追憶。
それは忘れたくないが故に起こるもの。
けれども、本当に忘れたいもの程憶えているものでもある。
「おはよう、ハユハ」
視界が鮮明になる。
いの一番に見えたのは、淡く色素の抜けた少女。
ーー黄泉 メグリ。
同僚だ。
覗き込むような体勢である以上、私は“寝落ち”していたらしい。
「どのくらい“落ちてた”?」
「600秒ぐらいかな?」
10分か。大分寝ていたようだ。
上体を起こし、立ち上がる。
意識がまだ混濁しており、身体の節々も痛い。
打ちっぱなしコンクリートの上で“気絶”していたのだ、当然の結果。
が、身体の痛みは若さ故の無理で押し通せる。問題は眠気の方。
くたびれた作業着の胸ポケットからケースを取り出し、中身のタブレットを10錠噛み砕く。
「……毎度思うけど、その錠剤は?」
その様子を見たメグリが不思議そうに聞いてきた。
状況的に“労苦錠”か“サプリメント”辺りではないか、と予想が立てられるだろうに。
とはいえ、素直に教える気もなんか癪ではある。
はぐらかそう。
「ドロップ。食べる?」
「
斜め下の反応だ。
メグリにとって、私はキチガイなのだろうか。
心外だ。至って(生い立ち比)正常だよ?
第一、錠剤全てが“ヤク”じゃないんだが。
「……いや、本当に
尚、
……“盛られてる”可能性は否定できないね。
「ほぼ(違法な)“ヤク”だよ。合法なだけで」
それはそう。あの友人は趣味が薬物実験だし。
一度氷室先輩にシバかれた方が良いだろう。
と、考える程度には意識もハッキリした。
作業に戻れるだろう。
「作業に戻る。……現状で修理品は増えそう?」
作業台に向き直り、整備用レストに据え付けていた“GWS-03/BR”に向き直る。
症状はコッキングレバーの破断。
またやったのか。
構造上仕方が無いとはいえ、どうとでもなる筈だがーー
「……確実に。実働部隊が大分やられたみたい」
ボルトを引き抜きつつ、メグリの報告を聴く。
負傷者はともかく、装備破損が多数か。
部品が足りると良いが……相手は?
「今回の鎮圧対象は?」
「温泉開発部」
盗掘者か。……あんな数だけの連中に被害を出したとは……実働部隊も大分弛んでいるのか?
(いや……まだ断定出来ないか)
下倉 メグや他勢力がいれば、一般戦力では役不足だ。
……それはそれで問題だな。
「……再教育センター送りか」
結論が付いた所で新しいボルトに交換。
グリス注入。
再組立。
「ブートキャンプじゃないと良いけどね……」
呆れたような言葉と共に渡される次のGWS-003/BR。
受け取り、ガンレストに装着。
今度の症状は薬室閉鎖機構の故障。……ローラーの磨耗か。
他が比較的痛んでいない所を見るに、通常の耐用限界。
注意をメグリとの会話に移そう。
「どっちの意味で?」
分解しつつ聞き返す。
私は飽くまでも裏方の人員。
実働部隊の装備と風紀委員施設保守管理が主要な役割である。
なのだがーー
「余計な仕事が増える意味」
「やっぱり」
ある意味予想していた答えが返ってくる。
ーー
当然ながら、本来は実働部隊の先任が任せられる役割であり、最近は空崎先輩がそれに当たる。
だが、数ヶ月前の夏期定例訓練の教官は私と空崎先輩の2人体制だった。
仮にも1年にやらせる役割じゃない。
確かに、私の風紀委員会在籍歴は4年。
が、ただでさえ装備科と設備科の主任を兼務しているのだ、無駄に仕事を増やさないで欲しい。
さっきは10分の気絶で済んだが、そのうち昏睡するかも知れない。
…………その場合は
『なるほど、例のルートだね』というフロナの幻聴が聴こえた辺り、相応に疲れている。
幻聴通りになれば大分楽できるけれども……精神崩壊がセットで付いてくるだろう。
まずは労苦錠を貰いに行こう。氷室先輩にシバかれるだろうけど。
……現実逃避はこの辺にして、だ。
「陽花は?」
何時も絡んでくる後輩はどうしたのか。
「スーちゃん?部品取りに行ってるよ?」
「……」
資材管理部門に行っているのか。
実働部隊の損害状況によっては経理と口論になりかねない。
(個人的に嫌いなんだけどな……あの子)
資材管理部門の責任者を思い浮かべ、苦い顔になる。
金銭が絡む以上、仕方が無い事とは分かっているけどね。
此方に全く落ち度が無いが故に、理不尽さは感じるもの。社会に於ける“組織”とはそういうものの集合体ではあるが。
気持ちを切り換えよう。仕事は仕事だ。
ボルト交換を終え、次の修理品へ。
今度の症状は…………銃床の破断。
格闘戦にもつれ込んだか。銃剣はどうした。
(いや、現代でも銃剣格闘が残っているのは百鬼夜行とトリニティだったか)
ゲヘナでは儀仗用の装飾でしか使われていなかった筈。
ともかく、破断した破片は未回収。
要交換。
部品棚から銃床一式を取り、交換。次。
症状ーー銃身破裂。強装弾でも使用したか?
