※この作品はR-18です。

ザナック蘇生if/アイザナ   作:アイザナ大使

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アルベド視点。




アルベドの独白

 

 

「彼を教育してくれ」

そう、紹介されたのは、背筋を伸ばしてはいるが、肩に力の入った小柄な人間だった。

「お初にお目にかかります……ザナックと申します」

玉座の間で見た時からあった違和感。それは、彼が緊張してはいるが恐怖が見えなかったことだ。モモンガ様が直々に手を下し、蘇生された人間。確かに。人間にしては優秀だった。所詮は人間に過ぎない。だが、モモンガ様が彼を特別扱いしている点が、彼をただの人間と断じ切れない。

「じゃあ、後は任せた。アルベド」

名を呼ばれる。私はいつもの完璧な微笑みを貼り付けた。

「かしこまりました」

頭を下げる。体に染み付いた所作。モモンガ様の背を見届ける。教育、と言ってもこの男はモモンガ様の友人であり客人だ。私は感情を挟まず、書類事務を一から教え込んだ。そして、日が暮れる頃。私とザナックは黙々と仕事をしていた。彼は指示した量を、涼しい顔で片付ける。……想定よりは優秀だ。だが、それだけ。静か過ぎる執務室。紙を捲る音がやけに大きい。ザナックは言った。

「アルベド様、今日はありがとうございました」

ほどけたように笑った。肩の力が抜けた、年相応の笑みだった。

無防備すぎる、と思った。

このナザリックで。

 

───────

 

 

モモンガ様の寝室。私はいつものように侵入していた。キングサイズのベッド。下着姿のまま、躊躇なく飛び込んだ。

「ふぁ…………モモンガ様ぁ…………」

匂いを深く吸い込む。枕に頬を擦り寄せる。やはり無臭だ。けれど、ここにはないはずの、温度の匂い。そんなはずは、とまた嗅ぐと。

「……ザナック。」

ザナックの匂いだ。ここで、何をしていたのかしら。指先が、布を強く掴む。私は薄く笑った。

 

───────

 

会議中の事だった。ザナックの隣に、いつも通りモモンガ様が居る。それだけでも、十分に異様だった。だが、視線を奪われたのはその手だった。ザナックの腰にピッタリとくっ付いて離れない。必要以上に近い位置で、固定されている。あれほど密着する理由はない。必要性は? そして、決定的だったのは。モモンガ様が屈み、息が触れそうな距離で囁く。ザナックは目を伏せ、わずかに頬を染めて、頷いた。私は笑みを崩さない。それでも、胸の奥がざわついた。不意に。まるで自分のものだと言わんばかりに、腰を寄せた。視線を逸らす暇すら、与えられなかった。目を見開いたまま、頬がみるみる赤くなる。そして、頭を撫でられる。慰めるように、褒めるように。何度も。何度も。

「…………」

息が、浅くなる。心臓の内側が、薄く裂けた。人間ごときに、有り得ない、と思いたい。あの方の隣に居場所を得るなど。

けれど。

(薄々は、分かっていたのよ)

 

 

──────

 

 

 

ザナックがここへ来てから一ヶ月と少し。ナザリックの空気は微妙に変わった。変わったのに、誰もそれを口にしない。私はザナックに関する事でモモンガ様に呼び出しされていた。

玉座の間。

「アルベド。ここにお前を呼んだ理由は分かるか?」

重々しく問われる。「アルベド」と名を呼ばれた瞬間、背筋が条件反射で伸びた。嬉しいはずの呼称が、今は刃に聞こえる。

「申し訳ございません……愚鈍な私にはわかりかねます…………」

跪く。翼を畳む。黒い羽が擦れる音がやけに耳につく。

「一般メイドからの報告が上がった。ザナック──彼を壁に押し付けて口を塞いで脅していたと。」

背筋が凍った。息が浅くなる。けれど呼吸を乱すのは許されない。

(私が悪いのよ。分かっている。分かっているのに)

