まーじでケラルトちゃんの過去捏造です、あと、こんな子だったらいいなーってやつを書いたので解釈違いだったら本当にごめんなさい(>_< ;)
真っ暗な夜。私は起きた。目がぼやぼやしててまだ眠たい。
「おといれ……」
立ち上がって壁に手を付いて、廊下を見渡す。何も見えない。窓が揺れて風の音がする。そして、大きくがたんと鳴った。
「ひゃう!」
思わず後ろに下がった。振り返ると、ベッドの上で姉様がよだれを垂らして寝ていた。その姿に少し安心して、廊下へ一歩踏み出した。トイレは廊下の突き当たりを左。廊下のろうそくは消されているけど、闇に目が慣れてきた。ぺたぺたと歩いて、壁に手を着く。カランッ……と、ろうそく受けが落ちて床に転がる音がした。
「ヒッ! ど、どうして……? おばけ……? そこに、いるんですか? おばけさん……」
廊下の奥へ話しかけてみた。反応はない。部屋の方からも布団が擦れる音がして、私の声で姉様が起きて来た。
「ケラルト、何かあったのか?」
「う、姉様……っ。私、おトイレに……でも、ろうそくの、おばけさんが…………」
私が指を差した方向を姉様は見た。
「じゃあ、私がついて行こう」
「ほ、本当に?」
「ああ、もしおばけが出ても、」
姉様は木剣を取り出した。
「私が退治する!」
そして腰に手を当てる。
「姉様、寝る時も剣を持ってるんですか?」
「うん。一緒に寝てるんだ。名前も付けてる。聞くか?」
「いえ、今はいいです……」
姉様の"天然"のおかげで半減したけどまだ怖さはある。
「ほら、行くぞケラルト」
「あっ、姉様……」
手を引かれて角を曲がる。扉が見えると、姉様は振り返る。
「さぁ」
「……姉様……」
私がワンピースのスカートをぎゅっと握ると、姉様は頭を撫でてくれた。
「ケラルト。私がいるから、大丈夫だ。」
にんまりと笑った姉様の顔。安心した。
「はい……」
個室に入り、扉の隙間から覗いた。
「姉様、ここにいてくださいね?」
「わかった」
パタン。ゆっくりと閉めて、ひと息。
「……」
「…………」
「姉様、いますか?」
「いるぞ」
「……」
「ね、姉様、まだいますか?」
「まだいるぞ。ずっといるからな」
「そうですか……」
「音でわかりやすいように素振りしてようか?」
「それはそれで怖いのでやめてください」
「要求が多いな」
──────────
「なぁ、お前本当にレメディオスの妹なのか?」
「姉ちゃんと比べて弱そうだな」
王城の中庭。道を塞ぐように立ちはだかったのは二人の男の子だった。そして、たぶん私より年上の。薄い笑みを浮かべている。
「……そうですけど」
少し嫌な言い方。嫌な予感。だけど刺激しないように言葉を選んだ。
「チビだしすぐ泣きそうだな」
「カストディオとは仲良くしろって言われたけど、レメディオスとだけつるんだ方がよさそうだな。なんだその目……泣くのか?」
泣くわけない。こんな奴らの前で。姉様の名誉のためにも。
「……そうですか、ご勝手に」
「なんだよその言い方」
ぐっと距離を詰められる。
「やめてください」
私は急いで背を向けて走る。
「ふっ、やっぱり弱虫だな」
後ろから聞こえる声は無視する。
「レメディオスがさ、お前が弱いから邪魔だって言ってたぞ」
「本当はレメディオスも弱いんじゃないか」
そんなこと、姉様が言うはずない。私が弱いなんて、邪魔だなんて。姉様が弱いはずがない。負けるわけない。お前らなんかに。私は歯ぎしりをした。
「……人を貶めて遊んでばかりの"あなた達なんか"より、誰に言われるでもなく努力している姉様の方がずっと強いですから!!」
その瞬間、二人の表情が怒りで歪んだ。どうしようと考える間もなく手が振り上げられる。体を縮こめて目をきつく閉じた。──パシンッ。叩く音が暗闇の中で聞こえた。
「…………っ……?」