そういうのは
と、脳内で発狂しつつ修理を続けていると、喧しい足音が迫る。
間違いない、陽花だ。
数瞬後に扉が開かれ、段ボール箱を抱えた少女が入室。
陽花 スール。
見ての通りのやや落ち着きの無い後輩。
「黄泉先輩!持って来まーーハユハ先輩が起きてるぅ!?」
「予想より720秒程遅かったね。在庫状況はどう?」
陽花の落ち着きの無さには、メグリも慣れているが故、冗談交じりに質問を投げ掛ける。
私に関わるとポンコツなだけで、出来る後輩だ。何故だかね。
……凡その理由は見当が付くが、“それ”はある意味でキヴォトスの“普通”ではある。
「もう空です。資材管理部門がカンカンでしたよ?」
当然だ。後で私から埋め合わせしておくとして……先ずはーー
「実働部隊に苦情と始末書を」
ーーやらかした奴らを絞らないと。
「既に陳情済みです!」
「なら良し」
(現状)最後の修理品の対処を終える。
次は他の準備だ。
スマートフォンを取り出し、通話を選択。
数コールの後、
『はいはい此方“君影デイサービス”』
目的の人物ーー救急医学部の友人ーーが出る。
「
『全員収容したよ。酷い有り様だね~。盗掘者相手で起こり得る惨状じゃなかったよ?』
フロナ的にも異常事態だったか。
いかな練度不足とはいえ、一般の盗掘者に遅れを取るような風紀委員はそういない…………筈。
「……乱入勢力でもいたかもね。不穏分子は幾つか心当たりがあるけれど……」
いや、ゲヘナで“幾つか”は無いか。不穏分子に“事欠かない”が正しい。
思考に陰りがある。まだ本調子では無いのか……。
『あ、そうなんだ。ま、詳しい事は“
おそらく、フロナも私に違和感を感じたのだろう。
だが、敢えて無視したらしく、茶化すように同僚の名前を挙げる。
そう、銀リンーー銀鏡さんーーだ。
「なら今すぐにパンちゃんを一匹寄越して」
私も応えるのが筋だろう。
寄越す劇物は売れ残りでいい。
『銀リン死んじゃうよ?』
「パンケーキごときで?」
余程の虚弱体質でもなければ、死ぬ事は無い。
仮に逝っても、
後身の育成が必要ならば、それは責任として引き受ける覚悟くらいはあるし。
通話を切り、メグリと陽花に向き直る。
「……銀リンが来る」
「蹴られるよ?」
まぁ、そうなるだろうね。
だが、黙って蹴られる義理は無い。
「なら利き足を折ってから医学部に投げ込む」
「フロナが喜ぶだけだから止めてね?」
「その“強化”とは限らない」
精神崩壊して介錯を強請る銀リンは見たくないなぁ……。
「つまり、『ゲヘナの騎士たる私自ら鉄槌を下さん』とか言う銀リンになーーへぶぅッ!?」
要らん事を口走った陽花が“くの字”で吹き飛んでいく。
振り返れば、作業場の入り口から褐色の脚が伸びていた。
蹴られたか。
「誰が“ゲヘナの騎士”だって……?」
振り絞った脚を下ろし、怒り心頭で作業場に入ってきた銀髪ツインテールの少女。
ーー銀リ……銀鏡 イオリである。
風紀委員会実働部隊の中でも上から数えた方が早い実力者……の筈だが、何故か単細胞。……単純に頭に血が昇りやすいだけか?
