ザナック視点。
前半の話はザナックが蘇生されて一週間くらい
ナザリック第五階層。氷河。
踏み締めた氷がきしむ。
「早めに帰って来るんだぞ」とアインズ様に送り出された。まさに氷の地獄。吐く息が白い。寒いからとマフラーを巻かれ、上着を厚着させられたが正解だったようだ。
『冷えるといけない』
アインズ様に手袋を渡された時、手が触れたことを思い出す。その不器用な優しさが胸に迫る。途中でコキュートス様がいなければ住居に訪ねろと言われた。キョロキョロと見渡していると、後ろから声がかかる。温度が一段と下がった気がした。重い足音。
「ザナック様……ココマデヨク来タナ」
「ふあっ!? あ、ああ……コキュートス様……」
「座ルトイイ」
いつの間にか用意されていた白いテーブルとイス。氷のようだが、不思議な魔法的素材で出来ている。厚着しててもまだ冷えるな……と思いつつ俺は遠慮なく座った。階層移動で疲れきった脚が震えた。
「……シテ、如何様ナ用件カ」
「あ……実は、俺が挨拶に来たかっただけなんです」
俺が頭を掻きながら言うと、
「ソレダケの為ニ、ゴ苦労ダナ」
「そうですね、でも、ここまで来るのも楽しかったですよ。やはりナザリックの内装は見てて飽きませんし……色んな方が声掛けしてくれるので」
微笑むと、コキュートス様は頷く。
「改めて……ザナックと申します。これからよろしくお願いいたします」
「それと、アインズ様から書類を預かっていて……」
「ソウカ、デハ……頂ケルカ」
「ええ、」
俺はバッグから書類を取り出し両手でコキュートス様に渡した。
「……フム、ナルホド。」
書類を広げて見たコキュートス様はまた頷いた。
「アリガトウ……ザナック様」
「様なんて付けなくていいんですよ。ここにはアインズ様もいないですから」
でも、コキュートス様は首を振る。少し宙を見上げてから、俺を見た。
「否、私ハ貴殿ニ敬意ヲ評シタイ……私ハ、アインズ様とザナック様トノ会談ヲ見テイタ。……貴殿ニ戦士ノ輝キヲ見タ」
俺は思わず苦笑した。
「戦士じゃないですけど……」
「デハ…………"最後ノ王"トシテノ……」
「王でもなく、王子でしたけどね……」
「……」
「あ、すみません……! お褒めいただき光栄です……!!」
「……世辞デハナイノダガナ」
複眼とじっと見つめ合う。少し、間。
「……ソレハ」
すっと指さされる。ふと、膝の上に温もりと違和感。太ももに、アルビノのペンギンが乗っていた。真っ白いお腹を広げ、俺の膝に陣取っている。いつ乗ったんだ。そっと撫でると、ふさふさだ。弾力があって、あたたかい。
「可愛いですね……」
頭を撫でると目を細めている。
「ザナック様、寒サデ指ガ震エテイル。呼吸モ浅イ」
コキュートス様に指摘されて初めて自覚した。
「鼻先ガ赤クナッテイルゾ。ソロソロ戻ッタ方ガイイ」
「そうですね、ありがとうございましたコキュートス様……」
イスから立ち上がり、ペンギンを逃がした。
「マタ、会オウ」
マフラーを押さえたまま、俺は第五階層を後にした。一度、氷河を振り返ると、コキュートス様は消えていた。
──────────
婚約発表から二日後。俺はまだ、昨日言われた「お世継ぎ」の言葉が頭の中でリフレインしていた。それと、デミウルゴス様の顔も。想像の中のデミウルゴス様の眼鏡がキランと光った。とぼとぼ歩いて自室に向かう途中。コキュートス様とすれ違う。
「ザナック様、オハヨウ」
すれ違わなかった。びくりと肩が跳ねる。振り返った。
「おはようございます、コキュートス様」
「婚約オメデトウ、ザナック様……私ハ心カラ祝オウ」
コキュートス様は胸に手を当てた。
「いえ、そんな……今更ですし、結婚ではないしおめでたい事でも……」
「イイヤ、オメデタイコトダ。オ世継ギノコトモアルシナ。」
俺は吹き出した。
「ぶっ、よ、お世継ぎ!?」
「デミウルゴスカラ聞イタ。魔法ト交配実験ニヨリ可能性ガ高イト」
耳が熱くなる。視線が泳ぐ。
「な、ないですから!!」
「楽シミダ…………アア……爺ダゾ…………」
コキュートス様は空間に手を伸ばして架空のお世継ぎをたかいたかいしている。あやすように声を弾ませている。複眼が細まった。
「あの!! そういうのはまだ早いですから!!」
「……ソウカ? ナラ、……名付ケノ時ハ呼ンデクレ」
「〜〜ッ」
何故男性守護者様達は「お世継ぎ」を欲しがるのか。──羞恥心を振り切る為、俺はナザリックの奥に駆けて行った。バタバタという靴音だけが廊下に響いた。