幼少期バルブロ視点。
※過去捏造
※オリキャラ
「俺は特別だ」
そう言われるし。
皆がそう扱う。食事も、服も、部屋の中の小物ひとつとっても一級品だ。
俺だけのお付きのメイドもたくさんいる。数えたことはないけど。
「バルブロ様、おやつをお持ちしましたよ」
キィ……。木の扉が微かな軋み声を上げて開く音がした。振り返ると、茶髪で頬にそばかすを散らしたメイド、ジェーンが銀色のトレーにスコーンを乗せて立っていた。焼きたての、いい匂いが部屋いっぱいに広がる。
「ジェーン! 庭で花を見つけたんだ、これ好きだって言ってただろ?」
俺は窓辺に飾っていた一輪の花を差し出した。今朝、庭園で摘んできた青い花だ。
「まぁ……ありがとうございます、バルブロ様。ですが……お庭のお花を抜いたと知れたら私がお叱りを受けてしまいますね」
ジェーンは困ったように笑いながら、でも嬉しそうに目を細めた。
「む…………な、なら、今から一緒に父上に話しに行こう……! 俺がいいと言ったって、大きな声で言ってやるから!」
「ふふ、バルブロ様っ……そんなに手を引っ張らないで……転んでしまいますよ!」
俺が王様になれば、ジェーンも、みんなも、もっと幸せにできる。
─────
ベッドの中で薄く目を開ける。カーテンの向こうで数人のメイドの影が見えた。シーツの感覚がとてもやわらかい。ここはあたたかくて安全な場所だ。出たくないけど、仕方ない。
「おはようございます、バルブロ様」
めんどくさく思いながらもシャツを着替えていると、いつもと変わらない声がかかる。
「お紅茶を淹れますね」
「あぁ」
第一王子の俺はいつか、王様になるらしい。俺も、もちろん王位を継ぐつもりだ。この日々がずっと続くなら。もっと良いものになっていくなら。勉強だってたくさんする。俺はその立場に、役目に、全力で向き合う。
───────
「ふふ、本当によく出来た息子だな。バルブロ、お前は私の誇りだ。」
頭の形を確かめるみたいに、撫でられた。重たい手だった。王様の手は、たくさんのものを守っているから重たいんだと、俺は思った。頭のてっぺんがあたたかい。あと、少しくすぐったい。
「父上っ……俺は、王様になれるかな」
俺がそう聞くと、父上の金糸雀色の目が優しげに潤んだ。
「もちろん。お前は、────」
───ある日突然。
俺に弟が出来た。
「ほら、お前の弟だぞ」
父上の腕の中にいたのは、俺よりもずっと小さな生き物だった。
鮮やかな、金色の薄い髪。翠色のくりくりの大きな目。丸い頬。なぜか、ほかほかしてる。おひさまみたいな匂いがする。可愛い。小さい。温い。指を差し出すと、ぎゅっと握り返してきた。力が弱くて、俺が守ってやらないと、壊れそうだ。
俺はますます気合いが入った。
頑張れば、弟は、何不自由なく暮らせる。すごいぞ。
王様になった俺は、かっこよくマントをはためかせ、隣には、白髪が増えた父上と、ほんのすこし大きくなった弟。俺のすぐ後ろをついてくる弟の姿。そうしたら、父上にどんなに褒めてもらえるだろう。
───────
「にいに」
そう言って、一人で歩けるようになった小さな俺の弟、ザナックは腕を広げる。これは、抱っこして欲しいという合図だ。ザナックを抱っこするのはすこし骨が折れる。
「こら、動くな」
腕の中で大人しくしてくれないからだ。体を反らして外の景色に手を伸ばしたり、俺の顔をもみくちゃにいじったり。ぷにぷにした手のひらが顔に当たると、なんだか不思議な気持ちになる。このザナックは。この小さなザナックには、王位継承権があるらしい。いつかに、メイドか貴族達がこっそり噂していた。こいつも、大きくなってくれば、王になりたい。と言い出すのだろうか。フラッシュバックする。父上の視線が、腕の中の弟に落ちる様子が。俺に向いていたはずの目が、いつからか当たり前のように、弟を追っていた。
