※この作品はR-18です。

機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 After Stories   作:スペースデブリ

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流石に出てくるとは思いませんでしたね。死者に魂を引っ張られる──


1人の少年

 

 

 

 はぁ……

 

 ため息が、勝手に漏れた。

 普段は寝るだけだったこの部屋に、昨夜の余韻がまだ残っている。空気が甘い。正直、落ち着かない。これから眠るたびに、きっと思い出す。

 

 まったく……いきなりどうしたんだ……。

 

 俺は隣で眠っているアマテの髪を、そっと撫でた。

 

「ぅん……んふふ……フブキ……」

 

 こいつ……幸せそうに笑いやがって……。

 

 ──「愛してる」……か。

 

 アマテが意識を落とす直前、俺を見て呟いた言葉。

 あれは冗談でも、突発的に出た言葉ではないのだろう。

 

 愛……か。

 

「愛」なんて言葉は、俺には縁がないと思っている……。

 

 誰かを愛したこともない。

 愛されたこともない。

 他人に興味を持たず、そして奪ってきた。

 

 そんな俺を──「愛してる」だなんて。

 ……困る。嬉しいとは素直に思えない……俺は器用じゃないから……。

 

 ──俺は……アマテの気持ちに、応えられるのだろうか──

 

「ん……う……ん……? ふぶき……?」

 

 アマテが目を擦って、ゆっくりとこちらを見る。まだ寝ぼけた声だ。

 

「すまん……起こしたか」

 

「ううん……だいじょうぶ……。……んっ……」

 

 アマテは体を起こすと、とろんとした目のまま俺にしがみついてきた。

 何も身につけていない分、肌が触れる。柔らかな感触と一緒に、体温がそのまま流れ込んでくる。

 

「無理して起きなくてもいいんだぞ?」

 

「……そうだね……誰かさんのせいで腰が痛いよ? でも、それ以上に心地いいから……」

 

「そうか……」

 

 腕の中の体は小さくて、でも──軽すぎない。

 初めて会った頃とは違う。しっかりと成長している。

 身体にかかる“重さ”が、妙に現実味を持って胸に落ちてくる。

 

「まったく……普段は朴念仁なのに……私の気持ちいいところばっか責めてきて……えっちだなぁ……フブさんは」

 

 上目遣いで、妙に色気のある目で睨みながらアマテは枝垂れかかってくる。

 

「どこかの誰かさんが、いきなり襲ってきたせいだろ……」

 

「……ふふ。まあでも? 私が正真正銘フブさんの初めてだし? 試合には負けたけど勝負には勝ったもんね」

 

「そ……うか」

 

 アマテは楽しそうに言うが、正直気まずかった。

 “初めて”。その言葉を軽く扱うのが怖い。からかいで流すのも違う。だから余計、言葉が詰まる。

 

「ねえ? どうだったフブさん。私、初めてだったんだよ?」

 

 ……気まずい

 ──そう思って言葉を探している間に、視界が反転した。

 背中がマットレスに沈み、俺は乱暴に押し倒されている。

 

「……うぉっ!」

 

 息が漏れた。

 アマテが上から俺を見下ろしている。さっきまでの妖艶さは消えていた。

 冷たい、と言っていい。光のない瞳。まるで心臓を握られているような感覚に陥る。

 

「……ねぇ。私の勘違いかな?」

 

 アマテの声は静かだった。妙に落ち着いていて、逆に怖い。

 

「なんかさ、フブさんと……繋がったおかげなのかな。わたし、フブさんのこと分かるようになっちゃったんだよ」

 

 喉が鳴る。

 ふざけた冗談の類には聞こえない。背筋がぞわりと粟立つ。

 

「──ねえ、初めてなんだよね──?」

 

 身体が強張った。金縛りみたいに動かない。

 アマテの声には感情がない。俺を“襲う”前の、あの無機質な声に似ている。

 

 いや──それよりも。

 

 “俺のことが分かる”だと……? 

