ザナック視点から。デートは何回しても良い。
俺は、鏡の前で何度も髪を弄っていた。まるで乙女ではないか。情けない。けれど、これも仕方ないこと。今日は"アインズ様と出かける"のだ。久しぶりに、二人きりで街へ出る事となった。しかも視察ではなく、個人的な外出──。もしやこれは。……これは……! デートではないか!?
『ザナック。準備が出来た。先に門の前に居る』
「は、はい!」
慌てて髪を一つに結う。少し高い位置で。紺のローブを羽織り、フードを目深に被った。
──────
門の前に出るとアインズ様が居た。彫刻のような凛とした横顔。毅然とした佇まいに、胸が締められた。声をかけられない。咄嗟に門の陰に隠れた。何をしとるんだ俺は。でも、このまま眺めていたい。不意に、布擦れの音。アインズ様が左手を上げる。
「…………ザナック」
囁いて、薬指を撫でた。いや、俺の贈った婚約指輪だ。
「かっ……っ、そ、それはずるいですよアインズ様ぁっ……」
小声で叫んだ。しまった、と口を塞ぐ。顔が熱い。脚の力が抜けて、門の陰にしゃがみこむ。横目でアインズ様を見ると、いつの間にか居なくなっていた。顔を出して見渡しても姿は見えない。不安になり、ふと、自分の体に影が落ちているのに気付いた。見上げると──。
「何をしているんだ、ザナック」
優しい声が降る。それと同時に目の前に、屈んで俺に目線を合わせたアインズ様。
「あ、これは、その、」
「ン?」
ダメだ。完全に頭が真っ白になってしまった。
「い、いつから……?」
「君が俺の顔を注視し始めたくらいから、かな」
「最初からじゃないですかあっ」
手で顔を覆う。俺は崩れ落ちた。
────────
街へ出ると、よく声がかかる。国民とは、俺と最初に目が合う。だが、向こうも流石にこの国の王を無視する訳にはいかないのでアインズ様に挨拶がされてから俺に声がかけられる。「おはようございます」と言われ返す、世間話にも付き合う。そんな中彼に囁かれた「君は人望が厚いのだな……なんだか嬉しいよ」が、俺の心を焼いた。
「……そんなことないですよ」
「君は君が思うより魅力的なんだぞ。……今日の髪型も可愛いしな」
そっと一つ結びを触られる。顔が見れない。どうしてこの人はそんなことを簡単に言ってしまうのだろう。俺の心臓に悪いのでやめてほしい。先程から、意識しないようにすればするほど見てしまうアインズ様の手。さらに意識が移ってしまうではないか。頭に浮かぶのは。今日は、手を、繋ぐのだろうか。それだけ。ずっと顔周りが熱くて、動きがぎこちなくなる。手が固まったようでいて、アインズ様の手に寄り、離れる。……手を繋ぎたいとか子供みたいなわがままをアインズ様に言えるわけない。そもそも、彼の行動を俺ごときが制限するなど失礼だ。片手が塞がると危ないしな。だが、アインズ様の手がピクリと動く度に息が止まってしまう。腕が近づく度に体が強ばる。でも、いけない。こんなことを考えては。風が吹く。身震いすると、横の影が動いた。
「ん? ザナック、寒いのか?」
アインズ様は手を伸ばし、見えない空間から黒のマフラーを引きずり出した。それを俺の肩にかけ、ぽんぽんと二回叩く。
「君には大きいから、羽織るといい。……ほら、おいで。もうすぐ服屋に着く」
当たり前のように手を引かれて、顔と耳が熱くなる。じわりと涙が滲む。ひんやりしたアインズ様の手は俺の手を握って離さない。それが心地良くて、うっとりして手元を見詰めた。そうか、寒いって言えばよかったのか。なるほど。今度から、実践してみようかな。顔を上げて、彼を見詰める。思わず頬が緩む。ぎゅっとさらに手を握り返した。すると、アインズ様は深刻そうに額を押さえた。
(頭が痛いのか……?)
