覚悟を決め切る手段は無数にある。
だが、無条件で割り切れる者はほぼいない。
だからこそ、覚悟決める方法を熟知すべきだ。
手段は人によって違うのだから。
ケッテンクラートを走らせ、学園正門へ向かう。
既に朝日が昇りかけ。
事実上の徹夜。
当然と言えば当然だが、瞼は重い。
(仕方無い……か)
現状の問題は急を要する。
眠るには早い。寝落ちも勘弁願いたい。
故に、最低限の努力を。
手近な自販機の近くで停車。
自販機で黒いアルミ缶を購入。
モル・クリア社の“シヴィリ・コーヒー”(無糖)。
苦い液体を喉に流し込み、懐からタブレットケースを取り出す。
中身はハードメンソールタブレット。
数錠出し、噛み砕く。
清涼感とキツい冷感が喉と鼻腔を突き抜け、一時的に眠気を吹き飛ばす。
が、それも良くて2時間が限度。
半分ほど残るシヴィリを流し込もうとして、
「……用事は終わった~?」
フロナに声をかけられた。
彼女も目元に隈が見える。徹夜他による疲労が顕在化したのだろう。
救急医学部も大概労基に睨まれる環境だ。
お家に帰れるだけの活力を。
予め買っていたもう一つを投げ渡す。
「ありがと……って、“シヴィリ”?…………“ファーザー”は無かったの?」
「あんな“水”で目は醒める?」
アレは成分が全般的に薄いのだ。まぁ、飲みやすさに繋がっているかもしれないが。
「醒めないよ?でも安いから」
言いつつ、フロナは一息に飲み干す。
「それに、こういう時は労苦錠の方が……」
「止めておいた方がいい。部長と救急車の権化にしばかれる」
ーー労苦錠。
キヴォトスでもかつて販売されていた疲労回復剤だが、これには致命的な問題がある。
主成分が“メタンフェタミン”なのだ。
一般に“違法薬物”とされる成分。噛み砕いて言えば“覚醒剤”。
医学の心得がある存在としては、厳しくもなり得る。
「部長は分かるよ?救急車の権化ーーあぁ、例の天使かぁ……」
例の天使。
それはトリニティ総合学園、
天使、という言葉が意味する一般的な印象とは大分異なる人である。
何なら、部下達の方が天使らしいとさえ言えるだろう。
「伝承に聞く戦場の天使って、ヤツだよね」
「概ね同意。……種族は違うけど」
今回の場合、指し示す対象は天使族。伝承の方は人間だ。
若干の呆れを感じつつも、飲み干したシヴィリコーヒーの缶を握り潰し、リサイクルボックスに投函。
「それはさておき、さ。……ハユハ、随分と今回の件に肩入れするじゃん。なんで?」
それを確認したフロナの問い。
薄々答えを知っていそうな聞き方。
こういう時のフロナは騙せない。
まぁ、この情報は共有しても問題無いか。
「……今回の件、
「本当?」
フロナの声から何時ものふざけた調子が消える。
真面目な話だと理解したようだ。
「間違いない。例のサイボーグから抜いた記録が証拠」
現在進行形で他の情報をシャリーとエイルに解析させているが、現状で解析済みの分でも“奴”が関わっている事は確実。
「ただ……アリウスに関わる理由だけが分からない」
復讐心で動いている連中に与する利益は無い筈だが……思い当たる節が無いわけではない。
が、それも得られる利益と不利益を勘案した場合、あの女が動機とする可能性は……ゼロだ。
「確かにね……。古巣であろうレッドウィンターと旧トリニティ自治区の関係性も極端に悪い訳じゃないし」
……そういえば奴はレッドウィンターからの転校生だったね。
トリニティ/レッドウィンター間には統治形態的見地からの対立しか無い筈であり、それとて事務局長ーーで、良かったか?ーーの裁量次第で変わる程度の物だ。
「強いて言えば…………愉快犯的なノリじゃない?それで核攻撃は頭に蛆涌いてるけど」
確かに。
あの女は人格破綻者だが、少なくとも道理と常識を違えるようなヘマを(簡単にバレる形では)しない。
が、何にせよ敵対勢力に与した事実は変わらない。
「空崎委員長に伝えておいて。間違っても
まぁ、あのルーピー自体は曲りなりもゲヘナ自治組織の長。つまり、護衛対象である。
勝手に動くのは点Pだけで充分。
私一人で事が済めば良いが……保険は掛けて損は無い。
「……失敗した場合の保険?」
「そういう事。……“想定外は想定内”」
「矛盾って知ってるよね?」
「勿論」
今回は察しが悪いよ。
「でも、そういう状況を想定しないと駄目」
あの女の相手は空崎委員長やルーピーよりもキツイ。
入念な準備が必要だ。
特交戦区域がはっきりすれば対策も取りやすいのだが……それは解析待ち。
出来る事は“選択”の後始末くらい。
まずは“それ”をこなそう。
「戦争でも始める気?」
一方で私の今後の行動は察したのだろう。
「多分」
曖昧に返す。実際は微妙に違うのだが。
正確には戦争の抑止が目的。
「死体くらいは残して欲しいなぁ……」
「氷室部長が喜ぶような死体は残らないと思う」
阻止の成否を問わず、無事には戻れない。
創作上の英雄のようにはいかないのだ。
……まぁ、“英雄”なんて存在は情報操作の為にでっち上げられる“偶像”に過ぎないのだが。
「つまり、“殉職”前提って事かぁ……」
「その通り……とは言い切れない」
フロナも正確には知らないか。
あの事件の真相を。
でも、知らない方が幸せだろう。
今回の戦闘に関して言えば、味方は邪魔でしかない。
「……ともかく、あの女だけは確実に殺す。輪廻の輪からも弾き出す。…………それだけは確約できる」
あの女に“人理”は過ぎた舞台だから。
M.S.S自治区を出て数分。
現在はハイウェイを疾走中。
眠い目を擦り、メンソールタブレットを噛み砕く。
そしてタブレットの残数が尽きる。
(何処かのSAで休息を取るか?)
