原作沿いの展開が多くなると思いますがなるべく色んなところを変えたいと思います(º ▵ º ;)
むしろ原作沿いの方が読んでて楽しいかな……?
聖王女カルカ・べサーレスの執務室。書類が整理されたカルカの執務机には縦窓の隙間から夕暮れのオレンジ色の陽が射していた。
「そうですか……やはり、国家総動員令を出して正解でしたね」
『亜人連合軍、総兵力、そのまま西侵。北部城塞都市、カリンシャ到達まで数日内と推定』
その報告にそばに居た二人は息を呑んだ。レメディオス・カストディオと、ケラルト・カストディオだ。レメディオスは剣の柄頭に手を置き、ケラルトは報告書の端を握りしめていた。紙が、かすかに歪む。カルカは、すぐには言葉を出さなかった。机の上に広げられた地図。その中央部に、細い指先がそっと触れる。聖王国を南北に隔てる防衛線。その要として置かれていた砦。長い年月、この国の民を守る壁として在り続けた場所。そこが、破られた。
「中央砦は……陥落、ではなく」
カルカは静かに問う。
ケラルト顔を上げた。
「はい。陥落というより……破壊、です。砦の上部はほぼ崩壊。防壁としての機能は失われたと」
レメディオスの指が、剣の柄を強く握った。
「敵の数は」
「亜人連合軍、目視できた範囲だけでも数千。後続を含めればさらに多いと」
「指揮官は」
「仮面をつけた悪魔です。自らを……魔皇ヤルダバオトと名乗った、と」
その名が部屋の空気を冷やした。
「ヤルダバオト……」
カルカはその名を一度だけ口にした。喉の奥が冷たくなるような名だった。リ・エスティーゼ王国を騒がせた大悪魔。その報告は、聖王国にも届いている。遠い国の災厄だと思っていたものが、今、自国の防壁を砕いた。
「私が行きます」
レメディオスが即座に言った。
「聖騎士団を率いて、カリンシャへ向かいます。中央砦が破られた以上、北部へ入られる前に止めなければ」
「姉様、兵を出すのは当然です。ですが、ただ向かわせればいいという状況ではありません」
ケラルトの声は静かだった。だが、その指先は報告書を握ったまま白くなっている。
「負傷者の受け入れ、避難民の誘導、神殿から治癒術者を出す手配。食料、毛布、馬車、薬草。すべて同時に動かさなければなりません」
「分かっている。だが、まず敵を止めなければ民が死ぬ」
「ええ。だからこそ、止めた後のことも考えなくてはならないのです」
カルカはゆっくりとケラルトを見た。
「戦の後、ということね」
ケラルトは頷いた。
「はい。中央砦は破壊されました。仮に撃退できたとしても、砦の再建には莫大な費用がかかります。長引けば、国庫は確実に圧迫されます」
カルカが眉を寄せる。
「それを言われると頭が痛いです。勝ったとしても得るものが無いというのは本当に厄介ですね」
「ですが、今回の亜人達はいい武具をその身に纏っているという情報がありました。それを売るなりなんなりすれば宜しいのではないですか?」
レメディオスが言う。
「そのとーり……って賛成できませんね、姉様。武具を売ると言ってもどこにですか? 深く考えられてないでしょう。他国に売るしかないですけど、亜人達の武具じゃ買い叩かれるのがオチですよ。それに壊された城壁を修復し終えるまでは、他国の武装を強化するような行為は避けたいですね。特に魔導国なんかには流れて欲しくないです」
「あら? あなたは魔導国が嫌いだったの? 宮廷ではそういった話は一切聞いた事が無かったけど?」
「好きな神官はいませんよ。カルカ様は違うのですか?」
カルカは唇に指を当てて考える。聖職者としては好きとは言いづらいが一国家の王としては
「王の職務は国を、民を慈しむこと。そして平和を与えること。やはり魔導国はそれができていると噂されていますし……本当にそうであれば構わないのではないですか?」
レメディオスとケラルトは二人揃って顔を見合せた。
「慈しむ? 有り得ませんね。アンデッドにそんな思いなんか」
