鈴木悟の告白を聞いたメンバーでのわちゃわちゃ会議です
「それでは、今から聖王国同盟化計画を議題とした会議を進めてまいります」
ザナックの声が、静かな会議室に響いた。長机の上には、既に数枚の羊皮紙が並べられている。聖王国の地図。主要都市の位置。王都ホバンス、南部の街道、国境付近の砦、神殿勢力の影響範囲。細かな文字でびっしりと書き込まれた資料を前に、俺は腕を組んだ。読めなくはない。読めなくはないのだが。情報量が多すぎる。
「まず、本計画の最終目的は聖王国の従属ではありません。魔導国と聖王国の友好関係、および同盟関係の構築です」
ザナックは小さな手で一枚の資料を指した。
「聖王国は信仰心が厚く、人間種族中心の価値観が強い国です。魔導国に対する警戒心も強く、通常の交渉ではまず受け入れられません」
「当然でしょうね」
アルベドが頷く。
「聖王国の者達から見れば、アインズ様は畏怖すべき御方。ですが、その尊さを理解できぬ者にとっては、恐怖の対象でしかないでしょう」
「……まぁ、そうだな」
俺は曖昧に頷いた。尊さ?はともかく、恐怖の対象であることは間違いない。
「そこで必要なのは、魔導国を"脅威"ではなく"救援者"として認識させることです」
ザナックは淡々と続ける。
「聖王国側が自ら助力を求め、魔導国がその要請に応える。そういう形を作ります」
アルベドが手を挙げる。
「その為の根回しは完了しています」
ザナックは続ける。
「ありがとうございます。……力で従わせるのではなく、恩義と利益で関係を固定するのです」
「つまり、救った上で手を結ぶ、と」
パンドラズ・アクターが顎に手を当て、大仰に頷いた。
「素晴らしい。まさしく父上のお考えに相応しい、優雅にして壮大な一手!」
「喧しいぞ」
「失礼いたしました!」
パンドラは胸に手を当てて一礼した。動きがいちいち大きい。
ザナックがほんの少しだけ遠い目をした気がした。頼むから引かないでくれ。
「救援後は、復興支援、共同防衛の提案を行います。聖王国の独立性は保ちます。表向きは対等な友好国として扱うべきです」
「表向き、ということは裏では違うということか?」
俺が訊ねると、ザナックは俺を見た。
「いえ。最初は表向きだけでも構いません。ですが、長く続けるなら実質も伴わせる必要があります。恐怖だけで繋がった絆は脆い。恩義だけでも弱い。利益だけでも冷たい。必要なのは、複数の理由で離れがたくすることです」
デミウルゴスが目を細めた。
「なるほど。感情、利益、安全保障、その三点で結びつけるわけですね」
「はい」
「非常に理に適っております」
デミウルゴスは満足げに頷いた。ザナックはほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。褒められて嬉しいのだろうか。可愛い。
「しかし、ザナック様」
アルベドが口を開く。
「貴方が同行する必要は、本当にありますの?」
ザナックは視線を上げた。
「あります」
即答だった。
「アインズ様が直接聖王国に赴かれる以上、恐怖は避けられません。ですが、その隣に人間である俺が立っていれば、少なくとも対話の余地は生まれます」
「だが、危険だ」
俺は思わず口を挟んでいた。
ザナックがこちらを見る。
「分かっています」
「君が行く必要はない。交渉なら他の者でも」
「いいえ」
柔らかい声なのに、はっきりと遮られた。
「俺でなければ意味が薄いのです」
胸の奥が、少し痛む。
ザナックは資料を伏せ、両手を机の上に置いた。
「俺は元リ・エスティーゼ王国第二王子です。王国を失った人間です。その俺が、魔導国で生きている。アインズ様の隣で働いている。それ自体が、聖王国の人々にとって一つの材料になります」
「材料……」
「はい。魔導国に従った哀れな王子と見る者もいるでしょう。洗脳されたと思う者もいるかもしれません。ですが、"違う"と俺自身が示すのです」
