アインズ視点。
自分の部屋なのに出ていかされるアインズ様。
オリキャラの名前がちょっと出ます
ザナックはまだ照れくさそうに頬を赤らめていた。
視線は泳ぎ、何かを訴えかけるような瞳でこちらを見てくる。しかし、それでも本気で嫌がっているわけではなさそうだった。むしろ、その奥底には自己否定の深い闇が見え隠れする。あまりにも自分を卑下し過ぎている。だからこそ、少しばかりの茶目っ気で、彼に自分の存在が肯定される感覚を味わって欲しかった。それが彼に着せたネグリジェの真意でもあった。当の本人はというと、ベッドの端にちょこんとぬいぐるみみたいに腰掛けていた。膝の上でネグリジェの裾を指先でつまみ、怪訝そうな顔をしている。
「……確かに、王城にいた頃は、ワンピース型のネグリジェを着てました。ですが、こんなにリボンとフリルがたくさんのものは初めてです……」
その表情は、困惑と恥じらいとわずかな懐かしさが入り交じっていた。過去の記憶が脳裏に浮かんだのだろうか。
「ふむ、着ていたのか……ならいいじゃないか。」
軽く返すと、ザナックは声を少し荒らげた。
「アインズ様!? 俺の話を聞いてください……! だから、これは女性物ですよね……!? 替えの服をご用意していただいたのはありがたいのですが、もっと普通のでいいです!」
こんなふうに、彼にツッコミを入れられるようなこの距離感が、あたたかくて……楽しい。
「男性用のネグリジェに装飾を足しただけだ。」
「屁理屈です……!! ……けほっごほっ…」
怒りとも呆れともつかない声を上げた直後、彼は激しく咳き込み、呻くような息を漏らした。
小さな体を震わせながら、胸を押さえて項垂れる様子は、思わず抱き締めたくなるほど儚い。
「ザナック、落ち着け。あまり大きな声を出すと、今の君の体に良くない」
俺はすぐに身を屈め、視線の高さを彼に合わせる。そして、そっと背中をさすった。
「丁度いい、飲み物と薬を持って来よう。すまないが……また、待たせてしまうことになる。」
そう告げると、ザナックは深く息を吐いてから、かすかに笑った。決して強がりではない、穏やかな微笑みだった。
「俺は大丈夫ですよ……?」
その言葉に、胸の奥が痛んだ。俺が大丈夫じゃないのだ。彼のこうした健気さが、時に心を痛めつける。
「君が大丈夫でも、私が大丈夫じゃない。君がまた泣いてしまったらと思うと……」
「な、泣きません……! 本当に大丈夫です! 我慢しますので!」
まるで子供のように訴えるその声に被せるように諭す。
「ザナック……だから、言ってるだろう。我慢なんてしなくていい、君に何かを諦めさせることはさせない。」
言葉に力を込めた。けれど、そう言いながらも、俺自身に迷いが生まれていた。部屋の外には、ザナックの衣服の洗濯や風呂の片付けなど、日々の業務に追われつつも懸命に働いてくれているメイドが控えている。人間に友好的な者を集めた結果、たったの十五人。その数で全てを回すのは、ぎりぎりの采配だ。ここで誰かを呼びつけて、彼のそばにつかせることができる。だが、誰か一人でも欠ければ、その歯車は音を立てて崩れかねない。
(くっ、何故俺は分身が出来ないんだ…………!)
