痛い。強烈な痛みだ。それから、空気。痛いのに、息は通る。
「げほっ、ぐっ……ごほっ」
触れたところが冷たい。いや、俺が熱いのか。静かだ。誰かの息が聞こえる。暗闇に光が射す。やめろ。やめてくれ。俺は、終わったんだ。その光は迫って来る。まるで、贖罪をしろと言うように。
体が重い。体は無いはずだ。俺は死んだ。薄く、目が開けられる。無機質な天井。病棟のような場所。柔らかなベッド。動けない。指一本も。動かせない。ここは、地獄か。
「…………はぁ」
────────
数日が過ぎた。
男はまだ、ほとんど起き上がれなかった。部屋は静かだ。石壁の部屋。厚いカーテン。柔らかな寝台。窓はない。外の時間は分からない。それでも、男にはどうでもよかった。バルブロは天井を見ていた。ぼんやりと。何も考えず。ただ、見ていた。体は鉛のように重い。腕も脚も、自分のものではないようだった。息を吸う。それだけで胸が軋む。肺が痛む。喉も痛い。蘇生の直後ほどではないが、それでもまだ、体はまともに動かなかった。起き上がることは出来る。だが、その後が続かない。続けたくない。ほんの数歩歩くだけで、息が切れる。視界が揺れる。だから大抵は、こうして寝台に沈んでいる。バルブロは目を閉じた。眠いわけではない。ただ、起きている意味がないだけだ。しばらくして、扉が開いた。音は小さい。だが、バルブロの耳には届く。足音。静かな靴音。バルブロは視線だけを動かした。ザナックだった。
「……起きてますか」
返事はない。返す気もない。ザナックはそれでも構わず、部屋に入った。手には盆がある。椅子を引き、寝台の横に置く。
「水です」
バルブロは見ない。ザナックは小さく息を吐いた。
「……兄上、飲まないと死にますよ」
少しの沈黙。それから。バルブロの喉が、小さく動いた。ザナックはグラスを手に取る。ゆっくりと、兄の肩を支える。体は軽かった。あまりにも軽い。かつての第一王子の体とは思えないほど。
「……ほら」
グラスを口元へ。バルブロは、しばらく何もせず見ていた。やがて、ほんの少しだけ口を開く。水が流れ込む。ごく、と喉が鳴る。それだけで、呼吸が乱れた。
「……は」
短く、息が漏れる。ザナックは何も言わない。ただ、ゆっくりグラスを離す。バルブロは再び枕に沈んだ。天井を見る。しばらくして、ザナックが口を開く。
「……数日経ちました」
返事はない。
「ここは魔導国です」
沈黙。
「兄上は……」
そこで、少し言葉が止まる。ザナックは続けた。
「……蘇生されました」
バルブロの目が、ほんのわずかに動く。それだけだ。
「何か覚えていますか」
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
「……」
かすかな声。喉が擦れるような音。
「……拷問」
ザナックは目を伏せた。
「……そうですか」
それ以上は聞かない。部屋はまた静かになった。ザナックは椅子に座ったまま、しばらく動かない。バルブロは天井を見ている。焦点は合っていない。ただ、そこにあるから見ているだけ。時間が過ぎる。やがてザナックは立ち上がった。
「……兄上」
返事はない。
「しばらくは、ここで休んでください」
扉へ向かう。その前に、少しだけ振り返る。バルブロは動かない。呼吸だけが、かすかに続いている。
ザナックは一瞬だけ兄を見た。
それから扉を開ける。
「……世話役をつけます」
静かに言う。
「兄上は、生活が出来ていませんから」
バルブロは聞いているのか、分からない。
「……数日中に来ます」
扉が閉まる。部屋は再び静かになった。バルブロは目を閉じた。体は重い。頭も重い。何もしたくない。何も考えたくない。ただ。遠くで、誰かの声がした気がした。昔の声だ。
茶色い髪。そばかす。庭。花。
「……」
だが、その記憶はすぐに沈む。
バルブロは動かない。ただ、息をしている。
それだけだった。