ガゼフ視点。
蘇生されてから、三週間。ナザリック地下代墳墓。この化け物達の巣窟で過ごした。いや、これからは仲間なのだから、化け物……は失礼か。だが、あのブレインは目を輝かせて食い付きそうな場所だ、なんて思っていれば、風の噂で"ブレインが蘇生された"と聞く。なら、今頃、この大墳墓を満喫しているのだろうか。そして、蘇生された俺には一つ仕事が与えられた。部下を鍛えて欲しいと。その部下という人物に会った時の俺は腰を抜かしそうだった。何故なら、あのザナック殿下が黒い衣服を纏って頭を下げて来たからだ。俺が死んだ後、王国が滅んだことは知らされた。だが、ザナック殿下も死亡し、半年程前に蘇生されたらしい。彼は礼儀正しかった。俺のような平民出の者にも敬語を使う姿勢を崩さない。体力も付けてきているようで、剣の扱いも基礎は出来ている。ブレインにも教わっているようなので、アイツのおかげだろう。ザナック殿は訓練が終わるとすぐに行ってしまうし、頑なに敬語を崩そうとしない。どこか、見えない壁による心の距離を感じていた。それが何となく寂しかった。仕方ない。彼はそういう方なんだ。だが、今日も俺は呼び出される。案内される先は九階層の豪奢な一室。部屋の中央、深い色のソファにアインズ殿は腰掛けていた。最初にここへ案内された時、俺はアインズ殿から敬語を使うことを禁じられた。俺とは、友人で居たいとの事。まさか、恩人であるアインズ殿にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
だが今は少し慣れた。
「来たか、ガゼフ」
俺が向かいに座ると、アインズ殿は口を開く。
「訓練の方はどうだ」
不意に問われる。
「ザナック殿の事か?」
俺が聞き返すとアインズ殿は一瞬黙った。それから顔を上げた。
「……そうだ」
そこでほんの僅か、違和感を感じた。
「ザナック殿は鍛錬に体が慣れていない。だが、根性はある」
「ほう」
「剣筋は拙いが、教えがいがある。」
「……そうか」
その返事が妙にゆっくりだった。
「ザナック殿は、剣を握る理由がはっきりしている」
「理由?」
すぐに食いついた。やはり、少し妙だ。
「ああ。自分の身を守りたい。それに、成長したところを見せたい相手がいると」
言いながら、ちらりと視線を上げる。
アインズ殿は咳払いをした。
「そ、そうか。立派な理由ではないか」
「だろうな」
俺は茶を一口飲んだ。
あえて間を置いてから、何でもないふうに続ける。
「で、その"見せたい相手"だが」
「うむ」
「貴方のことらしい」
今度こそ、部屋の空気が固まった。
アインズ殿の肩が、ぴくりと揺れる。
骨の顔では表情は読めない。だが、分かった。今、間違いなく動揺している。
「…………」
「…………」
沈黙が落ちる。やがて、アインズ殿が深々と背もたれに身を預けた。ザナック殿本人は淡々と、なんでもないように答えていた。けれど、アインズ殿は明らかに動揺している。何故か。
「アインズ殿、貴方は毎回ザナック殿の話を振る。そこまではいいが、ザナック殿の話になると食い入るように話を聞く。友人として気にかけるのは分かる。だが、それだけではあるまい。」
また、肩が揺れた。一拍。俺はわざと静かに問う。
「……惚れているのか」
「…………なっ」
アインズ殿が、何とも締まらない声を出した。
「ごほ、ゲホッ……」
咳払いに失敗したような間抜けな声だ。
「図星か」
「ち、違う! いや、違わん! 違わんと言うか、その、なんと言えばいい!」
「落ち着け」
「落ち着いてられるか……!」
思わず吹き出しそうになる。魔導王だとか主だとか、そういう肩書きを全部ひっくり返したような狼狽ぶりだ。アインズ殿は片手で額を押さえる仕草をした。骸骨なのに、ひどく人間くさい。
「……ガゼフ」
「なんだ」
「この話は他言無用だ。」
「もちろんだ」
「絶対だぞ」
「分かっている」
そこまで念押しされると、逆に確信が強まる。しばらくして、アインズ殿は観念したように息を吐いた。
「……その、だな」
「うむ」
「私は……ザナックが好きだ」