 

「ねえ? 何で黙ってるの? フブキ。答えてよ?」

 

 アマテが俺の首元に手を置く。強くはない。けれど逃げ道を塞ぐには十分だった。

 

「私は初めてだった。……フブキは?」

 

 逃げたくなった。でも、ここで黙れば、もっと傷つける。アマテを傷つけるのはもっと嫌だ……

 

「……こ、こういうことをするのは……初めてでは……ない……」

 

 声が震えた。

 喉の奥から、無理やり引きずり出す。

 

 その瞬間、アマテの指が首筋から胸へ、ゆっくりとなぞる。

 線を引くみたいに。確かめるみたいに。

 指先が止まったのは、胸の右──心臓のあたりだった。

 

「──へぇ。初めてじゃなかったんだ、フブキ」

 

 笑っていないのに、口元だけが少し歪む。

 

「で? ……ドコノオンナ?」

 

 俺の胸の上で、アマテの指が、心臓の鼓動を数えるみたいに小さく動く。

 それが1番怖い。

 

「昔……その、一年戦争の時に……」

 

「ふ〜ん……」

 

 

 アマテの指先が胸の上で止まったまま動かないし、冷たい瞳のままだが……話さなければな。

 

「……あれを“経験”なんて言えないだろうな……。勿論誇れるものでもない。俺が参ってたからとか、抗えなかったとか……結局そんなの、ただの言い訳だ」

 

 息を吸う。肺が痛い。それでも、逃げないと決めた。

 

「……一番許せないのは、俺自身だ。それに……“あの人”にも、申し訳がない」

 

 アマテの瞳の冷たさが、ほんの少しだけ強くなる。

 

「……"あの人"、って誰」

 

「……言えない」

 

 

 そう、言えるわけがない。あの人が今どこで何をしているのかはわからないが……俺があの人の足を引っ張るわけにはいかない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀 0079 地球

 

「くそっ! 弾幕薄い! 何やってんの!」

 

「敵部隊、急速に接近!」

 

「……っ! 次から次へと! ハヤトとカイはどうしてる!」

 

《ぐっ! こっちも何とかやってはいますが、敵が多すぎて……っ! うわぁっ!!》

 

 モニターには、キャタピラを撃ち抜かれて横転しかけるガンタンクが映る。砂煙が舞い、砲塔が地面を削った。次の瞬間、射線を塞ぐようにガンキャノンが滑り込む。

 

《くそったれが! やらせるかよ!》

 

 カイはコックピットの中で悪態をつく。だがそれも無理はない。視界の端で、弾薬残量の表示が嫌味みたいに点滅している。撃てば撃つほど、終わりが近づく。

 

《ハヤト! 動くな、そっちに行く!》

 

《きちゃダメです!! こっちは足が死んでるし、回頭だって──っ!》

 

 敵のマシンガンが砂を跳ね、ガンタンクの装甲を叩く。ハヤトの声が潰れた。ガンキャノンの肩砲が火を噴き、敵機の列が一瞬だけ崩れる。

 

《今だ、退け! 無理やり動かしてでも退けっ!》

 

《無理ですよ! ここで退がったら、ホワイトベースが──!》

 

 ブリッジのスピーカーからはカイやハヤトの悲痛な声が重なる。

 

 しかし──

 

 

 ガンキャノンやガンタンクを攻撃していたザクは、突如として放たれたビームによって沈黙する。

 

《はぁ……はぁ……ようやくお出ましかよ……随分遅かったじゃないの……》

 

 モニターには黒い機体がこちらに向けてビームライフルを構えている姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方、この黒いモビルスーツのパイロットだそうね?」

 

 モビルスーツデッキに、硬い靴音が響いた。

 振り向くまでもなく、立ち姿だけで「芯の強い人間」だと分かる気配。

 