ザナックの指が、薬指の指輪に触れた。
「俺は自分の意思でここにいます。そのことを、俺自身の言葉で伝える必要があります」
会議室が静まり返った。アルベドは少しだけ眉を寄せ、デミウルゴスは思案するように顎へ手を当てている。パンドラは帽子の影に顔を隠していた。俺は、ザナックを見つめた。小さい。守らなければならない存在に見える。実際に、俺は彼を守りたい。それなのに、ザナックは自分の力で俺の隣に立とうとしている。
「……君を危険に晒すための計画ではない」
「はい」
「俺は、君が傷つくことを望まない」
「知っています」
ザナックは少し困ったように笑った。
「だからこそ、俺は死なないようにします。訓練もしました。前にも言いましたが、護身術も、最低限ですが身につけました。」
「……君にはいくつかマジックアイテムを持たせる」
「承知しました」
「そうか」
ザナックは嬉しそうに目を細める。
「なら、問題ありませんね」
「問題はある」
「ありますわね」
アルベドが深く頷いた。
「ザナック様を危険地帯に向かわせるなど、正直なところ気が進みません」
「アルベド様……」
ザナックが少し照れたように瞬きをした。いや、分かっている。二人が仲良くなったのは喜ばしい。喜ばしいのだが、胸のあたりが少しだけざわついた。胸はないが。
「その点につきましては、護衛体制を整えるべきかと」
デミウルゴスが言う。
「ザナック様の主な役割は対話の補助と印象の緩和。前線への参加も記述されていますが……」
「怪我でもしたらどうする……それとも、」
「ですが、何もしなければ何も変わりません。聖王国との同盟は、今後の魔導国にとってもアインズ様のご計画にも重要です。恐怖ではなく、信頼に近いものを作る。その第一歩に、俺を使ってください」
使ってください。その言葉が引っかかった。
「使う、という言い方は好きではない」
「……では、共に行かせてください」
ザナックは言い直した。
「俺を、アインズ様の隣に置いてください」
俺は言葉に詰まった。ずるい。そんな言い方をされて、断れるわけがない。
「……分かった」
ザナックの表情が明るくなる。
「ただし、条件がある」
「はい」
「俺のそばを離れるな。危険を感じたらすぐに俺を呼べ。無理をするな。食事を抜くな。寒ければすぐに言え。眠れない時も言え」
「アインズ様、後半はあまり関係がないのでは……」
「ある」
アルベドが首を傾げる。
「ある。君の健康状態も安定させる必要がある」
俺はもう一度言った。ザナックは口元を押さえて笑っていた。愛おしい。
「それでは、方針をまとめます」
ザナックは咳払いをして、資料へ視線を戻した。
「聖王国に対しては、救援を起点とした友好関係を構築します。聖王国の王権は維持。民間被害は最小限。復興支援、交易、共同防衛を柱とし、最終的に正式な同盟を目指します」
デミウルゴス、アルベド、パンドラが頷く。
「そして、現地にはアインズ様と俺が向かいます。俺は外交補佐官として、聖王国側との対話を担当します」
「承知しました」
デミウルゴスが頭を下げる。そこで俺はそっと手を挙げる。
「その……計画内で死亡した聖王国の者達についてなのだが」
そういうと、ザナックが苦い顔をする。
「俺が蘇生する」
一瞬、部屋の空気がざわついた。
「よろしいのですか?」
ザナックが目を丸くする。
「アインズ様のご負担が大きすぎます!!」
アルベドが長机に手をついた。
「これは決定事項だ。そして、だからこそ計画を見直して被害を減らして欲しい」
アルベドが言葉を失い、デミウルゴスが眼鏡の奥の目を細める。会議室に、少しだけ重い沈黙が流れた。俺としては、ただザナックに悲しい思いをさせたくなかっただけだ。さっき彼が苦い顔をしたのを見て、胸がないはずの骨の体が痛んだ。聖王国を救う自作自演の計画自体は進めるにしても、死人が多すぎればそれだけザナックの心を痛めることになる。それに、死者が少ない方が、その後のザナックの外交交渉だってやりやすくなるはずだ。
