聖王国トリオの幼少期捏造です
ローブル聖王国。ホバンスの王城。宮殿の内庭の中、花々に紛れて駆け回る、短い茶髪の少女──レメディオスが居た。
「姉様! レメディオス姉様!!」
先を行く姉の後ろで、同じく茶髪を一つに結った少女、ケラルトは拗ねたように口を結ぶ。
「どうした? ケラルトもおいで!」
「お洋服を汚すとまた母様に叱られますよ」
レメディオスがつくボールは宙に緩やかなカーブを描いて跳ねる。
「えい……っと、あー」
強く地面に叩きつけられたボールは思いもよらない方向に飛んで行く。ガサッ。庭の中心にそびえ立つ大木の枝に引っかかった。
「あーじゃないです!」
「私、すごいな。」
レメディオスは震えて自身の手のひらを見つめた。
「すごいとか言ってる場合じゃないですよ、どうやって取るんですか……何か長い棒を」
ケラルトは眉根を寄せた。レメディオスと一緒に大木を見上げる。
「何を言ってるんだ? 木に登ればいいじゃないか」
確かに低い位置にボールはある。木も奇跡的に足をかけられそうな出っ張りと枝がいくつか見える。だが問題はそこではない。
「姉様こそ何を言ってるんですか。こんなところ見られたら怒られてしまうじゃないですか!」
ケラルトが抗議するも、レメディオスは聞く耳を持たない。それどころか、もう登り始めてしまっている。
「あ、もう!」
止めようとしても既に、小さなケラルトでは届かない高さまで登ってしまっている。ジャンプをしても無駄だった。仕方ない。ケラルトは片廊下の奥を見張った。キョロキョロと辺りを見渡す。窓からこちらを見る影も無し。
「姉様、早く!」
今、大人に見つかったら二人まとめて叱られてしまう。ハラハラしながらレメディオスを見守っているケラルトに背後から声がかかる。
「ねぇ……」
ケラルトと同じくらいの歳の少女の声。
「──木登りをしているのね! 私も入れてちょうだい!」
金色の髪を揺らして、少女は前のめりに言った。目が輝いている。ケラルトの前にいるのは間違いなく、この国の第一王女カルカ・べサーレス。ケラルトの表情は凍りついた。
「ち、ちがいます! 木登りじゃ」
顔を真っ青にして弁明しようとするケラルトを通り過ぎ、カルカはレメディオスの背中に話しかけた。
「私も一緒に遊びに入れてくださる……?」
「だめだ、危ない」
木の上のレメディオスに一蹴されたカルカは眉を下げて唇を尖らせる。そして、見よう見まねで木に登り始める。足を引っかけたと思ったら滑ったりで、ケラルトは見ていて心臓が破裂しそうだった。もう一度足を掛けた瞬間踏み外し、カルカの体は大木から離れた。
「……!」
それに気付いたレメディオスは目を見開く。考える間もなく彼女は木から飛び降りた。その一瞬だけ、二人の少女が宙に浮いていた。レメディオスはカルカの体を抱き寄せ、勢い良く生垣に落っこちる。
「姉様ーーっ!」
ケラルトも全力で走り込み、生垣に突っ込んだ。数秒して、ごろん、とレメディオスとカルカがくっついたまま転がって出てくる。ケラルトが顔を出す。
「姉様! 王女様……!」
「っい……てて、大丈夫だぞ、ケラルト」
上半身を起こすレメディオス。
「あれ? 痛くない……あ、ご、ごめんなさいっ……」
同じく起き上がりキョロキョロと視線を迷わせ、レメディオスに向かって頭を下げるカルカ。
「怪我はないか? 王女様」
「な、ないです……あなたのおかげです、ええと……」
「レメディオスだ」
「姉様……! 本当に大丈夫なのっ!?」
駆け寄ったケラルトがレメディオスの肩を掴む。ケラルトは額に汗をかいている。それを見たカルカは俯く。
「本当に……ごめんなさい…………わたしのせいで、」
「安心しろ、私は頑丈らしいからな!」
そう笑ったレメディオスの頬には血の赤い線が走っていた。
「……っ」
カルカはレメディオスの頬を両手で掴んだ。
「……う?」
「
レメディオスの傷が跡形も無く治る。
「ごめんなさい……レメディオス」
