ナザリック地下代墳墓。九階層の一室。俺は、デミウルゴスの前でわざと固く手を握り込む。がちがちに緊張してますよ感を隠さない。というか本当に緊張しているのだ。脚が震えてしまいそうで、流石に情けないので自重している。
「デミウルゴス。まずは、呼び出しに応じてくれてありがとう」
「滅相もございません。ナザリック地下代墳墓の主であらせられるアインズ様がお呼びになれば何処へでも参ります」
大げさだ。あまりにも真っ直ぐな忠誠心に息が詰まる。
「……それで、極めて個人的な話とは?」
「それがだな。私の……いや、俺の個人的なことについての話なんだ。お前にとっては一大事かもしれん。だが、決して深読みせず、言葉そのままに受け取って欲しい」
「はい、かしこまりました」
少し、デミウルゴスが身を乗り出す。
「俺は────」
────────五時間後。
「なるほど……理解しました。つまりアインズ様はかつて人間という劣等種族の内部に潜伏し、社会構造を観察しておられたのですね」
「理解出来ていない」
俺は頭を抱えた。
「だから、もう一度言うぞ! 俺は、人間だったんだ!」
「では、人間種から種族転換したと?」
「惜しい! けど違う! あのな、」
かくかくしかじか。この世界が"ゲーム"が元になっている事、ユグドラシルの事、NPCの創造経緯を話した。
「このような貴重なお話を聞かせて頂き、恐悦至極にございます」
デミウルゴスはハンカチで眼鏡の下を拭う。感動してる場合か。
「では、"人間だった"という告白そのものが、我らに慢心するなと戒める教育的比喩でございますか?」
振り出しに戻った。何故だ。惜しかったのに。実はデミウルゴス、ポンコツか?
「だから、俺は……何も持たない底辺の人間だったんだよ……」
ユグドラシルとは対極の、仄暗い思い出が蘇る。
「人間だ、と卑下される必要はありません」
「話聞いてるか?」
そして、十時間後─────
「……ならば、アインズ様はこの世界とは別の世界で、鈴木悟という名の人間だった。という事でございますか?」
「そうだ!!!!!」
俺は立ち上がり、叫んだ。
「ようやく、分かってくれたんだな……! すごいぞ! デミウルゴス!!」
感動でデミウルゴスを揺さぶって、抱きしめた。自分でも何を言って何をしてるのか分からない。けれど、理解者が増えた。それだけで俺の心は羽のように軽かった。
「……ありがとうございます」
俺は一旦離れた。
「それで、ここからが本題だ。」
と言うと、デミウルゴスも身構える。
「これも、言葉そのままに受け取って欲しいのだが……出来るか?」
「はい、承りました!」
しっぽをぶんぶん振っている。本当に大丈夫か??
