(⋯⋯やっぱり気まずい空気になったよ。)
朝イチのメイド姉妹二人の謝罪を受けた後の食卓は、気まずい空気で満ちていた。
温かな朝食の味も堪能出来ない。
(⋯地獄って程の雰囲気でもないから、逆にこの空気に自分からは切り込みにくいんだけど。俺が何か言うと悪化しそうだし。)
(誰でもいいから、空気を変えてくれ。)
「ごちそうさまでした。⋯⋯お客様、お食事中に失礼ですが、今日の訓練について事前にお話しさせていただきますね。」
⋯⋯その祈りが通じたのか、早く朝食を食べ終わったフローラさんが、今日の訓練内容の簡単な説明を始めてくれた。
サンキュー、フローラさん。さっすが有能メイド!
「今日は初日ですので、あらゆる武器の使い方を学ぶ座学から始まり、その後は学びを確かめる実践試験になります。」
「⋯⋯座学に、試験かぁ⋯⋯。」
俺には記憶が無いが、どうもイヤな単語だ。
本能が全力で拒否している。
⋯⋯間違いなく、俺は勉強ダメだったんだろうな。
「⋯⋯そんな嫌そうな顔をしても、予定は変えませんからね。」
「俺、剣を良い感じに使えるし、今更他の武器なんて、学ばなくても「良くないです。」アッハイ。」
恐ろしい迫力のフローラさん。
⋯⋯逆らって勝てる気がしない。
「他の武器を知る事で、その武器との戦い方をイメージしやすくなります。この学びはお客様の戦闘スタイルを磨く助けになると、私は確信しております。」
「⋯⋯まあ、フローラさんが言うなら間違いはないんだろうけどさぁ。」
「私もお客様と一緒に勉強しますから、元気出してください。分からない事があったら、この有能メイドが何でもお教えしちゃいますから!」
「よし絶対フェリシアには負けん。今日1日でぶち抜いてやる。⋯⋯よろしくお願いします、フローラ先生!」
吠え面かかせてやるぜ、この駄メイドが。
「わぁ、お客様がやる気です!私も、負けてられませんね!」
「⋯⋯まあ、やる気が出たのは良い事、よね?」
「⋯⋯ではこれで、基本近接武器三種の授業を終わります。丁度いい時間なので、お昼ご飯にしましょうか。」
「すぐに用意いたしますので、少々お待ちくださいね。」
フローラ先生が出て行くと同時に俺は机に倒れた。
スパルタ指導で詰め込まれた知識で頭がオーバーヒートしてる。
「⋯⋯フェリシア、生きてる?」
「⋯⋯⋯ふえぇぇ⋯⋯」
「あっダメだ、死んでいる。」
既に机に伏せて呻いているフェリシア。
誰がどう見ても手遅れだ。
「⋯生きては、いますよ⋯⋯」
ゾンビのように起き上がるフェリシア。
⋯やっぱまだ死んでないか?
「⋯⋯まさか、私が座学でこんなに消耗するなんて。」
「武器の扱いなら自信があったんですけど、机上と実戦はこうも違うのですね⋯⋯。」
「⋯⋯俺も、こんなに座学でボロボロになってるんじゃ、剣の自信が無くなっちゃうぜ⋯⋯。」
「⋯⋯でも私最高序列23位ですし。35位の姉さんよりも、実戦なら上なんですよ⋯⋯」
⋯⋯普段はあんなんなのに、こやつそこまで強いのか。
「⋯⋯まあ、最近は仕事に集中しているので順位は間違いなく下ったでしょうけど、今も姉さんに負け越す気はしませんね。」
「⋯⋯じゃあ、俺も勉強しなくていいかも。」
「⋯⋯良くないですよ?」
「あてっ。」
頭に軽い打撃を受けて振り返ると、フローラさんが少し怒った顔をして立っていた。
手の形からして、軽くチョップされたらしい。
「これからお客様が戦う相手は、勝つ為に考えて鍛錬する人間です。戦いの定石すら知らない今の貴方では、あっさり敗北するでしょう。」
「勝負は、裏のかき合いです。こういった表の勉強無しでは、貴方は勝てませんよ?」
「⋯⋯フェリシアは?」
「⋯⋯⋯⋯あの子は、なんと言うか、その⋯⋯直感型の天才ですから。」
「表も裏もない奔放な戦いで、いつの間にか勝ってます。」
「⋯正直、お客様が参考にされるのはお勧め出来ません。」
「えへへぇ⋯⋯珍しく姉さんに褒められましたぁ。」
「褒めてないわよ、フェリシア。⋯⋯貴女は、お客様のやる気を削ぐような事を言うんじゃありません!」
ドゴッ!
