俺は天を仰いだ。ソファに深く腰掛ける。精神的に疲れた。けれど、いつまでもそうは言ってられない。まだ二人に説明しなければならないのだから。
でも、ザナックが居る。それだけで安心して進められる。
─────────
『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ。』
『かくて なんじ 全世界の栄光を我がものとし 暗きものはすべて なんじより離れ去るだろう』
デミウルゴス、アルベド、ザナックを連れ宝物殿に転移した後──
その先の管理責任者室に進む。
「ねえ、ザナック。宝物殿は初めて?」
アルベドがザナックに話しかける。
「ええ、広くて煌びやかな場所ですね」
「でしょう? パンドラズ・アクターと会うのは?」
「それも、初めてです。」
「ふふ、楽しみね」
アルベドとザナック……仲良いのか。
──────
管理責任者室に入ると、パンドラズ・アクターが出迎える。
「ようこそ、アインズ様!」
大仰に胸に手を当てる仕草に頭痛がした。デミウルゴスとアルベドはもう慣れたのか、一瞬、冷ややかな視線を浴びせていた気がしなくもないがスルーしていた。パンドラは二人に挨拶してから、ザナックを品定めするように眺めている。
「ンン、貴方がアインズ様の婚約者様ですか!」
「ぇ」
「素晴らしい! とても小柄で可憐なお嬢様だ」
「いえ、男です。……子供じゃないですし」
やばい、ザナック遠い目をしてるよ!! 引いてるだろ完全に!! というか領域守護者にはまだ情報は伏せてるのになんで婚約者とか知ってるんだ!!
「失礼……とても美しい眼差しをしていたので、つい」
「は、はぁ……」
やめろ!! 俺の恋人の前でこれ以上恥をかかせるな!!
「おい、ちょっとお前……こっち来い、な?」
首根っこを掴んで、少し離れた所に引きずる。力強くパンドラを壁に押し付けた。
「なぁ…………本当に、頼むから……ザナックの前では恥かかせないでくれ……もうその大げさな動きはいいからさぁ……変なことだけは言わないでくれないか?」
泣きそうな切実な声で言った。
「承知しました!」
「うるさい」
─────────
「お話は終わりましたか?」
デミウルゴスが中指で眼鏡を直した。
「ああ、うむ、すまない」
「いえ、早く本題に入りましょう」
茶色い革のソファに五人が向かい合って座る。デミウルゴス、パンドラズ・アクター、アルベド。その向かいにザナックと俺。
「今から話す事は極めて個人的な話だが、お前達には衝撃かもしれん。それと、デミウルゴスにはもう話してある。」
すっとデミウルゴスが頭を下げる。
アルベド達は不思議そうにデミウルゴスを見た。
「これは俺の個人的な情報だ。それと、今から俺が発する言葉は特に考察せずにそのままの意味で受け取って欲しい。……分かったか?」
「……はい」
アルベドが頷く。俺はザナックの横顔を見る。柔らかな微笑みが携えられていた。一瞬、目が合って、細められた。
「承知しました!」
パンドラが相変わらず喧しい動きで返事をする。……本当に承知してるのか?