心配になって顔を覗くと、彼は顔を手で隠してしまった。
「アインズ様? 大丈夫ですか?」
「……なんでもない」
そっぽを向かれる。
「……無理しないでくださいね?」
「分かっている」
こちらを見た眼光が一瞬揺れた気がした。服屋に入店すると、やはり店主の顔が少し強ばる。
「魔導王陛下……何をお探しでしょう?」
「この子の冬服だ。」
アインズ様に指されて、店主が俺を見る。
「そうですか、でしたらこちらです」
案内され、上着が並ぶコーナーで立ち尽くす。俺は買って貰う立場なのだから選べない。それに、アインズ様が嬉しそうに選んでいるから。
「このフード付きのローブはどうだ?」
「いいですね、夏用のものと同じ紺色で」
「じゃあ上着はこれにしよう。次はズボンだな」
少し移動し、アインズ様が太もも丈のズボンを持ち上げ吟味する様子を眺める。
「それ、いいですね。厚手であたたかそうです」
「……そうか? 短くないか」
「? 今履いてるものと同じ丈だと思いますが?」
「そうじゃなくてだな……そもそも…………いや、君が良いなら、うん」
骨の指が顎に当てられる。納得したようだ。次は靴下だ。アインズ様は俺の太ももを凝視し、陳列された靴下を交互に見る。
「……何か君の希望はあるか?」
「そうですね。ガーターベルトが付いていると良いです。向こうへ行けば動きますから。激しい動きでもズレが気にならないものが良いですね」
「なら、これとかどうだ?」
靴下の上に紐と金具が付いたものを掲げるアインズ様。だが「……長時間付けてたら痛みそうだな」と引っ込めてしまう。
「君も選んでいいんだぞ」
「ありがとうございます……では」
俺は黒のサイハイソックスを手に取った。中央部分から布が伸びて下着に金具で繋ぐものだ。
「これなら痛まないと思います」
「…………なら、これで良いな」
アインズ様は靴下を抱え込むと、洋服売り場へ歩く。そして、ネグリジェの陳列棚にて固まる。骨の指を生地に這わせて慎重に選んでいる。
「胸の前にリボンがついてるものと後ろにリボンがついているものどちらが良い?」
独り言のように言われた。答えはどちらもノーだ。リボンなんか付かなくていいし、そもそもアインズ様が見ているものはどれもフリルが多すぎる。はっきり言って、これは女装だ。嫌な訳ではない。俺も心の底では女装願望があるかもしれないからだ。けれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。けれど、言えない。こんなにキラキラした目を、表情をされては。
「よし、これにしよう。」
ようやく決めたようだ。胸元にひとつリボン。そして、袖と裾にだけフリルがあるものだ。リボンは恥ずかしいが、割と着れそうなデザインだ。
「君はシンプルなものが似合うと思って」
アインズ様は声を弾ませる。子供のようにご機嫌でネグリジェを持って、早足で靴の売り場へ向かう。
「ブーツも売っているな。ここで買おう」
頷くと、アインズ様は店主に向かって言う。
「彼の足を測ってくれ」
「かしこまりました」
─────
くるぶし丈の編み上げられたブーツ。黒く磨かれ、輝いていた。履いてみると、軽い。
「歩きやすいです」
「よし、これにする。勘定だ。」
「は、はい!」
店主は汗をかいて返事をした。少し可哀想に思った。レジカウンターの台に紺色のローブが置かれる。
「このローブの背にこれを刺繍してくれないか?」
アインズ様は懐から刺繍の資料を出して、指をさした。
「か、かしこまりました。」
外に出ると、アインズ様は荷物をアイテムボックスに入れてくれた。
「昼はそこの店で取ろうか」
アインズ様が指さした先は、趣深い看板の食事処。中へ入ると、子供と親子が笑顔で食事をしていて、筋骨隆々とした男達がカウンター席で酒を呑んでいた。アインズ様と並び、カウンター席に立つと店内がざわつく。が、奥の親子が俺の顔を見ると表情を和らげて微笑みかけて来た。俺も微笑み返す。カウンター席にアインズ様と共に座る。コップを拭いていた白髪とメガネの店主は目を見開いていたが、すぐに泰然とした姿勢で接客をする。
「ランチを頼みたい。……ザナック、どうする?」
「では、こちらのセットで」
──十数分後、サラダと焼いた肉、スープがカウンターに置かれた。
「いただきます」
ふーっ、と冷ましてからスープを飲む。
「はふ、はふ……」
肉を切り分け、ソースをつけてフォークで口へ運ぶ。
「美味しい……」
「ふふ、そうか、良かった」
