機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 After Stories 作:スペースデブリ
めっちゃ長くなってしまいました。
前回で終わるはずだったのにぃ!筆が乗ってしまったのが悪い!
「こう言ってはなんだが……まだ現役なんだな、この艦は」
ソドンの艦内通路。金属の床が、足音をやけに素直に返してくる。──懐かしい、たった一年ではあるがそういう感想が出てきてしまう。
「ええ。いまだにジオンの財政は厳しいものですから。そんな中に起こったのがイオマグヌッソでの戦いでしたし、この艦はジオン唯一の強襲揚陸艦でもありましたから。しかし、ソドンも……あともう少しで退役予定です」
「当然だろうな……基礎設計が79年の試作艦だ。よくここまで持った方だと思うさ」
かつて自分も乗っていたペガサス級戦艦「ホワイトベース」。
その姉妹艦であり、一番艦でもあったペガサス──もといソドン。残念ながら、どちらも艦としての完成度はあんまりだった。
そもそも強襲揚陸艦という特殊なカテゴリーだ。兵員、武器、物資輸送、基本的には撃沈される前提の特攻か、闇撃ちくらいしか用途がない。艦自体の防御に関しては搭載されるモビルスーツに依存するし、ミノフスキークラフトも大気内であれば魅力的だが、そもそも主戦場が宇宙のくせに地球の重力にこだわっているのがなんとも連邦思想らしい……
「コモリ少尉、セイラさん……アルテイシア様は、すでにサイド5に?」
フブキが淡々と聞くと、コモリは即座に眉を吊り上げた。
「今は中尉です!」
言い切ってから、咳払いひとつ。
タブレットを抱え直し、今度は冷静に続ける。
「それに、アルテイシア様はこのソドンにいらっしゃいます。親衛隊のエグザベ君もここに」
「……そうか」
フブキが短く頷く。
その横でアマテが、思い出したように顔をしかめた。
「うへぇ……あのナンパ野郎もいるのぉ〜?」
「ナ……ナンパ野郎……?」
コモリの手が止まる。顔がゆっくりアマテへ向く。
「どういうこと?」
アマテは思い出したくもないような表情をしながら、吐き捨てるようにいった。
「エグザベだっけ? アイツ、私をロッカーに押し込んだ挙句、一緒に入ってきたんだよ? マジで最悪」
「「は?」」
コモリとフブキの声が、ぴたりと重なった。
温度が一気に下がる。
これまで見た事がないほどの殺気がある2人。
「アマテ。その話、詳しく」
「マチュ。その話、詳しく」
「え、えっ、なに、こわ……」
アマテが一歩引きかけた瞬間、背後の扉付近から、肩を震わせる気配がした。
「……ふ、ふふっ……」
シャリア──クワトロが堪えきれないように笑い出す。
「す、すみません。……あまりにも、息が合っていたので」
「笑ってる場合じゃないです」
コモリが殺気のこもった目で仮面を睨む。
「当人は最悪って言ってるんですけど」
「ええ、ええ。最悪ですね。……実に…っくふふ」
シャリアはまだ面白そうに笑っている。
フブキは笑わない。
「……エグザベを呼べ。今すぐ」
「大丈夫だよ! 私は何もないし! そこまでじゃ──」
「エグザベくんにはしっかり説明してもらいましょうか」
二人の圧に挟まれたまま、アマテは諦めたように息を吐く。
「よくよく考えればあれは私が悪いっていうか……!半分は事故っていうか……!」
「“事故”でもロッカーに一緒に入る理由になりません」
「そこはほんとに最悪だったって言ってるでしょ!」
───────────────────────────
ある扉の前に立ったはいいものの、あと一歩進む事ができない。
俺は……あの人に合わせる顔がない……今更どう言った顔して会えばいいというんだ。でも……それでも、逃げるわけにはいかない。
意を決して扉のパネルに手を翳そうとして瞬間、扉は開いてしまう。
「いつまで扉の前でグズグズしてるつもり? それでも男ですか?」
「──っ」
「久しぶりですね……フブキ君」
そう言って微笑むのは、ベージュの高官服を見事に着こなし、金髪をきっちりとまとめた女性だった。
立ち姿だけで分かる。もう記憶にある連邦の兵士であった"セイラ・マス"ではない。
今や国家を率いている国の長──アルテイシア・ソム・ダイクンなのだから。
「……お久しぶりです……セイラさん──いえ、アルテイシア陛下」
口にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。
あの当時、俺だけに教えていたであろう本当の名前。しかし今となってはサイド3、ひいては地球圏の人々にも知られている名前だ。
セイラ──アルテイシアは、伏し目がちにその呼び方を受け止め、ほんの少しだけ悲しそうに笑う。
そして静かに振り返ると部屋に進んでいく。
「さ、こっちへ。いつまでも通路にいられては話もできないでしょう?」
扉が閉まり、部屋には2人きり。
アルテイシアはためらいなくこちらへ歩み寄ってきた。
「背、伸びましたね。……いつぶりでしょうか……大体6……いえ7年ですかね? 時間、月日が経つというのは残酷ですね」
「アルテイシア陛下こそ……少しお痩せになったのでは」
「あら?」
目を細める。その少しだけ悪そうな表情は、昔の彼女のままだ。
「戦争が終わったと思ったら消息不明となり、かといったら違法なモビルスーツ賭博に参加、ジオンの再興に畳み掛けるように消えてしまった"誰か"のせいではなくて?」
棘のある言い方だ。でも、懐かしい。……正直言って彼女が無事でいてくれたことは嬉しい。
戦況の変化で致し方なく艦を後にしなければならなかったが、ホワイトベースで過ごした日々は大切なものだったと確かに言えたから。
「……すみませんでした」
「うふふ、私も意地が悪くなるというもの。謝らなくていいわ」
アルテイシアはそれを遮るように言う。
次の瞬間、彼女は一歩だけ距離を詰め、フブキの胸元に手を添えた。
「……今はただ、貴方にこうして触れられるだけでも嬉しい……」
セイラさんの声が震え、自分の中に罪悪感が産まれる。
「あなたがいない間、私は国のトップになったのよ? 兄に譲るくらいなら私が!ってね」
フブキの目が揺れる。
彼女はその揺れを見て、迷いなく──アルテイシアは彼の頬に触れた。
アルテイシアはほんの少しだけ背伸びをして、フブキの唇にそっと自分の唇を重ねる。
ちゅっ……ちゅぷっ……
「ぷぁっ……フブキくん……」
フブキは動けない。拒めない。
拒む権利が自分にないことを、痛いほど分かっている。
「……アルテイシア陛下」
「陛下はやめて? ──今だけは、名前で呼んでくださる?」
彼女の指先が、濡れている口元をなぞる。
「……アルテイシア」
それだけで、アルテイシアの目が少し潤む。
「……よろしい」
満足そうに微笑むと、アルテイシアはベッドに座り、ポンポンとたたく。
まるでここに座れとペットに指示を出しているかのようだ。
「さて──話をしましょう、フブキ君。
あなたが消えていた7年を、私に教えて? 何を思い、何を成し、どう生きたのか」
──やはり、この人には敵わないな……
───────────────────────────
「ここがインダストリアル7……」
イズマの雑踏とは違う。
同じコロニーでも纏う空気が冷たい。整備された街並みの裏に、なんとなく嫌な感じがしてしまう。
「ねぇ、ヒゲマン。ニャアンは?」
アマテが仮面の男を見上げる。
クワトロ──シャリアは肩をすくめた。
「彼女はエグザベ中尉と共に周辺宙域の警戒に当たっています。貴女や陛下については……『お兄ちゃんがいるから大丈夫』だと」
「……ふーん」
アマテがちらりとフブキを見る。
フブキは何も言わない。ただ、わずかに視線を逸らした。
(コモリ少尉に連絡すると言っていたが……やはりジオン所属になっていたか。まあ、大学にも行きたいと言っていたが……飛び級だな。彼女にとってはいい選択かもしれん)
そんなことを考えているうちに、黒塗りのリムジンが静かに滑り込んできた。運転席側から降りてきたスーツの男が、丁寧に一礼する。
「お待ちしておりました。アルテイシア陛下。私どもはビスト家の使いの者です。どうぞこちらへ」
男はリムジンの後部座席の扉を開き、頭を下げたまま待機する。
その仕草の完璧さが、逆に不気味だった。
アマテは迷いなくセイラ──アルテイシアの手を掴む。
「ほらっ! 行こ行こ、セイラさん!」
「うふふ……元気がいいのね」
アルテイシアは笑って応じる。
その笑みは柔らかく、この短時間でかなり仲が良くなっているようだ。……アマテのことを話したのは間違いだったか……?