「私がそんな厨二病みたいな事を言うわけ無いだろ!?あと銀リン言うな!」
「痛いじゃないですか銀リン先輩!?顔じゃないだけ温情dーーはぶぅっ!?」
「だから銀リン言うな!!」
売り言葉に買い言葉。
二発目の蹴りを受けた陽花が床にめり込む。
せめて壁にしてくれないかな。床は慣らすの面倒なんだよ。
「……気は済みましたか、銀鏡さん」
「多少はね。ったく……陽花は輪廻の担当だろう。キチンと教育してくれないか?」
「教育しても……“アレ”だけど?」
メグリが陽花を引き抜く様を見つつ、返す。
あー……わりと深いクレーター出来てる……。セメント代くらいは出してくれるよね、銀リン?
出さない場合は資材部と経理部に殴り込みに行くついでに、銀リンの口座から差っ引いてくるよ?
「雑に扱い過ぎたんじゃない?何か蹴られて悦んでたように感じたし……」
…………弄り過ぎて壊れたか。
「後で医学部(精神科)に投げ込んで来る。……それで要件は?」
頭の逝った後輩は一先ず思考からかっ飛ばす。
対応はメグリがやってくれる。
「
意見、か。
私は
「意見?それこそ他の風紀委員の方が適任だと思うけど」
「そりゃそうだけどさ。今回の相手はどうもおかしくて」
おかしい?
頭が逝った連中ばかりのキヴォトスで?
喉元まで来る疑問。
「具体的には?」
疑問を飲み込み、問い返す。
「妙に慣れていると言うか……戦い方が輪廻に似ていたんだ」
……つまり、“殺す”気だったと。
そうなると、元少年兵上がりか正規軍人。
多大な損害を出した理由に納得が行く。
同時に、私に意見を求めてきた事も。
少し、真面目に話そう。
「盗掘者と装備の違いはあった?」
「あー……開発部は何時もの。さっき言った連中だけ“AR-947”や“SVRw”だったかな」
AR-947、SVRw……レッドウィンター自治区の旧標準装備か……。
確か、旧レッドウィンター自治区標準系統は山海経自治区系の非合法密造品がブラックマーケット等に普及している筈。
レッドウィンターの関与を裏付ける証拠足り得ず、憶測で批難して戦争を起こす訳にはいかない。
その場合、団結力皆無のゲヘナは確実に負ける。
ならばレッドウィンターの関与は最悪の事態と想定。
他に考えられる対象は…………おおよそ2つか。
考えを纏め、銀鏡さんを見据える。
「私が提示できる仮定は3通り。そして、おそらくこの何れも情報部は想定済み。……それでも聞く?」
「教えてくれ」
「一つ目。これは最悪、かつ最も安易な仮定。…………レッドウィンター対外諜報局……つまり、“SVRW”の末端構成員である可能性」
「“SVRW”?幾らなんでも考え過ぎじゃないか?」
銀鏡さんの意見はまぁ、当然。
だが、何処の自治体も対外諜報組織は持っている。
性善説だけじゃ、世界を生き抜けないんだ。
「飽くまで最悪の仮定。これが正解の場合はイワン達に征伐行為の口実を与える事になる」
かつて、とある主義主張を掲げた連中が侵略行為の口実として用いた手段……を、より自然な形にしたものだろう。
第3次キヴォトス大戦を起こすような愚鈍はいない事を願うばかりだが…………今現在の万魔殿議長ならばやりかねない。
頭痛の種を頭の片隅に追い返し、次へ行こう。
「二つ目。……山海経の半グレ集団、所謂“赤社会”。それも相当な末端組織。……手繰っていけば元締めは“玄龍門”と思われる。現在の頭目にその意思があるとは思えないけれど……山海経の連中は信用できない」
こちらも可能性は低い方だが、それは飽くまで“玄龍門”の息が濃くかかっている場合の話。
山海経系の連中はそもそもが“華僑思想”という考え方に基づき、他自治区を下等かつ野蛮な存在としている。
とはいえ、この場合は対処は1つ目の仮定よりは楽。
殺せばいい。……それだけだ。
