ネイアちゃん視点です
レメディオス団長がホワイト上司です
翌日、魔導王との対面が決まった。
(まさかこんなに早くになるなんて……)
聖騎士団が到着した魔導王の居城はあまり大きくはなかった。かなり実用性を重視してある造りだが、荘厳でいて繊細だった。門を潜ると黄金のフルプレートに身を包んだアンデッドが一斉に旗を掲げ、交差させる。その先には、とても艶やかな女性が短杖を持ち、柔らかな笑みを携えていた。
(綺麗……。なんて綺麗なの……)
黒髪を後ろに流し、真っ白なドレスを着ていた。側頭からは内側に捻った角が生え、その腰には黒い翼があった。
「ようこそ、聖王国の皆さま。僭越ながらアインズ・ウール・ゴウン魔導国における階層守護者および領域守護者、全統括という地位を頂いておりますアルベドと申します。皆さまに分かり易くいえば、宰相となります」
「こ、これはご丁寧にありがとうございます。私は聖王国使節団の団長レメディオス・カストディオと申します。本日は私どもの為にお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
「感謝など必要ありません。偉大なる魔導王陛下は聖王国で起こっている事態に対して深い憂慮を抱いております。皆さまの為にお時間を作ることは当然のことと仰っておられました。それに、我が国もヤルダバオトの脅威を受けた故、協力し合うのは当然のことです」
「そ、それはありがとうございます……」
カストディオ団長のぎこちない声が聞こえる。確かにあまりの美貌に圧倒される。
(団長……頑張ってください!)
「ヤルダバオトに襲われたとの事ですが、民や街が傷付いたことについて、アルベド様や陛下はどうお思いですか?」
その問いに、アルベド様の微笑みが一拍だけ止まった。ほんの一瞬だった。けれど、私には分かった。あまりに整っていた笑みの中に、わずかな空白が生まれたのだ。
「……そうですね」
アルベド様は、静かに目を伏せた。
「街が傷つくということは、そこに暮らす者達の日々が傷つくということです。家を失う者、家族を案じる者、眠れぬ夜を過ごす者が生まれる。偉大なる魔導王陛下は、そのような不安を決して軽んじてはおられません」
柔らかな声だった。
「我が国はアンデッドの王が治める国。皆さまからすれば、恐ろしい国に見えるでしょう。ですが、陛下はこの国に住まう者が種族を問わず、秩序の中で平穏に暮らせるよう心を砕いておられます。だからこそ、ヤルダバオトのように理由なき破壊と恐怖を撒き散らす存在を、看過することはできません」
アルベド様は顔を上げ、カストディオ団長を見た。
「聖王国の民が受けた痛みも、我が国が受けた痛みも、同じくヤルダバオトによってもたらされたもの。ならば今は、互いの国の違いを数えるより、同じ敵にどう立ち向かうかを考えるべき時かと存じます」
それから、何事もなかったように微笑む。
「それでは陛下がお待ちですので、謁見の間にご案内いたします。私の後ろに続いていただけますか?」
「は、はい。そ、それで剣の方は?」
「ああ。そうでしたね」
アルベド様が楽しげに笑った。どういう意図の笑顔なのだろう。武器を持って王との謁見などありえない。相手を信頼するという意味も込めて渡すはずなのに。
「普通であればお預かりしますが、その必要はございません。武器はそのままお持ちください」
まるで意味が分からない。
「どうしてですか?」
団長が聞き返していた。その質問にアルベド様は再び微笑んだ。
「聖王国からいらした皆さまを信頼しているからです。それにアンデッドの多くいる我が国は皆さまからすれば異端の国。ですので、武器はお持ちになられていた方が皆さまはご安心なのではないか、と思ったまでのことです。もちろん、皆さまを害そうなんて思っておりません。預けたいと仰るのであれば、預かっても構いませんが?」
「それでは我が国も魔導王陛下より頂いたご厚意に、お応えさせていただきます。……私以外の者の剣を預かってくださいますか?
申し訳ないですが、私が下げている剣は我が国の宝。それをお預けすることはできませんので、ご容赦ください」
「畏まりました」
(──剣を持ったまま自らの主人の元に行ってもいい。王の命令だから? それとも……王を絶対に傷付けることができないと分かっているから?)