アインズ様は柔らかく笑った。ああ、確かに、骸骨なのだから表情筋は無い。けれど、俺には見えた。そういう人間っぽさがたまらなく好きだ。
「かわいらしいですね、アインズ様は」
「君の方が可愛いぞ、うさぎみたいで」
「う、うさぎ……? 何か食事のマナーが悪かったでしょうか?」
「いや、悪いどころか良すぎる。相変わらずだな。流石は元王子様だ」
そう言われて、頬を指で撫でられる。
「ありがとうございます……」
うさぎみたい? 食べるのが遅いという意味か?? 俺が首を傾げるとアインズ様はまた声を出して笑った。
「ははっ、気にするな。戯れ言だ」
「む、そうですか……」
─────『アインズ視点』
日が沈み、辺りは真っ暗になった。夕食も先程と同じ店で済ませ、街灯に照らされる石造りの道。
「少し疲れただろう、あの店で休もうか」
オレンジ色の灯りを放つ酒屋。
「はい」
店内のイスに座ると、ザナックは、ふーと声を漏らす。かわいい。
「おう、ザナック様」
背後から声がかかる。振り替えると、頭にバンダナを巻いてエプロンを着けた屈強そうな男が立っていた。
「あ、こんばんは」
ザナックも挨拶する。誰だコイツ。
「ザナック様、魔導王陛下、今夜は特別に割引きしときますぜ。特にオススメなのが〜〜、これ」
メニュー表のワインを指さす屈強な店主。
「今ならフライドポテトとベーコンをつけますぜ」
ニッと笑った。爽やかすぎてウザイ。
「あ、じゃあそれをひとつ。……アインズ様、香りだけでも楽しみましょう?」
ザナックも笑った。眉は下がり、頬ほ染めて。こっちはかわいい。
「……そうだな」
─────
ワインとつまみが来ると、店主が酒を注ごうとしてくる。邪魔をするな。
「ふふ、俺がお注ぎしますね、アインズ様」
ザナックが困ったように微笑み、俺のグラスに透明なワインを注いだ。手に取って揺らす。カラン、と氷が音を立てる。
「うん、いい匂いだ。君が注いでくれたから余計に」
「くふっ、それは意味不明ですよ」
彼は嬉しそうに肩を竦め、ポニーテールを揺らした。
「ん、美味しいです、これ」
ぱくぱくとポテトとベーコンを次々に口へ入れるザナック。店主は空気を読んでか居なくなっていた。そんなことはどうでもいい。今はただ、この目の前の天使の笑顔に集中したい。いや、天使どころじゃない、やはり聖母か。この可愛い子が俺のお嫁さんだなんて信じられない。いや、君しか信じない、ザナック。
「アインズ様?」
「なんでもない、いや、飲んでくれるか? ザナック。」
グラスを差し出すと「はい」と両手で受け取ってくれる。そして、グラスに口を付ける。唇がつやつやしていて色っぽい。こく、こく、と丁寧な喉の音。俺は息を呑んだ。
「ふふふ、飲みましたよ」
ザナックの唇には照明の灯りが反射していた。既に顔も全体的に紅潮していて、耳まで赤い。何故か唇を舐めている。
(なんか、え、エロい……って、俺は何を、いやでも仕方ないじゃないか)
脳内で頭をぶんぶん振る。
「アインズ様、アインズ様」
肩が寄せられ、ぐっと二人の距離が近くなる。囁く声。
「な、なんだ……」
その瞬間、ザナックが顔を上げた。完全に目が据わっている。
「アインズ様ぁ…………アルベド様の、お胸を揉んだって本当ですか……?」
予想外。グサッ!!と刺さるような質問。というか刺さった。無いはずの心臓に。
「あ、いや、そのだな……あれは浮気じゃないというか、いや浮気だ、すまなかった」
「俺はあ、謝罪がほしいんじゃなくて、真実かどうかがしりたいんですうう……!」
あ、酔ってる。めちゃくちゃ酔ってる。そして謝罪が効かない。
「……真実だ」
ぼそり。
「えぇ! なんですって!!」
ザナックが俺のローブを掴み、膝の上に進出して来る。体温を直に感じる。小さくてとても熱い。近い。近いぞ、ザナック。
「真実デス」
「しょーじきでたいへんよろしい。ふむ、」
ザナックは赤い顔ととろんとした瞳で、顎に指を当てて少し考え込む。うーんうーん、と頭を揺らしていてありえないくらい可愛らしい。
「アインズさまの手は、えっちな手ですね、えいえい」
つんつん、とつつかれる。小さな指先が手の甲の上で円を描く。
「この手がわるいんだな」
つぶやいたザナックが俺の手を両手で広げる。手のひらをぺろんと舐め上げた。
「っ……ザナック」
引こうとしても、指を咥えられてしまい逃げられない。ちゃぷ、と音がして舐められる。それはだめだ。舌が熱い。落ち着け。
「ザナック……流石に、これはっ」
ザナックの口内から解放されると、糸が引く。
「よいしょ」
ふわ、とした感触。重ねられた手。俺の手はザナックの胸を揉んでいた。