でも、痛くない。ゆっくり目を開けると、私の前には大好きな背中があった。茶色の短髪がキラキラ光って揺れていた。
「レメディオス姉様」
見ると、頬に赤い跡があった。
「ケラルト。私がいるから……もう大丈夫だ。」
頬がすごく赤い。なのに姉様は眉をもっとつり上げてフッと笑った。
(傷を……傷を手当てしなくちゃ)
早く帰って手当てしないと。ここから逃げなきゃ。誰かに助けを、大人を呼ばなきゃ。姉様が。怪我をしてる。
「……っ、レメディオス!?」
「おお? 私の名前を知っているとは……お前は誰だ? まぁそんなのはどうでもいいか。それよりお前、今私をはたいたな?」
「えっ、えっ……違っ!!」
右手首を左手で掴んで、拳を握って開いてと繰り返す姉様に、顔を青くした男の子二人は後ずさる。
「──これでおあいこだな。」
─────────
姉様の制裁をくらった男の子達は泣きながら帰って行った。
「ケラルト、怪我は?」
私は泣いた。怪我をしてるのは姉様なのに。私は何も出来なかった。私が弱いから姉様は怪我をした。
「ケラルト。」
姉様の指が優しく目尻を撫でる。頬を寄せて、その手を握った。悔しくて涙が止まらない。
「ひっく……ひっく……」
「怖かったな」
ギュッと抱きしめられる。姉様は強い。心も体も。だけども傷つかないわけじゃない。悲しくもなるし血も出る。私には姉様を守りきれないかもしれない。けれど、だからって、諦めたりしない。剣の才能が無いなら、私は頭で考える。姉様が傷つかなない方法を。姉様が安全な方法を。姉様が笑顔でいられる方法を。
────────
「姉様、動かないでくださいね」
涙を堪えて、震える手で、井戸水で濡らしたハンカチを姉様の頬に当てていた。でも、離せば赤みは残っている。私の指先からは何も生まれない。冷やすだけじゃ足りない、私の力じゃ足りない。この赤みも、痛みも、私の手で消し去りたい。
お屋敷に帰った私とそれから姉様を見た母様は姉様を抱き寄せた。
「レメディオス……!! どうしてこんな……」
「あー……これは……」
ぎゅうぎゅう抱きしめられて言い淀む姉様。
「私が叩かれそうになった時に、庇ってくれたんです」
「叩かれ……!? ケラルト、怪我は?」
母様は一瞬鬼のような顔になって、すぐに駆け寄って私の頬をむいむいと引っ張った。
「ないですよ、姉様が助けてくれたから」
ニコニコと不思議そうに首を傾げる姉様の頭を撫でて、母様は腕を組んで顎を上げた。
「レメディオスあなた何をしたの?」
「ケラルトを二人がかりでいじめてた男子に叩かれたんだ。ちゃんと手を出されてからげんこつで撃退してやったぞ」
姉様は母様に対抗するように胸を張って腕を組み、背を反らした。
「こら」
ぽん、と姉様の頭のてっぺんにチョップを食らわせた母様は困ったように笑った。
「あいて」
「危ないからやり返すのはやめなさいと前に言ったでしょう? レメディオス」
「そーだっけ。でも、ケラルトは守ったぞ!」
「そういう話じゃないのよ」
優しく微笑んだ母様はレメディオス姉様の頬を撫でた。
「まぁいいわ。お説教はあとで。それより二人ともこっちに来なさい。」
「えぇ? お説教……?」
タコみたいなふくれっ面をした姉様とまとめて押されて私はソファに座った。泣きそうな顔した母様はレメディオス姉様と私を抱きしめた。
「よくやったわ、二人とも……いい子ね」
────────
ローブル聖王国、カルカ・べサーレス王女様。綺麗に流れる金髪。兄君の後ろに隠れて、いつも寂しげな表情をしていた。その姿がどこかで見たような気がして、ずっと"苦手だった"。
「姉様! レメディオス姉様!!」
私はお城の庭の中でボールと一緒に跳ねるように走る姉様の後ろを歩いていた。
「どうした? ケラルトもおいで!」
姉様はボールを追いかけている。
「お洋服を汚すとまた母様に叱られますよ」
私が注意するのも気にせずに、姉様はまたボールをついた。