キッパリと言い切った。その声音には、照れと、どうしようもない本音が混じっていた。
「友人として、ではなく?」
「違う」
即答だ。
「確かに、友人としても好きではある……だが、」
「では、男としてか」
「……ああ」
部屋の空気が少し変わる。
「なるほどな」
「なるほど、で済ますのか」
「済ませるさ。種族の違いはあれど、惚れた腫れたはどこにでもある」
アインズ殿は肩の力を抜いた。
「そう言って貰えると嬉しい」
「で、ザナック殿は知っているのか?」
「知っている」
「ほう」
「と言うより」
ここで、アインズ殿は妙に姿勢を正した。嫌な予感がする。
「婚約している」
俺は茶を飲みかけて、危うく噎せかけた。
「は?」
「婚約している」
「誰と誰が」
「私と、ザナックがだ」
思わず額を押さえた。今、とんでもないカミングアウトをされなかったか。
「待て」
「なんだ」
「蘇生されて間もない俺に何を聞かせている」
「すまん、つい」
「つい、で済むような軽い話か」
アインズ殿は咳払いをする。
だが今度は、どこか誇らしげだった。
「……いや、その、誰かに言いたかったのだ」
「惚気か」
「惚気ではない!」
「どう見ても惚気だ」
「違う! これは報告であり信頼の証で……」
「惚気だな」
きっぱり言うと、アインズ殿は黙った。そして、少しだけ小さな声で言った。
「……まあ、否定はせん」
俺は天を仰いだ。そうしたくなる気分だった。
「で、何故婚約まで至った」
問うと、アインズ殿の声音が一段低くなった。今度は真面目な響きだ。
「失いたくなかった」
短い言葉。だが、その重さは十分だった。
「彼がいない人生は、考えられんと思った。……それに、ザナックもまた私を選んでくれた」
「それで婚約か」
「うむ」
「早いな」
「早いか?」
だが、アインズ様はそこで少しばかり言葉を探すようにしてから、静かに続けた。
「ザナックはな」
「ああ」
「私が何を言っても、受け止めて、自分で考えてから返してくれる」
また始まった。俺は黙って聞くことにした。
「褒めても照れるくせに嬉しそうで、注意すると真面目に反省し、しかし妙なところで頑固だ。見栄っ張りで、自分を低く見る癖がある。だが、他人には優しい。おかしいくらい優しい」
声音が柔らかい。恐ろしいほどに。
「食べるのも好きでな。最近は少し体力がついたが、まだすぐに息が上がる。昨日など吐くまで走って……いや、あれは本当に無理をし過ぎで、もっと早く止めるべきだったかもしれん。だが、本人が頑張りたがるので……」
止まらない。
「あと、褒めると露骨に顔に出る。分かりやすい。だが自分では隠せていると思っているのが可愛い。寝る時も──」
「待て」
俺は片手を上げた。
「そこから先は友人でも聞いていい話と悪い話がある」
「……そうか?」
「そうだ」
アインズ殿は少し残念そうに黙った。
骸骨なので残念そう、というのも妙な表現だが、そうとしか思えない。
「ともかく」
俺は咳払いをした。
「アインズ殿がザナック殿に本気なのはよく分かった」
「うむ」
「あと、貴方が思った以上に面倒な男だということも」
「何故だ」
「惚気が長い」
「仕方あるまい!」
即答。開き直ったな。
「好きなのだ」
低い声で、だが妙に真っ直ぐに言う。その一言で、先ほどまでの狼狽も、惚気も、全部本物だったのだと分かる。俺は小さく息を吐いた。
「なら、もういい」
「何?」
「剣を振る理由がある者は強い。守りたい相手がいるなら、なおさらだ」
一瞬、部屋が静かになった。
「……ガゼフ」
「何だ」
「お前、いいことを言うな」
「今さらか」
「うむ。友人として、改めて見直した」
「それはどうも」
苦笑しながら茶を飲む。少しぬるくなっていたが、不思議と悪くなかった。そして、俺の中で一本の糸が繋がった。頻繁に呼び出される俺。ザナック殿の敬語、心の壁。二人の婚約。ザナック殿の話と実際の本人の印象が違う。ザナック殿は生真面目な方だから敬語を崩さないのかと思っていた。だが違う。……俺は、ザナック殿に"嫌われていた"んだ。嫉妬。当たり前だ。毎週のようにアインズ殿に呼び出され、二人きりで話をしているのだから。俺は苦笑した。