注意※バルブロ×オリキャラです
『兄上!! 不摂生が過ぎます!! たまには太陽光を浴びて散歩でもしてください!! ほら、光合成!』
そんなふうに小太りの弟に送り出された。自分だって痩せないくせして。というか俺は植物じゃない。仕方なく庭園を歩く。淡い色の花々。瑞々しい葉。鬱陶しい程に快晴。眩しい。空っぽになってしまった俺には。
「…………はぁ」
庭園はやたら広かった。歩いても歩いても、花と木ばかりだ。細い小道。両脇に並ぶ花壇。名前も知らない花が、好き勝手に咲いている。香りがする。甘い匂いだ。
「……くどい」
誰に言うでもなく呟く。何も感動が無い、何者でもなくなった──俺は、ゴミになってしまったから。ふと、風がを揺らし、擦れる音。さらさら、と。空を見上げる。青い。やはり……眩しい。目を細めると、視界の端で何かが動いた。小さな影。白い鳥だった。庭園の低い柵に止まり、こちらを見ている。丸い体に小さな嘴。
「……」
鳥は逃げない。俺が数歩近づいても、ただ首を傾げるだけだった。
「……お前も暇なのか」
いつの間に鳥に話しかけている自分に気付き、少しだけ眉をしかめた。昔なら、こんなことはしなかった。王子が鳥に話しかけるなど、笑い話にもならない。だが今は。もう、何者でも無い。……別に、誰も見ていない。鳥は、ぱち、と瞬きをした。小首を傾げる。その瞬間。ふと、何かが浮かぶ。広い庭。笑い声。花を持っている手。
「……」
胸の奥が、少しだけ軋んだ。痛い。あの拷問の痛みとは違う。鈍い。重い。
「……ちっ」
舌打ちして、目を逸らす。鳥はまだ視界の端に居た。
「……」
少し考えて、近くのベンチに腰を下ろした。木のベンチ。太い幹を半分に割っただけのような作りだ。背もたれもない。
「……粗雑だな」
誰に言うでもなく呟く。だが、座ってみると意外に悪くない。背中に日差しが当たる。暖かい。暖かすぎる。目を閉じる。花の匂い。遠くで、水の音がした。噴水か何かだろう。
「…………」
何も考えない。ただ、座っている。しばらくして。小さな音がした。こつ。目を開ける。さっきの鳥が、隣のベンチに止まっていた。
「……」
近い。手を伸ばせば触れそうだ。鳥は逃げない。じっとこちらを見ている。
「……なんだ」
俺は小さく息を吐いた。
「そんなに面白いか」
鳥は答えない。ただ、もう一度首を傾げた。その仕草が、妙に──懐かしく
「……」
思考が止まる。胸の奥で、何かがまた動く。だが。
「……くだらんな」
立ち上がる。鳥は飛ばない。ただ見送っている。俺は空を一度だけ見上げた。相変わらず、鬱陶しいほど晴れていた。
「……ザナックの奴」
ぼそりと呟く。
「余計なことを」
だが。足取りは、来た時よりほんの少しだけ軽かった。少し奥へ進むと、先程のベンチより休めそうなテーブルとイスのセットがあった。ストン、と座った。息をついて、とりあえず空を眺めた。──その時、後ろから声がかかる。
「お菓子、食べませんか?」
ヒールの音。甘い香り。これは──彼女の。体が金縛りにあったように動かない。甘い香りがすぐそばまで来て、細い手がテーブルに皿を置き、焼きたてのスコーンを配る。とぽとぽ。紅茶が入れられる。
「ご一緒しても?」
俺の向かいに、茶髪をひとつに括り、頬にそばかすを散らした女が座った。目を見開く。喉が潰されたかのように声が出ない。甘い香りがする。菓子ではなく、この、目の前の──
「バルブロ様、一緒に食べませんか?」
俺は返事をした。「ああ」と。押し出されたような返事だった。スコーンを手に取る。ジャムを塗った。一口。控えめな甘さ。素朴な味だ。沈黙に耐えきれず、もうひとつ手に取る。口に放り込む。咀嚼する。女を見た。女は、微笑んだ。それに俺は、胸がきゅうと潰された。この感覚はなんだ。苛立ち? 違う。不快感? 違う。──喜びだ。冗談ではない。俺の人生の最大の、至上の。嬉しい出来事だった。何故、このスコーンはこんなに甘い。何故、この女に微笑まれると、嬉しい。何故、俺は泣く。俺は、空っぽなはずなのに。
「あら、」
女──ジェーンはハンカチを出した。彼女らしい真っ白な地に緑の刺繍が入ったものだ。頬に。触れた。俺の涙を拭う。触れられた頬が熱い。熱くて、じんじんと疼く。ドクドクと鼓動が聞こえる。
「ほら、笑って。バルブロ様には笑顔が似合いますよ。」
俺は笑った。理由は分からない。言われたからか。笑いたい気分だったからか。
「フッ……」
涙も引っ込んだ頃、紅茶を啜る。丁度よく甘い。温かいものが、胸の内に広がっていく。それは、紅茶のせいか、それとも。俺は彼女を執拗に眺めていた。観察と言おうか。息をつく仕草。目を伏せた回数。カップを持つしなやかで細い指。
「ふふ、あの、あまり見られると恥ずかしいです」
ジェーンは首を傾げる。照れたように笑った。目の下のシワひとつさえ愛おしい。ふと、気付いた。俺は、蘇生されたから何も感じなくなったんじゃない。最初から空っぽだったんだ。結局、俺が欲しかったものは何だ?
「……失礼した」
目を逸らした。だが、すぐに彼女を見てしまう。視界から外に出すのが惜しい。俺の瞳の中だけでもいいから、そばに居て欲しい。空っぽのままの俺は思い出した。いつだって、俺を俺として見てくれていたのは誰だ。──俺は、特別じゃなくていい。だから思わず、溢れた。
「…………好きだ」
……カチャ。紅茶のカップを置く音。
「そうですか」
ジェーンは深緑の瞳をゆるりと細めた。