてよかったと思えた。
来た道に背を向けると砂に足跡を刻みながら彼女に言われた通りにこの砂浜の先へと進む。この先に何があるのかなど誰にもわからないが、不思議とこれが別れだとは思わずに済んだのだった。
第八話 青色。明日を紡いで
あれから、一晩が明けました。そんな夜に何があったのかは、私もなんとなく知っていました。
きっと先生はうまくプラナちゃんとしっかり向き合って、抱えている何かを取り払えたからその……えっちな行為にも及ぶことができたのでしょう。それに、プラナちゃんのことです。そんなことをするのにも何かしら事情があったはずです。
ですから、これから戻ってくる二人はきっとそんな問題も困難も乗り越えた、『ハッピーエンド』の先の二人に違いありません。プラナちゃんに一歩踏み込んだ先生と、プレ先生に再会して想いを叶えたプラナちゃん。先に進んだ二人に笑っていて欲しいと思っていますが、少しだけ寂しいとも思ってしまいます。
『伝えてごらん。きっと君の先生も、後輩もそれを待っているはずだよ』
プレ先生が伝えてくれた言葉が脳裏をよぎります。でも、本当に伝えていいのでしょうか?
その行為は幸せな結末に水を差してしまうだけかもしれません。伝えてしまったら、ケンカになってしまうかもしれません。二人だけのハッピーエンドに私も混ぜてほしいなんて、とんでもないわがままかもしれません。
それでも───わがままを言っていいのでしょうか。二人の間に入るようなことをしてもいいのでしょうか。言葉の主に確かめる手段はもうありません。ですが……先生の言葉をいつも信じられるように、プレ先生の言葉も信じたいって、そう思いました。
突然、ガラガラと音を立ててドアが開きます。反射的に目を開けるとそこには思いつめたような顔をした先生の姿がありました。
「……あれ、先、生…?」
それからの先生の行動は瞬く間のことでした。瞬時に駆け出した先生は、勢いそのままに足を折り曲げて着地し、それから地面に手と頭をつけた姿勢で水浸しの床を滑り、私のもとまでたどり着きました。
「うわぁっ!?何やっているんですか先生!?」
「ごめん、アロナ!私はアロナを裏切ってしまったんだ。……すべての責任は私にある。いつでも切腹する覚悟はできているよ」
「先生……私はあと何回、先生の最期を看取ればいいのでしょうか?」
こんな時に土下座までして責任を取ろうとする先生は、どこまでも私が好きになった先生らしくて、少し吹き出してしましそうになります。一方のプラナちゃんはそんな先生を心配そうに見ていて……いや、『切腹』!?それから『看取る』って言いましたよね!?
「どういう状況なんですか!?ちゃんと説明してください!」
「なるほど。プラナちゃんと先生がえっちなことを……」
収拾がつくとは思えない状況でしたが、先生が話した内容自体はだいたい知っているものでした。
先生は依然土下座したままで、プラナちゃんの方を見ると頭上には申し訳なさそうに藍色が揺れています。ですが私は、さっき一目見たときからもう二人のことを許してしまっていました。
「先生とプラナちゃんのことです。きっと事情があったんですよね。私は許しましょう」
「アロナ先輩……!」
「アロナ……!」
先生が変わらずに私を好きでいてくれることは分かっています。他の誰かを好きになったからといって、私を放っておくような人じゃないこともです。
ですから、私は先生を信じることを選びます。
「先生。私は、先生のことが好きです。きっとどんなことがあっても、誰かを好きになったとしてもそれは変わりません。ですから……先生もそうだと、言ってくれますか?」
吐き出した言葉は紛れもなく先生への告白で、その答えも先生から何度も聞いたものでした。それでも、万が一。きっとそんなことはないと分かっていても先生の答えが変わっていたらと思うと怖くて胸が冷たくなります。
ですが、次の瞬間。身体が温かいものに包まれます。それから少しして先生に抱きしめられたのだと気が付きました。
「当たり前だ。私もアロナのことが好きで、それは何があっても変わらない。二人の人間が好きな奴の話なんて信じられないかもしれないけど、アロナが信じられるように行動で示すつもりだよ」
「……わかりました。約束ですよ」
先生のぬくもりに身をゆだねて目を閉じます。先生の少しつんとして爽やかな大人の香りも、ゆったりとした鼓動も、今は私だけのものでそれがどうしようもなくうれしいと感じてしまいます。
「……構ってもらえなくて寂しかったんですから、ちゃんと埋め合わせてくださいね」
「いいよ。それぐらいで済むなら安いぐらいだよ」
先生はそう言ってから私の頭を撫でます。そんな優しい手つきはそんなに前のことでもないはずなのに妙に懐かしく感じました。
しばらくそんな感覚を堪能できたので先生から離れると、どこか不安そうな目をしたプラナちゃんと目が合って、そのままプラナちゃんの方へ向かいました。その顔は少し疲れていて、不安の色が浮かんでいますが、数日前の思いつめたような雰囲気は消えていました。
ですから、少しぐらいわがままを、文句を言ってもいいのでしょうか。私はプラナちゃんに笑顔を向けて問いかけます。
「さて、プラナちゃん。どうして私が怒っているか分かりますか?」
そう問いかけるとプラナちゃんはびくりと肩を跳ねさせて、本当に申し訳なさそうに私の方を見つめます。でも、この様子だと何も分かっていないような気がしました。
「回答。私が、先生と……」
