ザナック視点から。
ザナックに女装させてます、これからもさせます
湯気がもうもうと立ち込める浴場に静かな水音だけが響く。湯面に並んだふたつの肩──骸骨と人の異様な取り合わせ。俺は、小さく息をついた。今までなら誰かと並んで湯に入るなど考えられなかった。けど今は───不思議とそれが心地よかった。
あの、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に風呂の付き添いをさせるなんて、と思っていたが、彼は本気で俺を心配してくれているようだ。それでも少し申し訳なくて、緊張しながら尋ねた。
「……アインズ様も、お疲れではないでしょうか? 魔導王としてのお勤め、並大抵のものではないでしょうに、こんな俺にまで付き添っていただいて……」
ふと投げた言葉に、彼は一拍置いてからゆっくりと顔を向けてくる。骸骨に表情はない。だが、その声には妙に熱のようなものがあった。
「そういうところだぞ、君は」
彼の答えの真意を測りかねて、追いかけるように顔を寄せた。
「そういうところとは?」
「分からなくてもいい。」
顔を逸らされた。意味がわからん。やはりこの人の考えてる事は。骸骨だからとかじゃない。人間くさいと思ったら今度は隠しごとか。
「……あの、俺に気を遣う必要はありませんよ」
間。そして、一言返される。
「…………。どういう事だ?」
「何となくですが……先程からそんな気がして」
「いや、私は最低限の気遣いはしてる……が、君に言われる筋合いはない」
どこか咎めるような、だけど、怒っていると言うより不貞腐れたような……どこか親密さを含んだ声色。確かに、余計だったか。そうだな、ただ裸で一緒に風呂に入ってるだけで、アインズ様と俺は主従関係だ。この状況が変なだけだ。
「すみませんでした。……仰る通りです」
「はぁ……ザナック。そもそもだな。君のせいなんだぞ……?」
彼は低く、ため息を混ぜた唸るような声で。
「え、俺のせい……ですか?」
ばしゃりと湯を跳ねさせて、波紋を広げながらアインズ様が身を乗り出した。
「君があんなふうに顔を赤らめて、妙な雰囲気にするから……! 私にまで、その、変な気持ちがうつってしまったではないか……っ」
骸骨の彼が、困ったように肩を揺らしていた。てっきり俺は、彼には激しい感情は無いものだと思っていた。が、それは違ったようだ。泰然自若だったその態度が、今だけは妙に人間らしく見える。
「えー、いや……あれは、その」
俺が口ごもると、彼は湯船の縁に手をかけ、またその身を俺に寄せた。
「正直に答えろ。私は骸骨なんだぞ? 何に照れる必要がある?」
「………その……俺、太ってるので……裸を見られるのが正直、恥ずかしくてですね……」
俺は、自分の腹に指先を近付けた。
「……は?君は何を言っているんだ? ──むしろ、そこが最高に魅力なんだろうが……!」
アインズ様が一気にまくし立てる。
「……その丸み、ふわふわしたその体型! 柔らかそうな肌!そこが魅力なんだろうが! 世の中にはな、そこが好きだという層が確実に存在するんだよ! 俺は知っている! というか、君だからこそ魅力的なんだよ!!」
ふわふわ!? 柔らかそう!? 彼の口から出てくるものが異国語のように思えた。というか待て!? 俺だからって……!?
(ああもう意味が分からない! 分かりたくない! 駄目な気がする! 脳みそがパンクしそうだ!)
「……あ、アインズ様こそ!」
俺も思わず湯の中で身を乗り出して反論する。顔が異様に熱くなるのは湯のせいだけじゃない。言い返さなければ精神を保てない。言葉が止まらなかった。
「その堂々とした体格と気品、あと……骸骨なのに、お顔の造形がものすごくお綺麗で……! 王としての威厳があって……!」
「おい、私は本気で褒めてるんだぞ!? くっ、………き、君のちょっと照れてる顔も魅力的だしな!」
「そ、それはこっちのセリフです! アインズ様の──その、目の光がちょっと鋭くなる感じ? 俺、その怒った顔、好きですし!」
──ばしゃっ、ばしゃっ、と湯が波立つ。
褒めているはずなのに、なぜか互いに語気が強まり、ほとんど口論に近い状態にまでなっていた。
そのとき。
「あれ……」
───頭がぐらりと揺れた。視界の端がじわじわ滲んで、世界が少しづつ遠のいていく。
完全にのぼせた。
湯の音が遠く、こもったように響いた。
「……すみません、なんか、気分が……」
バシャッ…………!!