 美しく艶のある金髪を持った女兵士。セイラ・マス。

 その瞳は、連邦のパイロットスーツを着たままコックピットに座り、シミュレーションを起動しているフブキへまっすぐ注がれていた。

 

「……」

 

 フブキは答えない。まるでセイラが視界に入っていないかのように、操縦桿を握り続ける。

 モニターにはシミュレーターが起動しているのか、機体データや先程の戦闘記録が表示されていた。

 

「……っ! ちょっと! 聞いているの!! ──っ!」

 

 堪えきれず声を荒げたセイラに、フブキはようやく視線だけを寄越した。

 感情が見えず、ただただ冷たい瞳。フブキはセイラをジロリと睨むと、再びモニターに目線を戻した。

 

「……うるさいですね。新造艦に配属されるのはエリートだと思っていたんですが。貴女みたいな口うるさい人まで配属されるんですね?」

 

 皮肉。先の戦闘ではなんの役にも立たなかった自分に対して。フブキのあんまりな物言いに、セイラは怒りが募っていく。

 

「っ! 貴方っ!」

 

「俺は見ての通り訓練中です。先程のように、有事の際にはこの船を守るために動かねばなりません。貴女に構っている暇はない」

 

 そして、視線すら戻さずにタッチパネルを操作すると、ガシャンと音を立てて、ゼロヒトガンダムのコックピットハッチが閉じ、音が遮断される。

 外側からは何も見えず、聞こえるのは戦闘で破損したガンキャノンやガンタンクを修理する作業音だけ。

 

 デッキに取り残されたセイラは、唇を噛み、拳を握った。

 怒りを抑え込むように一度だけ深く息を吐き、踵を返す。

 

「黒い……ガンダム……っ!」

 

 小さく吐き捨てるように呟くと、セイラは苛立ちを隠せないままモビルスーツデッキを去るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブライト艦長! どうして私たちが"あの鬼神"の面倒を見なくてはいけないんです!」

 

 セイラの声が艦橋に響いた。普段は物腰柔らかくお淑やかなセイラが、艦長であるブライトに感情をむき出しにしている姿。

「珍しいこともあるもんだと」周囲のクルーは視線を泳がせ、誰も手を止めないまま空気だけが張り詰めた。

 

 艦長席に座っているブライトは、返す言葉を探すように一度だけ目を伏せ、頭を掻くしかなかった。

 

「……セイラさんの気持ちはわかります。しかし、上層部からの命令です……私ではどうにもならんのです。本艦は連邦唯一の大気圏内航行能力を持つ船ですから……地球でのデータ収集には適任だそうで──」

 

「それでもです! この船にいる限りは私たち──いえ、ブライト艦長! 貴方の指揮下にあるのですから、あの様な態度を取られては士気に関わります!」

 

 ほんの数日前に突如として連邦軍上層部から渡された機体とそのパイロット。連邦軍初のモビルスーツであるRX-78-01──ゼロヒトガンダム。

 

 自分たちの乗っている船、ペガサス級2番艦「ホワイトベース」に配備されていた「ガンキャノン」や「ガンタンク」の始祖に当たる機体。

 

 機体だけならば問題はなかったろう。問題はそのパイロットなのだ。

 

 基本的には戦闘に参加するものの、チームワークなど無いに等しい。一人でなんとかするし、実際できてしまっている。しかしそれ故に、カイやハヤトなどの元民間人はそれについていけずに被害が出てしまっている。

 

 セイラが声を上げるのも無理のないことだった。

 

 そんな一触即発の合間に、艦内スピーカーが甲高く鳴り、警報灯が赤く発光する。怒号も議論も、一瞬で“戦闘”に塗り替えられた。

 

「っ! 艦長! 敵モビルスーツ接近中! 数は5機!」

 

 オペレーターが汗を滲ませながら叫ぶ。モニター上に赤い点が増え、距離表示が一気に縮む。

 

「っ! 全官! 第一種戦闘配置!」

 

