※この作品はR-18です。

ザナック蘇生if/アイザナ   作:アイザナ大使

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公表

 

 

ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

深紅の絨毯に、天井からは冷たい光が落ちる。左右には各階層守護者が整列していた。アルベド。デミウルゴス。シャルティア。コキュートス。アウラとマーレ。そして、その中央。玉座に座するのは、魔導王アインズ・ウール・ゴウン。その彼のすぐ隣に立たされているのが、ザナックだった。緊張しているのは、ザナックだけではない。アルベドは、微笑んでいた。完璧な、非の打ち所のない微笑だ。だが。その端麗な顔の眉がぴくりと跳ねた。

「──本日は、重要な発表がある。心して聞いてくれ」

アインズの声が、静かに玉座の間に響く。守護者たちが一斉に頭を垂れた。

「畏まりました、アインズ様」

代表してアルベドが答える。その声は澄んでいる。完璧過ぎるほどに。

アインズは、隣のザナックを一瞥した。その視線は、ほんの僅かに柔らかい。

「私は──」

一拍。

「ザナックと正式に交際している」

空気が、止まった。アルベドの笑顔が、固定されたまま凍りつく。シャルティアはまるで理解できていないようで何度も首を傾げる。アウラが瞬きして、マーレが眉を下げて固まる。デミウルゴスだけが、眼鏡を押し上げた。

「……なるほど」

極めて冷静だ。アルベドは、まだ笑っている。笑っているが。瞳の光が、消えた。

「……今、何と仰いましたか?」

声は優しい。

「聞こえなかったか? ザナックは俺の婚約者だ」

アルベドの翼が、ばさりと大きく揺れた。

「……ありえない」

ぽつりと、呟く。

「いえ、ありえませんわ。ありえません。ありえません。ありえませんわよね?」

誰に確認しているのか分からない。ザナックは一歩下がった。

(やっぱりこうなる)

アルベドは、ゆっくりと顔を上げた。

「アインズ様……その……"婚約者"というのは、つまり……」

にこり。

「正妻、という意味でございますか?」

その場の温度が下がった。

「そうだ」

即答だった。アルベドの口角が、ひくりと引き攣る。

「では……側室をお取りになるご予定は?」

震えている。声が、ほんの僅かに。

アインズはゆっくりと立ち上がった。

「ない」

断言。

「俺は側室を取らない」

二度目の静止。アルベドの翼が、今度は力なく垂れた。

「……完全に……?」

「完全にだ」

「今後も?」

「今後もだ」

「未来永劫?」

「未来永劫だ」

アルベドの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。

「…………っ」

沈黙。

そして。

「ぐっ……」

拳を握る。

「……なるほど。理解いたしました」

声はまだ震えている。だが、跪いた。

「ナザリック守護者統括として、アインズ様の、魔導王陛下の御決定を全面的に支持いたします」

完璧な臣下の姿勢。その背後で。シャルティアが小声で囁く。

「アルベド、今にも泣きそうでありんす」

「しーっ」

アウラが小突く。アルベドは顔を上げた。その微笑みは、いつものそれだった。

「ですが、ザナック様」

にこり。

圧が強い。

「アインズ様に相応しい振る舞いを、今後はより一層求められますわよ?」

笑っている。笑っているが。目が笑っていない。ザナックは、こくりと喉を鳴らした。

「……努力します」

アインズが一歩前に出る。

「努力は不要だ。既に相応しい」

さらりと爆弾を落とす。アルベドの肩が、ぴくりと震えた。

「……本当に」

小さく呟く。

「ありえない……けれど」

ゆっくりと、深く頭を垂れる。

「アインズ様がお選びになったのならば──」

ほんの一瞬。悔しさと、諦念と、忠誠と、複雑な感情が混じった瞳がザナックを見た。

「お守りいたしますわ。……正妻様」

最後の一言は、わずかに重い。だが。そこには、確かな忠誠があった。玉座の間に、再び厳かな静寂が戻る。そしてアインズは、堂々と宣言した。

「以上だ。ザナックは俺の婚約者であり、唯一の伴侶だ。異論は認めない」

誰も、異を唱えなかった。唱えられるはずもなかった。ナザリックに、新たな秩序が刻まれた瞬間だった。玉座の間が、微妙にざわついた。……いや、ざわつける訳がない。なので皆黙っているが、空気だけがまだ「?」を漂わせている。そんな中で、最初に動いたのはデミウルゴスだった。眼鏡の位置を、中指で、す、と直す。

