デミウルゴス視点です
空が赤く沈み始めていた。血を薄く伸ばしたような色が、砦の外壁を淡く染めている。人間は、夜に近づく時間を本能的に恐れる。視界が狭まり、物音に敏感になり、想像力だけがよく働く。侵攻を始めるには、悪くない幕開けだった。背後には、既に従属させた亜人達が控えている。息を荒げる者、武器を握り締める者。いずれも粗雑で、統率という言葉からは程遠い。だが、それで構わない。彼らに求めているのは美しさではない。数と獰猛さ、そして聖王国の民に分かりやすい恐怖を与えるための外見だ。
(……丁度いい)
ローブル聖王国の中央部拠点に向かい歩いていく。夕暮れの中で影が長く伸びる。
「そこで止まれ!! ここより先は聖王国の領土である!」
魔法石で拡声した人間だ。砦の上に数人立っている。
「貴様ら亜人共が来ていい場所ではない、早急に立ち去れ!」
ここで足を止める。私は仮面の奥で微笑み、ゆっくりと胸に手を当てた。
「はじめまして、聖王国の皆さん。私の名前はヤルダバオトと申します」
砦上の空気が凍った。
「大悪魔、ヤルダバオト……!」
砦がざわつき、弓を構える音が増えた。
「私をご存知の方がいるとは光栄です。いかにも、リ・エスティーゼ王国で拍手喝采の宴を催したのは私です」
大仰に腕を広げ、言った。
「ですが、そうですね……私を呼ぶのであれば"魔皇ヤルダバオト"と呼んでいただきましょうか」
この侵攻は破壊が目的ではない。救援の形を作るための、必要な前段階である。そしてその先には、アインズ様が望まれる新たな秩序がある。ならば私は、最も効率よく、最も印象深く、この国に恐怖を刻まねばならない。
「私はこの国を地獄に変える為にやって参りました。悲鳴が、呪詛が、絶叫が、延々とこだまするような……そんな楽しい国にしたいのです」
そして、怒りに満ちた人間の声が返ってくる。
「そのようなことを許すと思っているのか! この防壁は聖王国の最初の守り、そして最後の守り、これより後ろにあるは聖王国の民達の安寧。お前達に踏みにじらせたりはせぬ!」
人間達の雄叫びが響く。それでいい。その気概がいつまで持つか見ものですね。
「それでは始めましょう」
告げると、無数の矢が一直線に私を目掛けて飛んで来る。私は一歩も動かずにそれを受け止めた。幾つもの光が現れては、消えていく。
「こちらからも、プレゼントを差し上げます」
「第十位階魔法、隕石落下《メテオフォール》」
巨大な熱と炎に包まれた隕石が聖王国の砦だけを破壊する。威力は十分だが、範囲を調整した。目的は皆殺しではない。逃げ延びて魔皇ヤルダバオトの名を広める者がいる必要がある。衝撃波で髪が揺れ、指先でそっと直した。赤い土煙が押し寄せ、地面が震える。亜人達が騒ぎ出す。手を軽く上げ、それを制した。
一人、愚かにも剣を抜いて私へ向かって来る影があった。砦を破壊されても、恐怖より怒りが勝っているようだった。
「その剣で自分の喉を貫きたまえ」
支配の呪言によってその大柄な男は言われた通り喉を貫き、瞳から光を失ってゆっくりと倒れた。その瞬間、亜人達が一瞬黙った。何かに使えればとソレを引き摺り、亜人軍の元まで戻る。
「集まるのが遅いですね」
片手でゼルンの肩を抉った。統率の為に必要だから罰する。
「ぎゃああああ!」
そのまま前へ出て、私は続けた。
「それでは、攻撃を開始してください」
亜人達は押されるようにぞろぞろと動き出した。足音が砦の崩壊音と混ざる。赤く燃える砦と揃って行進する亜人達を眺め、悪魔達を召喚する。悪魔達は静かに現れた。
「悪魔達。亜人達の支援を行いなさい。ある程度の人間達をうまく追い立てるのです。砦から誰一人国に返さないなどという、バカなことはしないように。それと、計画内容通り被害は最小限に、汚い殺し方も絶対しないよう」
アインズ様の方針に反することは許容できない。ザナック様の後の外交交渉にも差し支えないよう細心の注意を払って命令を下していく。砦は破壊し、恐怖も十分刻み込み、生存者も残す。そして被害は最小限。
「さて、計画は今のところ順調ですね……」
「きっとあの御方は今頃、一回目の会議の時に残った者と最終会議をしているでしょう。……私は知った。あの御方は神ではなく、かつて人であられた。だが、それを知った今なお、私の敬意はいささかも揺るがない。弱さを明かしたこと自体が信頼であり、むしろ、迷いながらも我らを導こうとなさるその御姿にこそ、仕える喜びがある……」
「ああ……なんと素晴らしいのでしょうか!」