「えい……っと、」
強くつかれたボールは反動で勢いよく上に飛んでいく。そして、庭の中で一番大きい木の枝に収まった。
「……あー」
庭の中心にそびえ立つ大木の枝に引っかかった。
「あーじゃないです!」
「私、すごいな。」
自分の手を見て震える姉様。
「すごいとか言ってる場合じゃないですよ、どうやって取るんですか……何か長い棒を」
私は草むらを見渡して枝が落ちていないか探した。けれど庭は綺麗に整備されていて何も落ちていない。諦めかけ、姉様と一緒にぼーっと大木を見上げた。
「何を言ってるんだ? 木に登ればいいじゃないか」
姉様ならこれくらいの木に登るなんて朝飯前だろうけど、今気にするべきなのはボールの無事ではない。
「姉様こそ何を言ってるんですか。こんなところ見られたら怒られてしまうじゃないですか!」
と言ったところでもう遅かった。姉様は既に木に足をかけていた。
「あ、もう! 姉様、戻ってください!」
姉様はするすると登って行ってしまう。どれだけ飛び跳ねても届かない。
(諦めるしかないか……なら、)
片廊下の奥を目を凝らして見た。窓にも人の影は無い。
「姉様、早く!」
見つかれば二人共叱られる。お城の木に登ってそれだけで済めばいいけど。
「気を付けてください姉様!」
「分かってるって」
姉様はボールに手を伸ばしている。けれどまだ届かない。もう少し登っていく。私は胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
(姉様と過ごしてると本当に飽きないわ)
じっと姉様の背中を見つめていると、「ねぇ……」と透き通った声が聞こえた。振り返ると、第一王女のカルカ・べサーレス様が目を輝かせてそこに立っていた。
「──木登りをしているのね! 私も入れてちょうだい!」
「……」
王女様の金色の髪が風になびいた。豪華過ぎないけれど、艶のある生地のドレス。金髪と碧眼。
(本当にお姫様だ……)
少し肩に力が入った。
「ち、ちがいます! 木登りじゃ」
王女様はレメディオス姉様の方へ興味が移ったのか、その背中に話しかけた。
「私も一緒に遊びに入れてくださる……?」
小首を傾げた。
(これって断ったらどうなるの!?)
「だめだ、危ない」
(ええ!?)
姉様は一言。王女様は俯いて瞳を潤ませた。けれど、すぐに目元を拭って姉様の動きをチラチラ見て木登りを始める。この状況を見られたらどう思われるか、万が一落ちた時どうすればいいか、私は全力で頭を働かせる。途中で落ちそうになったり、私は人生で一番緊張していた。さらに、王女様が太い枝までもう少しのところで足を踏み外した。
「……!」
姉様は目を見開く。そしてほぼ同時に王女様と一緒に大木から飛び落ちる。王女様はレメディオス姉様に引き寄せられ、そのまま二人は生垣に突っ込んだ。
「姉様ーーっ!」
私も思わず後を追うように生垣の中に走った。ガサガサと音が聞こえて顔を出すと、レメディオス姉様と王女様がくっついたまま葉っぱだらけになっていた。
「姉様! 王女様……!」
私が駆け寄ると、姉様は上半身を起こして歯を見せて笑った。
「っい……てて、大丈夫だぞ、ケラルト」
王女様は今にも泣きそうな顔で姉様に謝った。
「あれ? 痛くない……あ、ご、ごめんなさいっ……」
「怪我はないか? 王女様」
「な、ないです……あなたのおかげです、ええと……」
「レメディオスだ」
「姉様……! 本当に大丈夫なのっ!?」
私は思わず姉様の肩を掴んでしまった。ハッとして力を緩める。王女様も申し訳なさそうにうなだれている。
「本当に……ごめんなさい…………わたしのせいで、」
「安心しろ、私は頑丈らしいからな!」
そう言って姉様は腕をまくって見せた。だけど、その頬からは血が垂れていて。
(こんな時に……私に魔法が使えれば……! なんで!! なんで私は……!!)
