カルカ様視点です。捏造設定苦手な方は注意
カルカ様への陰口描写があります。この先の話にも聖王国トリオが怪我をしたりする描写があるかもしれないのでご注意ください。
メイドに扉を開けてもらい、お父様の膝まで駆け寄った。分厚い布に顔を擦り寄せると、石鹸とインクの匂いがした。
「お父様……!!」
「おおっ……カルカ……」
「お仕事中だった……?」
「あぁ、けれどほら」
脇から抱っこされて、お父様の膝にゆっくり乗せられる。
「ここに居ればいい」
知らない貴族の人達がたくさん居て、こちらを見ていた気がした。お父様のローブに隠れると、上から頭を撫でられた。ざらざらしてて重たい手。けど私はこの手が大好き。
夜。ランプのオレンジ色にだけ照らされて、ベッドの上でお母様が絵本を閉じた。
「…………おわり。あら、おねむさんね」
私の目尻を指で撫でた。袖が頬をくすぐる。
「うん……」
「おやすみなさい、カルカ」
「おやすみなさい……お母様……」
お母様の手が布団の上からとんとんと私のお腹をたたく。そのリズムと手の温かさが心地いい。私は気持ちよく沈んでいった。
───────
「カルカは王位継承権がない」
「だが……父上に気に入られているではないか」
「あんな馬鹿正直なだけのやつに何ができる」
廊下の角の先で鋭い声が聞こえた。お兄様達だった。
「それもそうか」
その笑い声が怖かった。私は王様になりたい訳じゃない。しばらくずっと喉の奥が苦しかった。カスポンドお兄様だけは慰めてくれる。優しくて、一緒に遊んでくれる。それでも、お兄様にはお兄様の人生があって。私につきっきりにさせるなんてことできない。私は私の人生を行かないといけない。変わらないと嘆いているばかりのつもりはなくて、私なりにいつももがいている。お友達が欲しくて、興味のない話題で盛り上がる。誰にも嫌われたくなくて、自然な笑顔を意識して他人の喜ぶ言葉を選ぶ。これが正しいと信じて来たけど、最近は、間違いだったかもしれないと思い始めている。
(……どうしたら正解なの?)
最近は分からなくなることがある。お茶会では笑う。相手が喜びそうな話題を探す。綺麗な言葉を選ぶ。失礼のないように振る舞う。そうすれば皆笑ってくれる。
「カルカ様は素敵です」
「お優しいですね」
そう言ってくれる。けど、お茶会が終わったあと、部屋へ戻ると胸の奥に何かが残る。楽しかったはずなのにどうしてだろう。私は机の上に置かれた招待状を見る。来週もお茶会。再来週も。その次も。たくさんの人と会う。たくさん笑う。
(友達って、何なのかしら)
ふと、窓の外を見た。ガラス越し、そこにはお行儀もドレスの汚れも周囲の目も気にせず泥だらけでボール遊びをする二人の女の子が見えた。私の偽りの笑顔とは全く違う、魂から溢れるような笑顔。私は、その姿に釘付けになっていた。楽しそう、と思った。そして、不正解だとも。だけど私はその不正解に惹かれていた。王宮の他のなにより眩しくて愛おしく見えた。あそこに行けば、私も本当の笑顔で笑えるかもしれない。足が勝手に動いていた。考えることより先に走っていた。急いで階段を降りて、くるりと回るとドレスが翻る。足を大きく開いてなるべく早く着くように走った。こんなふうに走ったのは初めてだった。
────────
全て、初めての感覚。こんなに息が荒いのも、ドレスの裾を乱したのも、鼓動が速いのも。遠くから見るより、二人の声は大きかった。お互いを呼ぶ声に一切の遠慮がなくて、それがすごく羨ましくなった。髪をポニーテールに結んだ女の子の後ろ姿。私より少し年下。声をかけるだけなのに、こんなに心臓がバクバクするなんて。話しかけて、拒絶されたらどうしよう。王女として接されたら……。
(いえ、ここで怯えていたら……私、一生素直に笑えなくなるわ!)