「いった〜い!痛いです、姉さん!本の角は南極条約違反ですよ!?」
「⋯知らないわよそんな条約。」
「へーっ!知識うんぬん言っている癖に知らないんでs」
ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!
「ええ、知る必要も無いもの。貴女の頭の中の条約なんて。」
「⋯よ、四度も本の角で⋯⋯ガクッ」
⋯⋯本当に勝ち越していたのか?
「⋯⋯では、少し遅れましたが、お昼にしましょうね。」
「今日は、チャーハンとミニラーメンです。」
「初授業なので、記念に豪勢にしました。」
黄金色のチャーハンに、醤油の香りを漂わせる熱々のラーメン!こんなの、旨くない訳がない!
さっすがフローラ先生!最高だぜ!
食うぞ〜!
「チャーハンのおかわりもありますが、食べ過ぎないで下さいね。」
「⋯⋯午後の授業で居眠りなんてしたら、お仕置きしますからね。」
そう言ってフェリシアを沈めた
「⋯⋯⋯はい。」
フローラさんのチャーハンはとても美味しく、二回もおかわりしてしまい、俺は午後の授業でうとうとして3回お仕置きされた。
ちなみにフェリシアも一回おかわりして居眠りを二度決め込み、18回ぶん殴られた。
⋯⋯二回目は殴られて気絶したように見えたが、気のせいだろう、多分。
「⋯⋯時間ですので、基本遠距離武器三種の授業はここで終わりです。」
「終わらなかった分は明日の冒頭から始めるので、二人ともよく復習するように。」
「実践試験は⋯⋯1時間後に行います。」
「それまで、お客様は休憩です。」
「はぁ〜っ!やっっと終わりましたねお客様!私、もうへとへとですよ⋯」
「俺もだ。⋯⋯休憩、1時間かあ。思ったよりは貰えたな。」
「そう思ってダラダラしているとあっという間に終わってしまうんです。⋯⋯いっそ一緒に仮眠しませんか?」
「⋯大分アリかも。疲れたからよく寝れそう。」
フェリシアにしてはいいアイデア。
早速、床の上に横になる。
⋯⋯硬くて寝にくいが、この際贅沢は言ってられない。
(はわわ⋯ほんとに寝転がりました⋯。冗談のつもりだったのに……。)
「では、私のスマホでタイマーを40分に設定しましたので、アラートが鳴ったら起きて下さいね。」
「⋯⋯⋯うん。」
「じゃあじゃあ、寝入るまで私とおしゃべりでも⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯もう、寝ちゃっていますね。」
おしゃべり出来なかったのは残念だが、それはそうと男の横に寝転がり男の顔をじっくりと観察してみるフェリシア。
「無防備に寝ちゃってもう⋯⋯可愛い顔してますね。」
男の寝顔は大人になりかけの青年でありながら、少年のようなあどけなさを時折見せてくる。そんな彼の寝顔がフェリシアの
(⋯⋯なんで私を前に無防備でいられるんですか!?私、貴方を襲った女ですよ!?そんなに可愛い寝顔晒していたら、悪いお姉さんに襲われちゃうんですからね!)
はぁっ、はあっ⋯⋯
息を荒げて男に手を出そうとする様は正に痴女と呼べるものであった。⋯しかし。
(⋯⋯でも、お客様はお疲れですから、襲っちゃ可哀想ですよね⋯⋯)
ギリギリの所でメイドとしてのプライドと良心が勝ったフェリシア。
(⋯⋯⋯では、起こしたりバレたりしなければよいのでは?)