 ブライトが艦長席から立ち上がる。その声は艦橋中に響き、迷いがない。

 

「モビルスーツ隊! 発進準備! 各区画、隔壁閉鎖! 対空火器、スタンバイ!」

 

 次々に復唱が重なる。艦橋の空気が固まり、全員の手が一斉に動き出す。

 

 セイラは言葉を飲み込み、計器の並ぶ前へ身を乗り出した。

 さっきまでの怒りは、目の奥に押し込められる。代わりに冷たく研ぎ澄まされた感覚が浮かぶ。

 

(……今は、戦いに集中しなければ)

 

「通信! モビルスーツデッキへ──アルジェントに繋げ、“訓練は終わりだ”と伝えろ。出撃要請だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気に入らない。胸の奥がずっとざらついている。

 

 ある日突然、この船にモビルスーツが配備された。民間人も大勢いる艦だというのにだ。

 全身は黒い装甲で塗り潰され、頭部には──よりにもよって、私が乗る軽キャノンと同系統の頭部が載っている。異物感があるのに、妙に馴染んで見えるのが余計に腹立たしかった。

 

 そしてパイロットは、私と同い年の17歳。

 年齢だけ聞けば、少しは可愛げがあるのかと思った。だが違った……常に無表情で、口を開けば嫌味を含んだ言葉が飛んでくる。上層部の人間であるが故に近づくだけで周囲が萎縮するし、声をかければ空気が冷える。

 

 マチルダさんとはえらい違いだ。

 

 連邦、ジオンで囁かれている噂──「鬼神」。

 私は、そんな話を鼻で笑う側の人間だと思っていた。だが、目の前で見せられると否定できない。

 

 敵を一切の容赦なく葬る。

 そのためなら、状況によっては味方すら切り捨てるのではないかと疑ってしまう。

 そんな危険人物が、民間人を乗せた艦にいる。それ自体が気に入らなかった。

 

 ……それでも。

 

 彼の腕に助けられたのも、また事実だった。

 

 助けられた瞬間、私は──悔しいほどはっきりと分かったのだ。

 あの少年がいるから、この艦は今日も沈まずに済んでいる。

 

 そして、それがいちばん腹立たしい。

 

 

 

 私だってコアファイターで、新たに配備された軽キャノンを使ってこの艦を守ってきた。

 カイもハヤトも元は民間人だ。それでも歯を食いしばって、戦って、艦にいる民間人を守りながら何とかここまで来た。

 

 ──けれど、ほとんどが黒いガンダムに片付けられる。

 

 私は、自分の存在意義が分からなくなっていった。

 

 そして──やってはならないことをしてしまった。

 

 

 

「セイラ・マス。ガンダム、出撃します!」

 

 自分の機体ではない“黒いガンダム”での出撃。

 艦を守るため? 自分の力を示すため? 

 ……違う。子供みたいな意地だ。悔しさの発散だ。

 私はそうやって、理由を飾った。

 

 そして、すぐに思い知る。

 

「きぁああああっっっ!!」

 

 機体が言うことを聞かない。

 軽キャノンと勝手が違う、などという次元じゃなかった。

 重心の取り方も、機体の反応速度も、モニターに映る視界の感覚も、すべてが別物。

 

 私は……ろくにガンダムを動かせないまま、地面に倒れて敵の前に体を晒していた。

 目の前には、ジオンのモビルスーツ。

 こちらへ照準を合わせ、攻撃のタイミングを測っているのが分かる。

 

 黒いガンダム。試験データ収集用の機体。

 その“全ての動き”が、私の軽キャノンとは違いすぎて、まともに戦えなかった。

 

 ──彼が……これを満足に動かすために、どれだけ……どれだけ戦ってきたか──

 

 今なら分かる。

 私が見ていたのは「才能」ではなく、

「才能に見えるほど努力の結果」だった。

 

 私は、ここで殺されても文句は言えない立場だった。

 自分で選んで、自分で出て、自分で無様を晒している。

 それなのに──

 

 

 

 目の前で私を撃ち抜こうとしていたザクが、突然──胸の中心を紫色の光に貫かれた。

 次の瞬間、火花と破片が散り、機体は爆散する。

 

「……えっ……?」

 

 息が止まった。

 

 レーダーには、まだ敵の反応しか映っていない。

 味方は後方。ホワイトベースは下がっている。

(……じゃあ、誰が?)