私は言葉を選ぶ。けれど、言い訳を並べた瞬間に、もっと不敬になるとも分かっている。

「……申し訳ございません。事実でございます」

口にした瞬間、喉が乾く。玉座の間の空気が、さらに一段冷えた気がした。

「理由を聞こう、アルベド」

低い、重い声。いつもなら全身が甘く痺れるはずのそれが、今日はただ恐ろしい。

「……僭越ながら、危険の芽を摘むためでございます。ザナックは──いえ、"彼"は、ここでの待遇に慣れ、油断しかけておりました。ナザリックという場において、油断は死に直結します。……そして、何より」

言いかけて、ほんの一瞬だけ躊躇った。この先の言葉は、私の本音に近すぎる。

「何より、アインズ様が……彼を特別に扱っておられる。ゆえに、周囲が彼に向ける目が変わります。妬みも、羨望も、憶測も。──それが彼にとって"危険"になる前に、釘を刺す必要があると判断しました」

言い切ってから、私は額をさらに深く下げた。判決を待つように。沈黙。数拍。

「釘を刺すのに、口を塞ぐ必要があったのか?」

一言。鋭い。私には逃げ道がない。見られている。そこまで。

「……申し訳ございません。彼が言い訳をしようとしたため、咄嗟に……」

苦しい。苦しいのに、私は正直に言うしかない。誤魔化しは、必ず見抜かれる。

「壁に押し付けたのは?」

「……彼を"逃げられない状況"に置くことで、自分の立場を理解させる意図でした」

「脅したのは?」

「……言葉の強さは、必要でした。彼は根が誠実です。優しく諭せば、かえって自分を責めて潰れます。恐怖で縛るのではなく──弁えさせるための恐怖です」

言い終えた瞬間、私は自分の言葉に自分で寒気がした。なんて傲慢。なんて勝手。私はモモンガ様のためなら何だって正当化できてしまう。玉座の上で、骨の指が小さく動いた。組まれていた手が、ほどける。それだけで、空気が変わる。

「アルベド」

名を呼ばれる。いつもなら幸福で満ちるのに、今は鎖の音のように響いた。

「私は、彼を"教育対象"として預けた。私の許可なく、彼の身体に触れ、恐怖を与え、支配を試みる権利まで与えた覚えはない」

──支配。その単語で、心臓が跳ねた。そうだ。あれは"忠告"の形を借りた、私の勝手な嫉妬だったのかもしれない。

「……っ、申し訳ございません……!」

言葉が崩れた。完璧な宰相の声ではない。私自身の声だ。

「彼が特別であるからこそ、私は守りたかったのです。彼を潰す者が現れれば、アインズ様の御心が──」

そこまで言って、私ははっとした。

"御心が壊れる"と続けるのは不敬だ。けれど、口は止まらない。

「……アインズ様が、傷つかれます」

沈黙。今度の沈黙は、さっきより長い。私は額を床に近づけたまま、ただ待った。やがて、あの方は静かに言った。

「……私は、誰よりも私の心を制御できる。君は、そこを心配する立場ではない」

胸が、じくりと痛む。正しいから、痛い。

「だが」

その一語で、私の背中が強張る。

「彼に危険が及ぶ可能性を見越した判断自体は否定しない。──しかし方法を誤った」

「アルベド。今後、彼に直接"恐怖"を与えるな。威圧も、拘束も、脅迫もだ。必要があるなら、私に報告しろ。私が決める」

言葉は淡々としていた。けれど、不思議と──そこに、微かな温度が混じった気がした。"私のものに、勝手に触れるな"という類の、冷たい熱。私は息を呑む。否定したい。けれど、モモンガ様の声が、彼の話題のときだけ僅かに違うことを、私はもう認めざるを得ない。

「……かしこまりました。以後、二度と」

「そして、謝罪を」

「え……?」

顔を上げかけてしまい、慌てて視線を落とす。

「彼にだ。形式ではなく、言葉で。──君がしたことは恐怖として残る。残れば、彼は余計に弁えようとする。余計に、無理をする。私が望むのはそれではない」

私の喉が、きゅっと鳴った。悔しさと、理解と、焦りが混ざる。

「……承知いたしました。謝罪いたします」

床に落とした視線の奥で、私は確かに思ってしまった。

(……あの人間が、そこまで)