だが、ナザリックの守護者たちからすれば、至高の存在である俺が人間のためにリソースを割くのは看過できないのだろう。どう言い訳したものかと俺が内心で焦っていると、デミウルゴスが小さく息を吐き、深く頷いた。
「承知しました、ですが、決してご無理はなさらぬよう。」
アルベドは眉根を寄せて言った。
「くっ…………分かりました。アインズ様のお考えを尊重しますわ」
パンドラは深く頷く。
「私も。父上の魔力が心配になりますが」
直後、会議室の重厚な扉の向こうから、ゴトッという鈍い音と、それに続く小さな声が聞こえてきた。
「あうっ」
何かが扉にぶつかったような、少しだけ情けない悲鳴。一瞬にしてデミウルゴスとアルベドの目が険しくなり、パンドラズ・アクターが警戒の身構えを見せる。守護者たちが扉へ意識を集中させるより早く、大きなノブがゆっくりと回り、扉が細く開いた。すっと室内に入ってきたのは、見慣れたエプロンドレス。ナザリック大墳墓のメイド長であるペストーニャ・S・ワンコだった。彼女は鼻の頭を手で摩りながら、酷く恐縮した様子で深く頭を下げた。
「申し訳ございません……。お茶の準備をして控えていたのですが、つい、聞き耳を立てるような形になってしまいまして……」
「……ペストーニャか。怪我はないか?」
俺が声をかけると、ペストーニャは顔を上げ、胸の前でそっと両手を合わせた。瞳には、じわりと涙が浮かんでいるように見える。彼女はトタトタと静かな足取りで長机の側まで近付くと、震える声で語り出した。
「アインズ様の……その大いなる慈悲に、深く、深く感銘を受けました。ただの自作自演の計画に留めず、人間たちの命を惜しみ、被害を減らした上で死者すらも呼び戻そうとされる御心。……これほど温かく、慈悲深い御方が我が主であられること、この上ない幸せにございます」
(そんな大層な慈悲じゃないんだけど……)
ペストーニャはさらに一歩進み、至高の主たる俺へ懇願するように一礼した。
「アインズ様。もしよろしければ、聖王国で蘇生措置を行われる、その時だけで構いません。私をお呼び出しいただけないでしょうか。不肖ながら私も高位の蘇生魔法を扱えます。アインズ様の貴重な魔力を少しでも温存できるよう、その都度、転移等でお呼びいただければ、喜んで馳せ参じます。どうか、このペストーニャに、アインズ様の慈悲の手助けをさせてくださいませ」
おお……! これは願ってもない申し出だ! ペストーニャはナザリックでもトップクラスの神官系マジックキャスターだ。彼女が蘇生を担当してくれれば、俺の魔力消費を抑えられる。何より、常に現地に同行させるわけではないのなら、メイド長としての彼女の職務に支障が出ることもない。
「ふむ……。お前がそう言ってくれるのは実に心強い、ペストーニャ。よかろう、現地で蘇生が必要となった際は、伝言でお前を呼び出すことにしよう」
「ありがとうございます、アインズ様。お呼びとあれば、いつでも即座に駆けつけます」
ペストーニャは嬉しそうに、ほっと胸を撫で下ろした。その様子を見ていたザナックも、張り詰めていた肩の力を抜き、俺とペストーニャへ向けて「感謝いたします」と深く頭を下げている。
これで死者蘇生に関する問題も綺麗に解決し、会議の雰囲気も温かいものに落ち着いた。よし、これでようやく一段落だな、と俺が心の内で息を吐いた──その時だった。ザナックやペストーニャの様子を静かに見守っていたアルベドが、ふと、ジト目で呆れたような視線をペストーニャへと向けた。
「……そういえば、ペストーニャ。貴女、先ほどから感動しすぎて"語尾"を完全に忘れているわよ」
「……はっ!」
アルベドの指摘に、ペストーニャが長い耳をピンと立てて、両手で口元を押さえた。パンドラは帽子のつばを押さえ、デミウルゴスはクスクスと肩を揺らし始める。
「皆様失礼いたしました…………あ、わん」