 

 答えを探す間もなく、第二射、第三射。

 ビームが正確に敵機の中心を穿ち、爆炎が連鎖する。

 まるで──“狙って撃っている”というより、最初から結果が決まっているかのように見えてしまう。

 

 私はなんとか機体を起こす。

 震える腕を押さえながらモニターをズームした。

 

 画面の先、崖上、そこに立っていたのは──私が使っていた白い軽キャノン。

 ビームライフルを構え、淡々と照準を切り替えている。

 

 射程外からの一方的な鏖殺。

 地の利を利用し、こちらの混乱を“時間稼ぎ”として使い、敵だけを確実に消していく。

 

 そんな常識外れの戦い方ができるのは──

 

 ……彼しかいない

 

 あの黒いガンダムのパイロット。

 私が憎んで、怖がって、遠ざけて。

 それでも、この艦を沈めないために必要だと、認めざるを得なかった少年。

 

 光がまた一本走る。

 最後の敵影が消え、砂煙だけが残った。

 

 そして──

 その軽キャノンが、ゆっくりとこちらへ視線を向けた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、彼に助けられた。

 

 私は、彼のことを知ろうとした。

 シミュレーションを起動して、データ上の彼を相手に模擬戦をやった。

 食堂でわざと彼と共に食事をとった。

 廊下ですれ違えば、わざと声をかけた。

 嫌味を言われても、引かなかった。

 

 ──理解したかったのだ。

 あの黒いガンダムの中にいるのが、噂の化け物ではなくただの「人」なのだと。

 

 でも……ある日を境に、彼は変わっていった。

 

 

 

 

 

「なあ、セイラさん。ここ最近のあいつの様子はどうだ?」

 

 声をかけてきたのはブライトだった。艦長席に座りながら、書類を片手にいつもの疲れた顔。この人もまだ子供なのに、いきなり艦長になるしかなく苦労している。

 

「フブキ君ですか?」

 

「ああ。少し、最近の戦闘が荒々しい感じがしてな……」

 

 ブライトは言葉を選ぶように、視線を落とす。

 

「……上手く言えないが、これまでは機体を大事にしているというか、ある程度は被害が出ないように戦っているって感じだった。

 だが、ここ最近は、なりふり構ってないというか……。何か知らないか?」

 

 私は首を振った。

 

「私は何も……。……でも、確かに変ですね……」

 

 “上手い”とか“強い”とか、そういう話じゃない。

 戦い方が変わっていた。以前は戦況を読んだ上で計算された動きであったのに、最近はどこか焦っているような……必要のないところまで踏み込んでしまうような危うさがあった。

 

 

 私は、勘違いしていたのだ。

 あまりに強すぎたから。

 あまりに大人びて淡々としていたから。

 

 ──彼だって、まだ17歳の少年だというのに──

 

 その時、廊下の先から一人の兵士が出てきた。

 フブキに与えられた部屋の前。出てきた男の顔色は明らかに悪い。

 

「失礼します……」

 

「……あら? どうかしたの。顔色が悪いわよ?」

 

「いえ……大丈夫です」

 

 取り繕うような声。目だけが泳いでいる。

 

「……? そう。彼は部屋にいるのよね?」

 

 兵士は一瞬だけ言い淀み、それから、声を落として言った。

 

「セイラさんっ……今は、そっとしてあげてください……」

 

「……?」

 

 意味が分からなかった。

 負傷でもしたの? それとも、病気? 

