ネイア視点
レメちゃんが優しいです。でもお疲れのご様子。
元、リ・エスティーゼ王国の領地。現在はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の土地。新しく舗装されたような街道を歩いていた。まるでミルクのように濃くなっていく霧。魔物の気配はない。
「この場で待機した方が安全なはずだけど……父さんなら……」
「ネイア・バラハ」
近くの霧の中から声が響く。
「はい!」
聖騎士団、団長。レメディオス・カストディオ様だ。あの魔皇ヤルダバオトの右腕を斬り落としたという。
「この霧の正体は分かったか?」
気だるげな瞳をしたカストディオ団長は首を傾げた。
「申し訳ございません、私には分かりません」
「従者バラハ。特殊環境変化なのではないか?」
そこでグスターボ副団長が質問をくれた。特殊環境変化とは通常ありえない現象のこと。強大な儀式魔法の失敗により腐敗の毒ガスを撒き散らす地帯、一年に一度一週間も強大な嵐が起こる砂漠、特定の時期だけ七色の雨が降る場所など。この霧もそうなのではないかということだが、私が集めた情報の中にそんなものはなかった。
「申し訳ありません。このような霧が出るという情報はございませんでした」
「なら、仕方ない。だが……どうしたものか」
そう言ってカストディオ団長はぼーっと空を見上げた。見ても何もない。霧が濃く広がっているだけだ。団長は旅の途中途中に頭を押さえていた。どこか不安げな瞳でため息を吐いて。ここまでお疲れの団長に、仕方ないなんて言わせてしまって申し訳なさでいっぱいだった。すると、グスターボ副団長が目線で気を配ってくれた。まるで、『気にするな』、と言うように。だがこの霧では馬では進めない。エ・ランテル近郊には断崖絶壁などはない。けれど私は何かを感じていた。霧の匂いを嗅ぐ。水の匂い。気になるものはないが、だからこそ気になる。
「団長。もしかするとこれは何らかのモンスターによるものではないでしょうか? 父から聞いたことがあります。一部のモンスターは霧を発生させる魔法の力を持ち、それに紛れて獲物に襲いかかるという」
「全員、抜剣! それと街道のど真ん中に立つのは危険だから街道の外に行くぞ!」
カストディオ団長の迅速果断に私は痺れた。戦闘においてカストディオ団長はやはり優秀だ。街道から外れたところで円陣を組んだ。すぐに霧はさらに濃くなって、すぐ近くの仲間さえぼんやりと見える程度になっていた。音で聞き分けが出来ればと思ったが、フルプレートの擦れる音で聴覚が妨げられる。私が知る限り、この状況でも鋭い聴覚を維持できる人物は自らの父ぐらいだろう。父の偉大さを思い知る。
「確かにこの霧は異常ですね。海でもここまで濃いのはそうありません」
「もう間もなく魔導国の都市ではなかったのか……? こんな近郊にモンスターが? それとも……魔導国だからこんな異常事態が起こるのか……」
「分かりませんが……魔導国の何らかの防御魔法ではないでしょうか?」
「それはない。書状で返事も来た。歓迎すると書いてあったぞ。もし、モンスターだったら退治してやって、これを貸しに魔導王とモモンの派遣に関して交渉できないか?」
「どうでしょうか。自国内のモンスター退治はその国の責任とはいえ……」
集中していると、団長と副団長の声が聞こえる。これ以上離れたところだと自信はないが。自分だけでも少し離れた場所に移動してもいいか確認すべきかもしれない。その時、私は魔導国の方角ヘ影を見た。大きなものがぼんやりと浮いて見える。再び目を凝らす。あれは絶対に気のせいではない。すぐさま団長に報告した。
「カストディオ団長! 霧の中に何か大きなものが見えます」
「建造物? 魔導国の砦か何かか?」
「分かりません。ですが、確かに今まで、街道に魔導国の砦らしきものは一切見ておりません。村もそうです。国境であればあっても可笑しくないとは思います」
「なるほど……。どう思う? グスターボ」
「至極納得がいきます。ただ──建造物と正確に確認できたわけではないのだな?」
「はい、本当に一瞬の事でしたのでもしかするともっと違うのかもしれません」
「カストディオ団長。なんにせよ、もうしばらく霧の中で待機しているのが一番かと思います」
「そうだな、そうするか。では総員、そのまま警戒せよ」
その時、
「──っ!」
私と、右隣に立っていた騎士が驚きの声を同時に上げた。濃い霧の中、動く影をはっきりと捉えた。
「な、なんだ、あれは?」
あれは────間違いなく、船だ。
「あれが影か……。動いてるぞ。建物ではなかったのか?」
団長が疑問を漏らす。
「船、ですね……」
「こっちに向かっているんじゃないか?」
やがて、私以外にもその影の正体が分かる距離まで接近してきた。
「何の冗談だ、あれは」
カストディオ団長が目を見開く。船が完全に姿を見せた。正しく、幽霊船だった。巨大な船体に大穴があき、板がめくれ上がっている箇所がある。縦帆も横帆もボロボロ。だがどこか不思議な力強さを感じた。船は一メートル程浮遊しながら、一行を無視して航行していった。
(魔導王……。アンデッドの王。もしかして凄く恐ろしい相手なんじゃないだろうか)
遠くに魔導国の首都、エ・ランテルが見えてきた。外壁が不自然に崩れていて焼け跡のようなものものもある。聖王国で見たのと同じ……。もしかして、魔導国もヤルダバオトに……?
