レメディオス団長と健全な関係を築くネイアちゃん
翌朝。私は早起きした。というか起きてしまったのだ。ゆっくり寝ている場合ではない。支度をすれば既に外には魔導国の馬車が止まっていた。
「おはようございます」
「おはよう、従者バラハ。まだ時間には早いぞ」
薄青空の中、カストディオ団長は剣を地に着き、柄頭に手を当てていた。
「カストディオ団長こそ、お早いですね」
「あぁ、少し気が急いていてな」
その横顔はたしかにまだ疲労が抜けておらず、焦りに目を細めていた。
「私も、緊張しています」
「頑張って務めを果たせよ、従者バラハ」
「はい」
────────
出立の頃。馬車の外。
「今日からよろしくお願いいたします。魔導王陛下」
私は頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
「それで、従者の方は……?」
昨日のアルベド様、宰相って言っていたし、アルベド様が着いて来られるのか。そうしたら緊張で私どうにかなっちゃいそうだわ。そう、身構えていると
「ああ、こちらだ」
魔導王陛下の横からカツ、カツと小さな靴音がした。
「えっ、と……?」
馬車の影を覗き、辺りを見渡すが誰もいない。また透明化しているのか。
「ここです」
すると、姿を現した。それはアルベド様ではなく、昨日の小柄な亜人だった。
(顔の見えない不思議な亜人の人……!)
今は夜ではなく、早朝。太陽が煌々と私達を照らしていた。なのにやはり。顔が見えない。フードの下、黒い影が顔全体にかかっている。そもそもの紺のローブが長く足元は黒い靴の先端だけ見えている状態だ。冬で寒いにしても不思議な格好だ。
馬車に入ると、気まずい時間が流れる。私と、その向かいに魔導王陛下、と隣に亜人の従者の方が座る。
(一国の王、それもアンデッドの従者になるなんて……)
(何か、お話ししたほうがいいのか……あっ、でも不興を買ったら殺されるだろうし……)
(でも……ここは空気を読んでお二人を楽しませるようなお話をしたほうが……?!)
「ん? 私か彼に何か言いたいことでもあるのかね?」
窓の外を眺めていた魔導王陛下が振り返った。従者の方も魔導王陛下を見上げる。
「え? いえ、失礼いたしました、陛下……っ」
「アンデッドの私と共に馬車の旅では不快かもしれないが……」
「と……とんでもございません!」
私は大慌てで両手を振った。
「あと、この私の目つきは親譲り、でして……」
私が目元を指すと、魔導王陛下は頷いた。
「そうか……」
再び窓の外に視線を移された。
「何か、よい話題でもあればいいが……。そうだな。我が国を訪れてみてどうだったかね? 聖王国から見ればまだまだ小さな国かもしれないが」
「活気があってよい国とお見受けしました。様々な種族が共に暮らしているのを見たのは初めてです」
「そうかそうか」
「それに、あんなに巨大で立派な像も初めて見ました」
声を弾ませた。だが、魔導王陛下は言いにくそうに
「あれは……部下達がどうしてもと言うのでな。しかもあちこちにこの像を建てる計画を進めているようなのだ。」
「なるほど。各地で魔導王陛下の偉大さを讃えるのですね」
「ん? うむ……君はよいと思うか。だが私はな、少々短絡的ではないかと思うのだ。」
「何故ですか?」
「王の偉大さは物によって知らしめるものではない。その計画はやめさせようと思っている」
「はあぁ……」
「それに……恥ずかしいし、な」
人差し指を口元に持って来てジェスチャーをした魔導王陛下。そのお茶目さに私は笑みをこぼした。
「そうですね」
「私は、民の豊かさや、安寧をもたらす統治によって知られたいのだ」
「それは……正に仰る通りかと」
なんと素晴らしい思想だろうか。私もこんな国家で働きたい。
「さて、馬車だと聖王国まではどのくらいかかるのかな?」
「十日程です、陛下」
「そうか、ではよかったら……バラハ嬢の話を聞かせて欲しい。そうだな……どうして従者になったのかや、聖騎士を目指している理由などはどうだ?」
「っはい、私などの話しでよければ、喜んで」
促されるままに話を始め、私は起承転結のない話を終えた。
「なるほど、なるほど。バラハ嬢は従者の中では珍しい弓使いということか」
「弓使いなどと胸を張って言えるほどではありません、陛下。単に剣よりは弓の方が得意ということで、剣の鍛錬に身を入れろと叱られる有様です」
弓使いなんて、お父さんみたいな人ではなければ言われてはいけない。私なんてただ普通の人よりちょっと弓が使える程度で。
「……いや、遠距離武器が得意な聖騎士候補生か。非常にレアだな。私ならそのまま弓の腕を上げるように勧めるぞ。他に剣が得意な者がいるのであれば、剣はその者に任せればいいのだ」
「ありがとうございます」
魔導王陛下は心からそう思って言ってくださっている。それが分かっただけで私は胸の辺りが暖かくなった。
「私の面倒を見るという厄介な仕事を押し付けられたことは心苦しく思う。君だけではなく、聖騎士の諸君にもだ。君の能力を活かすのであれば外に配置する方が正解だろう」
優しい声。このお方はこうやって私のような者の目線に立って話をしてくれようとするところがある。
(駄目! 陛下の優しさに甘えてはだめよ、私! 一歩、下がらないと)
気を引き締めて口を開こうとすると、
「陛下……」
陛下の横に居た亜人の従者の方が先に声を発した。まるで、「そんなこと言わないでください」と言っているように見えた。
「……すまない」
「私が陛下のお付きを命じられているのは皆が知ること。お気になされずに。第一、陛下のお付き以上に重要なことはございませんし、私は陛下のお付きになれて良かったとこの短い時間で思いました」
亜人の従者の方はうんうん、と何度も頷いている。同意してくれてるのかな?