「アマテ、陛下に対して失礼だぞ」
フブキが低く注意すると、アマテは振り返って可愛らしくウインクしながら舌を出した。
「いいじゃん! フブキの知り合いだし。艦で色々聞かせてもらったし〜?」
「……っ!? お前っ! アルテイシアから何を聞いた!」
「ぬふふふ……教えな〜い。女同士の秘密だもん」
「ぐっ……」
フブキが言葉を詰まらせた瞬間、コモリが咳払いひとつ。
タブレットを抱えたまま、暖かい目でアマテを見る。
「マチュ。遊びで来てるわけじゃないのよ? 場をわきまえなさい」
「はーい」
返事だけは軽い。アマテの手はセイラから離れない。
(まったく……彼女に余計なことを吹き込んでいなければいいが……それにしても……セイラさんも良くアマテのことを受け入れてくれたな……)
フブキは一歩遅れてリムジンへ向かう。
扉の前で一瞬だけ立ち止まり、街の空気を吸うように周囲を見回した。
──インダストリアル7。ビスト財団の牙城であり、謎に満ちた“箱”が眠る場所。
そして──言葉ひとつで戦争が始まるかもしれない、危険な場所。
(万が一の時は……俺が彼女たちを守らなければ)
フブキが乗り込むと、ドアが静かに閉まる。
外の世界が遮断され、車内には上品な革と香水のような匂いだけが残った。
「──では、参りましょう」
運転席の男が淡々と告げる。
リムジンは音もなく走り出した。
───────────────────────────
「ここで、しばらくお待ちください」
黒服に案内され、私たちは一つの部屋へ通された。
扉が閉まる。空気が一段、静かになる。
そこは──壁一面を覆うように、巨大な絵のような物が設置された部屋だった。
まるで絵画の中に入ったみたいな圧倒的な質感。シャンデリアの光が作品を照らし、否が応でも目を惹かれてしまう。
「凄いね……さすが財団……ザ・お金持ちって感じ」
アマテが素直に上を見上げて呟く。
だがフブキは、視線を壁画に向けたまま、体の位置を変える。
アマテとアルテイシア──二人を背に置ける、最短の防護位置へ。
「ねえねえ、フブキ。これ、何の作品かわかる?」
アマテの問いに、フブキは指を刺されたものを見る。
そこには、数多くあるタペストリーの中でも人きは目を引くものであった。
女性が侍女と共に立っている絵。
しかし、「獅子」と「一角獣」が寄り添うように両側に佇み、女性は一角獣に微笑んでいる。この絵は……
「……たしか、『貴婦人と一角獣』だったはず……」
──待っていた
部屋のどこからともなく、嗄れた声が響いた。
部屋全体に響くように聞こえ、どこから発しているのかがわからない。
コモリが腰に備え付けてあるホルスターに手をかける。しかし、そんなコモリをクワトロは諫める。
フブキは警戒心を最大限高めながら声の主に問いかけた。
「……誰だ」
返事はない。
代わりに、足元の床が──音もなく割れ始めた。
継ぎ目が走り、パネルが左右へ滑っていく。
床が開く。その下には、冷たい照明に照らされた通路のような空間が現れた。
アマテが息を呑む。
「……なに、これ……」
フブキの手が自然にアマテの肩へ触れる。
“動くな”という合図。恐怖ではなく、訓練の反射だ。
嗄れ声が、もう一度、今度ははっきりと名を刻むように言った。
──ジオンの皇女、ガンダムの主人
アルテイシアの瞳が僅かに揺れ、アマテがごく小さく唾を飲み込む。
──そして……鬼神よ
フブキの目が細くなる。
その呼び名をここで使う意味が、嫌というほど分かる。
──こちらへ
通路は真っ暗でほんの少し肌寒い。
コモリが低く言った。
「……ゲロマズ……絶対罠じゃないですか……」
クワトロは首を振ってコモリの言葉を否定するが、その顔には警戒の色がある。
「いえ……ここまで見え透いた罠はないとは思いますが……」