性欲が一枚上手だったようだ。
(⋯⋯キスくらいしても、バレませんよね?)
こそこそ⋯⋯
(⋯⋯これは、お勉強を頑張ったお客様へのご褒美ですから、何もやましい事はありません。ないったらないんです。)
自分を納得させる言い訳を捻り出しながら、ゆっくりと男の顔に唇を接近させるフェリシア。
こそこそ動いている事自体が彼女自身のやましさの現れだとは気付いてない。
(ほっぺなら、セーフですよね?)
「お客様⋯⋯「駄目よ。」ねえさむぐっ!?」
唇の接触をインターセプトしたのはフローラの指だった。
そのまま、フェリシアの口を塞ぎにかかるフローラ。
「お客様を起こさないの。大声は出さない。」「はい⋯」
「それに、貴女も私と一緒に試験の準備だから、添い寝なんてしてらんないわよ?」「そんなぁ〜。」
「貴女が相手役だから、当然でしょう。⋯⋯ほら、急いで!早く準備が終われば、お客様が来るまで休憩にしてあげますから。」
「⋯は〜い。」
「はいは短く!」
「はい!急ぎますね姉さん!」
そのままドタバタと出て行くフェリシア。
「⋯そそっかしいわね、もう。」
妹の後を追う前に、男の額に軽く口づけを落とし、持って来た毛布を男の身体に掛ける。
「短い間になりますが、よくお休みなさいませ、お客様⋯⋯」
そしてフローラは何度も振り返りながら、静かに部屋を出た。
「⋯⋯この毛布は?」
アラームの音で目を覚ますと、俺の身体に謎の毛布が掛けられていた。
⋯⋯何も掛けずに寝たはずなのだが。
「⋯⋯フェリシア、か?」
あの場にいたのが自分以外には彼女しかいないので、順当に考えればそうなのだが、彼女はそこまで気を回せるかは結構疑問だ。
匂いを嗅いでみるが、俺には2人の匂いの違いなど知らなかったので、いい匂いな事以外は何も分からなかった。
「⋯⋯フェリシア?⋯⋯いない。」
スマホのアラームを止めて本人に聞こうとしたが、既にいなかった。
⋯先に試験会場へ行ったのだろうか?
「⋯⋯そう言えば、実践試験って何処でやるのか聞いて無かったな。」
20分の間に見つけられるかと焦ったが、フェリシアのスマホにメッセージが入る。⋯フローラさんからだ。
『実践試験会場は2階の室内訓練場になります。』
『試験会場の通達が遅れました事をお詫び申し上げます。』
「⋯⋯2階か。」
(同封された地図だと5分もあれば余裕で行けるし、試験前に
それから俺は10分使って俺が書いた下手なノートを見て精一杯復習し、スマホと毛布を抱えて試験会場へ向かった。
「あつ、お客様!ちゃんと時間前に来てくれましたね。」
「⋯間に合ったか。⋯⋯置いていくなんて酷いぞフェリシア。」
思ったより建物が大きく、試験会場の扉の前に着いた時には集合2分前になってしまった。
フェリシアにスマホを返しながら軽く怒ると彼女はバツの悪そうな顔をした。
「あうう、ごめんなさいお客様。私、試験相手だった事をすっかり忘れてまして⋯⋯姉さんに連れて行かれたんです。」
「⋯⋯忘れちゃ駄目でしょ、そんな大事な事。」
「じゃあやっぱこの毛布はフローラさんのか。」
持って来た水色の毛布を取り出すと、何故かフェリシアは変な顔をする。
「⋯!その毛布は⋯!」
「ん?違った?フェリシアのやつ?」
そう言って毛布もフェリシアに渡そうとすると、フェリシアは顔を横に振った。
「⋯⋯それは、姉さんの持ってきた毛布ですのでお客様本人の手で返してあげて下さいね?」
「ああ、うん。お礼も言うよ。」
「⋯⋯それが良いと思いますよ、はい。」
そう言ったきり黙り込んでしまうフェリシア。
⋯⋯どうしたのだろうか?