「三つ目はトリニティの半グレ。個人的には一番現実的な線」
「道を違えたお嬢様達が一番現実的な線って……どういう事だよ」
「兵装貸与条約とゲヘナへの憎悪」
「あぁ……なるほど」
ーー
まだトリニティ連合学園を構成する1校としてのM.S.Sが残っていた頃ーーより正確には第2次キヴォトス大戦の最中に当時のトリニティ、レッドウィンター、山海経間で締結された条約。
この条約により、レッドウィンター製の兵器がキヴォトス中にバラ撒かれる事となったのだ。
それ故に、トリニティ内の過激派は自治区製の信頼性に欠ける物よりは、酷使を前提とするレッドウィンター製を選ぶだろう。擬装目的も含めて。
擬装が上手く行き、ゲヘナとレッドウィンターが潰し合いの末に共倒れになってくれる事も望んでいるのは明白。
お嬢様方は自分の手を汚したくないのだから。
「……どの仮定もレッドウィンターと険悪にならないか?」
「少なくともトリニティはそれを望んでいるだろうね」
キヴォトス情勢的にも、治安向上には繋がるだろうし。
ある意味でゲヘナ学園の廃校は(長期的視点で見た場合は)キヴォトスが望む事かも知れない。
が、短期的には手綱を失った
万魔殿とヴァルキューレが過労死するのは確定……いや、確実に万魔殿は全ての責任を
政治屋とはそういうものだ。
「なるほどね。確かに情報部と話した方が良さそう。……そうなると、武器の拡充は必要そうだな……。輪廻、何かある?」
「GWS-040/MPかGWS-08/P。好きな方を選んで」
どちらも使用弾薬の調達は楽だし、保険的運用なら充分。
「いや、それ大分重いか信頼性最悪だから……。せめてGWS-07/MPに……」
「給食部の備品と同じ物が風紀委員会の運用に耐えられるか、なんて言っていたのは銀鏡さんでは?」
それ故、GWS-935/CRと同世代の物を選択したのに。
所詮は銀鏡さんもスペシャリスト(笑)か。
意地を張ったのか、『スペシャリストは道具を選ばない』等と戯言を抜かした時は失笑物。
現行の風紀委員会に必要なのは
全てに於いて、平均的な“代替可能な”存在が社会では重宝されるのだ。
だが、銀鏡さんの言う“スペシャリスト”は自身の適正の狭さ故に、道具を“選べない”だけ。
その事実を今更ながら痛感し、是正出来ただけ大多数の愚者よりはマシではあるが。
「その点は悪かったって!」
大した誠意の無い謝罪が吐き出される中、
「ふぅ……スーちゃん暫く入院だよ……」
呆れを隠さない溜息を吐きつつ、メグリが戻ってきた。
「あ!丁度良い所に来た!ハユハを説得してよメグリ!」
「無理。多分10割イオリが悪いから」
銀鏡さんの要望は術無く却下され、
「薄情者ぉ!」
慟哭が作業場に木霊する。
「銀リン弄りはこの辺で良いとして……結局何が入用?」
「……誰のせいで話が拗れたと思っているんだ……。いや、明確な注文を出さなかった私も悪いか」
漸く気付いたか。
「対戦車用の装備は無い?出来ればランチャー系以外で」
対戦車用の装備か……。
「……銀鏡さん、GWS-935/CRのライフルグレネードユニットは持っていないかった?」
メグリの指摘通り、GWS-898(GWS-935)には専用のライフルグレネードユニットがある。
射程距離は歩兵携行型擲弾故に、一般的な対戦車用ロケットランチャーの半分以下まで落ちるが……あのユニット用の
仮に戦車もゲヘナで出回るであろう類なら最高グレードの“GWS-60/ATG”で無問題。
「あぁ、確かに持ってるよ。でも、アレは300m位までしか狙えないし、今回の事を考えると貫徹力が足りないんだ」
つまり、今回の相手は重戦車だったか。
しかも、虎や豹以上。
つまりーー
「VIII号戦車あたりに出くわした?」
本当の化物と相対したか。