だが、いつまで経っても話が進まないので仕方なく話し始める。
「俺はかつて、この世界とは違う世界に居た。そこで俺は、鈴木悟という名の人間だった。……俺は、元人間なんだ。」
あのアルベドが口を半開きにしている。きょとん。とはこの顔か。
「言っておくが、人間社会に潜伏してたとかそういう考察はやめてくれ。俺は人間だったんだ。……な? 衝撃だろ?」
パンドラが静かだ。固まっていた。そして、デミウルゴスは顔をそっと背けている。
「……ひとつ、質問をよろしいでしょうか」
アルベドが挙手する。
「ああ、何だ」
「嘘では無いのですよね……なら、何故、今……私達にお話しになられたのですか……?」
黄金の瞳が揺れている。アルベドは言い難い所を突いてくるな……。俺はわざとらしく大きくため息を吐いた。
「はぁ…………その、何だ。今なら言えると思ったんだ。……ザナックとの婚約も皆認めてくれたし、ザナックも支えてくれると言ってくれた。それに、お前達にずっと隠したまま居るのは……辛かった。」
アルベドの瞳が潤む。指先に力が入って白い手袋にシワが入る。パンドラは帽子を深く被った。
「お前達に話したかったんだ。ただ、"お前達に分かって欲しくて"……なんて、情けないよな、ナザリックの主が……」
「いいえ……っ、貴方は今まで、よくお一人で耐えて来られました…………!!」
ぼろぼろと泣くアルベドにデミウルゴスはハンカチを渡す。女性を泣かせるのは、好きな人を泣かせる事の次に胸が痛む。居心地が悪い。
「父上のご心労……理解しました。これからは私達がお支えします」
パンドラは静かに、低く言った。そして頭を下げる。彼なりの礼に、無い涙腺が決壊しそうになる。
「二人共…………ありがとう。本題はここからなんだ」
それから、鈴木悟の生い立ちを話す。この世界がゲームのシステムに酷似している事、ユグドラシルの事、かつての仲間達の事、NPCの創造前の話。終わる頃には、アルベドとパンドラ、それから──ザナックまでもが揃って啜り泣いていた。アルベドは泣き止んでいるが目が潤んでいて、パンドラはずっと目を手で覆っている。何故かデミウルゴスも眼鏡を外し、眉間を押さえている。お前はもう、聞いた話だろう、とツッコミたくなる。それは隣に座る恋人も同じだ。
「ザナック、君にはもう話をしてあるだろう」
「ですが…………勝手に出てきてしまうんです」
ぐすりと鼻水をすすった。頭を撫でる。金髪が少し乱れた。
「涙が?」
こくこくとザナックは頷く。
(可愛いかよ)
「まだ、あるんだが。」
すると、二人はすっと前を向く。
「すまないな……? な、泣かせてしまって?」
「アインズ様が謝られる事ではありません!」
「そうです! 父上はご自分を責めないでください!!」
「そ、そうか」
アルベドが不意に首を傾げて問う。
「あの……なんとお呼びすればよろしいでしょうか? 悟様……でしょうか?」
「いや、アインズのままでいい。……その、ここまでお前達と歩んだ記憶を無かったものにしたくないんだ……だから、俺はアインズとして生きていくことにした。」
アンデッドだけど……まぁいいか。
「だから俺は、お前達のことを家族だと思っている。……どうしても鈴木や悟で呼びたいのなら好きにすればいい。お前達を尊重したい」
俺は微笑んだ、つもりだ。
「いえ、私も貴方を尊重しますわ、アインズ様!」
アルベドは眉を下げた。屈託のない笑顔。
「私も、父上が名乗る名を信じさせていただきます!」
パンドラはいつもの調子で、大仰に手を振り、胸に手を当てた。
「……それでだ。デミウルゴスにはもう伝えてあるのだが。ナザリックの、魔導国の方針について関係するのだが───」
───────
「……世界征服は望まない?」
アルベドが不思議そうに首を傾げる。
「あぁ。それと、俺は必要の無い殺しはしない。お前達が人間を憎むのは咎めないが、俺はなるべく人間と共存していくつもりだ。他種族もな。」
パンドラは額に指を当てて考え込む。
「……深く考えるな。俺は、ザナックが異国の食事を頬張る姿が好きだ。ザナックが外交から帰って見せる、やりきったような笑顔が好きだ。ザナックが他国の高官の言葉に切り込む凛々しい横顔が好きだ。……このまま虐殺ばかりしていけば、その内この世から他国家は無くなる。だから、他国との交流が出来る程度には人間は残しておきたい。…………と、いう理由じゃ、ダメか?」
勢いで言い切った。自分でも何を口走ったか覚えてない。が、横のザナックが顔を真っ赤にしているので相当だろう。
「いえ、異論はありませんわ。私も、アインズ様が異国に赴く姿は好きですもの」
ふふ、とアルベドは笑った。
「私もありません。父上のお心がそれで休まるならば」
パンドラが言った。デミウルゴスは横で頷いている。横を見ると、ザナックが頬を赤く染めている。眉が下がり、彼は柔らかく微笑んでいた。それから、「俺はお前達が思うより優秀じゃない」と話した。最後まで、皆、幻滅の言葉を口にしなかった。何となく分かってはいたんだ。けれど怖かった。でも……それ以上に皆は俺の事を、本当に慕ってくれていた。