「そうか……やはり何らかの形で報酬を支払いたいものだな」
前にも魔導王陛下からは報酬を支払うという話が出た。私はすぐに失礼にならないような言葉選びを始める。
「とはいえ、他国の王に何かを貰うというのは君の立場を悪くするだろう。だから言葉だけで許してくれ。色々と迷惑をかけるとは思うが、面倒、よろしく頼む」
そして、魔導王陛下が頭を下げた。王が単なる従者ごときに頭を下げてくれたのだ。王という存在は、その人だけで完結しない。王の後ろには国があり、民がいる。だから王が頭を下げるということは、その国が相手に頭を下げるのと同じ重さを持つ。少なくとも、私はそう教えられてきた。高貴な血筋の者や、国を背負う者同士ならば分かる。けれど私は違う。聖王国の中でも名のある騎士ではなく、ただの従者だ。そんな私に、魔導王陛下が礼を尽くす理由などあるはずがなかった。
(信じられない。あれほど賢い魔導王陛下が頭を下げるという意味を知らないはずはない。にも関わらず、まるで単なる一般人のように頭を下げるのはそんなに私を──。違うわ。自惚れてはだめ。私にそんな価値があるはずがない。これは魔導王陛下がどれだけ度量が広いか、平民に対しても礼を尽くす方だということの証明なだけよ。──あ! いけない!)
「おやめください! 魔導王陛下!頭をお上げください!」
優先すべき一言。それと同時に、亜人の従者の方が陛下のローブの生地を軽く引っ張った。
「陛下」
二回目だ。今度は先程より真面目な声で。魔導王陛下は頭を上げて、小さく言った。
「す、すまん」
(先程から、陛下が従者の方に謝ってる? そんなことってあるの……? いえ、ここは口出すべきではないわ)
私は一旦落ち着き
「陛下──」
床に片膝をついた。
「凡庸な身ではありますが、陛下がお仕事を終えられる日まで忠実に誠心誠意働くことを誓います」
礼を尽くされたなら聖王国の王でなくとも、返すのが私の中では当然だった。
「いやいや。頭を上げてくれ。……さぁ、椅子に座って話の続きをしてくれないか? まだ目的地にはつかないのだろ?」
私は頭をゆっくり上げて椅子に座り直す。
「先程の君の話の続きを聞かせてくれ。まだ何故聖騎士を目指すことにしたか聞いていないな。弓が得意ならそちらの道もあったのではないか? どうして聖騎士を目指したんだ? 正義をなす為? それとも国の誇りだからか?」
「いえ────私の母が聖騎士だったんです」
それも、剣の腕があり、私とは違う。
「なるほどなぁ。母に言われて、もしくは母にあこがれて、か」
「あ、いえ。母は聖騎士なんてなるもんじゃない、って常々言っていました。それに母は母親としての仕事が碌にできない人で、洗濯とか裁縫はできるのですが、食事とかそういったことはまるで駄目な人でした。全てが大雑把なんです。肉が生焼け、など全然珍しくありませんでした」
だからお父さんがいつも料理をしていた。そして、父親がするのが当たり前で他の家もそうなのだと小さい頃は思い込んでいた。
「そうだったのか。そんなことを言いながらも娘が聖騎士になるのを止めなかったのだからいい母親だったんだな」
「あ、いえ。母親には従者になると言ったら剣を持ち出されて『私に勝てたら許してやる!』と言われました。許してもらったのは父親が必死に盾になってくれたからです。普通に戦ったら絶対に勝てませんから」
その時私は初めて本物の"殺意"を知った。
「……ははははっ、それもまあいい母親?じゃないか。随分賑やかな家庭だったのだな」
魔導王陛下は声を上げて笑った。
「はい。周りの家からは変な目で見られていましたけど、いい家族だったと思います」
「そうか、良かったな。……それで、何故聖騎士を目指したんだ? 父親の職を目指そうとは──ふむ。父親は主夫だったのか?」
「いえ、父も国に仕える軍人です。ただ、父と同じ職を目指そうとしなかったのは……なんででしょう。私の目つきの悪さは父親譲りですが、これのせいで父を恨んだことがあるからなのかもしれません」
目尻の両方に指を当てた。幼い頃、友達に「なんで睨むの」「怒ってるの?」と言われたことを思い出す。そんなふうに言われるたびに父に文句を言いに行っていた。そしてそれを聞いた母親から殴られるのがオチ。
「ただ、従者になって視野が広くなったのか、これは父親からの贈り物でもあるんだって、ある時気が付きました。まぁ、目つきの悪さまではいりませんでしたが」
「そうか……色々聞かせてもらったな。そうだ、何か私に質問があれば気軽に聞くといい」
「は、はい。その……気になる点が三つ……。従者様のことは何とお呼びすればいいのでしょうか? 従者様はお顔は見えない種族?なのでしょうか? お二人は────どういうご関係なのでしょうか?」
「…………隠し通せると思っていたが、無理だったか」
魔導王陛下が両手を組み、重々しくつぶやく。
「へっ」
(な、なに? 逆鱗に触れた!? それとも禁忌!?)