 精神的なもの? ──だから、そっと? 

 

 私は一度だけ「大丈夫よ」と短く言い、兵士の制止をすり抜けるように部屋へ向かった。

 

 ドアの前に立つと自動で扉が開いた。しかし、中は灯りが点いていなかった。

 真っ暗な部屋。静かすぎる空気。

 

 その暗闇の部屋に、ぽつんと──彼がいた。

 

 ベッドの端に座っている。

 背を壁に預けて天井を仰いでいる。通路から照らされる光と、私の存在にすら反応しない。

 

「……っ」

 

 呼びかけようとして、喉が詰まった。

 “鬼神”なんて呼び名が、急に滑稽に思えた。

 

 これは──何度か見たことがある。

 

 

 

 ──壊れそうになっている人の姿だ──

 

 

 

 それから程なくして知った。

 彼には友人がいたことを。

 そして、その二人が──戦死してしまったことを。

 

 理解した瞬間、胸の奥が冷えた。

 あの部屋での沈黙。目に光のないあの姿。

 全部、辻褄が合ってしまった。

 

 そして、そこからが早かった。

 日に日に彼の戦い方は変わっていった。

 “勝つため”ではない。“生き残るため”でもない。

 まるで、死に場所を探しているみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フブキ君! 下がりなさいっ!」

 

 通信回線に私の声を叩きつける。届いている筈なのに返事はない。

 

「……フブキ君っ! 聞こえていて!? 退がるのよ! これ以上、深追いする必要はないわ!」

 

 戦術画面に映る黒いガンダムは、ゆらり、ゆらりと前へ進む。

 まるで幽鬼だ。

 敵機はすでに沈黙している。モノアイは暗くなり、武装も沈黙している。

 それなのに──

 

 黒いガンダムは、コックピットを踏み潰していた。

 

「フブキ君っ! やめなさいっ!」

 

 声が裏返る。

 止めたいのに……止まってくれない……言葉を強くして何度も叫ぶしかないのがもどかしい。

 

「これは命令よっ!! 聞こえていて!? フブキ!!」

 

 返ってくるのは、無音。

 代わりに、黒いガンダムの脚が──もう一度、沈黙した機体を踏み砕く。

 

 その瞬間、敵機の損傷部から緑色の装甲片が弾け、

 内部のオイルが吹き出した。

 黒い装甲に濡れた筋が走り、人工の光を鈍く反射する。

 

 ──普通ではない……明らかに常軌を逸している──

 

 私は歯を食いしばる。

 これ以上、彼を戦場に置いてはいけない。

 彼自身が、彼自身を壊してしまう。

 

「……っ、カイ! ハヤト! 進路を塞いで! 彼を引っ張り戻すの! 今すぐ!」

 

 指示を飛ばしながら、私は機体を寄せる。

 通信で叱るだけでは届かない。

 身体で止めるしかない距離まで詰める。

 

 私の機体で黒いガンダムを羽交い締めをして拘束する。黒いガンダムは抵抗もなく動きを止めた。

 止まった──というより、糸が切れたようにも感じた

 

 

「フブキ君、帰るわよ。……帰るの」

 

 それでも返事はない。

 

 私は息を吐いた。

 胸が痛い。体が震えている。

 

 

 私はなんとか黒いガンダム、カイやハヤト達とホワイトベースへ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の部屋は相変わらず暗かった。

 灯りもつけず、ベッドに座っているだけ。

 

「フブキ君?」

 

 返事がない。私は扉を閉め、音を立てないように一歩踏み込む。

 

「どうして、私の命令を無視したの?」

 

「……すみません」

 

 かすれるような声。謝っているのも相まって、あまりにも痛々しい。

 

「いくら貴方に腕があっても、現場の指揮権はブライト艦長と私にあります。

 貴方は命令に従う義務があるの。……よくって?」

 

「……はい」

 