情報解析はまだ終わっていない。
進捗を確認した後、考える事にしよう。
「シャリー、解析進度は?」
『80%クライダナ。モウ少シ待ッテテクレナイカ?』
答えたのは白狐の方。
シャリーは手が離せない状態……つまり、対話機能すらデータ解析に回しているらしい。
サブ機である白狐が応対するのも当然。
『マスターモAI使イガ荒イヨナ』
メイン機を気遣う余裕も普通にある。
「それも今回限りであって欲しいけど……」
いや、今回限りにするつもりだが。
『ソレニツイテハ私モ同感ダナ』
とはいえ、未来は予想できないものだ。……余程明確な理由がある場合を除いて。
それ故に、“未来予知”の異能は創作界隈では良く使われる。サブ機の人格ベースがそうであるように。
『大体考エテイル事ハ分カルガ……私ニ未来ハ予想出来ナイゾ?』
「趣味はタロット占いなのに?」
元ネタでは。
『ソレハ私ノ
流石に違うか。
「生きて帰れたら、サブAIをもう1基追加するか。……ホワイト・リリウムを」
どの程度の効率低下が起きるか、試してみたい。
五体満足で帰れるならば、の事だが。
何にせよ、目標はあった方が人は努力できるのだ。
『ナ……ッ!?リリウムニハ手ヲ出スナヨ!』
それが他人?をからかう、という邪な目標であっても。
『……止めなさいよ女郎。そういうの、“死亡フラグ”って言うのよ?」
呆れたように、メイン機“シャリー”が話に混じってくる。
確かに、“死亡フラグ”だ。
どうせ私は死ぬだろう。ならば、立てるられるだけ立てよう。
折った所で割れる眼鏡は無い。……言い逃げする優男も。
……と、どうでもいい雑談はともかく。
「解析が終わったみたいだね」
シャリーが復帰したという事は、そういう事だ。
『えぇ、お陰様で。トリニティからはそう遠くない場所よ。使用兵器を鑑みれば当然だけどね』
ベイビー・ビスケットの最大射程は数㎞程度。
キヴォトス内では近距離用と言える。
事実上の自爆兵器。
向こう側も大概“鉄砲玉”扱いである。
『ARマーカーを起動するわ』
「了解」
視界の先に黄色のマーカーが可視化。
推定距離は……30マイル。……マイル?
(連邦標準規格はメートル法……あぁ、M.S.Sはヤーポンだったか)
なら、シャリーもヤーポン法準拠の考え方になるか。
「……シャリー。今後はメートル法でお願い」
『了解よ』
速度を上げ、進路を変える。
SAでは休めそうに無いね。
更に数時間後ーー
『目標地に到着よ』
「了解」
ブレーキ起動。
停止。
駐機し、エンジンキーを抜く。
朽ち果て、自然と半ば一体化した
この何処かに、あの女はいる。
(
積載したMPUのうち一つを開放。
中身は地雷と監査ドローン等の索敵機器。
それら全てを取り出し、歩き出す。
約100m程離れた所に手にした地雷ーー“Mk.9 サクス”ーーを敷設。
ケッテン・クラートの元に戻り、ドローンを起動。
制御をシャリーとエイルに移管し、荷台のスペースに腰を降ろす。
寝袋も所持こそしているが、どうせ明日以降は鉄火場に殴り込む事になる。
下手に弛緩するのも避けたいが故、少なくとも今回は雑魚寝。
片手は脚のホルスター。背は荷台の縁。
多少の身体負荷は許容範囲。
『寝るのね』
「……徹夜は響くから」
だが、睡眠欲は限界値だ。
『…………そうね。センサー感度良好。寝てる間も警戒と索敵はするわ。だから女郎は休みなさい』
「反応があったら起こして」
シャリーに告げ、私は目を閉じる。
直後、意識は混濁し始めた。
そして、私の奥底にしまい込んだ憎悪が顕在化するーー
ーー以上、第10話でした。
作中で普通に覚醒剤(労苦錠)が出てきましたが、元ネタは昭和を生きた方は見た事(もしくは服用経験)がある“ヒロポン”。
戦後数年までは合法でしたね。
……まぁ、服用した事がある方は相当な高齢(1950年から違法となったので、確実に還暦超え)ですが。
さて、次回以降は暫く過去編。
凡その流れはPixiv版と変わりません。
ですので、早く投稿できると…………いいなぁ……。
と、言うのも僕の処女作を読んでる方は大体分かりそうですが、執筆モチベーションは精神的な負荷の大きさと大体比例するので、心をズタボロにし続けないと書けなかったりします。
それ故のクソみたいな連中が雨後の筍の如き頻出率なわけですが。
では今回はこの辺で。
拝読ありがとうございましたーー