「なあ、フェリシ―」
「ああっと!まだ準備が残っていました!私行きますね!」
唐突にそう叫んで俺が来た道を逆に行ってしまった。
解せぬ。
(あれ、姉さんが寝る時に普段使いしている毛布じゃないですか!来客用の毛布も別にあるのに!お客様に自分の匂い付けしたいんですか姉さん!?⋯⋯何処でそんな卑しい事覚えたんですか姉さん!?)
「こんな所で何してるのかしら、フェリシア。もうすぐ試験開始時間よ。」
「!!!!!!」
「何よ、その顔。何かあったのかしら?」
男の目の届かぬ所で姉の奇行に頭を抱えている所に本人が現れ、パニックに陥るフェリシア。
「いいいい、いいえ、何も!??」
「⋯⋯そんな様子だと、何かあったなんて丸わかりよ。トラブルがあったなら私も手を貸すから言いなさい。」
「ほ、本当に何も無いんです姉さん!」
「⋯⋯ちょっとその様子じゃ信じられないわね。怒らないから、本当の事を―「ここにいたのか、フェリシア。それにフローラさんも。」⋯⋯⋯お客様、その毛布は。」
「丁度良かった。
間の悪い事に、追いかけて来た男がフローラとエンカウント。
心中で絶叫するフェリシア。
「⋯⋯⋯置きっぱなしにしていただいて大丈夫でしたのに。」
「二度手間になるから持って来たんです。フローラさん、忙しそうですから。」
「ありがとう、ございます⋯⋯。」
毛布を受け取ったフローラさんは何故かフェリシアの方をギロリと睨み始めた。
(⋯⋯何も言ってないでしょうね!)
(言えませんよ姉さんの
(⋯⋯これは、たまたま私用に持ってきていたのを、お客様に掛けただけよ!貴女の思っている様な事は何もないわよ!)
(毎日忙しい私達の自分用毛布を使う私用が他に想像出来ませんが⋯⋯)
(⋯⋯唐突だけど、欲しい物とかあるかしら。)
(⋯⋯強いて言えば、お客様ともう一晩遊びたいです。⋯⋯不完全燃焼で、今もムラムラしています。)
(きっかけは自分で作るので、許可だけで大丈夫です。)
(⋯⋯⋯⋯分かったわよ!許可します!)
(明日は姉さんにもさせてあげますから。)
(余計なお世話です!)
⋯⋯謎のハンドサインを使った秘密の相談は終わったらしい。
なんとなく、フローラさんが負けた様に見える。
「フローラさん⋯?」
「⋯何でもありませんよ。それよりも、実践試験です。フェリシア、準備は?」
「完璧です!さっ、こちらへどうぞ〜。」
何故か上機嫌なフェリシアに連れられて扉の向こうに足を踏み入れる。
「おお⋯⋯これは、広いな。」
体育館程の広いスペースに、壁にはあらゆる武器が飾られている。
一番近い武器を手に取ると、冷たさと重さが感じられる。⋯⋯飾りではない、実戦で使える武器。
「ここが、室内訓練場です。新しい武器を試したり訓練するのに最適の場所として設計された比較的新しい施設なんですよ。⋯⋯今日は壁の武器に用事はありませんので、戻して付いて来て下さいね。」
フェリシアが解説しながら空間の中央へと歩いて行く。
そこには直径6m程度の赤い円が描かれ、三種類の武器の様な物が置かれていた。
「う〜ん、まずはこれを使いましょうか。」
フェリシアはその内の一つを手に取り、それ以外を円の外に放り投げた。
それらをよく見ると、木製のようだ。
「⋯これより、実践試験を開始します。」