フブキは一度だけ、アマテとアルテイシアを見る。
二人を守る位置を崩さないまま、短く告げた。
「……俺が先にいk……」
「「ダメ」」
フブキがそう言い放つ前にアマテとアルテイシアが被せ気味に遮る。
その様子を見たクワトロは微笑みを浮かべる。
「何かあった時のために私とコモリ中尉はここで待機します。この先の護衛はフブキ君に任せます。よろしいですね?」
フブキは一度だけ目を閉じ、覚悟を決めるように息を吐く。
「……了解した。彼女たちは俺が守ろう。離れるなよ? 2人とも」
「うん」
「頼りにしてます。フブキ君」
床に開いた通路へ、3人はゆっくり足を踏み出した。
───────────────────────────
暗い……かろうじて通路を輪郭が見える程度の赤い光が走っているだけで、他に光源がない。絶えず周囲と背後にいる2人の気配を感じてはいるが、今のところ何もない。そこがまた不気味でもある。
そんなことを考えるうちに、通路の奥から魚を表現した青い光が自分たちを通り過ぎていく。そしてあの嗄れた声だ。
──海から発した生命が──陸に上がるまでに億万年。
幾度かの興亡を経て、人の形を得るまでに更に億万年の時間が必要とされた。
"進化"とは、そのようなものだ。
個体に与えられた寿命で体感できるものではない。……が、ニュータイプとは「認識力の拡大」個体の意識に変革が促されるという……
「綺麗ですね……」
アルテイシアは光り輝く通路を見てそう呟くが、正直言って自分はそんな感情は抱けない。……命を賭しても2人を守る気ではあるが、もし守れなかったらと思うと……悠長な考えはできないのだ。
アルテイシア、アマテ、フブキが通路を進むあいだも、嗄れた声は途切れず、反響しながら追いすがってくる。
通路の両側に、淡い光が走った。
壁面に仕込まれた投影装置が起動し、空間に映像が立ち上がる。
「……これってホログラム……?」
アマテが小さく呟く。
視界に浮かび上がったのは、古い映像の断片だ。
どこかで行われた式典だろうか?
多くの人々が参列し、スーツを着た人達がパネルようなものにサインをして握手を交わしている。
──西暦最後の夜、「宇宙世紀」が始まるその瞬間に
"ソレ"は──紡ぎ出された。
嗄れた声が、言葉を一つ一つ噛みしめるように続ける。
(……西暦最後の夜? なら……これは宇宙世紀開闢セレモニー……か? だとしても、なぜこれを俺たちに見せる? 何を言いたいんだ?)
答えはまだ出ない。しかし、アルテイシアはハッとした様子で小さく呟いた。
「……っ……これは……宇宙世紀憲章?」
「宇宙世紀……なに?」
アマテは首を傾げる。
“宇宙世紀”という言葉自体は聞いたことがあっても、そこから先の言葉に何を意味するのかまでは結びついていない様子だった。
「宇宙世紀憲章は、今から86年前に地球の衛星軌道上に作られた宇宙ステーションで定められたものだ。法律……というより、目標に近いな。『宇宙世紀ではこういうことにしましょう』のような感じだ」
ちょうどその時、壁面に浮かんでいた映像がすっと消えた。
音もなく、光もなく。通路全体が真っ暗になる。
3人は息を呑む。
そして、一筋の光だけが闇を切り裂いた。
スポットライトのように狙い澄まされた光が、通路の先に置かれた“石碑”を照らし出す。
先ほどホログラムで見せられた、あの石碑とまったく同じ形。
「これって……さっきの……だよね? フ……ブキ……?」
アマテが小さく呼びかける。背後に居た2人の様子がおかしい。
アルテイシアは無言のまま石碑を見つめ、眉をわずかに寄せており、これまでにないほどの難しい顔をしている。極め付けはフブキだ。
彼は目を見開いたまま、微動だにしない。
驚きというより、言葉を失ったような顔。
(……な、なに?)