「……っ」
王女様は姉様の頬を引っ掴んで魔法を詠唱した。
「
傷痕が綺麗に消え去った。
「ごめんなさい……レメディオス」
涙声で肩を震わせる王女様に、レメディオス姉様は優しく笑って見せた。
「優しいんだな、カルカ様は」
「姉様、王女様! 二人とも大丈夫!?」
二人の前に私は座り込む。
「レメディオスのおかげで怪我はないです……彼女の怪我もわたしが治しました」
「ケラルト! カルカさまはすごいぞ、魔法が使えるんだ」
姉様の笑顔。安心。だけど悔しさ……いや、自己嫌悪が私を襲った。
「……そうなのね、良かった。」
胸の前で握っていた手をそっと下ろし、ゆっくり目を瞑る。
その時、私は自分の愚かさに恥じ入った。
─────────
あの日から私はずっと王宮の書庫に入り浸っていた。"神官"になる為に試行錯誤を、本を積み重ねる。けれど今日は少し違った。母様に「勉強の為にもたまには息抜きも大事よ」と言われた。例の大木の下、私は何も持たずにぼーっと座っていた。日陰が心地よかった。こんなことをしていていいのだろうか。頭に過ぎった。けれど、手足が動かない。体は休めと言っているようだ。
──『……私の初めてのお友達ね、よろしく。レメディオス、ケラルト』
澄んだ声が頭に響く。
「……お友達」
友達は元々数人いた。けれど、王女様と友達になるなんて、夢にも思わなかった。だから少し、不思議な気持ち。お友達なら……魔法の使い方を教えてもらえたりしないかな。なんて、虫のいい話あるわけないか。
「……ケラルト?」
「……カルカ様」
花柄のドレスを着たカルカ様が私に近寄る。
「おはよう、ケラルト」
カルカ様が微笑んだ。私はぎこちなく立ち上がり礼をした。
「おはようございます」
「……ケラルト」
「……はい?」
カルカ様はぎゅっと両手を握ったかと思えば、手を開いた。真ん中には、カルカ様のドレスの柄に似たピンク色の本物の花があった。
「……! どういう魔法ですか?」
「お花を出す魔法。えへへ」
カルカ様の顔を見る。彼女は安心したように笑っていた。私はそこで気付いた。カルカ様は私を元気づけようとしてくれていた。
「あのね、ケラルト……このポーション、疲れにも効くから」
そう言って小さな瓶を渡される。薄水色の液体。
「あ、ありがとうございます」
(これ、貰っていいやつかな)
「大丈夫よ、誰でも作れるものだから心配しないで」
「は、はい」
一口飲んだ。
「あまくておいしい……」
「でしょ?」
カルカ様は眉を下げて微笑む。
「……カルカ様は優しいですね……」
「あら、姉妹揃って同じことを言ってくれるのね……そう言ってもらえて嬉しいわ」
優しい。優しすぎる。本当に隙が無い。嫉妬すらさせてくれないほど。この人は完璧だ。
「っ……ぅ」
「!? どうしたのケラルト! 苦かった!?」
カルカ様は私の背中をさする。私はさらに俯いた。
「ごめんなさい……カルカ様、すきです、尊敬してます……」
「ええ!? わ、私も……ケラルトのこと好きよ!」
カルカ様の腕に私の涙が落ちる。
「私も……ケラルトのこと、尊敬してるわ。すっごく頭が良くて、遊ぶ時にいつもアイデアを出してくれるし、危ないところを教えてくれる。本当にありがとう……」
私の背中にカルカ様の腕が回る。あたたかかった。すごく、あたたかかった。
私が泣き止んだ頃、カルカ様そっと私を抱きしめていた手を解いた。そして、ハンカチで優しく私の目元を拭く。
「カルカ様……お願いがあるんです」
「?」
「私に魔法を教えてください……詠唱の言葉は覚えてるのに、実践ができなくて……もう少しで出来そうで、でも……そのもう少しが遠くて……」
「分かったわ。ケラルトはとっても努力家だからきっと大丈夫よ!」
手を握られる。
「はい……」
──それから、三週間。カルカ様と私の魔法教室は始まった。書庫や内庭に集合した。もちろん、姉様には内緒で。だって、混ざりたがってまともに練習にならないだろうし、何より秘密にしておきたかったから。小さな成功で二人で跳び上がって喜んだ。失敗は気にしなかった、カルカ様が居たから……姉様が居たから。気にしてられなかった、気にならなかった。
そして、カルカ様の教えの甲斐もあって、私は完璧に魔法を操れるようになった。
「すごい! 見てくださいカルカ様! お花が咲きましたよ!」
「まぁ……可愛い……」
長い茎の上にいくつものピンクの花が鮮やかについている。
「葉っぱが鋭くて、剣みたいね」