「試験内容は単純。一つの武器を使うフェリシアに対し、お客様は二つの武器を使い、一撃当てる。」
「これをお客様とフェリシアの武器を替えて3回達成出来れば、合格です。」
「武器は極めて殺傷力が低く、扱い易い訓練武器を用いて行い、怪我は審判役の私が治療します。」
「お客様が回復を希望する場合は、円の外に出てくだされば回復しますし、フェリシアも攻撃しません。」
「⋯⋯ただし、円の外から一撃入れても合格とはしませんし、その傷は私が直ぐに癒しますので、悪しからず。」
「試験時間は3時間。これを超過したら、お客様は不合格となります。」
「⋯何か質問はありますか?」
「壁の武器群、使っちゃダメ?」
「ダメですよ。まだお客様には手に余る武器達ですし、使えば即、不合格です。」
ダメだったかぁ。強そうなのにな。
「じゃあ、次だ。攻撃は武器でだけOK?殴ったり蹴ったりはダメ?」
「⋯⋯合格を出すには武器での攻撃が必要ですが、徒手攻撃は禁止しませんし、私もその傷は回復しません。」
「了解。じゃ、最後に⋯⋯」
「⋯⋯不合格なら、どうなる?」
「次の日から補習試験を合格するまで続けることになります。⋯⋯不合格しても座学は続けますし、寧ろその場合宿題を沢山出しますからね。」
「絶対合格しますフローラ先生!」
元より一発合格するつもりだが、余計負けられん!
宿題はイヤだ!断固拒否する!
「やる気充分な様ですね。⋯⋯フェリシア、行けますか?」
「何時でも大丈夫です!」
「お客様は?」
「行けます!」
「双方、準備万端とみなします。では、開始の合図から3時間を試験時間とします。」
「⋯⋯最後に、両者はこの戦いを実戦と思い、臨まれるように。」
「⋯⋯始め!」
まずは冷静に落ちている二つの武器と、フェリシアの武器を観察する。
(⋯⋯俺のは先端に白い布が巻かれている長い棒に、先端に重しと厚い板の付いた短い棒。⋯⋯槍と斧かな。)
(フェリシアの武器は多分剣だな。持ち手に鍔のようなパーツが付いているし。)
(授業通りに、武器相性で勝ってみせろって事かな?)
「では、まずは実直に行くか⋯!」
選択したのは
「⋯⋯」
自分に不利な武器でもフェリシアは顔色一つ変えない、落ち着いた対応だ。
(これは、上段の構えか。⋯なんて、攻撃的な構え。)
授業によれば、剣をあらかじめ振りかぶる事で最速の初撃を放てるが、防御には一切向かない超攻撃的な構え。
腕力に秀でる者にしか出来ないし、体力の消耗も激しめだが、俺以上の腕力のフェリシアには問題にならない事は理解している。
それに対して俺は利き手を後ろに下げた左半身の構え。フェリシアの守りの甘さを穿たんとする基本の構えで円にじりじりとにじみ寄る。
保持する剣は微動だにせず、何時でも最大の威力を出せる佇まい。
これくらい落ち着いて茶も運べないのか、と益体も無い事を考えながら円に足を踏み入れると、直ぐにフェリシアは間合いを詰めてきた。
(―速い!)
咄嗟に放った迎撃の連続突きは最小の動作で回避され、逃げた先を狙う薙ぎ払いは叩き落とされた。
重心を前に寄せ過ぎて素早い切り返しが出来ない状態で槍の有利な間合いを抜けられ、剣の距離に。
再度の振り上げも完了し、絶体絶命のピンチ。
(まあ、俺は槍の素人だからここまでは想定内。⋯ここからよ!)