「あんな物保有してる規則違反者が何処にいるんだよ!?弾薬的にはV号でも厳しいから!」
いや、いると思うが。よっぽどの金持ちだろうけどさ。……VIII号は世界に数台しか無いし。
「ならLKP-1500?」
「そっちは机上の空論じゃん!ふざけてるよね?」
そういう反応をするから弄られる。
地頭は良いのに。
「違うか……。ソレら相手ならGWS-003/AT-ATGLを薦めたのに。……百鬼夜行製だけど」
「何故そっち!?純正は?」
「在庫切れ。手早く入手するなら陰陽部の備品をくすねる方が早い」
そもそも、風紀委員会では近々“GWS-90/DATR”に更新の筈。
在庫処分も先の定例訓練で完了した。
配備請求も通らないだろうね。
「第一、“GWS-003”は肩撃ち式の無反動砲だろ。ライフルの方が慣れているんだけど…」
「意地でも対物ライフル?……形式自体も“クラックショット”と大差は無い物はあるけれど……銀鏡さんに使えるとは思えない」
2つほど候補はある。
うち1つは自作の試作品だが。
「ハユハ……“GWS-918/AMR”を使わせる気?イオリの肩が吹き飛ぶよ?」
で、メグリが想像したのは既製品の方。まぁ、順当な意見だ。
「そこまでやわじゃない!」
「なら撃ってみる?」
銀リンは口で言っても聞かない。
身体に教え込んだ方が良い。そっちは正直だし。
「上等じゃないか。スペシャリストはどんな銃器でも使いこなせるんだ」
まだ言うか。
本当に身体に聞かないと駄目なの?
「ホントにやるの?フロナが喜ぶだけだよ?」
「メグリまで私を疑ってるのか?」
「いや、本当に無理だから。フロナにナニカされるよ?」
……数分後にメグリの懸念通り、射撃場で惨劇は起きる。
そう、銀リンの肩が粉砕されたのだ。
勿論、医学部送りである。
……やっぱり銀リンもブートキャンプ送りが良いんじゃないかな。
ーー数日後ーー
私は規則違反者を一時拘留する懲罰房棟に呼び出されていた。
基本的には縁の無い場所だが……何故だろうか。
「何故私が?」
率直な意見を目の前の少女に聞く。
「規則違反者が口を割らないからよ」
件の少女、もとい空崎 ヒナ先輩は吐き捨てるように言った。
「別に空崎先輩でも引き出せると思いますが?」
冗談交じりにゲヘナ最強とすら言われる空崎先輩が相手ならば、尋問は問題無いと思われるが。
「出来なかったから貴女を呼んだの。……後は分かるわね?」
「なるほど、“そういう事”ですか」
つまり、キヴォトス育ちにしては心の強い奴だった、と。
「……でしたら、救急医学部に連絡はーー」
「既に取り付けてある。セナが貴女の友人を派遣した」
調整役はフロナか。
全力でヤっていいらしい。
「了解。達磨ぐらいまでは許可されますか?」
「私達は治安維持組織であって、“拷問官”じゃないのよ?」
それはそうだが……キヴォトス住民の生命力と医療技術を鑑みれば、再接合と定着は問題無く出来る筈だ。
氷室先輩も“その為に”フロナを寄越したのだろう。
…………死体が欲しいだけかもしれないが。
「善処はします」
言外に無理、とは思いつつも入室。
フロナと合流する。
「おハロー、ハユハ。やり過ぎと判断したら止めるからね?」
「殺害はしない。身体に聞くだけ」
「言い回しがアウトだよ!」
無視して、拷問器具を確認。
全備品、問題無し。
「今回はそのセットで行くんだね?」
「無理なら全体主義者式脅迫法を使うだけ」
出来る事なら、肉体的苦痛だけで吐いて欲しいものだ。
誰に言うでもない独白。
空気を察し、フロナも言及はしない。
ただ、2人で尋問相手が収まる房に入る。
「腕の良い拷問官が来るとか言ってたが、大した事無さそうじゃねぇか。風紀委員はアイドル育成組織なのか?」
尋問対象の第1声は罵倒だった。