「……なるほど。状況を整理いたします」

口調はいつも通り、淡々としているが、少しだけ早口だ。

「ザナック様がアインズ様の"恋人"であり、"婚約者"であり、"正妻"である。さらに、側室は取らない──」

興奮している。一つ一つ確認するように言葉を並べ、そして、ぴたり、と止まる。

「つまり、アインズ様の最高意思決定により最重要保護対象が、明確に定義された……ということですね」

一瞬の沈黙。デミウルゴスの口角が、ほんの僅かに上がった。

「……素晴らしい。実に合理的です」

アルベドが、ぎぎぎ、と音がしそうな動きで顔を向ける。

「デミウルゴス?」

「はい、アルベド」

デミウルゴスはいつもの微笑で返した。そしてアルベドもまた穏やかな笑みで返す。戦争が始まりそうな微笑だった。

「感情面はともかくとして、アインズ様が"唯一"と明言された時点で、内部の混乱要因が減ります。曖昧さがない。これは、統治にとって大きな利点です」

「…………感情面はともかくとして?」

アルベドの声が、やたら丁寧になった。

「ええ。感情面は……"個々の問題"ですので」

さらっと言う。アルベドの黒い翼が、ぴくり、と跳ねた。ザナックは内心で(助けてくれ)と天井に向かって祈った。天井は何も言わない。デミウルゴスは続ける。

「アインズ様。確認ですが、これはナザリック内部のみへの通達でしょうか。それとも対外的発表も想定されておりますか?」

アインズが頷く。

「当然、対外的にも公表する。ザナックは俺の婚約者だ」

(それ言いたいだけでしょうアインズ様!)とザナックは叫んだ。心の内で。デミウルゴスの眼鏡が、きらり、と光った気がした。

「承知いたしました」

即答。

「では、対外的な呼称はどういたしましょう。『魔導王陛下の婚約者』、『魔導国正妃殿下』、あるいは『伴侶』として統一するか──」

デミウルゴスは声を弾ませる。

「儀礼の計画、国内法の整理、反対派への対処……」

アルベドが指を折りながら言う。仕事が早い。怖いほどに。

「その全てを、私が責任を持って段取りいたします」

そして、ぴしっと姿勢を正す。

「……当然ですわ。根回しは、私の役目ですもの」

デミウルゴスはにこりと笑った。

「ええ。根回しはアルベドが。ナザリック内部の反対派の"説得"は、私が」

「説得?」

「はい。説得です」

何故かその場の温度が一度下がった。

アインズが咳払いをする。

「過剰なことはするな」

デミウルゴスは一礼した。

「アインズ様のご命令の範囲で、最大限"穏便"に」

定義が怪しい。アルベドが、にこ、と笑い直した。

「その"穏便"は、どの程度まで?」

「命が残る範囲で」

「……」

ザナックは(やめてくれ)と二人の間に見えない火花を見た。そこでシャルティアが、ぱっと手を挙げた。

「つまり! ザナック様が正妻ってことは!」

ものすごく嬉しそうだ。

「シャルティア、何を……!」

アウラが慌てて止めようとする。

シャルティアは止まらない。

「つまりアルベドは完全敗北でありんすね! うふふ! 第二夫人の席は妾の……」

アルベドの微笑みが、氷みたいに固まった。黒い翼がぷるぷると震える。

「シャルティア?」

「なに、アルベド?」

「側室は取らないとアインズ様は言ったでしょう? 話を聞いてなかったの?アインズ様の御前よ。その口を閉じなさい。」

「うっ」

閉じた。

コキュートスが、重々しく頷く。

「アインズ様ノ御決定、理解シタ。……ザナック様ヲ、護ル。重大ナ役目ダ」

短く、真面目な答え。優しい声色だ。ザナックは少しだけ息を吐いた。アウラは腕を組んだまま、じ、とザナックを見た。

「やるじゃん、ザナック!」

アウラは何故か親指を立てて爽やかな笑みを向けた。マーレが小さく頷く。

「……すごい、です……」

褒めているのか、何なのか分からない。そして、アルベド。アルベドは一度、深呼吸した。とても綺麗な動作だ。

「アインズ様」

優雅に一礼。

「おめでとうございます。心より」

言葉は祝福。声も表情も祝福。……ただし、背後に悔しさが見える。

「そして」

アルベドは、ゆっくりザナックへ視線を向ける。

「ザナック様」

にこり。

「末永くお幸せに。……本当に」

最後の"本当に"だけ、圧が強い。ザナックは背筋を伸ばし、固く頷いた。

「……ありがとうございます」

アインズが、ざっくりと締めた。

「以上。ザナックは俺の婚約者だ。全員、今日からまた、よろしく頼む」

デミウルゴスが、即座に応える。

「畏まりました。アインズ様。まずは儀礼手順と護衛体制の再設計から着手いたします」

アルベドも負けない。

「婚約発表の場の演出は私が。衣装も、式典も、演説も、国民の感情の誘導も」

「感情の誘導?」

アインズが引っかかる。アルベドはにこり。

「祝福ムードを作る、という意味でございます」

デミウルゴスが頷く。

「それは重要です。反発を抑えるには、外堀を埋めるのが最適だ」

アインズは(なんか大変なことになってるな)という顔をした。骨だけど。

ザナックは(大変なことになったな)と思った。顔が熱い。そして、玉座の間の空気は、ようやく前に進む方向に落ち着いていった。ただし。アルベドの背後の黒いオーラだけは、最後まで収まらなかった。

 

 

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