フェリシアのやりたい斬り方は動作から見え見えだ。
俺の体勢が整う前に、最速の振り下ろしで殺すつもりだ。
仮に避けられても、間合いの優位を活かして勝てると踏んでの行動だろう。
「えいっ!」
「甘い!」
俺は満身の力を手首に込めて
武器の長さ故にいつもよりも強い流れに乗ってフェリシアの斬撃を回避しながらフェリシアの後ろに回り込む様に動き、
(
後ろを取っても欲を掻かずに距離を取り、俺は
(あそこから立て直しましたか。⋯⋯いえ、戦況は逆転されましたね。最速でお客様を倒せる、という認識は捨てましょう。)
直ぐに振り返り俺の切り返しの突きを剣で防ぐフェリシア。
中々の防御技術。直ぐには打ち崩せないが、今は
「⋯くっ!」
槍のラッシュに防戦一方のフェリシア。
反撃の動きは出鼻で挫き、フェイントで回避を誘発し回避した先に本命の一撃を打ち込む。
狙い通り戦況そのものをコントロール出来ているが、俺の心に
(⋯これだけ優位に戦いを進めてもまだ有効打は打ててないし、フェリシアの目も
(明らかに慣れていない武器で、この立ち回り。⋯⋯最高序列23位は伊達じゃないな。)
(さて、どう詰めるか⋯⋯。)
「⋯ここです!」
「⋯⋯!」
フェリシアの回避先を潰すはずの一撃が、剣に迎撃されて叩き落とされる。
あちらも回避そのものをフェイントに使ってきた。
先程の二の舞は踏まず
かなり間合いは詰められた。
得意の間合いで打ち込める最後のチャンス。
「はあっ!」
「ひゃぁっ!」
「やあぁーっ!」
今度は最小の振り上げからの素早い打ち込みが来ると、フェリシアの動きから確信する。
しかし
(⋯⋯なら、こうだ!)
男はフェリシアの虚を突いて自分から距離を詰め、フェリシアの剣の間合いよりも更に内側に入り、絶死の間合いをすり抜ける!
既に振り下ろした剣の修正は効かず、フェリシアの剣は何も無い所を切った。
(⋯⋯避けられた!でも、この距離ではお客様も攻撃できな―)
ビシィッ!
(⋯⋯え!?)
更に彼は、避けながら
「⋯きゃぁっ!」
フェリシアにもこの反撃は読めずまともに胸に受けた様だが、フローラさんは有効の判定は出さない。
なので全力の体当たりで怯むフェリシアを更に崩しながら、持ち直した
ドゴ⋯⋯ッ!
「かはっ⋯!」
胸を突かれ、漏れた息が掠れた断末魔としてこぼれ落ち、実戦での致命傷を連想させる程の有効打。
審判も、認めざるを得ない。
「⋯⋯一本。双方、戦闘停止です。お客様は円を出るように。」
「よし⋯!」
まずは一本。
倒れて苦しそうに咳き込むフェリシアを見ていると心は痛むが、宿題回避の為に勝たないといけないんだ。
悪く思ってくれ。
「『ライブ』⋯⋯行けますか?」
「ケホッ、ケホッ⋯⋯当然です!まだ、やれます⋯⋯!」
「⋯⋯そう。では、実践試験は次の段階へ行くので剣を渡しなさい。」
素直に剣を渡したフェリシア。受け取ったフローラさんはこちらにも歩みを向けてきた。
「お客様も、槍を私に。」
受け取った
「⋯後、何分ですか?」
「後、153分ですね。」
冷たく、事務的にそれだけを伝えて沈黙するフローラさん。⋯⋯審判としての絶対中立の振る舞いだろうが、少し寂しいものがある。
「お客様、規則ですのでこちらをどうぞ。」
渡されたのは、先程フェリシアが使っていた剣。しかし⋯⋯
(フェリシアが今構えている武器は、さっきまで俺が使っていた
受け取った剣をそっと床に置き、代わりに斧を拾い上げる。
(時間はまだある様に見えて、過ぎ去るのは一瞬だ⋯!このまま、有利な武器で勝たせてもらう!)
