シャル×ザナ風味
ナザリック地下代墳墓、第二階層のある一室。
「失礼します」
シャルティアの元に、金髪の小太りな男がやって来た。
「あら、ザナック様……じゃないでありんすか」
赤い瞳が、ゆるりと細められる。部屋の中央、黒檀の椅子に腰掛けていたシャルティアは、脚を組み替えた。淡いドレスの裾がさらりと揺れる。
「これはこれは。人間が自ら私の領域へ足を運ぶとは……勇気があるのか、ただの無知か」
声音だけが甘い。ザナックは抱えていた書類を持ち直した。
「アインズ様より、こちらをシャルティア様へ届けるよう仰せつかりました」
「へえ?」
指先が顎に当てられる。
椅子の背にもたれたまま、シャルティアはじっとザナックを見つめた。視線が絡む。人間特有の脈動。血の匂い。温度。五日前に蘇生されたと聞いている。死の淵を越えたばかりの人間にしては、随分と落ち着いている。
「怖くはないのでありんすか?」
不意に、問いが落ちる。
「私は吸血鬼。人間にとっては、捕食者でありんしょう?」
ゆっくりと立ち上がる。ヒールの音が、石床に静かに響いた。ザナックの喉が、わずかに鳴る。だが、後退はしない。
「……恐ろしくないと言えば、嘘になります」
正直な答えだった。
「ですが、アインズ様の御身内である貴方が、理由もなく俺を害することはないと……理解しています」
シャルティアの眉が、ぴくりと動く。
「理解でありんすか」
一歩、距離を詰める。手を伸ばせば届く距離。
「では、もし私が今ここで、ほんの少し気まぐれを起こしたら?」
指先が、ザナックの顎に触れた。冷たい感触。
「悲鳴を上げるでありんすか?」
吐息が、頬にかかる。ザナックは瞬きを一度した。
「……上げるかもしれません」
「ほう?」
「ですが、その前に……シャルティア様が後でアインズ様に叱られるのでは、と心配します」
静寂。赤い瞳が、ゆっくりと見開かれた。
「……私が?」
「ええ。俺は、アインズ様が貴方方をどれほど大切に思っているかを、少しですが知っています」
喉元に触れようとしていた指が、止まる。
「貴女が軽率に叱責を受けることを、アインズ様はお望みにならないでしょう」
「…………」
沈黙。そして。
「くふっ」
小さく、喉の奥で笑いが漏れた。
「面白い人間でありんすね」
指が離れる。
「自分の命より、私が叱られる方を気にするとは」
ザナックは困ったように笑った。
「命は一度失っていますので。二度目は……多少、肝が据わったのかもしれません」
その言葉に、シャルティアの瞳が細くなる。
「ザナック」
名を呼ぶ声は、先程より幾分か柔らかい。
「私は貴方を試したのでありんす」
「……試験、でしたか」
「ええ。アインズ様の周囲に立つ者が、脆弱であっては困る」
「私は守護者。あの方の御身と御心を守る者」
赤い瞳が、真っ直ぐにザナックを射抜いた。
「貴方が簡単に折れる人間であれば、排除も辞さなかったでありんすよ?」
空気が張り詰める。だが、ザナックは逃げない。
「……その場合は、せめて迅速にお願いします」
「うふふふっ!」
今度ははっきりと笑った。
「良いでありんす。今のところ、合格点をあげましょう」
くるりと踵を返し、元の椅子へ戻る。
「書類をこちらへ渡しなんし」
差し出された手は、もう脅威の色を帯びていない。ザナックが書類を手渡すと、シャルティアはぱらりとページを捲った。
「……ふん。なるほど。これを私に任せるということは、アインズ様は随分と貴方を信頼しているのでありんすね」
ぽつり、と。独り言のように零す。ザナックは静かに答えた。
「……その信頼に、応えられるよう努めます」
赤い瞳が、再び細まる。
「努める、でありんすか」
小さく鼻を鳴らした。
「ならば覚えておくといい」
書類から視線を上げる。
「私もまた、アインズ様に選ばれた守護者。貴方があの方の隣に立つというのなら──」
唇の端が、妖しく吊り上がる。
「私の目も、常に貴方を見ているでありんすよ」
部屋の空気が、ひやりと冷えた。
「それはそうと、お主……中々……中々な格好をしているでありんすな」
舐るようにシャルティアの視線がザナックの頭からつま先に落ちる。白いシャツに灰色のクラバット、黒いベスト。そして、紺の短パン、黒のサイハイソックス。シャルティアの手が、ザナックのむっちりした太ももに伸びる。
むに、と。指が沈み、すぐに戻る。
「ひっ!?」
サイハイソックスの縁をなぞっていく。肩がびくりと跳ねる。
「絶対領域とはよく言ったものでありんすね」
細い指が太ももに這う。外側から内側へと。捏ねるように押す。ザナックの口から吐息が漏れる。
「あ、ん……はっ……」
ガクリ。膝から崩れ落ちると、シャルティアも床に座り込む。耳朶を甘噛みされる。何度も。
「はむはむ……」
「ちょっ……おやめくださっ」
ザナックは唇を噛む。スルスルとサイハイソックスに指が入る。そして、下ろされていく。執拗に撫でられる。
「くっ……ふっ……んんッ」
────────
ドサッ──。
視界が天井へ跳ね上がる。ザナックはベッドに深く沈んだ。シャルティアに押さえ付けられる。細い腕なのに、びくともしない。
「へっ? あ、流石にこれはっ……」
「棺桶にいた時から可愛いと思っていたでありんす」
ベストに潜り込む両手。ザナックは(やばい)と思った。これは色々な意味でまずい。蹴るのは失礼。なので、全力で振り切ろうとした時────
ノックの音。重々しく、規則正しい。
「シャルティア、居るのか? ザナックが遅くて心配でな……」
アインズの声だ。シャルティアは囁く。
「……今日はここまで」
「……っ」
こくこくと必死に頷いた。全力で肯定する以外の選択肢がない。
──────
「ん? ザナック、ソックスが片方脱げているのはどうした……?」
「あ、これは、部屋に入って早々、磨き上げられ過ぎた床で……滑りまして。」
「む、そうか。気を付けろ。……怪我はしていないか?」