──あ。
胸の奥で、何かがひやりとした。
────父上は、俺だけを見てくれなくなってしまうのではないか。
そう思うと、少しだけコイツが憎い。俺が努力して集めた支持者を。王になる為にと学んで来た全てを。ぶち壊すのだ。俺が俺であるための一番を。
許せない。許してやったら、それは、過去の俺の全否定になる。特別だった俺をいなかったことにするのと同じだ。何も知らない。奪うつもりも、競うつもりもない顔で。
「ちゅー」
それでも。可愛いものは可愛い。
教えたのはメイドか、母か、父か、それともいつの間にか絆されていた俺なのか。頬に、ちゅーをしてくる。しかも、自分でセリフを言いながら。俺も、思わず、柔らかい頬に返した。「がぶっ」っと食べる真似をして言うと、「きゃー」と。腕の中で愛くるしくころころ笑う。
「フッ。」
あぁ。
どうしようもないほど、憎い。
───────
五歳になったザナックは、自由だった。何よりそれが腹立たしかった。俺が勉強机に縛り付けられている間、庭園で本を読んでいる。俺が剣を振っている間、菓子を頬張っている。それを見て、誰も何も言わない。俺は父上に叱られるのに、ザナックが叱られているところなんか見た事ない。
本の中に目を落とすその横顔があまりにも能天気に見えた。そのくせ、昔の俺より成績が良いだと? どうせあのマヌケ、ずるでもしてるんだろう。
……いや、そんなはずはないか。教師の贔屓か? それとも、本当に俺より出来るのか? あぁ、見れば見るほど苛つく顔をしているな。
「あにうえ」
「……あ? 何だ。」
舌打ちしたい気持ちを押さえ付けて返事をした。
「あにうえ、それ……何を飲んでいるんですか?」
ザナックが俺のカップを覗き込んだ。翠色の目に紅茶の鮮やかな赤が映る。
その時、俺の頭にいい考えが過ぎった。
「興味、あるか? 飲んでもいいぞ」
「はい!」
遠慮する様子もなくザナックはカップを両手で持ってそれに口を付けた。
「ん、うっ……!……にが」
俺の予想通り、ベロを出して指先で触っている。
……やめておくべきだ。
そう思ったのは一瞬だった。
「それ、毒だぞ」
「────え?」
ザナックの顔が一瞬で真っ青になった。そして、ぽろぽろと泣き出す。
「兄上……おれ、死んじゃ……けほっ……」
背中を丸めて咳き込みながら泣いている顔を見たら気分がスッキリした。胸が軽くなる。俺は一瞬、何も言わなかった。それから、腹の奥から笑いがこみ上げてきた。
「は……あははっ! はっ、くははっ……ははははっ!!」
俺は立ち上がって、腹を抱えて、机を叩いて廊下に響くくらい思いっきり笑った。ザナックは泣き止み、信じられないものを見るような目でこちらを見た。
「う、う……っ……」
ザナックがすすり泣くのと同時に、メイドと父上が駆け付けた。慌ただしく、頭上の方で焦ったようなやり取りが聞こえて、父上の胸にぐっと抱き寄せられた。重たくて、俺の肩が濡れていく。ザナックを横目で見ると、メイドに背中をさすられていた。なんで父上は泣くんだろう。なんで父上は謝るんだろう。俺はこんなにも清々しいのに。
その後、教師は俺に「もっと頑張りましょう」と言わなくなった。誰も、俺に期待しなくなった。ザナックより成績が悪いのに、負けているのに、父上は褒めてくれた。それが余計に俺の神経を逆撫でする。俺が愚かにも感情を出したから? 頭が悪いから? 父上は、俺は王に相応しくないと判断したのか?
何故。第一王子の俺が。この俺が。いや、第一王子が? 王位継承権一位なのに。なんで、なんで、なんで。分からない。ザナックに勝たなければ。そうしたら父上も俺を見直してくれるはず。
感情を出すな。出したら、こうなる。ならなきゃいけないんだ。国王に相応しい第一王子に。