「ねぇ……木登りをしているのね! 私も……入れてちょうだい!」
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「二人のやり取りを見てて思ったのだけれど……仲がとってもいいのね」
「うん、ケラルトは私のこと大好きなんだ」
「なっ、」
ケラルトは耳まで真っ赤になった。
「だって寝る時も一緒だし、夜のトイレは怖いって言うから私ついて行ってあげてるんだ」
「ね、姉様!! 何を言っているの!」
「やだ、レメディオス。妹をいじめちゃだめよ」
私はハンカチを取り出して、涙を拭いた。
「いじめてないぞ? むしろかわいがってる」
ケラルトを捕まえて、レメディオスは真剣な顔をしてケラルトの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ケラルトのこと大好きだし!」
「うふふ、少し羨ましいわ……」
「どうしてだ?」
レメディオスは真っ直ぐに聞いてきた。
「私、お兄様達とあまり仲がよくないの……優しいお兄様もいるの、でも……カスポンドお兄様以外に仲のいい人がいなくて…………すこし、さみしい」
少し嫌なことを思い出す。お兄様達の刺すような笑い声。
「安心しろ! 私たちが友達になるからな」
「……友達?」
「ええ、カルカ様がよければ……私も友達になりたいです」
髪を乱されたケラルトが口を開いた。
「……私の初めてのお友達ね、よろしく。レメディオス、ケラルト」
私ははにかんだ。嬉しくて泣きそうな気持ちを押し込めて。
「おお、私も初めての友達だぞ!」
レメディオスがそう言ってくれて、私の心はすっと軽くなった。
「姉様、それ得意げに言うことじゃないです」
「ふふふっ、やっぱり二人共面白いわ」
「褒め言葉か?」
「うふふ、姉様。褒め言葉に決まってるじゃないですか。ね、カルカ様」
「レメディオスはかわいいわね、ケラルト」
「ふむ、やっぱり褒め言葉か」
───────
その日の夜。私は頭が冴えて眠れなかった。
「お友達……お友達……ふふふ」
思わず毛布を口元まで引き上げる。明日からが楽しみでならない。早く二人に会いたい。どんな遊びをしようか、どんな話をしようか。ずっとそんな考えが頭を巡って止まらない。ベッドの上で寝返りを打った。窓の外では月明かりが庭を白く照らしている。レメディオスは今頃何をしているのだろう。きっと疲れて眠っているのかもしれない。いや、まだ起きていて木登りの練習でもしているかもしれない。
「そんなわけないわよね……」
くすりと笑った。すると今度はケラルトの顔が浮かぶ。少し大人びていて、しっかり者で、レメディオスの後ろを追いかけながらも、ちゃんと姉を支えている子。
『姉様、それ得意げに言うことじゃないです』
思い出して、また笑ってしまう。不思議だった。今までだって話し相手はいた。お茶会もあったし、同年代の貴族令嬢達と会うこともあった。それでもこんな気持ちになったことは一度もない。体の芯からじんわりあたたかさが広がって、何度思い出しても嬉しくなる。まるで宝物を見つけたみたい。
「友達って……こんな感じなのかしら」
小さく呟く。返事をする人はいない。寂しくはなかった。今日の私は一人なのに、一人じゃない気がした。布団を抱きしめる。昼間の光景が浮かぶ。太陽の下で笑うレメディオス。少し呆れながらも笑っているケラルト。そして、その輪の中にいた私。愛おしさで息が止まりそうになった。嬉しくて。少しだけ怖くて。
「……嫌われたり、しないかしら」
ぽつりと零れた言葉は誰にも聞かれない。王女だから。そんな理由で遠慮されたらどうしよう。今日みたいに話せなくなったらどうしよう。また一人になったらどうしよう。不安はあった。それでも。レメディオスの真っ直ぐな声を思い出す。
『安心しろ! 私たちが友達になるからな』
ケラルトの優しい微笑みも。
『私も友達になりたいです』
その言葉を思い返すだけで、不安は少しずつ溶けていった。私は枕に頬を押し付ける。そして誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「明日が待ち遠しいわ……」
目を閉じる。すると今度は、不思議なくらいすんなり眠気がやって来た。明日が来るのを楽しみにしながら、私は眠りについた。