アマテが不安そうにフブキの横顔を見る。
アルテイシアも同じように視線を向ける。
フブキの喉が、かすかに動いた。そして部屋に響くのは、聞いたこともないほどの激昂の声。
「何故……何故、今になってこれを見せた!! サイアム・ビスト!」
「フブキ!? どうしたの!?」
アマテが思わず身を寄せる。フブキの肩がわずかに震えているのが分かった。
それが……『ラプラスの箱』。我々を……長きにわたり縛り続けてきた呪いの正体だ
ここまで自分たちを導いてきた嗄れた声が、部屋に木霊する。
3人が振り返ると、そこにはベッドに横たわったままの老人。
その傍らには、スキンヘッドの側近が静かに佇んでいる。
「そして、祈りでもある」
側近が一歩前に出て、硬い声で名を告げた。
「ようこそおいでくださいました。……この方がサイアム・ビスト。ビスト財団の創始者にして、『ラプラスの箱』──宇宙世紀憲章を守り続けてきた守人でもあります」
フブキは鋭い瞳をサイアムに向けたまま、声を荒げる。
「もう一度問う。なぜ……何故、今になってこれを俺たちに見せたんだ! サイアム・ビスト!」
アマテは困惑し、アルテイシアも言葉を失う。
だがサイアムは、怒りにも恐怖にも反応しない。ただ、時間の流れの中から言葉を拾い上げるように話した。
「……一年戦争を経て、ジオン公国は終わりを迎えた。そしてアルテイシア陛下……貴女が率いる新たな国が生まれた」
老人は組んだ指を振るわせながら、絞り出すように続ける。
「……加えて、地球を包んだ温かな光……」
その言葉に、アマテの指がわずかに強張る。フブキの瞳も揺れた。
「この機を逃せば……90年前に紡がれた祈りが……忘れ去られてしまうだろうと……私は思った」
フブキは、ゆっくりと石碑へ視線を戻した。
怒りの熱が引いていく代わりに、別の冷たさが胸に沈んでいく。
そして、ポツリと呟く。
「……地球圏外の生物学的な緊急事態に備え、地球連邦は研究と準備を拡充するものとする」
言葉から察するに、宇宙世紀憲章に記載されているもののようだが、フブキが次に口にした言葉にアルテイシアは絶句してしまう。
「──将来、宇宙に適応した"新人類"の発生が認められた場合、その者達を優先的に政府運営に参画させることとする」
その一文を聞いた瞬間、アルテイシアの目が見開かれた。
背筋が、凍る。
その一文は、かつて──父、ジオン・ダイクンが提唱したものとあまりにも似ていたから。
「宇宙に適応した新人類」──ニュータイプ。
アルテイシアは無意識に一歩前へ出る。
自分の父が提唱し、眠っていた言葉が石碑に現実として刻まれている。
「……そんな……」
「ど、どういうこと……?」
アマテの声が、暗い部屋に落ちる。
視線が石碑とアルテイシアを行き来し、落ち着きなく揺れる。
「なんでこの石碑にニュータイプのことが書かれてるの? ……本来は書いてないってこと? それとも……“書いてあったのに消された”ってこと?」
言いながら、自分でも言葉の重さに飲まれそうになっている。
アルテイシアは石碑を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。
その横顔は、苦悩に満ちたような色があった。
「……恐らく、書いて“あった”のよ」
サイアムの側近はアルテイシアの言葉を肯定するように淡々と補足した。
「ダカールの議事堂に正式な公文書として保管してある宇宙世紀憲章の文言には、あなた方が見た条文は存在しません」
「存在しないって……なんで?」
存在しない。それはつまり、誰かが意図的にこの条文を消し去ったということに他ならない。
純粋な疑問を感じているアマテに対して、サイアムは目を閉じたまま静かに言った。
「……我々が、連邦政府と共謀し、『未来』という名の条文を消し去ったのだ」
フブキが、低い声で続ける。
「この石碑に刻まれている文言が本物なら……これは“法”として機能する」
その言葉に、アマテもようやく事態の輪郭を掴み始める。
フブキは石碑を見上げたまま、噛みしめるように言った。
「一年戦争を……止められたかもしれない」
そんなフブキを見ながら、サイアムは言葉を紡ぐ。
「絶望することもなく……閉塞することもなく。もう一度、“可能性”という名の神と向き合うための祈り……その為にも──」
サイアムの嗄れた声が、石碑の刻印に重なる。
──"可能性" それは、100年前の人たちにとって、祈りの言葉のはずだった。
「しかし……っ! それでは、また戦争が起きます! 先ほどフブキ君が言った通り、各国代表のサインが成されているなら……この石碑は“法”として機能します!」
言葉が途切れない。止められない。
アルテイシアは様々な感情がグチャグチャになっているのを感じていた。
「私とて、すべての国民を収められるわけではありません……。ザビ家の派閥のような反連邦政府勢力が、これを手にすればどうなるか!」
スペースノイドの独立。そのために起こった一年戦争。
もし、この憲章が公になっていれば……人々は争いではなく、『話し合い』という名のテーブルにつけていたのかもしれないのだ。
しかし、結果として86年前に紡がれた祈りは裏切られてしまった。
「善意の……真実の代償としては、あんまりではありませんか……」
最後の言葉は、俯いたまま零れ落ちた。
彼女の肩がわずかに震える。
サイアムはそれを責めない。肯定もしない。
ただ、淡々と続ける。
「だから……あなた方、“ニュータイプ”に事を託したい」
フブキの声が低く割り込む。
「何故、俺たちなんだ」
「……箱の守人として……一個の肉体としては長すぎる時を渡りながら……
私には、たった一つの望みがあった」
沈黙が落ちる。
部屋の暗闇の中に星がキラキラと瞬いている。
サイアムは、かすれた声を絞り出す。
「もし本当にニュータイプが存在するなら……彼らにこそ、箱を託したい。
──彼らなら、よりよく箱を使い、あるべき未来を取り戻してくれるだろうと」
サイアムは天井に瞬く星を眺めながら、瞳を閉じる。
「しかし、これは私の望みだ……。たった一つの望みは、人の数だけある」
サイアムの声は不思議なくらい穏やかだった。
まるで孫に優しく語りかけるただの老人のように。
「このまま箱を開けずともよいし、壊してくれても構わない。それでも気が済まないというなら──この老いぼれを殴り殺すもよかろう」
アマテが息を呑む。
アルテイシアの眉が、僅かにひそまる。
だがサイアムは視線を逸らさない。
──鬼神よ。 お前は何を望む? その心に、何を願う?