「姉様に見せてあげよう……」
「そうね、持って帰ってみるといいわ」
────花を持って帰ると、
「ケラルト!! すごいな!! 本当に魔法で出したのか!? 見せて!!」
「はいはい、今日はもう遅いから明日ね」
そう言った母様は、私が花を見せた時に一番に抱きしめてくれた。
「んふふ……へへ」
私は寝るまで、ずっとニヤついていた。
次の日。レメディオス姉様と一緒に城の内庭で散歩をしていた時──
姉様が生垣の枝で脚に擦り傷を作ってしまった。たらりと流れる少量の血。けれど、あの日のことを思い出してしまった。
「ね、姉様…………傷、が」
「大丈夫だ、これくらい痛くない」
「だ、ダメ!」
私は姉様を芝生に座らせた。
「おお……?」
「姉様……レメディオス姉様……痛いでしょう?」
「ちょっと」
早口でぽつりと。
「私が治します……」
もうこれ以上、姉様が我慢しなくていいように。姉様の痛みを苦しみを、癒す。姉様の脚に触れた。血がついた。私は目を瞑る。
「…………
ふわりと風が吹いた。びっくりして目を開けると、姉様の脚の傷は治っていた。痕もない。
「ケラルト……」
姉様の膝を、涙が濡らす。
「ごめんなさい姉様」
ハンカチで拭いた。姉様は私の頭の後ろと背中に手を回して強く抱きしめた。
「泣き虫だな、ケラルトは」
「わたし、なきむしです……まだ、ぜんぜんだめでっ……だから、もっとがんばります……」
「けど、ケラルトは強い。私よりずっと強い。ケラルトが頑張ってるの、知ってるからな」
「……っ」
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔を、姉様の肩に押し付けた。
「ありがとう、ケラルト」
翌日。私はこのことをカルカ様に報告した。カルカ様はまるで自分の事のように喜んでくれた。
「まぁ……本当に!?」
「そうなんです、姉様が……ありがとうって言ってくれて」
「ケラルトはきっと素敵な神官さんになるわね!」
「気が早いですよ……」
苦笑した。けれど、姉様と並べるような、カルカ様のように誰かを救えるような人になりたいのは、確かだった。
──────
────私が十三歳になった頃、姉様は聖騎士に就いていた。新しい鎧を着て、前へ前へ進んでいる。誇らしい。誰よりも誇らしい。けれど、その姿を見るたびに、胸の奥がぎゅっと苦しい。私だけが置いていかれるようで、怖くなる。けれど、焦れば焦るほど、気持ちは乱れる。冷たい石床に膝をつけた。両手を胸の前で組み、目を閉じて深呼吸した。礼拝が終われば、聖典の一節を写本する。羽根ペンの先にインクを含ませ、紙の上に聖句を一文字づつ写していく。少しの歪みも許せなくて、何度も書き直した。魔力制御や詠唱の練習。
「ケラルト、君は覚えが早い。焦る必要はありません」
司祭様はそう言ってくださった。
「詠唱も安定していますし、魔力制御も同年代では十分すぎるほどです」
けれど、その言葉を聞くたびに、私は俯きたくなった。私なんてまだまだだ。どんどん昇進していく姉様に並ぶには、神官見習いじゃ足りない。褒められるのは嬉しい。けれど、ここで満足していては、私はいつまで経っても姉様の隣に並べない。もう二度と、自分の無力さに泣きたくなかった。
─────────
雲が月を隠して、いつもより暗い夜のことだった。
「……本当にカルカ様の字だな」
姉様が小さく言った。
【今夜、礼拝堂へ来て。二人に話したいことがあります。カルカ】
「ええ。間違いありません」
「……明日、ですものね」
カルカ様は聖王として即位する。司祭様や神官達の推薦によって。そのままの足で小さな礼拝堂に向かった。昔、少しだけ遊んだことのある古いもの。けれど花も飾ってあって、中も整備されていた。中には祭壇があった。燭台の火が小さくあたたかに、奥で佇む人を照らしていた。
「カルカ様……?」
そこに居たのはカルカ様だった。姉様が呼ぶと、腰まで伸びた金色の髪を揺らし、振り返る。淡いブルーのネグリジェに上着を羽織っていた。
「こんな時間に呼び出してごめんなさい」
謝りつつも、カルカ様は胸を撫で下ろす仕草をした。
「……何故ここに呼び出したんだ」
姉様が問うと、カルカ様は指先を胸元で組んだ。
「部屋だと……メイドに聞かれてしまうから」
「そんな大事な話なのですか」
思わず近づいて訊いた。カルカ様は所在なさげに指を組む。しばしの沈黙の後、カルカ様は顔を上げた。
「……明日のこと、改めて二人に伝えたかったの」
姉様の肩が揺れた。