(空崎先輩と相対して尚、これか)
確かに、少しは骨があるのだろう。
「うわぁ……また随分とコッテコテの馬鹿だ……」
呆れるようなフロナの批評を聞きつつ、尋問対象に向き直る。
「……所属は?」
「あ?小娘に言う必ーーぐあ"っ!?」
右手全指の爪を剥ぎ、床へと投げ捨てる。
尋問対象の価値など、脳味噌以外には無いからだ。
「答えろ」
「質問する態ーーあ"ぁあ"!?」
続けて右手指第一間接を折る。
「もう一度言う。所属は?」
「暴力的な小娘ーーぐあ"っ!?」
第二間接。
「質問に答えろ」
「おいおい気が短ーーあ"っ!?」
第三間接で折り、続けて手首を砕き、皮一枚残る程度まで引き千切る。
「次は脚」
「
どうやら半身不随がお望みらしい。
ポケットからM16x200の六角コーチスクリュー取り出し、
「あ"あ"あ"ッ!!!?」
尋問対象の両膝に全長の1/4程突き立てる。
続けて、インパクトレンチを取りーー突き立てたコーチスクリューを最大トルクで打ち込む。
「ああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ーーッ!!!?」
絶叫と共に破砕音が響き、貫通した尖端が膝裏から顔を出す。
残るコーチスクリューも六角頭が膝を叩くまで打ち込む。
「所属は?」
「い……言う……か、よ……」
バールの釘抜き部を打ち込んだコーチスクリューの“頭”にセット。
抉りつつ、一気に引き抜く。
当然だが、バールは本来“釘”を抜く為にあるものであり、この方法では
しかし、定石通りに逆回転で抜いては、ただ既に抉った経路をなぞるだけ。
与える苦痛の程度が知れる。
だからこそ、釘と同じ要領で抜く。
ネジ山が組織を抉り取り、より多大な苦痛を与える事が出来る。
全てのコーチスクリューを抉り抜いた尋問対象の膝は赤く染まり、内部の筋組織が顔を覗かせている。
普通ならショック死か失血死してもおかしくは無いが、この程度でキヴォトスの住人は“死ねない”。
「もう一度聞く。貴女の所属は?」
「お前が……散々……ボコす、から……忘れちまったなぁ…?」
案の定、答えは拒否。
インパクトレンチをワイヤーソーに変更。
赤く染まった両膝に巻き付け、一気に引き絞る。
肉片と骨片が舞い、膝から下が脱落。
鮮血の噴水が生まれるも、すぐに枯渇。
尋問対象の苦痛に歪んだ絶叫は無い。
「気絶したか」
溜息1つ。
垂れた尋問対象の頭を蹴り飛ばす。
椅子ごと横に吹き飛び、壁にぶつかり呻き声が漏れる。
「肉体的苦痛じゃ駄目か……」
「ってぇ……風紀…委員……じゃ睡眠…は…厳罰なのかよ……」
案の定、まだ反抗的だ。
「貴女が私達の望む情報を吐けば、幾らでも眠っていられる」
「独房の……中…で、だろ?脚……を切っといて……よく言うぜ……暴力女が……」
「私を罵倒するのは構わない。……でも、状況は悪化するだけ」
言い切り、首筋へと血濡れのコーチスクリューを突き付ける。
「死がお望み?」
「その…程度で……私…達は…死な…ねぇ……だろ?寝言言って…んじゃ……ねぇよ……っ!」
「そう。……まぁ、死んでもらった方が私としては楽だけど」
コイツの脳味噌さえ残っていれば、情報を抜き出せる。
……他自治区由来の技術だが、少なくともゲヘナやトリニティよりは信頼できる出所だし。
「でも……貴女の“死”は貴女の所属に不利益をもたらす」
「……人の…生き死にで……何が変わるんだ……。テメェ…が……ヴァル…キューレ…にパク…られるだけ……だろ?」
「分からない?『私は保身故に学園の品位を貶めました』……貴女の死体にこう彫って所属団体に郵送するとどうなるか」
嘲るように言うと、尋問対象の態度が僅かに変わる。
そう、挑発から恐怖へ。