優しげな声。とても巨万の富を築いた財団の創始者とは思えない。
フブキはしばらく黙っていたが、呼吸を一度整える。
そして、静かに言った。
「──ニュータイプが、新たなヒトの形であったとしても、それを見分ける力は……今の人間にはないだろう」
「フブキ……」
「フブキくん……」
フブキは二人に目を向けながら、迷いの色を見せる瞳でサイアムを見る。
「だから俺が……アマテやアルテイシアが……アンタの求めるような資質を持っているかどうかは、分からない」
ニュータイプ。新たなるヒトのカタチ。人と人同士、誤解なく分かり合える可能性の姿。──それでも
「俺たちは──人は、間違え続ける。何が正しくて、何が間違っているのか……分からない」
──それでも
───────────────────────────
「クリス……本当にいいのか? 俺なんかと……」
「連邦とか……ジオンとか関係ない。私は貴方だからいいの。……私と一緒になってくれる?」
「ああ……っ! 俺でよければ!」
「顔真っ赤だな〜! バーニィ!」
「う、うるさいな!」
「うふふ。祝福してくれる? アル」
「勿論だよ! むしろようやくかって感じ!」
───────────────────────────
「ふむ。閃いたな」
「あら。じゃあ通報するわね」
「なに!? 待ってくれララァ! まだ私は何も言っていないぞ!」
「貴方のことですもの。どうせ“キャンプのみんなのために”と言いながら、動こうとしてるんでしょ?」
「ぐっ……」
「そんなことしなくてもいいんですよ。私達は」
「しかしだな……」
「うふふふ」
───────────────────────────
「髪……伸びたわね……また先生に切ってもらわないと」
「────」
「見て? カミーユ。今日は天気もいいし、外に出てみる?」
「────」
「ブライトさんの奥さん……ミライさんのご先祖様ってね、東洋生まれらしいの。そこではね、綺麗な花を見てご飯食べたり、お酒とかを飲む文化があったみたいなんだって」
「────」
「ピクニックできないか先生に聞いてみよっか」
「──ふ……」
「──カミーユ?」
「──あり……がとう……ファ……」
「っっ!! 先生! 先生! カミーユが!」
───────────────────────────
「ねぇねぇ! これ似合うと思わない?」
「ミ、ミネバ様……! 私には、その……あまりそのような格好は……」
「絶対似合うと思うわ! だって綺麗だもの! ハマーンは!」
「とても嬉しいのですが! そのようなフリフリした服はご容赦いただきたいのです!」
「ああっ! 逃げないでハマーン!」
「申し訳ありません! 私には無理ですミネバ様!」
───────────────────────────
「──私だ」
『────』
「……そうか。パイロットは……っ……当たり前……か」
『────』
「いや、処分してくれて構わない。あれにはサイコフレームが使われていただろう? あれは危険なものだ」
『────』
「ああ……頼む」
『────』
「ああ、じゃあな。わざわざありがとう」
「──なぁ、そっちにあの子はいるか? もし居るのなら……俺の代わりに叱っておいてくれないか? 俺はまだ"向こう側"に行くわけにはいかないんだ」
まだ俺には……ミライやチェーミンが居る。だから──
───────────────────────────
それでも──
地球や宇宙にいる人たちが、ほんの少しでも、隣にいる"誰か"のことを思えたなら。
今が全部じゃない。
何年後になるのかは分からない。
それでも、いつか。
アースノイド、スペースノイド。
宇宙も地球も関係ない。
ただ、人と人とが分かり合える世界ができているかもしれない。
「俺は……一人の人間として。人が持つ可能性を──信じたい」
それが、かつて紡がれた祈りだと言うのなら。
祈りは、繋いでいかなければならない。
隣にいる誰かを、思える心を持つ人。
それが、俺が思う"ニュータイプ"だと思うから。
サイアムは、フブキの言葉を最後まで聞き終えると、ゆっくり頷いた。