呼吸を整えながら円に近づくと、フェリシアは油断なく槍を構え、俺に狙いをつけている。
先程の俺と同じ、利き手を後ろにした突き重視の構え。
(一歩でも中に足を踏み入れたら、突いてくるな⋯。)
フェリシアから視線は外さず、円周のすぐ外側を回りながら斧を軽く振って使い心地を確かめる。
(⋯見た目通り、極端な重心だ。これが最大の長所であり、最大の短所だろう。)
(上手く使えば速い槍の一撃を剣よりも強く叩き落とせるが、剣ほどに融通や小回りは効かなそうだ。)
(偏った重心故に素人でも人を殺す威力は出しやすいが、強者同士の戦いになればなる程無駄が許されない難しい武器になる。⋯⋯無論、威力は凄まじいだろうから使う人は使うんだろうが⋯⋯。)
(⋯⋯見た目とは真逆の繊細な立ち回りを要求してくるんだな、
「⋯⋯とりま、一回当たってから考えるか。」
身体を半身にして敵に対する面積を減らしながら、片手で前に突きだした斧で上半身を守る我流の守りの構えで俺は
「⋯⋯やぁっ!」
直後、飛んで来る突きの嵐。重い斧の刃でどうにか防げてはいるが、亀の様に守りを固めるしか出来ない。
(⋯⋯槍のラッシュはこんなにも怖いのか!)
圧倒的なリーチと攻撃密度。⋯⋯兵器の王の名は、伊達ではないか。
(近づけないと、剣以上にお話にならないが⋯どう近づくかな。)
「防戦一方ですね、お客様!⋯こういうのは、いかがですか!」
縦に刃を構える俺を横から打とうと薙ぎ払いを仕掛けて来たフェリシア。
どうにか防ぐも、反動を使ってすぐに次の攻撃を繰り出し、連撃は更に加速する。
加速し続ける攻撃を俺は必死に耐えて耐えて、耐え続けた。
そして、ついに連撃で俺の防御が崩れた。
「えぇーぃっ!」
そこに放たれるは今までで最速の突き。
今まで隠してきた最速を今ここで抜き放つフェリシア。
先程の意趣返しの様に心臓を狙うその一撃は最早、回避不可能。
そんな一撃を前に、俺は思わず笑みが溢れる。
(⋯⋯釣れたぜ、トドメの一撃が!)
弾かれたフリで振り上げた斧の横殴りが、胸を貫かんとする
(⋯まさか、釣られた!?早く、槍を戻さないと―)
「―遅いぜ、フェリシア。」
体捌きと振りの力で横殴りの勢いを殺さず加速させた2撃目が、フェリシアの胴を打ちのめす!
(
「がはっ⋯⋯!」
(やはり斧の極端な重心は、俺の
円から吹き飛ばされ、脇腹を押さえながらうずくまるフェリシアを見て流石に罪悪感が湧いてくる。
「一本。双方、戦闘停止です。お客様は、円の外に出るように。」
当然、フローラさんも有効打の判定を出してフェリシアを治療する。
「『リライブ』⋯続きは、明日に回しましょうか?フェリシア。」
「⋯⋯少し良いのは貰いましたけど、全然、平気ですよ!」
「では、槍を渡しなさい。実践試験の最終段階よ。」
杖での治療を受けて直ぐに立ち上がったフェリシア。
痛みに顔を歪め、脂汗を垂らしている様子はちっとも平気そうには見えない。
だが、眼はちっとも死んでないし、俺の動きも2戦を通して見られた。
この3戦目こそが、最大の山場と理解し身構える。
「⋯実践試験を次の段階に進めるので、斧を回収しますね、お客様。」
「⋯⋯はい。⋯ところで、あと何分?」
「あと、112分です。」
「⋯⋯ふぅ〜。」
フローラさんから受け取った斧を構えるフェリシアを見てまたも受け取った
(最後が得意の武器なのはありがたい。⋯⋯うん、振りやすい、慣れた感覚。)
振り慣れた感触に安心すら覚えるも、決して予断を許せる状況ではない。
(⋯⋯
(時間に余裕はまだある。斧の重たい一撃はまともに受けずに対処すれば、小回りの利く剣が有利になるはず。)
(百里を行く者はなんとやら。最後まで、気を抜かずに押し切らせて貰う!)
そして俺は中段の構えで円を踏み越え、最後の戦いへ臨んだ!