「優しいんだな、カルカ様は」
涙が決壊しそうなカルカにレメディオスは微笑みかけた。
「姉様、王女様! 二人とも大丈夫!?」
ケラルトは二人のそばにしゃがみ込む。
「レメディオスのおかげで怪我はないです……彼女の怪我もわたしが治しました」
「ケラルト! カルカさまはすごいぞ、魔法が使えるんだ」
カルカが照れたように目を細めた。
「……そうなのね、良かった。」
ケラルトがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、片廊下の方から足音が近付いて来ていた。洗濯カゴを抱えたメイドだ。地べたに座り込んだ三人を見つけ、早足で向かう。
「ちょっとあなた達……! その格好は! 何をして遊んでいたの?」
年季の入ったメイドが三人の目の前で腰に手を当てた。まずは葉っぱと泥だらけの服のケラルトが口を開く。
「わ、わたしが悪いんです!」
頭に葉っぱを乗せたレメディオスが横から入る。
「違う! 私が!」
「姉様は黙ってて!」
「私が始めたことだ!」
言い合いになる二人を見てメイドは言った。
「もう、王女様までそんなに葉っぱだらけになっちゃって……」
ため息もつく。
そこで、カルカが立ち上がる。
「私が二人を無理矢理付き合わせたの。……ボールで遊びたくて」
土にまみれたボールをメイドに見せた。ぽん。頭に手が置かれる。
「カルカ王女様……元気なのはよろしいことですが、こんなに汚れるような遊びはいけませんよ」
メイドはカルカを叱ると、今度は脇の二人に視線を移す。
「二人共、王女様の遊びに付き合ってくれたのね。いい子ね。だけどすぐに着替えた方がいいわ」
お咎め無しどころか褒められてしまった。メイドを見送り、三人は、肩の力を抜いてはぁーと息を吐く。
「はははっ」
レメディオスが肩を揺らして笑う。
「……ふふっ」
カルカはつられて吹き出した。
「二人とも緊張感がないですよ」
半笑いで呆れたようにケラルトが言った。
「もういいだろメイドは行ったんだし! ほんとケラルトは母様みたいだよな……いや、母様より母様してるよ」
「どういう意味ですか」
「分からん」
「分からないのに言ったの?!」
「ふふ、あはははっ……!」
口を手で押さえていたカルカがついに決壊して大笑いした。
「二人のやり取りを見てて思ったのだけれど……仲がとってもいいのね」
「うん、ケラルトは私のこと大好きなんだ」
「なっ、」
赤くなるケラルトを無視してレメディオスは続ける。
「だって寝る時も一緒だし、夜のトイレは怖いって言うから私ついて行ってあげてるんだ」
「ね、姉様!! 何を言っているの!」
「やだ、レメディオス。妹をいじめちゃだめよ」
カルカがハンカチを取り出し、目尻の涙を拭く。
「いじめてないぞ? むしろかわいがってる」
わしっとケラルトを捕まえて、レメディオスは真剣な顔をカルカに向けながら確かに妹の頭を乱雑に撫でた。
「ケラルトのこと大好きだし!」
「うふふ、少し羨ましいわ……」
「どうしてだ?」
レメディオスは純粋な瞳で問う。
「私、お兄様達とあまり仲がよくないの……優しいお兄様もいるの、でも……カスポンドお兄様以外に仲のいい人がいなくて…………すこし、さみしい」
カルカの翡翠のような瞳が潤んだ。
「安心しろ! 私たちが友達になるからな」
「……友達?」
「ええ、カルカ様がよければ……私も友達になりたいです」
レメディオスに髪を乱されたケラルトが口を開いた。
「……私の初めてのお友達ね、よろしく。レメディオス、ケラルト」
「おお、私も初めての友達だぞ!」
レメディオスが大声を張る。
「姉様、それ得意げに言うことじゃないです」
「ふふふっ、やっぱり二人共面白いわ」
「褒め言葉か?」
「うふふ、姉様。褒め言葉に決まってるじゃないですか。ね、カルカ様」
「レメディオスはかわいいわね、ケラルト」
「ふむ、やっぱり褒め言葉か」
レメディオスは一人納得していた。