そして、静かに微笑む。老人のそれは安堵したような優しげな笑みだった。
「……準備はできている」
サイアムが上を向くと、ホログラムが作動して地球を埋め尽くすように通信システムが起動していく。
「あらゆる通信、放送システムを介して……全地球圏へ放送できる。
マスコミも、このサイド5に居るであろう」
サイアムは目を閉じる。
まるで、自分がこれから起こす波の大きさを、最後に確かめているように。
「箱を解放する……果たして、これがどのような未来をもたらすのか……何も変わらないのかもしれぬ。……言葉は言葉でしかない」
その言葉は、その場にいる3人にのしかかってくる。そう、ラプラスの箱──宇宙世紀憲章が公開されたところで、何かが劇的に変わるわけではないかもしれない。
「法でさえ、人の都合でどうとでも解釈される。無論、箱が解放されれば……当面は騒ぎになるだろう。……条文の執行を求める運動が起こるかもしれない。あるいは逆に、条文を無効化しようとする者たちが現れるかもしれぬ」
アルテイシアが唇を噛む。
彼女の脳裏には、ザビ家の残党、反連邦派、利権屋、そして“正義”の顔をした煽動者たちが浮かんでいる。
サイアムは、目を部屋に映し出されている宇宙へと向ける。
その瞳は弱っているのに、どこか懐かしそうに。
「……しかし……そもそも、ニュータイプとは実在するのか。議論や検証が……いくら繰り返されたところで」
サイアムは目を閉じ、寂しそうに呟いた。
「結局は、結論を見ぬまま忘れ去られるのかもしれん……」
その言葉は、老いの諦めではなく、長い年月で何度も見てきた“人”への確信だった。
正しさは、時間の前では驚くほど脆い。
だが──
アマテがフブキの手を取る。確かめるように、力強く。
そして、まっすぐにサイアムを見据える。
「それでも……! 私は信じるよ……!」
「ええ。90年前、心からの善意を刻み込んだ人々と同じように。……その善意を今に伝えるべく、箱を守り続けてきた貴方と同じように。私は……人の可能性を、それを信じたフブキ君を信じます」
サイアムは三人を順に眺めた。
疲れた瞳に、ほんのわずかな光が戻る。
そして、息を吐くように──小さく頷いた。
──鬼神よ……よき連れ合いを持ったな──
「アルテイシア陛下……貴女の口から、真実を話していただきたい。
この宇宙世紀を生きる全ての人に──貴女自身の言葉で」
───────────────────────────
『今週は台風が沖の方に発生してる模様です。一週間もすれば離れるそうなので、外出する際は十分に気をつけて──』
『前年のイオマグヌッソ事件をめぐり、立ち入り禁止となった宙域ですが、デブリの回収も含め、政府は一時的な立ち入りへと──』
『ニュースの途中ですが、緊急速報です』
『サイド5で会談中でありましたジオン共和国総帥、アルテイシア陛下が、ビスト邸で緊急会見を行うとのことです』
地球と宇宙──この世界に住まうすべての人たちへ。私は、アルテイシア・ソム・ダイクンです。
このような形で……皆様の時間を奪ってしまうこと、どうかお許しください。
私は、かつて地球連邦政府に対して、宇宙移民者──つまりスペースノイドが住むスペースコロニーに自治権を要求した、ジオン・ダイクンの娘です。
けれど、これから私がお話しすることは、私の出自とは関係がありません。
政治的立場のためでも、誰かを糾弾するためでもありません。
……今日、私は地球連邦の根幹に関わる、ある秘密を知りました。
この世界に生きる一人の人間として。
そして──この宇宙世紀を生きる者として。
私はその秘密を、皆さんにお伝えしたいと思います。
宇宙世紀の開闢とともに発布された「宇宙世紀憲章」。
地球連邦政府の礎であり、政策決定の要石たる石碑のことは、皆さんもご存知でありましょう。
今より86年前。
首相官邸ラプラスの中で作られたそれは、直後に起こった爆破テロによって失われた──そう信じられてきました。
しかし……それは、失われてはいなかったのです。
レプリカの石碑がダカールの議事堂に飾られる一方で、
オリジナルの石碑は……今日に至るまで、隠されてきました。
……っ! ご覧いただきたい!