「連河チェリノ。……現時点で貴女のボスは此方のチビだろうけど、きっと貴女に関連する全てが粛清される。……全体主義とはそういうものだからね」
事務局も自己保身に関しては非常に貪欲だ。
一般生徒の数人を“消す”事に躊躇いなど無い。
共産主義という名の独裁者にとって、人民なぞ代替の効く塵芥に過ぎないのだから。
「だから、選択しようか」
もう、この
「素直に情報を吐いてゲヘナに亡命するか、死して全てを裏切るか」
……さて、この屑の選択はどちらになるのか……。
30分後ーー
尋問を終えた私とフロナは作業場に戻る。
「おかえり……2人とも」
出迎えたのはメグリと陽花。
何時もグループである。
作業場の片隅に拵えた休憩スペースに移動し、
「じゃ、先輩達も戻ってきた事ですし、お菓子をどうぞ。……トリニティ産ですけど」
陽花が可愛らしい装飾の袋に入れられたクッキーの山を広げた。
「よく無事だったね?」
その焼菓子を見たフロナが呟く疑問は、ゲヘナ学園生徒としては至極当然。
周知の事実として、トリニティ総合学院の生徒はゲヘナ学園生を蛇蝎の如く嫌悪する傾向が強い。
当然、ゲヘナ学園生である陽花がトリニティの地を踏めばどうなるかは想像に難くないだろう。
……まぁ、通販という選択肢を除いた場合だが。
「失敬な。尻尾を隠せばお嬢様なんて簡単に騙せるんですよ!」
どうやら直に買いに行ったらしい。
陽花は尻尾持ちの悪魔族だから、丈の長いワンピースでも着込んでいったか。
加えて、多少めかし込めばトリニティ学院生にも紛れ込める程度には外見が良く、余所行きの仕草も出来る。
素性を知る私達からすれば、清楚かつ上品な仕草をする陽花は不気味でしか無いが。
「…………今回は“シュラプネイル・クッキー”か」
陽花の手から包装されたクッキーを取り、口に運ぶ。
対人地雷の名を冠する焼菓子を販売する店は1つしか知らない。
ーー“CanonBese Flagging”。
陽花がクッキーを買いに行ったであろう店の名前。
彼処の商品は品質が良い。
惜しむらくはーー名前が悪い事か。
「なんで商品名が物騒なの……?」
「店主のセンス」
引き攣った表情を浮かべるメグリを横目に、改めて思うのだ。
もうちょっとマトモな商品名を付ければ良いのに、と。
「でも名前のわりに美味しい……」
「……店主がゆるふわ過ぎて不安でしたよ?」
陽花の意見も尤もだが、そこは大丈夫だろう。
「前に
「あぁ、あったねそんな事。消炭の死体が口々に『悪魔憑き森ガール』とか何とか言っていたような……」
……相変わらずゲヘナの不良は馬鹿な連中だ。
並大抵の実力ではあの店主に勝てない。……正確には、あの店主の無差別攻撃から逃げられない、と言った方が正しいが。
「……さて」
クッキーを食べ終えたメグリが区切りを打つように呟く。
ここからは真面目な話だ。
「ハユハ。今後どうなりそう?」
「面倒事になる」
回答は簡潔に。現状を考えればその方が良いだろう。
「具体的には?」
「数日前に銀鏡さんが所属不明の人員がいたって話をした事は覚えてる?」
「勿論。ハユハが呼ばれた理由はソレでしょ?」
「正解。ついさっき半殺しにしたのがその一人。達磨寸前まで解体した所で薄々は察したけれど、所属はレッドウィンター系の集団」
私に対する罵倒の1つがレッドウィンター系でのみ使われる言語であったのだ。
「
「組織名は“Окровавленная акула”……鎮圧は可能」
「“血染めの鮫”?また随分と海を汚染しそうな名前だね…」
「アレと違って主に自家製造のサンシャインとクワスを売り捌く小物」
アルコールで小遣い稼ぎしているだけ。
本物のテロリストと比べたら可愛いものである。
「何処が小物?キヴォトスでも未成年飲酒は重罪だよ」
噂じゃ、レッドウィンターでは定期的にサンシャインが見つかるらしいけど?