次の日。私は朝からそわそわしていた。鏡の前で髪を整えながら、頭の中は昨日のことでいっぱいだった。レメディオス。ケラルト。私のお友達。思い出すだけで口元が緩んでしまう。朝食の席でも何度か笑ってしまい、メイドに不思議そうな顔をされたほどだ。そして私は我慢できなくなった。この気持ちを誰かに話したかった。一番に伝えたい相手がいた。私はスカートの裾を持ち上げて廊下を歩き、カスポンドお兄様の部屋へ向かった。こんこん、と扉を叩く。
「どうぞ」
聞き慣れた声。扉を開けると、お兄様の背中が見えた。机に向かい、何枚もの紙を広げている。窓から差し込む光が金色の髪を照らしていた。さらさら、とペン先が紙の上を走る音だけが部屋に響いている。
「……カルカ?」
お兄様は振り返った。そして私を見ると、すぐに表情を和らげる。持っていたペンを静かに置いた。
「どうしたんだい? カルカ」
その声を聞いた瞬間、私はもう我慢できなかった。
「お兄様!」
机まで駆け寄る。
「私、お友達ができたの!」
お兄様が目を瞬いた。
「お友達?」
「そう! 二人も!」
胸の前で手を組む。昨日のことを思い出すだけで嬉しくてたまらない。
「レメディオスとケラルトっていうの! とっても面白くてね、仲良しの姉妹なの!」
言葉が止まらなかった。レメディオスが木に登ったこと。ケラルトが慌てていたこと。三人で笑ったこと。友達になったこと。話しながら、自分でも驚くほど顔が熱くなっているのが分かった。お兄様は途中で口を挟まず、ただ優しく聞いてくれた。全部話し終わると、お兄様は目を丸くした。それから嬉しそうに微笑む。
「それはすごいな」
大きな手が私の頭に置かれた。
優しく撫でられる。
「おめでとう、カルカ」
その言葉が嬉しくて、思わず笑顔になる。
「お祝いのケーキを買ってあげよう」
「えっ! 本当!?」
ぱっと顔を上げる。
お兄様は頷いた。
「もちろんだ」
「ありがとうお兄様!」
胸が弾む。
そしてすぐに別の考えが浮かんだ。
「あのね!」
私は身を乗り出した。
「そのケーキ、お友達と一緒に食べてもいいかしら?」
レメディオスにも。ケラルトにも。私だけじゃなくて、三人で食べたい。そう思ったのだ。お兄様は一瞬だけ驚いた顔をした。だけどすぐに目を細める。まるで何かを安心したように。
「あぁ、もちろん」
柔らかく微笑んだ。
「二つ買おうか」
「本当に!?」
「うん」
「私、ベリーのケーキがいい!」
「ふふっ。一緒に買いに行こうか」
その言葉に私は大きく頷いた。
午後。私達は城を出て街へ向かった。空は青く晴れ渡っている。市場にはたくさんの人がいて、果物の香りや焼き菓子の香りが風に乗って流れていた。私はお兄様の隣を歩く。久しぶりのお出かけだった。でも、今日はそれだけじゃない。友達ができたことを祝うためのお出かけ。それが何より嬉しかった。
────私が十五歳になってから冬の終わり頃。
王城の一室に呼ばれた時、私はてっきり何か失敗をしてしまったのだと思った。重厚な扉の向こう。そこにはお父様と、神殿の高位司祭様達が並んでいた。部屋の空気は張り詰めている。私は背筋を伸ばして一礼した。
「お呼びでしょうか」
お父様はいつもより少し疲れた顔をしていた。けれど、私を見る目は優しい。
「カルカ、こちらへ」
促されるまま近付く。長机の上には聖王国の地図が広げられていた。国境線。街。神殿。村々。私も見慣れた地図だった。
「カルカ様」
白髭の老司祭様が口を開いた。
「貴女はこの国をどう思われますか」
突然の問いだった。私は少し考えて答える。
「大好きです」
迷わなかった。
「皆が優しくて、豊かで……素敵な国です」
老司祭様は静かに頷く。
「では、その国が苦しんでいるとしたら?」チクリと針で刺されたような痛みが走った。最近は私にも分かる。貴族同士の対立。派閥争い。神殿と貴族の衝突。表には出なくても、国の中には少しずつ亀裂が生まれている。
「苦しんでいる人がいるなら……助けたいです」
「……自分が傷付いても?」
「はい」
即答した。部屋の空気がわずかに揺れる。司祭様達が互いに視線を交わした。お父様は小さく息を吐く。そして。
「カルカ」
私の名前を呼んだ。
「お前に、聖王になってほしい」
その言葉に。私は目を瞬かせた。しばらく意味が理解できなかった。
「……え?」
沈黙。時計の音だけが聞こえる。
「私、が?」
思わず自分を指差した。
「はい」
別の司祭様が答える。
「神殿は貴女を支持しています」
「えっ」
「多くの民も同じです」
「えっ?」
混乱していた。だって私は剣も振れない。政治もまだ勉強中。完璧とは程遠い。そんな私が?