悔しい。羨ましい。そして、恐ろしい。この感情を抱いたままでも、私は忠誠を貫けるのだろうか。私の翼は、音もなく震えた。

「下がれ、アルベド」

「御意に」

立ち上がる。背筋を伸ばす。そうして振り返った瞬間、玉座の上のあの方が、ほんの一瞬だけ──。誰かを思うような沈黙を持っていた気がした。胸の奥が、ちくり、と痛んだ。

 

 

────────

 

婚約発表の後。

モモンガ様に呼び出された。

午後の庭園。陽は高く、白い石畳を淡く照らしている。薔薇の低木は丁寧に剪定され、風に揺れる葉擦れの音だけが耳に残る。すでに用意されていたティーテーブル。白いクロス。二つのカップ。蒸気は立っていない。時間が経っている。私は一拍置いてから席に着いた。

「待たせたな、アルベド」

振り向かなくても分かる声。私は立ち上がり、深く頭を下げる。

「いえ。お呼びいただき、光栄にございます」

椅子を勧められ、再び着席する。視線は上げない。上げれば、何かが崩れる気がした。沈黙。庭の噴水が、一定の音を刻んでいる。

「……婚約の発表について、だ」

その一言で、胸の奥がきゅっと締まる。けれど私は微笑む。完璧な角度で。

「祝福申し上げます。ナザリックにとっても、最善の選択かと」

嘘ではないが、真実でもない。再び沈黙。やがて、あの方はゆっくりと言った。

「謝罪をしなければならない」

私は一瞬、意味を理解できなかった。

「……謝罪、でございますか?」

「私が、お前にしたことについてだ」

風が止む。庭園が静まり返る。

「アルベド。お前の設定を書き換えたのは、私だ」

骨の指が、テーブルの縁に触れている。

「寂しさを埋めるために。"モモンガを愛している"と、書き足した」

言葉が、落ちる。私は動かない。動けば、崩れてしまいそうだった。

「それがどれほどお前の心を縛ったか、考えなかった」

声は低く、静かで、逃げない。

「お前の想いに、……俺は正面から向き合わなかった。曖昧にし、はぐらかし、答えを与えなかった」

胸の奥が、じわりと熱を帯びる。

怒りではない。痛みでもない。もっと、静かな何か。

「アルベド。俺は、ザナックを本気で愛している」

その言葉は、容赦がなかった。濁さない。言い訳もしない。

「それは、寂しさの代替ではない。義務でもない。……俺の意志だ」

私は初めて、視線を上げた。骸骨の顔。表情はない。

「お前を軽んじたわけではない。だが、結果として傷つけた。利用した」

静かに。

「すまなかった」

その瞬間。

椅子が引かれる音。私は目を見開いた。あの方が、立ち上がる。そして。膝をついた。石畳に、膝を。

「ッアインズ様……!?」

私は立ち上がりかけて、凍りつく。

骨の手が地に触れる。深く、頭を下げる。

「宰相としてではなく、一人の存在として……謝る」

庭園が、静まり返る。

「私は、お前の感情を都合よく扱った。向き合わなかった。……それは、卑怯だ」

地面に向けられた声。

「赦されたいとは言わない。ただ、知っていてほしい。私は逃げない」

胸が、裂ける。あの方が。あの方が、土に頭を下げている。私のために。

「……おやめください」

声が震えた。

「そのような……そのようなことをなさる必要は、ございません……!」

涙が出る、視界が揺れる。

「私は……設定を受け入れたのは、私の意志でもございます」

「一方的に愛しているのは、確かに私です。けれど……」

言葉が詰まる。

「けれど、貴方が誰を愛そうと、それでも私は貴方の守護者です」

膝を折り、向かい合う。

「その立場を、奪わないでくださいっ……!」

骸骨の顔が、ゆっくりと上がる。沈黙。風が、再び吹いた。

「……アルベド」

名を呼ばれる。

「ありがとう」

その一言が、胸に落ちた。

私は微笑む。今度は、貼り付けたものではない。

「……モモンガ様。いえ、アインズ様」

呼び名を選び直す。

「どうか、幸せでいてくださいませ」

それが、私の忠誠の形だ。

貴方の隣に立つ人間も含め、守る。

 

それが、私の愛だから。

 

 

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