アルベドとザナックがデートします
ナザリック九階層の静かな廊下。
書類を抱えて歩くザナックの前に、アルベドが立ちはだかる。
「ザナック」
穏やかな笑み。黒い翼が僅かに広がった。
「はい?」
「デートしましょ」
「は?」
目を見開いたまま固まる。
「な、ん……と?」
「さ、行くわよ」
それを無視して、アルベドは有無を言わさずザナックの手首を取った。
「ちょ、ちょ、ちょっ」
ザナックが止めてもお構いなしだ。
「もう許可はいただいているの。街を視察する名目で。……アインズ様から、ね」
「お待ちください……っ! アルベド様っ」
「何、ザナック? アインズ様も快く承諾してくださったのよ? アインズ様のご意向に背くと言うの?」
「いえ、そうじゃなく、デ──」
─────────
魔導国市街は、今日も賑わっていた。
石畳の通りに並ぶ店。焼き立てのパンの匂い。果実を積んだ露店の呼び声。人間も亜人もアンデッドも、肩を触れ合わせながら行き交う。かつての王都とは違う匂いが、この街にはあった。その通りの中央を、二人の影が進んでいた。
「宰相様だ」 「補佐官のザナック様も……」
人々の声が小声で聞こえる。
アルベドは前を歩く。背筋を伸ばして、白いドレスは一切乱さない。
「ザナック様、おはようございます!」
人間の魔導国民だ。少し離れたところから手を振られる。柔らかい笑顔でザナックは会釈をした。
「人気なのね」
「ええ、そうなんですかね……」
────────
魔導国の一角にある食事処。二人は並んで席に着いていた。注文を終え、僅かな沈黙が落ちる。カップが二つ出された。
「なぜ、貴方だったの?」
視線は逸らさない。冷静に、淡々と。
「理由なんて、俺にも分からないんです」
苦笑半分に答えた。
沈黙。
「……アインズ様、時々やたら素直になるのよ。感情抑制が働いても隠しきれない時があるの」
「分かります。あの時の照れ方……反則ですよね」
即反応した。
「焦ると声が高くなるでしょう? あれ、隠せてませんよね」
「くふふ、そうなのよ! その後の誤魔化しも好きなの」
「ええ、困ると指で頭を掻く仕草も良いですよね」
「何より、あの低い声で命令されるのが……くふふふ」
「……あれは、ずるいですよね」
気づけば、互いに前のめりになっていた。
「でも、貴方はその"低い声"を間近で聞いているのよね?」
空気が一瞬変わる。
「ええ、昨夜も」
アルベドの笑みがぴたりと固まる。店内の空気が、わずかに冷える。
「……貴方そういうところよ」
ザナックの眉間が人差し指に押される。
「え?」
「その無自覚さを、あの方も困っていらっしゃるのかしらね」
肘をついて、顎に手を当てて顔を背けた。艶やかな黒髪が揺れた。
「気分を害されたならすみません……」
「その逆だから、困ってるのよ」
アルベドの指が、容赦なく頬を摘んだ。
「うぐっ」
アルベドは摘んでいた頬をぱっと離した。
「……まあいいわ」
すっと背筋を伸ばす。仕切り直しだ。
「では、正々堂々といきましょう」
「何がですか」
「アインズ様の"どこが一番好きか"聞かせて? それくらいいいでしょ。正妻様。」
ザナックは目を見開く。そして俯いた。
「……その、慎重さ、ですかね」
「慎重さ?」
アルベドが片眉を上げる。
ザナックは指先でカップの縁をなぞった。少し照れたように、けれど誤魔化さない声で続ける。
「ええ。あの方は、派手な決断をなさるように見えて、実は誰よりも情報を集めている。最悪の事態を想定して、何重にも保険をかけている。……俺は、そこが好きです」
アルベドは黙って聞いている。
「それから、責任感。全部自分で背負おうとするでしょう? 本当は誰かに任せてもいいのに」
「……ええ」
「部下を信頼しているくせに、最後の最後は自分が矢面に立つ。あれは、ずるいです」
「ずるい?」
「格好良すぎますから」
アルベドの口元が、僅かに緩む。
ザナックは、少しだけ勢いづいた。
「あと、意外と律儀なところも」
「律儀?」
「小さな約束でも、覚えている。俺が何気なく言ったことを、後日ちゃんと拾ってくださる。……ああいうのに、弱いです」
アルベドは無言。視線が鋭い。
「それから」
指を一本立てる。
「思慮深さ。感情に任せて動かない。けれど、本当に大事なものに対しては、理屈を超えて動くところ」
二本目。
「部下思い。ナザリックの皆を、本気で家族だと思っている」
三本目。
「視野の広さ。人間も亜人もアンデッドも、全部ひっくるめて考える」
四本目。
「話を聞いてくださるところ。俺の意見を、ちゃんと最後まで」
五本目。
「意外と不器用なところ」
アルベドが吹き出しかける。
「不器用?」
「ええ。格好つけようとして、空回りする時があります」
「くふふっ……あるわね」
六本目。
「努力家。誰よりも勉強している」
七本目。
「孤独を隠すのが下手なところ」
空気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
八本目。
「優しさ。表には出さないけれど」
九本目。
「俺のことを、対等に扱ってくださるところ」
十本目。
「そして……」
一瞬、言葉を探す。アルベドは黙って待つ。
「俺を選んでくれたこと」
視線を上げた。
「それが一番、好きです」
沈黙。店の奥で皿が触れ合う音がする。アルベドは、ゆっくりとカップを持ち上げた。
「……負けたわ」
「はい?」
「そこまで具体的に言われると、ぐうの音も出ない」
ふっと、肩の力が抜ける。
「けれど、誤解しないでちょうだい」
アルベドは目を細める。
「私は諦めたわけではないわよ?」
「え?」
「貴方が選ばれたのは事実。でも、私はあの方の守護者。立場は揺らがない」
ザナックは苦笑する。
「ええ。分かっています」
視線が交わる。
「でも、ザナック」
アルベドは、少しだけ悪戯めいた笑みを浮かべた。
「今のは正妻の余裕ってやつ?」
「ち、違います!」
頬が赤くなる。
「本音を言っただけです!」
「そう。それなら」
アルベドは立ち上がった。
「帰りましょう。きっと、落ち着きなく待っているわ」
「え?」
「婚約者が他の女と"デート"しているのよ?」
ザナックの顔が、見る見る赤くなる。
「ち、違います! これは視察でしょう……!?」
「くふふ」
黒い翼が僅かに揺れた。
石畳の道を、再び並んで歩き出す。
夕暮れが、二人の影を長く伸ばす。
その影は、決して重ならない。けれど。どこか同じ方向を向いている。
────────
帰り道。店を出ると、夕暮れの光が石畳を照らしていた。
「ねえザナック、あのコート、アインズ様に似合うと思わない?」
アルベドがショーケースを指さした。
「……ああいうの、着せたら格好いいでしょうね。アルベド様、買って行きますか?」
「いえ。貴方が贈りなさい。恋人でしょう?」
アルベドは言った。
「いや、そういうのは……そのっ……」
「じゃあ、私が贈ろうかしら」
「あっえっ、買ってきます……!!」
ザナックは背中を押されて駆けて行った。