「わ、私より相応しい方が……」
「おりません」
今度はお父様だった。はっきりとした声。
「カルカ。お前は人の痛みを知っている」
私は言葉を失う。
「他人の涙に心を痛める」
お父様は続けた。
「誰かの為に悩み、誰かの為に行動できる」
老司祭様も頷いた。
「聖王に必要なのは力だけではありません」
「人を想う心です」
「貴女にはそれがあります」
胸の奥が熱くなる。嬉しい。それでも怖い。私なんかにできるのだろうか。間違えたら。失敗したら。誰かを不幸にしてしまったら。そんな考えが頭をよぎる。
「……私は」
唇を噛んだ。
「強くありません」
小さな声だった。
「騎士のように戦えません」
「神官のように賢くありません」
俯く。すると。大きな手が頭に乗った。お父様だった。小さい頃と同じ手。少しざらざらした温かい手。
「知っている」
思わず顔を上げた。お父様は微笑んでいた。
「だからこそだ」
「え……?」
「強くないから、人の弱さが分かる」
静かな声。
「完璧じゃないから、人に手を差し伸べられる」
胸が詰まった。お父様は続ける。
「カルカ」
その声は王ではなく。父親だった。
「お前なら、この国を愛してくれる」
気付けば視界が滲んでいた。司祭様達も静かに私を見ている。期待。信頼。祈り。たくさんの想いがそこにあった。怖い。でも。もし私が逃げたら。誰かが泣くかもしれない。守れたはずの人を守れないかもしれない。私はそんなの嫌だった。ぎゅっと拳を握る。そして深く息を吸った。
「……私にできるかは、分かりません」
正直な気持ちだった。
「たくさん失敗するかもしれません」
声が震える。
「泣くかもしれません」
少し笑いが漏れた。司祭達も柔らかく微笑む。
「でも」
私は顔を上げた。
「皆のためなら」
自分でも驚くほど真っ直ぐな声だった。私のように、誰にも気付かれずに隅で泣いているような人に、手を差し伸べられるように。
「この国のためなら」
お父様の目を見る。
「やりたいです」
お父様は何も言わなかった。ただ。もう一度だけ。私の頭を優しく撫でてくれた。
────────
即位式の前日の夜。私はすぐに手紙を書いた。不安でたまらなかったから。嫌になった訳じゃない。ただ、不安な気持ちが大きくなりすぎて、弱気になりそうだった。
【今夜、礼拝堂へ来て。二人に話したいことがあります。カルカ】
そっとペンを置く。迷惑に思われないか、ほんの一瞬よぎった。あの二人のことだから、きっとそんなことはない。高鳴る胸を押さえつけて、手紙をメイドに差し出した。窓を開けた。冷たい風が頬を撫でる。王都の灯りが遠くで揺れていた。明日になれば私は聖王になる。皆の前に立つ。国を背負う。そう考えるだけで足が震えそうだった。だけど不思議と完全な絶望ではなかった。レメディオスがいる。ケラルトがいる。二人ならきっと笑う。
「大丈夫だ」
「大丈夫です」
そんな声が聞こえる気がして。私は少しだけ笑った。その時、ノックの音がした。
「どうぞ」
ゆっくりと入ってきたのは、カスポンドお兄様だった。
「カスポンドお兄様……どうされたのですか?」
少し顔色が悪い。
「カルカ……お前に謝りたくて来た」
カスポンドお兄様は膝を着いた。服の裾が床に擦れるのも気にせず。
「最初は……お前が聖王になればこの国は安泰だと思った。」
俯いて、両拳を握るお兄様。
「お前は第四位階の魔法を扱える。それに、その優しさが救いになると思ったんだ。他の兄弟は争いばかりでとてもこの国の王が務まる訳がない」
声がだんだんと震えていく。
「……お兄様」
「だから……私なんかよりカルカこそが聖王に相応しいと考えて身を引いた」
お兄様は首を振った。
「けれど……たった十五歳のお前に背負わせるには……この国は重すぎる」