「お堅いよメグ?それぐらいスラムじゃ普通。慣れたら?」
横槍を入れたのは、この場で唯一部外者であるフロナ。とはいえ、私と同様にフロナもスラム育ちだが。
スラム……というより“裏社会”では飲酒喫煙、
そもそもが“生きる事”以外規範の存在しない社会なのだから当然であり、一般人であるメグリには分からない。
知り得ない方が“幸せ”である。
「……ねぇフロナ?氷室先輩と空崎先輩のどっちに個別指導を受けたい?」
「どっちも嫌!」
だからこそ、フロナの矯正を試みる。無駄な行為であるとも分からずに。
「……話を戻そうか」
が、それは後にすべき。収拾が付かなくなるから。
「無視しなーーはぶっ!?」
騒ぐフロナの口にクッキーをブチ込み、黙らせる。
「先輩……そんな何処ぞの紅茶狂いがやりそうな事をしないで下さい。普通にお菓子に対する冒涜です」
「それは失敬」
まぁ、食物を粗末にするのは倫理観的に駄目だと分かってはいる。
「……件の鮫達は規模こそレッドウィンター比で小規模だけど、事務局の息は掛かっている」
「そんな奴に脅し掛けてたの?」
苦心して捩じ込まれたクッキーを咀嚼し終え、フロナが口を開く。
「外の世界の独裁者曰く、あの方法が全体主義者には効くらしい。……まぁ、特に効くのは山海経と光復連だけど」
要するに受け売りだ。
だが、受け売りであろうとも生かせるのならば良いだろう。
「あぁ……どっちも全体主……ちょっと待って、光復連は違うんじゃ……?」
納得しかけたメグリには、1つ引っ掛かる点があったらしい。……知らなければ誰もが思う点だ。
「彼処は二元派と主体派の二大派閥制。で、主体派の方は独裁者を頂点とした全体主義。……詳しくは情報部に問い合わせて」
とはいえ、光復連の政治体系と思想は説明するに面倒だし、今は公地公民の授業中じゃない。
「…………要するに、レッドウィンターと事を構える可能性が高い、って事ね」
メグリもその事を理解したらしく、話を戻す。
「そう、政治問題。……と、言っても精々天雨先輩他の胃が破壊されるだけだろうけど」
仮にも日頃空崎先輩の補佐に付いている存在だ、そう簡単には潰れないだろう。
「対外的にはレッドウィンターも内紛処理で手一杯。此方から侵攻しなければ大丈夫」
尤も、無能な働き者ばかりのゲヘナ生が我慢できるかは別なのだが。
往々にして、世界というものは最悪を標準とするのだからーー
以上、第11話。
過去編はPixiv版との差異はほぼありません。
故に、今回の話以降は原作キャラが出ません。ご了承下さい。
……さて、本文中での紛らわしい表現の補足解説をしましょうか。
“SVRw”と“SVRW”ですね。
まずはSVRwの元ネタはSVD。これはドラグノフ狙撃銃の意味なので、レッドウィンター狙撃銃へと変換した結果ですね。末尾が小文字なのは後述する組織と差別化する為以外の理由はありません。
次にSVRW。こっちの元ネタはSVR。これは“Service of the External Reconnaissance of Russian Federation”の略であり、要するにロシアの諜報機関です。
今作で言えばレッドウィンターの諜報機関である為、末尾のRussianがRed Winterになったわけです。
別に前身組織であるKGBベースでも問題は無いのですがね。
では、今回もこの辺で後書きは終わりです。
拝読ありがとうございましたーー