魔導王は強大な力を持つ
────────
玉座の間も建物と同じように素朴なものだ。だが、座る玉座は黄金で、豪華絢爛そのものだった。
「それでは陛下が参ります」
アルベド様の声が響く。
「皆、頭を下げよ」
レメディオスの声で騎士達が動く。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の入室です」
玉座の斜め前に立つアルベド様の声。足音と共にカツン、カツンと硬質な何かが床を叩く音。
「許可が出ました。頭を上げなさい」
ここのタイミングが難しい。早くても遅くても失礼だ。数秒。そして、頭を静かに上げた。
(あ、あれが魔導王、アインズ・ウール・ゴウン)
頭蓋骨剥き出しの顔。両の眼窩には赤い光が燃えている。正にアンデッドだ。だが私の知るのとはまるで違う。その服は従者任命式後のパーティーで見たどんな貴族達よりも高価そうで、着丈の長い、裾のゆったりした衣服だ。昼の光でさらに白く輝く純白の布地、袖や裾には金の装飾。腰の辺りを帯で締めていた。異国の風情が漂っており、非の打ち所がない姿だった。
「さて」
魔導王陛下の声に私は肩を揺らした。
「はるばる聖王国からここまで御足労だったな、カストディオ殿。そして聖騎士団の方々よ」
「ありがとうございます。魔導王陛下」
「国を挙げて歓迎の宴を開いてもいいのだが、貴殿らに時間的余裕はないと思った。故に忙しい合間を縫って時間を作ったのだ。ならば無駄な時間──持って回った言い方や心にもないおべんちゃらを言うことなく話を進めようではないか。腹を割ってな。異論は?」
「何一つございません、魔導王陛下」
────────
「従者バラハ! お前は何故勝手なことをしたんだ!」
夕方。宿屋に帰った私に、眉を顰めて詰め寄るカストディオ団長。団長が怒るのは当たり前だ。
「カストディオ団長、お待ちください! 従者バラハが勝手な発言をしたことは事実です。が、結果としてモモンを二年で聖王国に呼べるようになったのです。ここは褒めるべきではないでしょうか」
手を広げたグスターボ副団長が間に割入って来る。
「何を言っているんだ! もしかすると全てがご破算になったかもしれないのだぞ! 第一独断専行を褒めるなど、そんな話があるか!」
「申し訳ありませんでした」
私は心から頭を下げた。だが怒号は止まらない。
「本当にお前は悪いと思っているのか? もしも悪い方に転がった場合、お前の身が危険になるのだぞ!」
「──申し訳ありませんでした」
「あそこで魔導王の怒りを買っていたらどうする!? 私が守れなかったらどうする!? 」
カストディオ団長は目を伏せて歯を食いしばる。
「もう二度と私の前で自分を危険に晒すようなことはするな!いいか、ネイア・バラハ!」
「はいっ……申し訳ございませんでした……!」
私は涙が出そうだった。叱られているからではない。カリンシャでの戦いで疲弊している団長に余計に心配させてしまったこと、英雄であるカストディオ団長に私なんかを気にかけていただいたことに嬉しくて申し訳なくて泣いてしまいそうだった。
宿屋を出て、冬の寒さの中歩き出す。
「……はぁ……」
気が抜けて、ため息を吐く。
「随分と重いため息だな」
突然、そんな低い声がして、私は後ろに下がった。
「すぐそこの通りを入れ。ここは目立つ。」
声の主にはすぐ気付いた。けれど指示通りに歩き出すと、何かが後ろを歩く音がした。本人がすぐそこにいる。通りを入るとすぐに「左手にある細い路地へ入れ」という声がした。またそれに黙って従う。数歩進み、私はゆっくり振り返った。
「魔導王陛下。どうしてここに? それに姿が見えないのは魔法ですか?」
「なるほど。嫌に素直に話を聞いたと思ったら、私が誰だか分かったからか」
そう言うと、魔導王陛下はすっと姿を現した。しかし、先程の白の装いとは違い今は黒のローブ。ただこのローブも相当な価値があるものとうかがえる。すぐに私は膝をついた。
「はい、仰る通りです。それで……お供は……どこにいらっしゃるのですか?」
「供はいる。ここだ。」
魔導王陛下の大きな影から出てきたお供は。小柄な人型だった。頭は魔導王の胸元程の高さで私と身長が変わらないかそれより低いくらい。紺色のローブを羽織り、フードの黒い影で顔が見えない。フードで全て隠れている、という意味ではなく、フードの影が深い黒に見えて顔が影に隠れているのだ。認識阻害の魔法か何かだろうか。それともそういう特殊な力を持つ亜人なのだろうか。