「……今後、このようなことがないように」

 

「……はい」

 

 彼の返事は、今にも消えそうだった。

 彼の為にも、怒るべきだ。叱るべきだ。軍人として正しいのはそっちだ。

 

 でも──

 

「……いつまで、そうしているつもり……?」

 

 思わず漏れた言葉は、命令でも叱責でもなかった。

 ただの問いだった。

 それが届いたのか、彼はゆっくりと顔を上げた。

 

 瞳に光がない。

 怒りも、悲しみも、何もない。

 感情が抜け落ちて、美しい空色の瞳は見る影もなく、虚空な色だけがこちらを見ている。

 

「……あなたには分かりませんよ……」

 

 静かな声。今にも消えてしまいそうな声。

 

「生まれながらに甘やかされてきたような人間には」

 

「……甘やかされてきた……?」

 

 父を殺され、逃げ回ることしか生き延びる道がなかった。

 確かに私は、名前すら捨てて砂の上を這ってきた兄と違って、これまで戦いとは無縁の生き方をしてきた。

 けれど、聞き捨てならなかった。

 

「──っ!!」

 

 気づいた時には、体が動いていた。

 私は彼に歩み寄り、胸倉を掴む。布が軋む。彼の体がわずかに揺れる。

 

 そして──

 

 乾いた音が部屋に響いた。

 私の掌が、彼の頬を打った音だ。

 

 彼の顔が横を向き、しばらく戻らない。

 暗闇の中で、私の呼吸だけが荒く聞こえる。

 

「それでも男ですかっ!! 軟弱者っ!! しっかりなさいっ!!」

 

 私は胸倉を掴んだまま叫んだ。

 けれど彼は、何ひとつ表情を変えない。痛みも怒りも、どこにも届いていないみたいに。

 

「……俺を殴って満足ですか……? 気が済んだのならもういいでしょう? 言われれば出撃しますよ。……すればいいんでしょ? もう……放っておいてください」

 

 その言葉が、胸に刺さった……諦めだ。もう全てを投げ捨ててしまった声だ。

 

 彼は──もう、すべてを諦めてしまっていた。

 

 唯一無二の親友を亡くし、戦う意味すら見失い、終わりの見えない戦争だけが続く。

 奪われ続ける命。奪い続ける自分。

 それに耐えるには、17歳の心はあまりに小さい。

 

 ……だから、こうして“空っぽ”になるしかなかったのだ。

 

「っ……貴方の気持ちも分かるっ!」

 

 私は歯を食いしばって言った。声が震えるのが悔しい。

 

「でも、そうやって殻にこもって、自分を傷つけ続ける貴方を……私は見ていられない!」

 

 掴んでいた手が緩む。

 彼の服の皺だけが残って、指先が空しくなる。

 

 ──彼には何度も助けられた。戦いだけじゃない。

 

 泣いていた避難民の子供に、言葉もなく毛布をかけていた。

 保護している子供たちの世話も、不器用なくせに必ず最後まで見ていた。

 厨房でタムラさんの手が足りないときは、無言で皿を運び、黙って片付けを手伝っていた。

 

 そういうところを、誰も見ていないと思っているのだろう。

 でも私は見ていた。ずっと。

 

「……貴方は、優しい人なのよ」

 

 言った瞬間、胸が痛んだ。

 “優しい”という言葉が、彼にとって呪いになるかもしれないと分かっているのに。

 

「兄さんみたいに──ただただ、優しい人なの」

 

 彼の瞳が、ほんのわずかに揺れた。

 それは怒りでも悲しみでもない。

 “そこだけは触るな”という拒絶に近い揺れだった。

 

「……だったらどういうんです……。貴女が慰めてでもくれるんですか……?」

 

「慰める」……私はバカではない。彼が言っている意味くらいわかる。

 もし──私が慰めることで、彼が少しでも生きることを諦めなくなるなら──

 

 

 

 

 

 

 

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