涙混じりにお兄様は続けた。
「お兄様。重くなんてありませんよ。私、お兄様が思うより成長しているんです」
「違うんだカルカ……っ」
「私、この国を愛しているんです。ここに生まれてよかったって、思ってるんです。だから私にしかできないことなんです……!」
「……っ!」
お兄様が崩れるように私を抱いた。私は驚いたけど、お母様がするようにお兄様の背中に手を回した。
「すまない……カルカ、すまない……っ」
「まだ泣かないでくださいお兄様、もう……私が冠を受け取るまで取っておいてくださいよ」
「ごめんよ……カルカ…………」
泣いているお兄様を抱きしめるなんて不思議な感じだけど、お兄様が私の為に泣いてくれているのは嫌ではなかった。
冬の終わりの空気は冷たい。吐く息が白く溶けていく。王都にある大聖堂。高い天井。 色鮮やかなステンドグラス。 無数の燭台。集められた貴族達。 神官達。 聖騎士達。誰一人として私語を発しない。静寂の中でパイプオルガンの音だけが響いていた。私はゆっくりと歩く。一歩。また一歩。純白のドレスが床を撫でる。その音さえ聞こえそうなほど静かだった。
(大丈夫)
胸の奥で呟く。
(大丈夫よ、カルカ)
そう言い聞かせても鼓動は速い。足が震えそうになる。逃げ出したくなる。こんな大勢の前に立つなんて。誰かの人生を背負うなんて。本当は今でも怖い。祭壇の前へ進む。左右に並ぶ神官達。正面にはお父様。そして民衆席。たくさんの顔。たくさんの期待。その重さに押し潰されそうになった時だった。ふと視界の端に見覚えのある二人を見つけた。聖騎士の礼装を着たレメディオス。その隣に立つケラルト。
(あ……)
目が合った。レメディオスは満面の笑みだった。口を大きく開けて、「頑張れ!」と言いたそうな顔。だけど式典中なので声は出していない。代わりに親指をぐっと立てていた。
(レメディオス……)
すると横からケラルトが慌ててその腕を引っ張る。口だけ動いた。
『姉様』
『式典です』
『静かに』
レメディオスが不服そうに頬を膨らませる。
『応援だぞ』
『気持ちは分かりますけど』
『カルカ様に怒られます』
『カルカ様は怒らない』
二人はこそこそやっていた。真面目な神官達の中ですごく目立つ。本来なら笑う場面じゃない。聖王即位式。神聖な儀式。笑ってはいけない。そう分かっているけれど。
(ふふ)
少しだけ肩の力が抜けた。レメディオスは変わらない。ケラルトも変わらない。あの日からずっと。何も変わらない。私の大切な親友。胸の奥が温かくなる。怖かった気持ちが少しずつ溶けていく。大丈夫。私は一人じゃない。祭壇の前へ立つ。私は顔を上げる。まっすぐ前を見た。その先には。お父様がいる。神官達がいる。民がいる。そして。レメディオスとケラルトがいる。二人とも今は真面目な顔をしていたレメディオスはにかっと笑っているし。ケラルトは小さく頷いていた。まるで。『大丈夫です』そう言ってくれているみたいだった。
だから私も頷く。冬の光がステンドグラスを通り抜けて降り注いだ。赤と青と金。色彩の光が私を包む。
「ここに宣言する」
大神官の声。
「カルカ・ベサーレスを」
「ローブル聖王国聖王と認める」
鐘の音が鳴った。一度。二度。三度。王都中へ響く。民衆の歓声が外から聞こえた。拍手、歓声、祝福。その全ての中で。私はほんの少しだけ視線を横へ向ける。レメディオスは思い切り拍手していた。ケラルトも笑っている。そして。二人の姿を見た瞬間。私は改めて思った。
(ありがとう)
声には出さない。聖王として。表情も崩さない。胸の中でだけ呟く。
(怖かったけれど)
(ここまで来られたのは)
(あなた達がいたから)
冬の終わり。鐘の音が青空へ響いていく。