「……もう諦めましょう、魔導王陛下」
そう言ったのは紺色のフードを目深に被った従者の方だった。そのままフードを脱ぎ、認識阻害の魔法が解けた。手入れされた金色の髪が肩につくまで伸び、凛々しい眉と目元は三白眼。エメラルドグリーンの瞳と目が合った。そして、ちょっとぽっちゃりした体型。口元にはアルベド様を思わせるような微笑。
「私、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します。以後お見知りおきを」
「…………ヴァイセルフってヴァイセルフ家の!? お、王族の方!? 第二王子様、ですよね……?」
「いえ、リ・エスティーゼ王国は滅びました。こちらの方によって」
手を挙げてすました顔をして言い放つ。そして魔導王陛下に目配せ。
「で、ですよね! ですが……失礼ですけど、何故生きていらっしゃるのですか? ほ、他の王族の方は?」
「死にました。私も死にました。臣下に裏切られて。首を」
斬られた、という手振り。
「死に、……はい!?」
私は混乱して身を乗り出す。
「蘇生していただいたのです。魔導王陛下に」
「な、何故……?」
「それはご本人に」
視線が魔導王陛下に集まる。
「……彼と一度対談した時、彼が政治家として優秀だと思った。才能を潰しておくのは良くないと思い、彼を蘇生した」
「なるほど……魔導王陛下は素晴らしい審美眼をお持ちなのですね……」
(無知な私でも分かる。王族の方を外交補佐官にするなんて、魔導王陛下はすごいわ。ルールやマナーは幼少期から叩き込まれてるはずだし、政治家だったなら統治にも役立つはず)
「ふ、自分でもそう思うよ」
魔導王陛下は軽く笑った。すると、ザナック様も「ふふ」と笑う。
「どういう関係……という質問だが、彼と私は王と補佐官で──親友だ。と言ってもアンデッドの私のことは信じられんだろう」
「いえ、し、信じます! 納得しました」
「そうか?」
(むしろ、そうでなければ説明がつかない距離感だわ)
「このことは誰にも話しません……! 約束します」
胸に手を当てた。するとザナック様が目を丸くする。
「別にずっと隠しているつもりはなかったんですよ。たしかに、バラハ様を信用して話したところもありますが……」
「信用……。あ、バラハ様などと……私など呼び捨てで十分です!」
「では、ネイア様……」
「様は要りません!」
「ネイア、さん……?」
ザナック様は微笑みながら首を傾げた。
「ありがとうございます、ザナック様」
「それでは不公平です。ザナックとお呼びください」
「い、いえ! そういう訳には……! ザナックさん、でいいですか?」
「えぇ、こうして三人の時はそう呼び合いましょうか」
またザナック様は微笑む。その横で、魔導王陛下も脚を組んで私達を見ていた。きっと、その顔は笑っていたと思う。
(沢山話して疲れたなぁ……)
ふと、お二人が同じように両手の指に沢山の指輪をはめていることに気付く。
(魔導国で流行っているファッション? 王である陛下は分かるけど……ザナック様は従者だし……そういう趣味なのかな)
そういえば、ザナック様の白い手袋の甲には魔導国の紋章が緻密に刺繍されている。
(馬車に乗る時に見た、紺色のローブの背にも同じ紋章があったな……)
私はあるところに目がいってしまった。お二人とも、左手の薬指に指輪をしている。ということはお二人ともそれぞれご結婚かお付き合いをされている? 普通のファッションの可能性もあるが。だが、一瞬でその可能性は裏返った。装飾の形が一致している。宝石を囲む這った蛇のような装飾。輪に彫られた模様。
(いやいやいや、ないないないない。魔導国で流行ってるブランドかもしれないし。というか、有り得ないでしょ。このお二人に限って。ないないない。そんなの失礼だからやめなさい! ネイア! 絶対ない! いや、そうだった場合ないないって思ってるほうが失礼……? いや、こういうこと考えてること自体が……!!)
「どうした」
「どうされました?」
お二人のその声が重なった。そして首を傾げた仕草も。それだけではない、無意識かもしれないが同時にお二人が薬指の指輪を撫でた。色々失礼な想像が飛び交い、顔が熱くなる。
(ああああぁぁぁ……! 絶対ない!! 考えるのをやめるのよネイア!!)