「姉様に同じです。アンデッドにそのような──カルカ様がお持ちのような愛などがあるとは思えません」
「二人共厳しいわね。でも、会ってもいない方の悪口を言うことはいけませんよ?」
二人の困ったような顔にカルカは僅かに首を傾げた。二人は顔立ちも似ているし表情の変わり方も似ている。やはり姉妹なんだな、と笑みがこぼれそうになったがそれを抑えて咳払いをする。
「それで幕僚達はどのように言っているのかしら? 今後のヤルダバオト対策を教えて、ケラルト」
皆の崇める"聖王女"としてカルカは陣地を回っていて軍略会議には参加していなかった。
「はい。亜人達がこの都市を包囲した場合と、通り過ぎた場合、そして南方へ進路を変えた場合、兵力を二分、三分し複数の目的を同時に遂げようとした場合、などに関して討論しております」
「なるほど……。それでどの可能性が1番高いと目算しているのかしら?」
「はい。今までの亜人達の侵攻を考えると都市を包囲する可能性が最も高いと出ております。しかしながら今回は一つ問題があります」
「ええ、そうね」
「何が、だ?」
カルカと一緒に護衛として付いて回っていたこととは別に、レメディオスには別の問題があった。
「……姉様。先程も言いましたが王国において暴れ回った悪魔、ヤルダバオトです。あれがどれほどの知性を持つか分かりませんが、悪魔はえてして悪知恵に長けた者が多い。もしかすると想定外の戦略を取ってくるかもしれません」
「なるほど……。作戦を練る幕僚達は大変だな」
レメディオスは顎に手を当てる。どこか他人事のように呟いた。
──────
最初は、風の音に紛れるほど小さかった。カルカが顔を上げるより早く、レメディオスが窓へ向かう。押し開かれた窓から、冬の空気が一気に流れ込んだ。冷たさに、部屋の中の誰もが一瞬だけ息を詰める。鐘は、まだ鳴っていた。一度。二度。三度。規則正しく、けれど穏やかな時を告げる鐘ではない。急を知らせる硬い響きだった。それに混じって、廊下の向こうが騒がしくなる。複数の足音。鎧の擦れる音。誰かの制止。押し殺しきれない怒号。つい先ほどまで地図の上で論じていた戦が、紙の上から剥がれ落ち、王城の廊下を走って近づいてくる。
「聖王女様!」
扉が激しく開いた。入ってきた参謀長の顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいた。礼を整える余裕もない。その姿だけで、カルカは次に来る報告が、先ほどまでの想定のどれにも当てはまらないものだと悟った。
「どうした! 騒々しい!」
レメディオスが吠えると、参謀長は息を整えてから答える。
「聖王女様! ヤルダバオトです! ヤルダバオトが南部城塞都市を崩壊させて、この都市に出現しました! 複数体の悪魔たちと同時に都市内で暴れ回っております! さらに亜人達は時を同じくして行動を開始し、おそらくこちらに進軍してくる模様です!」
「なんですって……!」
「亜人達の軍勢が目撃された場所はこの都市の近郊。斥候がどう騙されたのか皆目見当がつきませんが、虚偽の情報を掴まされていたのです! すぐに戦端が開かれることは間違いありません!」
カルカの思考が、一瞬だけ白くなった。中央砦。南部城塞都市。ヤルダバオト。悪魔。亜人達。虚偽の情報。戦端。報告された言葉が、ばらばらの破片になって頭の中を跳ねる。けれど、白くなったのは一瞬だけだった。目の前には参謀長がいる。隣にはレメディオスがいる。ケラルトがいる。王城の外には民がいる。怯えている者、逃げている者、まだ何が起きたのか知らない者。ここで自分が崩れれば、その全てが遅れる。カルカは息を吸った。怖くないはずがない。魔皇ヤルダバオト。王国を騒がせた大悪魔。今、その名が聖王国の空の下にある。それでも、見ないふりはしないと決めた。カルカは背筋を伸ばす。指先の震えを机の縁で押さえ、聖王女として顔を上げた。
「想定とは大きく異なりますが、──対ヤルダバオト戦をこれより始めます!」