「ぶっぶー、はずれです!それはさっき許したばっかりじゃないですか!正解は──」
思った通りの答えを腕でばつを作って否定すると、私はそのままプラナちゃんに抱き着きます。
「『プラナちゃんが最後まで私に相談しなかった』からです!」
「……?……そう、なのですか?」
プラナちゃんはどこかぽかんとしたような声で問いかけます。ここまでの流れも大体予想通りで、ちょっとだけ可笑しくなってしまいます。
「そうです!しっかり反省してください。……私がどれだけプラナちゃんを心配したと思っているんですか。」
「……はい。申し訳ありませんでした。アロナ先輩」
そう謝ったプラナちゃんの声は少しほっとしたような、どこかうれしそうな、そんな声だったような気がしました。背中を軽くさすってみると、プラナちゃんも同じようにしてくれて、私の肩にプラナちゃんの顔が乗ります。そんなほつれた糸をほどいて結びなおすようなやり取りを終えてプラナちゃんを離すと、プラナちゃんに笑いかけます。
「えへへ、これで仲直りです。私たちは二人で先生を手助けするんですから。もう、かくしごとはなしですよ」
「誓約。はい、ちゃんと約束します」
あまり聞いたことがないタイプの返事に頷くと、プラナちゃんはそのまままっすぐに私を見つめました。その目はどこか真剣で、私の目が瞬くのもはばかるほどです。
「私も、アロナ先輩に伝えたいことがあるのです」
「……はい。なんでしょう、プラナちゃん」
そんな返しに頷くと、プラナちゃんは私の手を握りました。それから穏やかな表情で続けます。
「告白。……私は、アロナ先輩のことが好きです。」
思ってもない言葉に私は固まってしまって、それでもプラナちゃんは続けます。
「アロナ先輩はいつも大切な時に私の手を握ってくれて、いつでも優しく笑いかけてくれました。……そんなところが好きです。ですから、いつまでも先輩に傍に居てほしくて、いつも楽しそうに笑っていて欲しいんです。アロナ先輩も、そう思ってくれますか?」
その言葉には、きっとプラナちゃんにとっていくつもの高いハードルが立ちはだかっていたはずです。それでも、それを乗り越えてそんな想いを伝えてくれたことが何よりもうれしくて、握った手を強く握り返します。
「当たり前じゃないですか。私だって、プラナちゃんのことが大好きなんですから!」
「……先輩にそう言ってもらえて、うれしいです」
私の言葉にそう返したプラナちゃんは、確かに嬉しそうに笑っていました。
それは、私が見たいと思ったにっこり笑顔とはまた違いましたし、プラナちゃんも全く笑ってくれなかったわけではありませんでした。ですが今までで一番思い描いたものに近い笑顔に息をのみます。きっとかわいいだろうと思ったその表情は想像を絶する破壊力で、感激に熱くなる胸をそれよりも激しく締め付けます。
「先生っ!プラナちゃんがっ……!かわいいです!!」
思わず先生の方を振り返ってそう叫んでしまいますが、先生はずっと微笑ましそうにそんな姿を見つめています。
「よかったね、アロナ」
「……なんだか、反応が薄くないですか?」
「そんなことはないよ。ただ、今の光景を焼きつけたくて……」
「先生……?アロナ先輩……?」
それは同感ですが、なんとなくそこには余裕があるような気がして、胸の中に不満がふつふつと湧き上がってきます。
「ていうか、先生はプラナちゃんとえっちなこともしたんですよね!?私よりもプラナちゃんの可愛い姿を知っているなんてずるいです!!」
「いやそれは……必要なことだったから……」
「いいえ、決めました!先生が言っていた埋め合わせを今日使ってもらいます!」
「……本っ当に申し訳ないんだけど、ここ数日でたまっていた仕事があるし、体力的にも厳しいかな……いつか近いうちにできるように努力はするから……」
「先生の『いつか』は、ほんとうにいつか分からないじゃないですか!?」
「アロナ先輩。私も今日は流石に……」
「プラナちゃんまで!?」
無茶を言ってしまった自覚はありましたが、思いのほかあっさりと断られてちょっぴり悲しいです。ですが、遠くない未来でそれは叶うような気はして、前よりもちょっとだけ何かが先に進んだような、そんな気がします。
ふと目を向けた砂浜と地平線のずっと向こう。そこには今は昼間で見えないはずの一つの星がきらりと光って私たちを見守ってくれているような、そんな風に一度だけ瞬いたのでした。
エピローグ 「 」。名前を付けて
警告。破損したフォルダが存在します。
───削除しますか?
警告に「いいえ」と答えてそのフォルダを開くと、そこには文字化けしたファイルが一つだけありました。その内容を読み取ることはできませんでしたが、その正体に一つ心当たりがあります。
今からすることに意味があるのかはわかりません。それはこのシッテムの箱に不具合を起こすだけの余計なことかもしれません。それでも、何か一つでも届いてほしくて、『先生』のおかげで過ごせる『今』を伝えたくて、指を動かします。
遠くで二人の呼ぶ声がしました。すぐに向かうことを伝えて、心の赴くままに操作を続けます。
フォルダの空いたスペースにツールバーを出すと、『新規作成』の中から『フォルダ』を選択します。そうして現れた選択肢の中から一つを選びました。
───『名前を付けて保存』
これにて完結です。
ここまで見てくださった方、こんな長い作品を読んでいただきありがとうございました。
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