己の不便さを嘆いても仕方がない。覚悟を決めて、最も信頼のおける一般メイドの一人の───ココルを呼ぶことにした。
「ザナック……君は不安だろうが、メイドと少しの間だけ過ごして欲しい。彼女は人間に友好的だし、仕事に真面目なので余計な事も言わないはずだ」
そう告げると、ザナックの金髪がふるりと揺れた。俯いた肩がかすかに震えていた。手を伸ばそうとして、ためらい、それでもそっと触れる。
「……すみません、俺なんかに、そこまで」
腕で目をこすり、彼は一呼吸おいてから顔を上げた。ほんの少しだけ涙の跡が見えた気がする。
「申し訳ございません、子供のような理由でアインズ様のお手を煩わせてしまって……」
「謝るな、君は悪くない。俺は君を捨てたりなんかしない。今は心の底から信じるなんて無理な話だと思う、だが、これだけは言わせてくれ」
俺の声に、ザナックは小さく首を傾げた。
「……はい、?」
「俺は、君が悲しいと……胸の奥が、ざらざらして…変な感覚になるんだ。──つまり、その……俺も悲しい。」
アンデッドの俺に、そんな感情があるのか。答えは出ない。まだ残っているのだと思いたい。人間だった頃の残滓が、どこかに。
「君の泣いている姿を見ると、息苦しくて……だから、絶対に離れたくないし、離さない」
そっと、彼の金色の前髪に口付けをする。微かに花のような香りがする気がした。幻覚かもしれない。
「っ……アインズ様?」
驚いたように、ザナックは目を見開いてこちらを見た。そのエメラルドグリーンの瞳が、揺れている。
「え……? え?」
小さく漏らす声も、呼吸も、全てが愛おしかった。
けれど、俺はもう少しだけ彼に触れていたかった。どうしてもこの距離を手放せなかった。
──そして、彼の額に口付けたまま五分後。
蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「ぁ……あの、」
「ん……?どうした」
背中を支えていた手を腰に添え直すと、彼は「へあっ……?!」と間の抜けた声を出してから口をパクパクと動かしていた。
「アインズ様……流石に……いいです……もう、いいですから……行かないんですか?」
「……何故だ? 俺は君が望むならもう少し一緒に居るぞ。」
俺のローブの胸元をぎゅっと握って、彼は絞り出すような掠れた声で言う。
「俺は、よくないんです……」
「す、すまない。嫌、だったか? だが、君は泣いてたように見えた。寂しいなら、我慢せずに素直に言うと良い。」
彼は俯きながらつぶやいた。
「嫌では……ないです…」
俺は安堵した。
彼に嫌われたら、数百年は立ち直れそうにない。
「そうか、良かった」
彼は潤んだ瞳で見上げてくる。
「ですが! もう寂しくないですから、むしろ………離れていただきたいです……。心臓が、破裂しそうです……」
「ふむ……そうだな、」
腕の中で小動物のように震えるザナック。
子供をあやすように彼の右頬にゆっくり口付けをした。すると、目を見開いて石像のように腕の中で固まってしまう。
「え、ちょっ……アインズ様…っ」
「大人しくしろ……」
そして、反対の頬にも口付けると、ザナックは口に手を当て、しばらくすると目を伏せた。
「おまじない、だ。よし。メイドを君に付かせるんだったよな。それと、飲み物を……」
「は、離れてください……アインズ様……」
上擦った声。
ザナックから離れると、顔から耳まで真っ赤になって肩を震わせていた。
(えっ……?)
「ザナック………? すまない、子供扱いし過ぎたか? 俺は君を安心させたかった。ただ、それだけなんだ、が……少しやりすぎたか?」
俺の言葉を聞いたザナックは眉を下げて目を伏せる。そして、顔を逸らしてから言い放つ。
「………もう、俺、むりです」
───嫌われた?! いや、その結論は早すぎる。まだ何歳かは聞き出せてないが子供扱いなんて恥ずかしい年頃だろう。彼に不快な思いをさせてしまった。俺は心の中で頭を抱えて猛省した。
「すぐに戻る。それと、メイドのココルにも事情を……」
「早く出てください……!!」
彼は真っ赤な顔を背けながら、小さい手で俺を一回だけ軽くはたいた。
全く痛くない、が。また、少し悲しい気がした。
涙は出ないが泣きそうになるのを我慢し、俺は、どうやったら彼の信用を取り戻せるか思考しながら私室を後にした。