(ななななっ)
「何をしているんだ、ザナック」
思いがけず感情抑制が働いた。
「どうですか? おれのむねは」
「え」
「脂肪。ありますから」
さらに体を押し付けられる。かわいい。健気すぎる。ザナックの唇が妖艶に歪んだ。
「やわらかいでしょう? だからもっと触れてもよろしいんですよ」
どんなプレゼンテーションだ。指を少し動かすだけで彼は色っぽい声を漏らすので変に動けなくなってしまう。もう、彼に委ねるしかない。
「はは、ずっとこうしていましょうね」
ザナックの目尻が下がる。首元にもっちりした頬が寄せられる。ぐりぐりぐり、と鎖骨に頭を擦り付けられた。彼の匂いがいっそう近づく。
「あっ……ザナック……っ」
背中に腕が回り抱き締められる。俺は完全に、この膝の上の小さなお嫁さんに翻弄されていた。
「でみうるごすさまと抱きあってましたよね」
胸骨を指先で撫でられる。
「あー、それは……」
「おれはアインズさまがだいすきです」
「あ、うん」
知ってる。改めて言われるとだめだ。
「だから怒ったりしません。おれはよわいです……なにも抗議できません。ですが…………アインズさまにおれ以外の誰も寄り付かないようにすることは──できます」
顎の下を撫でられながら冷たく囁かれた言葉に背筋が固まる。俺のお嫁さんこわい。"それ"がいつどのように実行されるのかは分からない。俺はよりいっそう自覚を持って節度ある行動を心掛けなければいけない。
「だから、ずっといっしょにいたいんです…………どうしたらずっといっしょになれますかあ……?」
彼は顔を上げる。潤んだ目に、酔いによって赤くなった頬。ずっと、か。俺もだ。俺もずっと一緒がいい。
「心配しなくても、俺は君しか眼中に無いよ。それに、ずっと一緒だ。」
ぎゅっと抱き返した。
「ちがうんれす……ちがうう…………それではだめれすううう……」
肩を揺らして泣き出してしまう。
「ザナック、どうした? 何が違うんだ? 嫌だったのか?」
頭を撫でる。ひっく、としゃくりあげるザナックの背を軽く叩いた。その姿に胸がズキリと痛む。
「おれはアインズさまといっしょになれませんん……」
「そんなことないぞ……?」
その瞬間、キッと睨まれる。
「……?」
「どーせ、おれが"死んだら"また違う人間の女を隣に置くんれしょう? う、ううっ……ううううう」
また泣き出す。そこまで追い詰めていたのか。どれほど不安だったんだ。
「死、んだら…………っ、」
死。ザナックが、死ぬ。いや、ザナックはいずれ死ぬのだ。どんなに大事に守っていても。人間の寿命からは俺は守ってやれない。
「おれだけだって言ったじゃないれすかあ……おれ以外の人間を好きにならないれええ……うあああ……うぐっ……やらああ……」
「ザナック……俺は君しか……っ」
「アインズさまがひとりになってしまうではないれすかああ…………」
鼻水でぐちゃぐちゃな顔のザナックはわんわんと声を上げる。
「やれす、アインズさまの隣はおれがいい……! ……"死にたくない"……しにたくないいいいいぃ…………うううっ……しにたくないいい…………」
大声で「死にたくない」と連呼し、泣きじゃくるザナックに俺は自分の無力さに目頭が熱くなる錯覚を感じた。ザナックを強く抱き寄せる。肋骨が少し食い込む程に。
「死なせない。絶対に、君を死なせない。君は俺の隣で、永遠に添い遂げるんだ。神にも天にも君を連れて行かせない」
ザナックには、人間のままで居て欲しい。けれど、死なせはしない。
「……う」
「だから、泣かないでくれ、俺は君が泣いてるとどうしたらいいか分からなくなる…………」
「……ふぁい」
俺の肩でぽろぽろと涙をこぼしながらザナックは返事をした。背中を撫でるように叩いた。目を伏せて、今にも眠りにつきそうだ。そのままあやしていると、そのうち腕の中から寝息が聞こえて来る。
─────
彼を横抱きし、店の奥へ声をかける。
「会計を頼む。」
食器を置く音がし、店主が困ったような笑顔で出てくる。
「騒がしくしてしまって申し訳ない」
「いえ、あいにく昼夜ガラガラな店ですから。久しぶりに活気が戻ったようで嬉しかったですよ」
「そうか……その、話の内容は……」
「良いものを聞かせて貰いましたぜ」
「良いもの、か」
「安心してください、陛下。他言はしませんですから」
店主はニッと歯を見せて笑った。
「……別に、もう隠してはいない。まだ発表していないだけだ」
「……俺は受け入れますぜ」
「ああ、ありがたいな」
ザナックを抱く腕に力を込めた。