次の瞬間、身体が沈み──温もりに包まれながら何かに支えられていた。
「大丈夫か……!? 意識はあるか?」
目の前が滲んで焦点が合わなくなる。だけど、今までの彼とは違う、焦ったような低い声が頭に反響した。
「アインズ様……ほら、やっぱり……こんな俺にもやさしくて、かっこいいじゃないですか……」
だから、そんなわけない。ありえない。俺が、誰かに褒められるなんて。貴方にそんなことを言われたなんて。だって、最初から釣り合うはずがないのだから。
「君、阿呆か。この状況でそんなことを………襲って欲しいと言ってるようなものだぞ……」
湯気に包まれた浴場の静寂の中で、その声だけが異様に鮮明に──そして、やけに優しく耳に残った。
──ふわりとした感触が肌に触れる。
目を開けると、そこは明るい部屋だった。
やけに肌寒くて
ふと自分の格好を見下ろすと───
「……な、なんでネグリジェ……!?」
薄い布地がまとわりつく体。ふわふわのフリルに淡い紫色、そしてレース。完全に女性物。動揺して立ち上がろうとすると、聞き慣れた声が背後から飛んできた。
「動くな、ザナック。もう少しでリボンを結び終わるからな」
「結ばなくていいですから!? というか、誰が着せたんですかこれ!!」
「私だが?」
即答。なぜか堂々としているアインズ様。鏡越しに目が合った。
「その……ザナック、君は自分の魅力をわかっていない。こうして布一枚変えるだけで、全然違う印象になるんだぞ」
「いや、俺、男なんですが!? しかも、恥ずかしすぎて死にそうなんですけど!?」
「死なれては困るな。君は貴重な癒やし要素だ。……見ろ、姿見に映った君を。まるでぬいぐるみのようじゃないか。ふふ」
恐る恐る鏡を覗き込む。
そこにいたのは、フリフリのネグリジェに包まれた自分だった。
……丸い体。赤らんだ頬。視線を逸らすように下を向いて、しおらしくなっている。照れるな。気色の悪い。
「……いや、これは……どう見ても変ですよ……」
「かわいいだろう?」
「いやいやいや!」
反射的に否定する。アインズ様は真顔だった。だが──骸骨のはずなのに、何故かその言葉に本気が滲んでいるのが伝わってくる。口調には確信と、どこか甘い温度があった。
「君が恥じることはない。自分を否定するな。うん、太っているのがなんだ。柔らかく、安心感があって、思わず触れたくなる……君は、そういう存在なんだ」
「……俺、玩具ですか……?」
自嘲気味に訊ねた。
「違う。宝物だ」
その言葉に、息が詰まった。
納得なんてできない。けれど、アインズ様の眼窩の奥──見えるはずのない目に、確かに優しさがあった。
「……自覚、ないですよね。そういうの、ずるいです」
「何がだ?」
「……いえ、なんでも」
自分でも、上手く言葉に出来なかった。
なのにどうしようもなく心が揺れていた。
ふわりとリボンが結ばれる感触。相変わらずネグリジェは恥ずかしいけれど───逃げ出したいとか、嫌だとは思わなかった。
(もしかして……俺、無意識に
少しのあいだ、アインズ様の手が背中に添えられたまま、動かない。その温もりのような存在感に、不思議と落ち着いてしまう自分がいた。
「私が、元々着せていた衣服と変わらないシルエットだろう? よく似合っているし、問題ないはずだ」
言いたいことは分かるが。
「も、……問題ありですよ、明らか女装じゃないですか、コレ……!」
俺にこんな服着せたって、目に毒だろ……。
「ふむ、違うな。コレは君の為に私が特注で作らせた寝間着だ。君は男だろう? よってコレは男性用だ。」
たぶん俺は顔を顰めてしまった。
「な、何なんです!? その理論!」
返す言葉に詰まる。でもその横顔は、どこまでも真剣で──どこまでも優しくて。だから俺は、文句を言いながらもやはりその場を離れようとは、思えなかった。