「俺は、お前達が思うほど優秀ではない」
目配せをする。デミウルゴスは頷いた。
「アインズ様は……自分は優秀ではないと、」
「ああ」
「ですが、アインズ様の魔法知識も、その慎重さも本物だと私は思います。」
デミウルゴスは、す、と眼鏡を直した。
「……ありがとう、デミウルゴス」
「いえ、当然の事を言ったまでです」
「支配者の振る舞いも、実は日々練習しているんだ。最初から支配者らしい動きが出来ていた訳じゃない。」
「ますます感服いたしました」
「よせ、褒めるな」
大げさに褒められると居心地が悪い。
「事実です」
ゆっくりと、胸に手を当て、デミウルゴスは言った。
「……それと、重要な事だ」
「……はい」
「俺は、世界征服は望んでいない。」
「……それは、ザナック様の影響ですか」
「……そうとも言えるな。だが、世界征服に関してはお前達の勘違いから始まった。けれど、俺自身世界征服をして名を広めるのも良いと思った。そもそも、名を広めたかったのも、かつての仲間達に見つけて欲しかったからだ。」
「では、何故?」
「かつての仲間を完全に諦めた訳ではない。でも、ザナックという友人が俺には居る。……彼のために、世界を整えたくなった。ある意味、それも世界征服かもしれないな……。だから俺自身は無益な殺しはしない。必要に迫られない限りは。」
「承知しました。」
デミウルゴスが深く頭を垂れる。その仕草はいつも通り、完璧だった。俺は息を詰めた。ここから先だ。問題は。理解した上で、彼がどう思うか。失望するか。揺らぐか。あるいは、何か別の方向へ暴走するか。
「…………それだけか?」
思わず確認してしまった。デミウルゴスは顔を上げる。瞳は静かで、そこに狂信の炎は確かにある。だが、先ほどまでのような妙な深読みの色は、少し薄れていた。
「はい。私は、アインズ様のお言葉をそのまま受け取りました」
「本当にか?」
「はい」
「深読みは?」
「控えております」
「……本当に?」
「はい」
俺はじっと見つめた。デミウルゴスも見返してくる。妙な間が落ちる。やがて、彼は僅かに口元を緩めた。
「少なくとも、先ほどまでよりは」
「先ほどまでよりは、か……」
完全ではない。だが、十時間かけてここまで辿り着いたのだ。贅沢は言うまい。むしろ、よく辿り着いた。俺はソファへと深く腰を落とした。さすがに疲れた。精神的に。
「アインズ様」
「何だ」
「率直に申し上げてもよろしいでしょうか」
「……ああ」
デミウルゴスは、一度だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「私は、失望など致しません」
その声音は穏やかだった。俺はわずかに目を見開く。デミウルゴスは胸に手を当てたまま、静かに続けた。
「かつて人間であったこと。支配者としての振る舞いを鍛錬の末に身につけられたこと。世界征服を望んでおられなかったこと。いずれも、私にとっては『アインズ様が何者であるか』を塗り替える理由にはなりません」
「……そうか」
「むしろ」
一瞬、眼鏡がきらりと光る。
「安心いたしました」
「安心?」
思わず聞き返す。デミウルゴスは頷いた。
「アインズ様が、我らに真実を明かしてくださったことに。ご自身の弱さ、迷い、願いを、隠さず私に話してくださったことに」
低く、しかしはっきりとした声。
「私は、そこにこそ信頼を感じます」
胸の奥が、じわりと熱くなる。アンデッドなのに、変な話だ。俺は自分の膝を見た。骨の手が、さっきまでの緊張を引きずるように微かに強張っている。
「……お前は、本当に出来た部下だな」
「恐悦至極にございます」
「いや、今はそういうのじゃなくてだな……」
思わず苦笑する。デミウルゴスはまた、ほんの少しだけ口元を緩めた。珍しい。こいつもこんな顔をするのだな、と場違いなことを考える。
「それで、アインズ様」
「うむ」
「今後、この事実はどこまで共有なさるおつもりでしょう」
現実的な話に戻った。さすがだ。俺は背筋を伸ばす。
「そこだ。まず、お前には理解しておいて欲しかった。だが、全員に一度に話すつもりはない。話す相手は選ぶ」
「承知しました」
「そうだな、パンドラズ・アクターとアルベドに話したい。宝物殿にて話をするのでアルベドと……ザナックをこの後すぐにここへ呼んでくれ。」
「承知いたしました。直ちに」
立ち上がったデミウルゴスは深く一礼し、踵を返す。その背を見送りながら、俺は大きく息を吐いた。ようやく一人目だ。まだ一人目なのに、十時間かかった。考えるだけで頭が痛い。
「……よし」
自分に言い聞かせるように呟く。次はパンドラズ・アクターとアルベド。パンドラは……まぁ、俺の分身みたいなものだし、理解は早いだろう。問題はアルベドだ。いや、問題という言い方は良くない。だが、彼女は俺への感情が重い。重すぎる。真実を告げた時、どう受け止めるか。想像しただけで胃がきりきりする。胃は無いが。
「……はぁ」