今、私の後ろに映し出されているのが──ラプラスで作られた“本物”の宇宙世紀憲章なのです。
───────────────────────────
「ねぇ、フブキ……よかったのかな?」
アマテは、モニター越しに続くアルテイシアの演説を見つめながら、フブキの手を強く握りしめた。
その握り方は、怖がっている時のそれだ。──離したら、また何かが消えてしまうと信じている握り方。
フブキは、その手を握り返す。
強く、もう二度と離さぬように。
「……箱が閉じられたままの世界。箱が開かれて、可能性に揺らぐ未来」
モニターの光が二人の横顔を照らす。
アルテイシアの声が、遠いはずなのに、この部屋の空気を震わせている。
「何が正しいのか、俺たちには分からない。……それを決めるのは、俺たちじゃない」
アマテの指先が、フブキは指を絡めるように動く。
「俺たちが正しかったかどうかは──これから生まれてくる子供たちが、歴史が決める」
言い切ったあと、フブキはほんの少しだけ目を細めた。
アマテは息を呑み、それから、ゆっくりと微笑んだ。
指を絡めるように、握り直す。
「……うん。そうだね、フブキ」
モニターの中のアルテイシアが、まっすぐ前を見て言葉を続けている。
この瞬間、世界は確かに動いている。良くも悪くも。
「それが貴方の答えなら、私はそれを支えるよ」
アマテは微笑む。そして握られた手からは、柔らかく、そして温かな熱が伝わる。
「……ありがとう」
可能性に揺らぐ未来を選び取った若者たち。
この選択の結論が出るのはまだずっと、遠い遠い未来。
私の言葉は、私のものでしかありません。
この放送をお聞きの皆さん、どうかご自分の目で真実を見極めてください。
そして──この宇宙世紀憲章を紡ぎ出した人たちが、そうしたように。
善意をもって、次の100年に想いを馳せていただきたいのです。
私たちの中に眠る、可能性という名の神を信じて……!
時に、宇宙世紀0087──
地球連邦政府は、公開された宇宙世紀憲章に記されていた条文を正式に承認。
凍結されていた宇宙移民政策を再開した。
サイド3──ジオン共和国を皮切りに条文の執行が進められ、各サイド、各コロニー群には、段階的にではあるが正式な自治権が付与されていくこととなる。
そして──
───────────────────────────
「……名前、考えてくれた?」
柔らかな光の差す部屋。
窓の向こうに広がる空には、海鳥たちが鳴き声をあげて飛んでいる。
「女の子だったら『カエデ』。男の子だったら『レイ』と名付ける」
「カエデ……レイ……」
お腹をさすりながら、アマテが小さく繰り返す。大切な、大切な名前。
「ふふ、いい名前じゃん」
アマテは優しく笑みを浮かべるが、フブキの顔は少しだけ暗い。
フブキは視線を落としたまま、ぽつりとこぼす。
「……しかし……不安で堪らない」
フブキはアマテの手を取りながら、心の中に生まれた感情を吐露する。
「混沌とした世界に、新たな命が生まれる。祝福すべきなんだろうが……この子にとって、この世界は地獄に映るかもしれない……」
アマテは、フブキの手を包み込むように握り返すと、その手をお腹に当てる。
「生きる意思、それをしっかり持つことさえできれば……どこだって天国になるよ。だって──私にとっては、今が天国みたいなものだもん」
「──っ」
「ん? どうしたの?」
「いや……どこか懐かしい気がして」
「ふふっ……何言ってんの? ん……っ」
ちゅっ……くちゅっ……ちゅく……ぷはっ……
2人が離れるとそこには銀色の橋が伸び、アマテはそれをペロリと舐めとると、フブキを見つめて、迷いもない声で言った。
「ねぇ、フブキ──愛してる」
「ああ──俺も愛してるよ。アマテ」
窓の外の空が、静かに輝いていた。
あの日、世界を包んだ温かな人の心の光とは違う。
地球という大地から、自然という名の温かな光に包まれながら。
これにて本当の終わり。
R-18なのにえちえち要素が少ない?
──そ れ は そ う──