けれど一番私の目を奪ったのは──
(大きな像……)
蛇のようなものが絡み合った杖を持つアンデッドの姿。あれが魔導王アインズ・ウール・ゴウンをかたどったものか。遠くから見ても真下から見ても細部の粗を見つけられない。すると、後ろからグスターボ副団長が声をかけてきた。
「従者バラハ。そろそろ隊列を変更する。後ろに」
「はっ!」
旅の間先導するのは私だったが、街に入るとなれば私は一番後ろ。私が居た先頭をカストディオ団長とグスターボ副団長が行く。しばらくして、カストディオ団長が声を上げる。
「それでは行くぞ!我らは聖王女様に仕える騎士だ! 胸を張れ! 旗を掲げよ!」
────────
「ようこそ、アインズ・ウール・ゴウン魔導国ヘ。わしはこの魔導国で入国管理官の一人として働いておる。リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。ナーガじゃ。偉大なる王はお主らの火急の事態を知り、すぐに面会されるという。じゃがその前に簡単にこの都市の生活について、周辺の都市とは違う部分や要注意事項を説明させてもらう。……まず、都市内で武器を抜くのは禁止じゃ」
当たり前のことではないか。少し安心した。
「ふむ、普通の注意だ、などと思った者が多いようじゃな」
リュラリュースは自身の顔を指でつついた。
「顔に出ておるわ。しかし覚えておいてほしいのは、この魔導国においては様々な種族が街を歩いておる。アンデッドだって闊歩している姿を見かけるじゃろう。お主らが危険だと記憶している存在がいたとしても、先に剣を抜くのは重罪じゃからな?」
「待ってくれ。危険な存在がいた場合、逃げろということか?」
「そうではない。この都市の中に危険な存在がいたとしても、おぬしらを害することはないはずじゃ。それにも関わらず怖い、襲われるんじゃないか、などと早合点して武器を抜くな、ということじゃよ」
「襲われないと断言出来るのか?」
「できるよ。……おぬしらが警戒するようなここを闊歩する危険な存在というのは大概が魔導王陛下の部下」
疲れたような笑い声。
「一日この都市で生活すれば危機感も麻痺して気にならなくなると思うが、まぁ、最初の一日が問題じゃな。あ、もちろん防衛のために剣を抜くのであれば問題はないぞ?」
「なるほど、防衛のためであればいいんだな」
「話を続ける前に聞いておこうか。……この都市に入らず帰るかね?」
リュラリュースは問う。
「いや、それは出来ない。入らせてもらう」
「ほう、今までで一番早い返答じゃな。了解じゃ。それでは話を続けさせてもらおう──」
団長とリュラリュースの話を聞いていた私はふと、上空を見上げた。何か重い音がしたからだ。
水色の鱗を持つドラゴンが滑空していた。
「ドラゴン……?」
思わず私は声を漏らす。
「まさか、魔導王はドラゴンまで使役しているのか?」
グスターボ副団長は眉根を寄せた。
私が気になったのは人影だ。ドラゴンに乗った、黒い人影。だけどそれは一瞬で過ぎてしまい、よく見ることは叶わなかった。