「初めまして」
少し低めの声。男の人……? だろうか。
「こ、こちらこそお初にお目にかかります!」
「……話を戻そうか。私は内密にお前の団長と話がしたい。呼び出して欲しい……。いや、部屋まで……部屋の窓を開けてくれるか? そちらから入ろう」
奇妙な提案だ。普通は窓を開けたりしないが、この国の王の依頼だ。機嫌を損ねるようなことはできない。
「畏まりました。では早速」
「うむ。……ところでどこかへ使いにでも命じられていたのか? であれば私の方からお前の団長には謝っておこう」
「え?」
「──え?」
二人で顔を見合わせると、お供の方は口元に手を当てて肩を揺らした。
「……仕事ではなく、自由時間、とかだったのか? であれば、大切な──そう、本当に大切な休み時間に頼み事をしたことを謝るが?」
「い、いえ、そういうわけでは、ないのですが……。と、取り敢えずすぐに団長の部屋の窓を開けて参ります」
────────
「従者、ネイア・バラハです。開けてください」
カチャリという音と共に聖騎士の一人が顔を覗かせる。
「失礼いたします」
部屋の中にいるカストディオ団長に声をかけた。
「魔導王陛下です。内密の話がしたい、と」
部屋の中にいる全員の視線が私の背後に集まった。
「いえ、違います。そちらではありません」
足早に窓へ近付き、開いた。
「何をしてるのだ……従者バラハ?」
怪訝そうな顔をしたカストディオ団長が首を傾げた。私は窓から身を乗り出し、どこかにいるであろう魔導王陛下に手を振る。私は少し離れてから言った。
「すみません。魔導王陛下がすぐそこにお見えなので……」
「な、なんと?」
カストディオ団長達が一斉に窓に目をやると。窓の桟に足をかけ、ゆっくりと姿を見せたのは魔導王陛下だった。さっきのお供の方はいないようで代わりに、透明な何かを横に抱えていてそれを降ろすような仕草も見せた。
────────
「突然すまない。しかし非公式の場でなければ話せないことがあってな」
カストディオ団長とグスターボ副団長と共に席に座った魔導王陛下は手を軽く広げた。
「モモンを聖王国に派遣できないのは理由かもあるのだ。我が国は建国して間もない。そして私はアンデッド。人間に恐れられる存在だ。彼らが安心して暮らす為にはこの地で名声を築いていた冒険者モモンの存在が不可欠なのだ。だが、貴殿らが一つ要求をのんでくれるのであればモモンに匹敵する人物を派遣するのもやぶさかではない」
「本当ですか?」
カストディオ団長が食い気味に言った。
「その要求とは一体どのようなものなのでしょうか?」
一転、真剣な顔をしたグスターボ副団長が問う。
「我が国の……外交補佐官を今回だけ従者として同行させたい。そして、その者を魔導国の正式な使節として扱うこと」
「承知した」
目を伏せたカストディオ団長が答えた。
「その者は団長殿より圧倒的に戦闘力が無い。安心してくれたまえ」
カストディオ団長は頷く。
「……して、そのモモンに匹敵する人物とはどのような方か?」
「私だ」
魔導王陛下の一言に一同がどよめく。
「私の話を聞いていて、私が行くと思っていなかったのか? それに案ずるな、私はモモンより強い」
グッと拳を握った魔導王陛下が言った。
「ならば、問題はありません」
「だ、団長…!」
グスターボ副団長が目を見開き、冷や汗をかいている。
「ちなみに私は一人で行く。」
「はっ……?」
副団長が口をあんぐりと開けた。
「私は一度行った場所であれば転移の魔法で行き来できるのだ」
「そ、それは……」
副団長が言い淀む。
「軍勢も要るか? アンデッドの集団になってしまうが」
「不要です。我々に必要なのはヤルダバオトを倒す力。あとは我々が片付けます」
カストディオ団長が切り込んだ。
「出立はいつに?」
「明朝にでも」
「かしこまった」
どんどんと話が進んでいく。
「待ってください、そんな……」
頭を掻く副団長を少し可哀想に思った。
────────
魔導王陛下が去った後。
「従者ネイア・バラハ」
カストディオ団長だ。
「あっ、はい!」
「お前を魔導王付きにする」
「はぇ……?」
「常にそばにいろ。こちらの情報はあまり話すな。魔導王に一人しか従者が居ないのは少し危険だからな」
「はぁ……は、はい」
そんなむちゃくちゃな、という気持ちと何故か高揚感に包まれる。廊下に出て、私は胸の前で手を組みながら祈った。
(どうか……何事もありませんように)