「私……聖王の座に就きます」
穏やかな声。
「正式に、明日の即位式で……この国を背負う立場になります」
覚悟していたはずなのに、いざ言葉にされると、胸の奥に沈むものがある。
「……そうか」
ようやく姉様が口を開いた。
「うん」
頷いたカルカ様は、ぽろぽろと涙を流す。
「カルカ様……!」
私が手を伸ばすと、カルカ様は笑おうとする。それでも涙は止まらない。
「ご、ごめんなさい……泣くつもりじゃなかったの……」
「ちゃんと、笑って話そうと思ってたのに……」
その声は、王女でも聖王でもない、ただの少女だった。姉様はカルカ様のそばに寄り、力強く抱きしめた。つられて私もその上から腕を回した。
「……カルカ様」
涙腺が緩む。
「怖いの…………怖いのよ……」
途切れ途切れな声。姉様はさらにカルカ様を深く胸の内にしまってしまうかのように抱きしめた。
「でも……やらなくちゃって、思ったの。この国のために、皆のために、私がやるべきだって」
鼻をすする音。しゃくりあげて泣く声。
「だけど、いざ明日になると……私、本当にできるのかしらって。間違えたらどうしようって……」
「カルカ様」
カルカ様の背を撫でた。
「大丈夫です」
私がいるから。
「うん……」
それでもカルカ様は首を振った。
「そう言ってもらえるの、すごく嬉しい。でも、……でも、やっぱり怖いの。皆の前に立つのも、決断をするのも、誰かを守れなかった時のことを考えるのも……」
何も言えなかった。正論だけじゃだめだ。すると、姉様が口を開く。
「……カルカ様。私は……難しいことは分からない」
「ええ」
「でも、カルカ様が一人で立つ必要はない」
カルカ様の翡翠の瞳が大きく揺れた。
「カルカ様が前に出るなら、私はそのもっと前に立つ。何か来たら全部叩き落とす。だから……怖がっていても、いい」
(これは…………姉様じゃなきゃできないですね)
「私もおります。姉様ほど剣は振れませんけれど……カルカ様が迷われた時は、一緒に考えます。傷ついた時は癒します。間違えそうな時は、ちゃんとお伝えします」
「レメディオス……ケラルト……」
少しの間、三人で抱き合っていた。静まり返った礼拝堂の中、カルカ様が息を吐く。
「……もう大丈夫よ」
「本当に?」
半分冗談っぽく訊ねた。けれどカルカ様は頷く。頬には涙の跡。子供みたいな柔らかい笑み。
「もう大丈夫」
────祭壇の前。カルカ様は一歩前に出る。
「私……背負うと決めた以上は誓います。この国をより良くしたい。全ての人に手を差し伸べたい。弱き民に幸せを、誰も泣かない国を……」
苦しそうに胸元を握って、天井からの月光と蝋燭のあたたかな光に照らされたカルカ様はまるで絵画のようだった。
「カルカ様……私は協力者として、その正義を後押しします」
跪いた姉様。その横に私も並ぶ。
「カルカ様の正義に則って忠義を尽くします」
この優しすぎる人に祝福を、私の忠誠を捧げる。
「二人とも、顔を上げて。まだ聖王になってないのにそんなに敬う必要はないのよ……聖王になったとしてもね」
「分かった」
何も考えてなさそうな顔で姉様は返事をした。
「姉様、分かっちゃだめです。カルカ様が聖王様になったら敬語を覚えないと」
「む? 敬語くらい使えるぞ」
「……本当に?」
「私をなんだと思ってるんだケラルトは」
「脳みそまで筋肉の聖騎士」
「なんだそれは?」
「あはははっ」
カルカ様が堪えきれず、手で口元を押さえて笑った。
──礼拝堂を去った後。レメディオス姉様は何故かぐいぐいとカルカ様を手で押している。カルカ様は満更でもなさそうに微笑んでいて。
「姉様、なんでカルカ様を押してるんです?」
「カルカ様が真ん中だからだ」
「答えになってません」
カルカ様を指して、レメディオス姉様は叫んだ。
「ほら、カルカ様の御通りだぞ! 道を開けろ!」
しん…………。もう夜中で誰もいないというのに。カルカ様は耳まで赤くなって姉様を横目で見た。
「恥ずかしいのだけれど……やめてくれないかしら……レメディオス……」
「ほら、ケラルト、お前も侍従らしく真剣な顔しろ」
突然振られる。
「ええ? 私も参加しないといけないんですか? そのごっこ」
「ごっこじゃない」
姉様は頬を膨らませてから、カルカ様の斜め少し前を歩く。剣の柄頭に手を当てて偉そうに胸を張る。カルカ様は私達に挟まれてどこか嬉しそうに微笑んでいる。私は二人の少しだけ後ろ。
全く、姉様は変わらないな……。
次は幼少カルカ様視点です